CHAPTER 11:デュアル・フロントライン
戦場をときならぬ静寂が領した。
ゼルカーミラは、
むろん、セフィリアがみずからの意思でそうしたのではない。
アルダナリィ・シュヴァラとの距離は十メートルを切っているのである。
必殺を期した一撃をあえて止める理由はどこにもない。
なにより、最大加速から一気に急制動をかければ、いかに
「サイフィス侯爵、私になにをした……!?」
セフィリアが苦しげに問うたのと、ゼルカーミラの四肢がぼんやりと発光したのはほとんど同時だった。
目を凝らさなければ闇に溶けてしまいそうなそれは、極細の光の糸だ。
それも、尋常な数ではない。
すくなく見積もっても、ざっと数百万本はくだるまい。
無数の細糸がアルダナリィ・シュヴァラの六本の腕のあいだに緻密に張り巡らされ、光の網を形作っているのである。
そこから逃れようと懸命にもがくゼルカーミラは、さながら蜘蛛の糸に囚われた蝶のようであった。
「猪武者とはまさにおまえのことだな、ヴェイド女侯爵。この俺がむざむざと背中をがら空きにしていたとでも思ったのか?」
「なにっ……!!」
「まだわからないのか? おまえは自分から飛び込んできたのさ。――蜘蛛の巣の真っ只中になあ」
そのあいだにも、アルダナリィ・シュヴァラが編み上げた光の網は、ゼルカーミラをますますきつく締め上げていく。
そればかりではない。ゼルカーミラがもがくたび、糸同士はいっそう複雑に絡み合い、ますます強固に結合していく。
「これしきの拘束、ゼルカーミラに通じるか!!」
「無駄なまねはやめておけ。どうあがいたところで、わが
アルダナリィ・シュヴァラにおいては、六本の腕に搭載された
もっとも、いかに強靭な炭素繊維といえども、ブラッドローダーを拘束することはできない。
アルダナリィ・シュヴァラは、ワイヤーの軸に高電圧を流しこみ、固体と液体の性質をあわせもつアモルファス物質へと相転移させることで、破壊不可能な糸を作り出したのである。
原理的には”
アラナシュはその特性を把握したうえで、ゼルカーミラに対してあえて背中をさらし、巧妙な待ち伏せを仕掛けたのだった。
「さて――――このまま四肢の端から寸刻みにするもよし。ひと思いにコクピットを潰すもよし。どう料理してやろうか?」
アラナシュの声にはこらえきれない愉悦が滲んでいる。
ワイヤーを展開した状態でも、アルダナリィ・シュヴァラの手首は自由に動く。
反撃も回避もままならないゼルカーミラを一方的になぶり殺しできるということだ。
万が一にもノスフェライドが救援に現れる心配はない。
アゼトとリーズマリアに怒りと絶望を味わわせながら、アラナシュは心ゆくまでセフィリアをいたぶり尽くすつもりだった。
大気を裂いてひとすじの閃光がほとばしったのは次の瞬間だった。
アルダナリィ・シュヴァラの顔面めがけて飛来した一撃は、しかし、着弾の寸前であらぬ方向へと逸れていった。
不可視の斥力フィールドによって弾道をねじ曲げられたのだ。
「……そういえば、一匹メス犬がうろついていたなあ」
アラナシュはいまいましげに吐き捨てると、アルダナリィ・シュヴァラの頭部を旋回させた。
その視線の先には、
ヴェルフィン。
人狼兵レーカの愛機は、すでに第二射の発射準備を始めている。
「”雉も鳴かずば撃たれまい”というが……わざわざ自分から殺されにくるとは、まったくけなげな犬っころじゃないか。そう思わないか、ヴェイド女侯爵?」
「よせっ!! 貴公の相手はこの私だ!!」
「そのざまでよく吠える。だれが生殺与奪の権を握っているのか、どうやらまだ分かっていないようだな」
激昂したセフィリアにむかって、アラナシュはあくまで冷淡に告げる。
それに呼応するように、アルダナリィ・シュヴァラの両肩の装甲がスライドし、重水素レーザーの本体が露出する。
六角形を組み合わせた砲口は、透明なカバーに覆われている。
”
アルダナリィ・シュヴァラに搭載されている最強の火器であった。
その巨体にふさわしく、ノスフェライドやゼルカーミラに内蔵されている火器とは桁違いの大きさだ。
当然、その威力も聖戦十三騎のなかでトップクラスに位置している。
ほんの数秒照射するだけで、ひとつの街を地上から消し去る程度は難なくやってのけるだろう。
「勝ち目のない相手に果敢に挑んできた忠節と勇気を讃えて、あの犬には特別に褒美をやろう。痛みを感じる間もなく、この世から消し去ってやる――――」
いましも重水素レーザーが発射されるかというとき、アルダナリィ・シュヴァラの機体がおおきく後方に傾いた。
ゼルカーミラがフルパワーで後方へ飛んだのである。
それを可能としたのは、直前、ワイヤーに生じたわずかなゆるみだった。
セフィリアはその一瞬を逃さず、
総出力では圧倒的にまさるアルダナリィ・シュヴァラといえども、ふいを衝かれてはひとたまりもない。
須臾のあいだ自由を取り戻したゼルカーミラは、細剣を縦横にふるい、四肢に絡みついたワイヤーをみごとに切断しおおせている。
「……子供じみたまねを。俺に反抗しているつもりか?」
アラナシュは深いため息とともに吐き捨てる。
その言葉は、しかし、セフィリアに向けられたものではない。
「これは俺たちの戦いだということを忘れるな。もし二度とつまらん邪魔をしてみろ。家名も爵位も将来も、なにもかもを失って泣くことになるのはおまえだ。――――わかったな、ハルシャ」
***
「だめか!?」
レーカは
(あれが”アルダナリィ・シュヴァラ”……なのか!?)
