CHAPTER 13:ブラッディ・サクラメント

「どういう意味だ?」


 困惑しつつ問うたアゼトに、リーズマリアはこくりと首を縦に振った。


「言葉どおりの意味です。私とあなたの生命をひとつのものとし、それによってノスフェライドの所有権をふたりで共有するのです」

「出来るのか!? ほんとうに、そんなことが……」

「以前、私と決闘代行者サクリファイスの契約を結んだことは覚えていますね」


 決闘代行者サクリファイス

 それは、なんらかの事情でブラッドローダーに乗ることができないほんらいの所有者に代わって、一時的に乗り手ローディとなるための儀式だ。

 たとえば、未亡人や幼児が紛争の当事者となった場合、有志にみずからのブラッドローダーを託し、自身の身代わりとして決闘や合戦に参加させることが可能となる。


 ただし、契約はあくまで一時的なものだ。 勝敗に関係なく戦いが決着するか、一定の時間が経過すれば、乗り手としての資格は失われるようになっている。

 建前の上では至尊種ハイリネージュ――吸血鬼同士で交わされるものとされているが、たとえ相手が人間であっても儀式は成立する。


 アゼトがはじめてノスフェライドに乗ったとき、リーズマリアはみずからの血をアゼトに分け与えることで、決闘代行者としての契約を結んでいるのである。

 その後、リーズマリアがアゼトにノスフェライドの所有権を正式に移譲したことで、契約は自然消滅している。


 そして現在、リーズマリアはノスフェライドに関してなんの権利も持っていない。

 たとえリーズマリアの身に危機が訪れても、いったんアゼトを介さなければ、ノスフェライドを動かすことはできないということだ。

 

 もっとも、ふたりで所有権を共有することができれば話は違ってくる。

 たとえアゼトが動けない状況でも、リーズマリアの判断でノスフェライドを喚ぶことができるのである。

 アゼトを拘束し、ノスフェライドとの通信を阻害している”水銀の蛇メルクール・シュランゲ”も、リーズマリアにまで影響を及ぼすことはない。


決闘代行者サクリファイスの契約はあくまで仮初かりそめのもの。これからおこなう”血の秘蹟サクラメント”は、生きているかぎり、永遠におたがいの生命を結びつけるものです。一度契約が成立すれば、もう取り消すことはできません」

「それは、つまり……」

「ふたりのうち一方が死ねば、もう一方も死にます。私たちは、真の意味での運命共同体になるということです。それでも、私と契約を結んでくれますか?」


 アゼトはリーズマリアの瞳をまっすぐ見据えたまま、決然と言った。


「やってくれ、リーズマリア。なにがあっても後悔はしない。君といっしょに旅立つと決めたときから、俺の心はずっとおなじだ」

「ありがとう、アゼトさん――――」


 すっと深く息を吸い込んで、リーズマリアはアゼトの首筋に牙を突き立てていた。

 ここまでは決闘代行者サクリファイスの儀式と変わらない。

 牙によって穿たれた傷口から、リーズマリアの血をアゼトの身体に流し込み、それによって契約を完了するのである。


 だが、今回はすこし様子がちがっている。

 リーズマリアは通常の吸血行為をおこなっているのだ。

 かなりの量の血液を吸い取られたことで、アゼトの顔からは血の気が引いている。


「さあ、次はアゼトさんの番です」


 言うが早いか、リーズマリアはおおきく胸元をはだけていた。

 触れれば融けてしまいそうな淡雪色のはだえ

 戦闘中でなければ、アゼトもしばしその美しさに目を奪われていただろう。

 リーズマリアは頬に恥じらいの色を浮かべつつ、おずおずと喉を指差す。

 白い肌を透かしてみえる静脈がひどくなまめかしいその場所に、牙を立てろと言っているのである。


 アゼトの血液中には、ブラッドローダーのナノマシンが含まれている。

 リーズマリアの体内に入ったアゼトの血は、リーズマリア自身の血とまざりあう。

 その血をアゼトがもういちどみずからの体内に取り込むことで、ふたりは体内におなじナノマシンを含む血液を共有することになる。

 互いの身体に存在する血中ナノマシンを中継器として、ふたりの生体機能を完全に同調シンクロさせる……。

 これこそが血の秘蹟サクラメントだ。

 儀式の成就とともに、アゼトとリーズマリアは、文字どおりひとつの生命を共有する存在となるのである。


「リーズマリア、ほんとうにいいのか? 人間である俺の寿命に合わせれば、君がこのさき生きられるはずの長い人生をふいにすることになる」

「いいんです。人生の価値を決めるのは長さではなく、死ぬまでになにをするかだと、いままで出会った人たちから教えられました。それに……」

「それに?」

「愛するひとが――アゼトさんがいなくなった世界で何百年も生きるなんてまっぴらです」


 それいじょうの言葉は必要なかった。

 アゼトとリーズマリアの身体が重なり、白い肌に血の筋が流れていく。

 苦悶のあえぎが洩れたのもつかのまのこと。

 あとはリーズマリアの体内にナノマシンが定着し、ノスフェライドのコントロールが可能になるまで待つだけだ。


「いつの日か、死がふたりを分かつまで……」


 そっと囁いたのはどちらだったのか。

 ビームの閃光が闇を裂き、剣戟音が絶えない戦場である。

 一瞬にかき消されるはずの言葉を、しかし、ふたりはたしかに聴いたのだった。

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