CHAPTER 15:エンサークリング・アタック
まばゆい閃光が闇にまたたいた。
影絵みたいな
ゼルカーミラが作り出した残像だ。
光子推進装置から放出された膨大なプラズマ粒子が大気と反応し、このような現象を引き起こすのである。
いずれ劣らぬ性能をほこる
ゼルカーミラはアルダナリィ・シュヴァラの周囲を高速で飛翔し、ひたすら撹乱に徹しているのだった。
「ちょこまかと目障りな羽虫が――――」
残像を目で追いつつ、アラナシュは冷ややかに吐き捨てる。
罠の存在が露呈したことで、ゼルカーミラはアルダナリィ・シュヴァラへの接近を避けるようになった。
いかに六本の腕をもつアルダナリィ・シュヴァラといえども、間合いを取られては攻撃の手立てがない。
おそるべき出力をもつ重水素レーザーも、全身に内蔵したミサイルも、ブラッドローダー同士の戦いでは決め手にはなり得ないのだ。
「ヴェイド女侯爵、ひとつ忠告しておく。時間稼ぎをしているつもりなら無駄なことだ」
「なんとでも言うがいい。貴公の挑発に乗るつもりはない!!」
「どうかな――――」
アラナシュが言い終わらぬうちに、アルダナリィ・シュヴァラは跳躍していた。
大気をおしのけ、巨体はたちまち地上数百メートルの高みへと到達する。
すべてのブラッドローダーには
どれほど巨大な機体だろうと関係はない。
(空中戦でゼルカーミラと渡り合うつもりか!?)
胸をよぎった不安をかき消すように、セフィリアはさらにゼルカーミラを加速させる。
おおきく展開した光子推進装置から膨大な粒子が放出され、光の
ゼルカーミラ本体はいかなるセンサーでも捕捉できない速度域に達し、もはや外部から認識できるのは
ゼルカーミラの両前腕部の装甲が音もなくスライドしたのはそのときだった。
同時に、指一本ほどのわずかな隙間から薄い光の帯がどっと噴き出す。
透明な翅にくらべるとはるかに色が濃いのは、それだけ粒子の密度が高いためだ。
推進力の一部を圧縮・放出することで、巨大な光の剣を作り出したのである。
光の剣は粒子の集合体であるがゆえに折れも曲がりもせず、触れればあらゆる物質の
実体をもつ刀剣のように切断することはできないが、粒子が通過した物質はたちどころに劣化し、触れるまでもなく内側から崩壊していくのだ。
超高速で飛翔しつつ、光の剣で敵に致命傷を与える……。
これこそがゼルカーミラ最強の攻撃にして、ヴェイド侯爵家に代々伝わる奥義であった。
「裏切り者、覚悟ッ!!」
セフィリアが発した裂帛の気合に遅れず、ゼルカーミラからアルダナリィ・シュヴァラにむかって光の剣が伸びる。
さしものアルダナリィ・シュヴァラといえども、光の斬撃を防ぐ手立てはない。
盾で受ければ盾が崩れ、斥力フィールドや分厚い装甲もまったく意味をなさない。
まして、最高速度で振り下ろされる光の刃を避けることなど不可能である。
まさしく万事休すというべき状況にもかかわらず、アラナシュは不敵な哄笑を洩らす。
「もう勝ったつもりとは、どこまでも単純な女だ」
アルダナリィ・シュヴァラの腕が不可解な動きを見せたのは次の瞬間だった。
これまで堅持していた攻防一体の構えをふいに解いたのだ。
それどころか、六本の腕をおおきく展開し、まるでゼルカーミラを懐に招き入れるような態勢を取ったのである。
「おまえはとっくに俺の術中に嵌っていたのさ、ヴェイド女侯爵」
アルダナリィ・シュヴァラの腕がひとりでに千切れた。
否。じっさいには千切れたのではない。肘から先が本体から分離したのだ。
宙に浮いた六本の腕と本体のあいだには、ワイヤーやコントロール・ケーブルは見当たらない。
暗号化された
武器と盾を携えた前腕部は、それぞれが浮遊式の遠隔攻撃ユニットとして機能するのだ。
むろん、ただのドローン兵器であれば、どれほど高性能であってもブラッドローダーの敵ではない。