サイフィス侯爵家が所有する伝説のブラッドローダーについては、レーカも何度か耳にしたことはある。もっとも、門外不出の機体であり、画像データさえ出回ってはいない。
じっさいに目にするのは、正真正銘これがはじめてだ。
その背後には、空中で静止したままのゼルカーミラの姿もみえる。
くわしい事情は不明だが、ゼルカーミラがなんらかの原因で拘束されているのはまちがいない。
「とにかく、いまはセフィリア殿をお助けしなければ……!!」
ヴェルフィンの火力でブラッドローダーに有効打を与えられるとはおもっていない。
それでも、すこしでも敵の注意をそらすことで、ゼルカーミラが脱出する隙を作ることができれば充分だ。
そのためには、ヴェルフィンに搭載された兵器のなかで最大の破壊力と射程をもつ電磁投射砲をひたすら撃ち込みつづけるほかない。
そう簡単にいかないことも、むろんレーカは承知している。
高性能機とはいえ、しょせんウォーローダーにすぎないヴェルフィンには、ブラッドローダーの攻撃を防ぐことはできない。
反撃を受ければそれまでだ。牽制のつもりで放たれたレーザーの一閃、ミサイルの一発も、こちらにとっては致命傷になるのである。
庭園の樹木に身を隠しつつ、ヴェルフィンはたえまなく位置を変える。
ブラッドローダー相手では気休めにもならないとは知りながら、すこしでも時間を稼ぐための方策であった。
(姫様はアゼトを見つけられただろうか……)
すでに戦いは始まっているというのに、ノスフェライドはまだ戦場に現れていない。
それはとりもなおさず、
それでも、ノスフェライドの不在は、レーカにひとつの希望を与えた。
すくなくとも、アゼトはまだ生きている。
ノスフェライドが上空から動いていないということは、アゼトがなんらかの理由で喚んでいないというだけにすぎない。
くわしい事情は知るすべもないが、絶望するにはまだ早いのだ。
ヴェルフィンの索敵システムがけたたましいアラーム音を発したのはそのときだった。
レーカはすばやくレーダー・ディスプレイに視線を走らせる。
未確認の機体がこちらにむかって近づいている。
それも、一機や二機ではない。
ディスプレイ上に
互いに押し合いへし合いしつつ、それでもひとつの方向にまっすぐ進んでいくそのさまは、群生昆虫の大移動を彷彿させた。
このまま直進すれば、ガンダルヴァ城の内部になだれ込むのも時間の問題だ。
「やつら、昼間の黒いウォーローダーの生き残りか……!?」
レーカの背筋を冷たいものがひとすじ流れた。
ただでさえアルダナリィ・シュヴァラという恐ろしい敵を前にしているところに、黒いウォーローダーの大軍勢までもが出現したのである。
まさしく前門の虎、後門の狼。
進退いずれも修羅の道だ。
このさき事態がどう転んだとしても、生還はまず望めまい。
それでも、レーカは自分がなすべきことを理解している。
たとえわが身がどうなろうとも、リーズマリアとアゼトは無事に脱出させなければならない。
そのためなら、ブラッドローダーと戦い、ただ一機で大軍勢を迎え撃ってみせる。
と――甲高い金属音が一帯に響いた。
拘束を逃れたゼルカーミラが、アルダナリィ・シュヴァラと激しく剣を交えているのだ。
自分の援護射撃が役に立ったとはおもえないが、ともかく、これでアルダナリィ・シュヴァラの相手はセフィリアに任せておける。
城門に殺到する黒いウォーローダーの群れ――”グレガリアス”の大部隊を食い止めるべく、ヴェルフィンは猛然と疾走を開始した。
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