CHAPTER 14:ローンウルフ・ウォリアー
あざやかな朱のウォーローダーはアルキメディアン・スクリューを軋ませ、ガンダルヴァ城の城門ちかくで急停止する。
レーカのヴェルフィンだ。
ネイキッド・ウォーローダーというだけあって、装甲は最小限に留められている。
にもかかわらず、闇に浮かび上がったその
それも無理からぬことだ。
右手に
背中のマウント・ラッチには、無骨な金属の箱が据え付けられている。
重機関砲の三◯ミリ弾がぎっしりと詰まった弾薬箱だ。
両肩のハードポイントには、それぞれ多連装ロケットランチャーと、
腰の後ろに目を向ければ、小型の
完全武装したウォーローダー小隊にも匹敵する重装備であった。
いずれも本来はヤクトフントのオプション装備である。
城内を通り抜けるさい、兵器保管庫を見つけたレーカは、これ幸いと
ヴェルフィンもヤクトフントも
なにより、ウォーローダーとしては破格の出力をもつヴェルフィンならば、これだけの武器を同時に装備しても重量過多に陥る心配はない。
むろん通常時に較べて機動性はおおきく低下しているが、使い切った武器を順次
問題はただひとつ。
たった一機で相手をするには、敵の数があまりに多すぎるということだけだ。
「セフィリア殿はあのブラッドローダーとの戦いで手一杯だ。姫様をお守りするには、外からくる敵は私が食い止めなければ……」
レーカはひとりごちて、ディスプレイをにらむ。
ぽっと黒い点が画面上に現れたのはそのときだった。
最初は数えるほどだった点は、みるみるうちに増殖していく。
まもなく地平線いっぱいに広がった黒点の群れは、黒い波となって砂漠を突き進んでくる。
グレガリアス。
リーズマリア討伐のため、最高執政官ディートリヒが送り込んだ新型ウォーローダーだ。
その最大の特徴は、人間や人狼兵といった
培養脳には功名心も恐怖もない。個体はあくまで
進化のすえに軍事兵器が辿り着いた、それは醜悪きわまりない完成形であった。
「来た――――!!」
レーカが呟くや、ヴェルフィンがおおきく沈んだ。
脚部のショックアブソーバーを操作し、重心を下げたのだ。
狙撃のための姿勢であることは言うまでもない。
レーカは格納式の
ウォーローダー同士の交戦距離は、状況によるものの、おおむね千メートル以内とされている。
それいじょうの距離では、たとえ武器の射程が足りていても、本体側の火器管制システムがサポートできないのである。
もっとも、それはあくまで一般的なウォーローダーの話だ。
ヴェルフィンに搭載された高性能コンピュータと、超高精度レーダー・センサーは、長距離狙撃にも対応している。
騎士団長用にあつらえられた特注品だけあって、その性能はあらゆるウォーローダーのなかでもトップクラスに位置しているのである。
剣を用いた白兵戦を好むレーカの性格に合わせたチューニングが施されているとはいえ、万能機としての素地はいまなお健在なのだ。
けたたましい
右前方で砂の柱が立った。わずかに遅れて衝撃波が押し寄せ、機体をびりびりと震わせる。
グレガリアスが攻撃を開始したのだ。
「この距離では当たらないはず……だが……」
間近で着弾があったにもかかわらず、レーカはいたって冷静だった。
弾道はゆるやかな山なりの軌道を描いていた。おそらく迫撃砲か、無誘導ロケット弾の類だろう。
敵に当てるつもりがないことはわかりきっている。
こちらの動きを牽制し、動揺を誘うために発射しているにすぎないのだ。
焦って飛び出すような真似をすれば、それこそ恰好の餌食になる。
「たのむぞ、ヴェルフィン」
ヴェルフィンは機関砲を背中に回し、
同時に銃身下部の
三点保持をおこなうことで、射撃時の
「……当たれ!!」
レーカが引き金を絞ったのと、夜気を裂いて光条が奔ったのは同時だった。
電磁気の反発によって発射される弾体は、砲口を出たときにはすでに極超音速に達している。
