CHAPTER 17:ジ・エマージェンス

「ぬうっ――――」


 アラナシュが叫んだのと、アルダナリィ・シュヴァラの巨体を衝撃が揺さぶったのと同時だった。


 ゼルカーミラが射出したワイヤー付きクローに頭部をしたたかに打たれたのである。

 一見すると原始的な武器だが、爪全体がブラッドローダーの装甲とおなじ素材で作られていることもあって、その破壊力はミサイルや重水素レーザーをしのぐ。


 とはいえ、あくまで数ある補助兵装のひとつにすぎないのも事実だ。

 直撃でも首を落とすことは叶わず、アルダナリィ・シュヴァラの仮面マスクを打ち砕くのがせいいっぱいであった。


「めざわりなカトンボが、無駄なあがきを……!!」


 アラナシュはゼルカーミラを睨めつけ、忌々しげに吐き捨てる。

 アルダナリィ・シュヴァラの仮面が完全に剥がれ落ちたのはそのときだった。


「その顔は――――」


 むきだしになったアルダナリィ・シュヴァラのを目の当たりにして、セフィリアは我知らず呟いていた。

 それは異形の戦闘神にはおよそ似つかわしくない表情――慈悲に充ちた阿弥陀アミターバの面容にほかならなかった。


 両眼から頬にかけて彫られた文様ディテールは、まるで血の涙を流しているようにみえる。


「遊びはここまでだ。そろそろ死んでもらうぞ、ヴェイド女侯爵」


 アルダナリィ・シュヴァラの顔面をふたたび仮面が覆っていく。

 ダメージを検知したナノマシンが自己増殖し、破損部を修復したのである。

 桁外れの巨体を有するだけあって、再生速度も通常のブラッドローダーとは比べものにならないほど早い。


 再生が完了するかというとき、夜気を裂いてふたたびゼルカーミラの爪が飛んだ。


「バカめ。おなじ手が二度通用するとでも思ったか?」


 すれすれのところで爪を回避したアルダナリィ・シュヴァラは、六本の腕を引き連れてゼルカーミラに肉薄する。

 二機のあいだで烈しい剣戟の火花が散り、大出力レーザーの光芒が闇に奔った。


 アルダナリィ・シュヴァラの圧倒的なパワーに押されながらも、ゼルカーミラは紙一重のところで直撃を避けている。

 数百分の一秒の遅れが死に直結する、それはすさまじい技量のせめぎあいであった。

 さのみか、ときおり繰り出される細剣レイピアの刺突は、アルダナリィ・シュヴァラにわずかながらダメージを与えさえしている。


「どこまでも往生際の悪いまねを。ならば、冥土の土産に見せてやろう。わがアルダナリィ・シュヴァラの真の姿を!!」


 アラナシュの言葉に呼応するように、アルダナリィ・シュヴァラの四本の脚が奇怪な動きをみせた。


 前脚はそのままに、後脚が分離し、胴体の両脇へと移動したのである。

 ちょうど、切り離された六本の腕を埋めるような格好だ。

 前後の脚はさらに伸縮・変形し、あらたな四肢を形成していく。

 通常の金属ではありえない大胆な変化は、高い剛性と流動性をあわせもつ非晶質アモルファス合金の装甲だからこそできる荒業だ。


 一連の変形が完了するまでに要した時間はわずかに数秒。

 六腕四脚の怪物は、均整の取れた四肢をもつ美しい人型へと変貌を遂げたのだった。


 いつのまに取り出したのか、両手には二振りの両刃剣が握られている。

 もともとは後脚に柄だけが内蔵されていたものだ。

 高エネルギーを帯びた金属粒子を刀身状に凝縮・結晶化させることで、おそるべき切れ味の剣を作り出したのである。


 六本の腕を後背に従え、雄々しく佇むその姿は、まさしく阿修羅の王と呼ぶにふさわしい。