アルダナリィ・シュヴァラから分離した腕は、しかし、アラナシュの完璧なコントロール下に置かれている。
その挙動には寸毫ほどの遅延もなく、本体の位置に関係なく、六本の腕は思うままに攻撃を仕掛けることができる。
ゼルカーミラにしてみれば、突如として三機のブラッドローダーに囲まれたも同然なのだ。
そのうえ、すべての腕が分離してなおアルダナリィ・シュヴァラには四本の脚が残っている。
迂闊に接近戦を挑めば、脚に隠されているだろう武器で反撃を受けるのは必至だ。
「くっ――!!」
セフィリアはとっさにゼルカーミラを後退させていた。
光の剣で打ち払うことができるのは、六本の腕のうちせいぜいひとつかふたつだけだ。
よしんば完全な破壊に成功したとしても、残りの腕に隙を衝かれては元も子もない。
捕まったが最期、ゼルカーミラはなすすべもなく、数秒と経たないうちにむざんな鉄塊に変えられるだろう。
そうするあいだにも、六本の腕は四方八方からゼルカーミラに攻撃を仕掛けている。
「逃げるので精一杯か、ヴェイド女侯爵。さっきまでの威勢はどこへ行ったのかな」
「だまれっ!!」
「おまえにもいいかげんに理解できただろう。このアルダナリィ・シュヴァラに勝てるブラッドローダーなど存在しない。――――たとえこの場にノスフェライドが加勢したとしても、だ」
はたして、六本腕から繰り出される変幻自在の攻撃に、ゼルカーミラはひたすら防戦を強いられている。
左右からせまる剣と錫杖を打ち払えば、間髪をいれずに大斧が襲いかかる。
さらには背後からレーザー刃を展開した
アルダナリィ・シュヴァラの武装は、装甲の薄いゼルカーミラにとってはいずれも致命的な破壊力をもっている。
一瞬の油断は、そのまま命取りになるのだ。
そればかりか、盾はその重量と装甲に物を言わせて、あたかも巨大な鈍器のごとくゼルカーミラにぶつかってくる。
ブラッドローダー戦において、手持ちの盾を敵に叩きつける攻撃――いわゆるシールドバッシュは常套手段のひとつとされている。
だが、アルダナリィ・シュヴァラのそれは、通常のシールドバッシュとはあきらかに異質だ。関節の可動範囲内でしか使えないという制約が存在しないだけでなく、ふたつの盾を同時に用いることさえ可能なのである。
いかに比類なきスピードをほこるゼルカーミラでも、全方向から間断なく仕掛けられる攻撃をかいくぐるのは容易ではない。
さらに、つねに一手先、二手先を読んで攻撃を躱しつづけねばならない
紙一重の攻防劇が破綻するのは時間の問題であった。
「そうら。踊れ踊れ、ヴェイド女侯爵。足を止めたら八つ裂きだぞ」
「いい気になるな!! こんな小手先の曲芸、すぐにでも破ってみせる――――」
「あっはっは、最期までせいぜい生意気な口を叩いてみろよ。そうでなくては殺し甲斐がないものなあッ」
アラナシュの声色には隠しきれない愉悦がにじんでいる。
獲物を一方的にいたぶり、思うさま虐げることに無上の歓びを感じる……。
それは、吸血鬼ならば誰しもが持ち合わせている残忍な本能にほかならない。
と、ふいにアラナシュの高笑いが途切れた。
代わりにその唇から洩れたのは、苦しげなうめき声だ。
「おのれ、ハルシャ――――二度までも邪魔だてするつもりか!?」
烈しい頭痛に耐えながら、アラナシュは自分自身に怒声を浴びせる。
「残念だが、アルダナリィ・シュヴァラは俺の完全な支配下にある。おまえがなにをしようと、さっきのようにコントロールを奪うことはできんぞ……」
はたして、アルダナリィ・シュヴァラの挙動には寸毫ほどの乱れもない。
アラナシュは荒い呼吸を整えながら、なおも内なる自己にむかって語りかける。
「なぜそうまで俺に抗う? なにが気に入らない? 俺はいつだっておまえのために汚れ役を引き受けてやっているんだ。思い出せ――あのときのことを!!」
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