大気との摩擦によって
じっさいに破壊力を発揮するのは、最後まで燃え残った◯・五ミリほどの弾芯部だ。
大きさにして小指の爪ほどの鉄片も、マッハ三◯超の加速度を帯びれば、重量級ウォーローダーを跡形もなく粉砕するのである。
黒い波の一角で烈しい炎が上がった。
電磁投射砲が命中したのだ。
どうやら
爆発の規模からみて、近くにいた何機かのグレガリアスも巻き添えになったにちがいない。
レーカは立て続けに電磁投射砲を発射する。
するどい閃光がまたたくたび、黒い波のそこかしこで火の手が上がる。
一射あたり最低一機、うまくすれば誘爆で二、三機は撃破できたはずであった。
それでも、地平線を埋め尽くす大軍勢にとっては微々たる損害にすぎない。
レーカが次弾を装填しようとしたとき、火器管制パネルの画面上に
「
レーカは迷うことなく電磁投射砲を切り離す。
高温・高圧による過負荷がかかったことで、砲身は熱を帯び、正常な射撃ができなくなったのである。
ふたたび使用するためには砲身そのものを新品と交換する必要があるが、予備の砲身は
もはやデッドウェイトとなった電磁投射砲を捨てるのは当然の判断であった。
ヴェルフィンは背部ラックに手を伸ばし、三◯ミリ機関砲を掴み取る。
弾薬ボックスに内蔵されたモーターが唸りをあげ、給弾ベルトを通して
大口径弾を用いるだけあって、その破壊力は一般的なウォーローダーに搭載されている十二・七ミリ機銃や二◯ミリ機関砲をはるかに凌駕する。
分厚い装甲をもつグレガリアスにもじゅうぶん通用するはずであった。
左右の砂丘から黒い影が飛び出したのは次の瞬間だった。
レーカが正面のグレガリアスを狙撃しているあいだに、ひそかに回り込んでいたのだ。
というよりは、正面の部隊は最初から捨て石になるつもりで、みずから電磁投射砲の射界に飛び込んでいったのである。
個々の人格をもたず、生命への執着も存在しない彼らには、仲間を囮にしたという意識さえないだろう。
「そう簡単にやらせると思うなっ!!」
レーカはフットペダルを踏み込み、アルキメディアン・スクリューを全力で逆回転させる。
ヴェルフィンは猛スピードで後退しつつ、左方から迫ってくるグレガリアスめがけて三◯ミリ機関砲を発射する。
重機関砲の発射速度は毎分およそ五千発。
フルオートでトリガーを引きっぱなしにすれば、ものの数秒で弾薬ボックスが空になってしまう。
レーカは巧みに指切り射撃をおこなうことで、無駄撃ちを抑えながら、敵に確実にダメージを与えている。
持ち前の操縦技術、そしてヴェルフィンの繊細なマニピュレーターがあるからこそ可能な芸当であった。
射線上のグレガリアスはたちまち炎に包まれ、砂を巻き上げて爆散する。
生き残ったグレガリアスは臆することなく、文字どおり仲間の屍を踏み越えて、四方八方からヴェルフィンに殺到する。
このまま包囲網を形成し、ヴェルフィンに十字砲火を浴びせようというのだ。
グレガリアスのなかにはすでに射撃を開始した機体もある。
ヴェルフィンは紙一重のところで躱しているが、普段よりずっと重い機体ではおのずと限界がある。
いずれ被弾するのは目に見えている。もしグレガリアスの包囲網のなかで動けなくなれば、もはや蟻地獄に引きずり込まれた獲物も同然なのだ。
「この期に及んで出し惜しみはしない。ここでぜんぶくれてやる!!」
レーカが叫ぶが早いか、ヴェルフィンの機体が白煙に包まれた。
真正面のグレガリアスにむかって多連装ロケットを全弾発射したのだ。
さらに、煙のなかから放物線を描いて飛び出したものがある。
グレネードランチャーだ。直撃しなくても、破片によって関節やセンサーを損壊させるのである。
緊密な包囲の態勢を取っていたことが仇になった。
正面のグレガリアスは、回避運動を取る暇もなく、一機また一機とロケット弾の爆発に呑み込まれる。