「これこそがアルダナリィ・シュヴァラのまことの姿――――”三界聖王リグ・トライロギア・ラーガ”。とくと目に焼き付けて地獄にゆけ!!」


 言い終わるが早いか、アルダナリィ・シュヴァラと六本の腕は一斉にゼルカーミラへと襲いかかる。

 上下、左右、前後……。

 あらゆる方向から繰り出される連撃には、ゼルカーミラの比類なきスピードでも対応しきれない。


 菫色ヴァイオレットの装甲はみるまにひび割れ、赤黒い循環液が血のように飛沫く。


「よく戦ったと言ってやる。だが、それもこれで終わりだ、ヴェイド女侯爵!!」


 アラナシュは高笑いとともに、ゼルカーミラのコクピットめがけて長剣を突き出す。

 この一撃を躱したところで、周囲を取り囲んだ六本の腕に串刺しにされるのだ。


 たとえハルシャの妨害が入ったとしても勝利は揺るがない。――――そのはずだった。


***

 

 金属同士がぶつかる耳障りな音が虚空に響きわたった。


 ガンダルヴァ城からすこし離れた砂漠である。

 いま、砂の大地を舞台に死闘を繰り広げるのは、四機のウォーローダーだ。

 朱色の一機はレーカのヴェルフィン。

 黄色と黒に彩られた残る三機は、疑似デミブラッドローダー”ヴェスパーダ”である。


 片腕を失い、立っているのもやっとというありさまのヴェルフィンに対して、ヴェスパーダには目立った損傷も見当たらない。


 それも無理からぬことだった。

 ヴェルフィンは高性能機だが、それはあくまでウォーローダーの枠内でのことだ。

 一方のヴェスパーダは形式上ウォーローダーに分類されているとはいえ、その実態はブラッドローダーの精巧な模造品レプリカなのである。

 機体に用いられている部材の品質グレード、そして一機あたりの製造コストも、文字どおり比べものにならない。

 しょせんヤクトフントの上位互換でしかないヴェルフィンと、準ブラッドローダーと呼ぶべきヴェスパーダのあいだには、歴然たる性能差が存在しているのだ。


 そのうえ、レーカとヴェルフィンは、圧倒的多数のグレガリアス部隊との戦いで疲弊しきっている。

 予備の燃料電池フューエル・セルによって稼働時間は確保されているが、機体各部に蓄積したダメージはそのまま残っているのだ。

 レーカの体力が限界に近づいていることもあいまって、ヴェルフィンはいつ動けなくなっても不思議ではないのである。


 むろん、それはほかならぬレーカ自身がだれよりもよく理解している。

 懸命の抵抗も、しょせんは避けがたい死をいたずらに先延ばしにしているにすぎない。

 たとえ結末の見えたあがきだとしても、レーカには一秒でも長く立っていなければならない理由があるのだ。


「たとえこの身がどうなろうと、貴様らを姫様とアゼトのところには行かせない」


 ヴェスパーダの連携攻撃を一髪の差で躱しつつ、レーカは自分自身に言い聞かせるようにひとりごちる。


 時間稼ぎをしたところで、ノスフェライドが動けるようになる保証はどこにもない。

 確実に言えるのは、ここで敵を通せば、リーズマリアとアゼトの生命が危険に晒されるということだけだ。


 と、三機のヴェスパーダがふいに視界から消えた。

 接近警報アラームがレーカの耳を打ったのは、機体を強烈なショックが見舞ったあとだ。

 しぶとく致命傷を避けるヴェルフィンにしびれを切らしたように、ヴェスパーダは接近戦を挑んできたのである。

 

「くっ――――」


 レーカはアルキメディアン・スクリューをフルパワーで反回転させ、三機のヴェスパーダを振り払おうとする。

 だが、どれほど出力を上げても機体はいっこうに動かず、無接点ブラシレスモーターの回転音だけがむなしく響く。

 

 その理由はすぐに知れた。

 ヴェスパーダが三方向からヴェルフィンの胴体を押さえつけているのである。

 それだけではない。両手のするどい爪がじわじわとフレームに食い込み、コクピットを圧迫しつつある。


 ネイキッド・ウォーローダーであるヴェルフィンには、もともと最低限の装甲しか施されていない。

 機体を構成するフレームは並のウォーローダーとは比較にならない強度を有しているが、それとて限界はある。

 ヴェスパーダ三機のパワーに耐えられるのは、長くとも十秒。

 むろん、それより早くコクピットが圧潰する可能性も否定できない。


「こいつ、離れろ……っ!!」


 長剣で切りつけようにも、これほど接近されては腕を動かすこともむずかしい。

 逡巡するあいだにも鉤爪は容赦なく食い込みつつある。

 コクピットを包む外殻シェルは歪み、各部の異常を告げる警報音がひっきりなしに鳴り響く。メイン・ディスプレイはとうにブラックアウトし、操縦桿とペダルも反応しない。


 機体を棄てて脱出しようにも、ハッチを開けば目の前に敵がいるのだ。

 銃撃を浴びせられるか、あるいは鉤爪で引き裂かれるか……いずれにせよ、生還の望みは万にひとつもない。


 まさしく鋼鉄の棺桶と化したヴェルフィンのなかで、レーカは祈るように瞼を閉じる。


 この状況でも、ひとつだけ打てる手は残っている。

 機体に搭載された燃料電池フューエル・セルを自爆させることだ。

 燃料電池には可燃性の電解質が充填されている。外部からの強い衝撃だけでなく、意図的に引火・爆発させることもたやすい。

 さしものデミ・ブラッドローダーといえども、ゼロ距離で燃料電池の爆発に巻き込まれればひとたまりもないはずであった。


「お許しください、姫様――――」


 金属の悲鳴がぱったりと熄んだのはそのときだった。


 自爆コードを途中まで入力しかけていたレーカは、おそるおそる瞼をひらく。

 カメラの映像はとうに途絶している。

 コクピットから外部の様子をうかがい知る術はない。


 それでも、数秒前まで感じていた敵の気配が消えたことはわかる。


「レーカ、無事か?」


 聞き慣れた声に、人狼兵の少女は目を瞬かせた。

 

「アゼトか……?」

「俺だけじゃない。リーズマリアもいっしょだ」


 ヴェルフィンのコクピットハッチが開いたのは次の瞬間だった。

 正確には、外部から引き剥がされたのだ。

 

「ノスフェライド――――」


 レーカの目の前に立っているのは、まぎれもなくノスフェライドだった。


 よくよく目を凝らせば、見慣れた姿とはすこし異なっていることに気づく。

 黒一色だった装甲がところどころ銀色の色彩を帯びているのである。

 清らかな輝きをはなつそれは、もともと装甲の下に隠されていたものだ。


 内蔵式アーマメント・ドレス。

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーンのなかでノスフェライドだけがもつ特殊装備だ。

 長きにわたって封印されてきた切り札は、あらゆる制約から解き放たれ、いま完全にその機能を顕在化させたのである。


 聖戦十三騎エクストラ・サーティーンのなかでも最強と名高いブラッドローダー・ノスフェライドの、これが本来の姿であった。


「姫様もいっしょとはどういうことだ?」

「くわしい説明はあとだ。セフィリアを助けに行かなければ――――」


 ノスフェライドは宙に浮かび上がると同時に、両手が掴んでいた鉄塊を放り捨てる。


 原型を留めないほど破壊された三機のヴェスパーダ――その残骸であった。

 あくまで模造品レプリカにすぎないとはいえ、疑似デミブラッドローダーの名は伊達ではない。まして、複数が相手となればなおさらだ。

 本物のブラッドローダーでも、三機のヴェスパーダを片付けるのはそう簡単ではないのだ。


 ノスフェライドは、しかし、それを一瞬のうちに粉砕してみせたのだった。

 ヴェスパーダは文字どおり束になっても相手にならなかったのだ。


「待ってくれ、アゼト!!」


 まばゆい閃光をまとって飛び去っていくノスフェライドを、レーカは茫然と見送ることしかできなかった。

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