グレネードの破片をまともに浴び、手足を失って立ち上がることもできずにもがいている機体もすくなくない。
爆炎が夜の闇を照らし、グレガリアスを呑み込んでいく。
レーカはすばやく機体を反転させると、正反対の方向へと突進をかける。
三◯ミリ機関砲は背部ラックに戻してある。連続射撃で熱をもった銃身を冷却するためだ。
いまヴェルフィンが携えているのは、愛用の
不要な武装を棄て、ネイキッド・ウォーローダーの身上である身軽さを取り戻したヴェルフィンは、猛然とグレガリアスの群れに斬り込んでいく。
むろん、ヴェルフィンも無傷ではいられない。
もともとないに等しい装甲は銃弾によってひしゃげ、あるいは跡形もなく砕け散った。
全身の駆動部からオイルが吹き出し、真紅の機体はみるまに赤黒く染め上げられていく。
グレガリアスを操るのは人間ともいえない培養脳とはいえ、いま戦場で展開されているのは、凄絶な殺し合いにほかならない。
「まだ……やれる……私は……」
レーカはコクピットのなかで荒い息を吐いた。
ヴェルフィンの右腕は肘の先から失われている。
装甲の大半は脱落し、フレームに穿たれた無数の弾痕が痛々しい。コクピットに至っては装甲がところどころ裂け、乗り手がなかば露出しているというありさまだ。
長剣は刃毀れがひどいうえ、剣身は折れ曲がり、もはや武器としての用はなさないだろう。
そんな満身創痍のヴェルフィンの足元に散乱するのは、グレガリアスのおびただしい残骸であった。
レーカのヴェルフィンは、たった一機でグレガリアスのほとんどを壊滅させたのだ。
群れ全体で演算機能を分担する
はたして、一機撃破されるたび、グレガリアスは性能低下をきたしていった。
危険を冒してでも積極果敢に攻めつづけたことが、結果的にはレーカを救うことになったのである。
「……!!」
何者かの気配を察して、レーカはすばやく周囲に視線をめぐらせる。
センサーに反応はない。それでも、人狼兵の嗅覚が敵の存在を知らせている。
そいつはすぐに見つかった。
正面の砂丘の頂上に、青白い月の光を背負って立つシルエットがひとつ。
ヴェルフィンよりもひとまわり大型の機体である。
アンバランスなほど細長い四肢を、なだらかな
それ以上に目を引くのは、まるでえぐり取られたみたいにくびれている胴体だ。
上半身と下半身を結ぶのは、いくつものブロックが結合した多関節構造――――むき出しの背骨であった。
全身を彩る黄色と黒のカラー・パターンは、それがひどく危険な存在であることを無言のうちに物語っていた。
どのウォーローダーとも似ていない奇異なその姿に、レーカはおもわず目をみはる。
「まさか、ブラッドローダーなのか……!?」
レーカが誤認したのも無理からぬことだった。
いま彼女の目の前にいるのは、ブラッドローダーにかぎりなく近い
グレガリアスを統率するために開発された上級指揮ユニット――――
培養脳によって制御されるという点はグレガリアスとおなじだが、その性質はグレガリアスとは真逆と言ってよい。
ネットワークを介した
それを可能とするだけの高度な演算能力と戦闘能力を兼ね備えていることは、あえて言うまでもない。
ヴェスパーダは、まさしく群れの頂点に君臨する
「何者だろうと関係ない。いざ、勝負――――」
言いかけて、レーカはおもわず言葉を呑みこんだ。
ヴェスパーダの背後から、二つの機影がまるで幻みたいに現れたためだ。
グレガリアスではない。
砂丘に並び立った巨体は、いずれもまったくおなじ外見を持っている。
ヴェスパーダは、最初から三機存在したのだ。
ヴェルフィンを見下ろすさまは、獲物をまえに舌なめずりをしているようでもあった。
アルキメディアン・スクリューが砂を巻き上げた。
レーカとヴェルフィンは、死地にむかって猛然と疾走を開始していた。
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