鬼神繚乱/二人の貴公子編

CHAPTER 01:フェイスレス・マシン

 黄昏の空に鉄を打つ音が響いた。

 次の刹那、立て続けに起こったのは、耳を聾する爆発音だ。

 そのたびに、夕陽の色よりもなお紅い炎が、いくつも天にむかって伸びていく。


 十三選帝侯クーアフュルストが一人、ハルシャ・サイフィス侯爵の治める領域エリア――その辺境に位置する、名もない砂漠地帯である。

 

 だだっぴろい砂の大地は、いま、黒灰色ブラックグレーの波に呑み込まれようとしていた。

 

 ウォーローダーの大部隊だ。

 その総数は、ざっと五百機をくだるまい。

 帝都において開発された新型機”グレガリアス”であった。


 物量もさることながら、それ以上に目を引くものがある。

 グレガリアスは、すべての機体が寸分違わぬ外見を持っているのである。

 装甲の形状、塗装、各機が携えている銃剣つきライフル……。

 すべてが判を押したようにまったくおなじなのだ。


 画一的な工業生産ラインが失われたこの時代、ウォーローダーは共食い整備ニコイチや応急修理によって独自のカスタマイズが施されているのが常である。

 たとえ同型機であっても、この世におなじウォーローダーはふたつ存在しないと言われるほどなのだ。

 吸血鬼の下僕である人狼兵ライカントループが使用するウォーローダー”ヤクトフント”は、人間の使用する雑多なウォーローダーに較べれば規格化されているが、それでも部隊や地域ごとに細かなバリエーションが存在する。主君である吸血鬼の嗜好によって装飾デコレーションがほどこされたり、また任務の目的や乗り手の好みにあわせて適宜チューニングがおこなわれるためだ。

 いずれにせよ、これほど画一的な大部隊がこの世界に存在しているとは、にわかには信じがたいことであった。

 

「こいつッ――いいかげん、倒れろ!!」

 

 何機目かのグレガリアスを薙ぎ倒しつつ、レーカは吐き捨てるように言った。


――なんて硬さだ!!


 グレガリアスは、レーカがこれまで戦ったどのウォーローダーよりも堅牢だ。

 重装甲で知られるスカラベウス・タイプも、ヴェルフィンの斬撃を受ければたちまち両断される。

 それに対して、グレガリアスはたんに斬りつけただけでは破壊できない。装甲がクッションのように陥没し、刃を埋めてしまうのである。


 グレガリアスの装甲は二重構造になっている。

 聖戦以前の時代、戦車の装甲などに採用されていたスペースド・アーマーだ。

 ウォーローダーに用いるには重量がかさみすぎることから、戦後は忘れ去られた技術であった。

 グレガリアスの場合、ただ二重になっているわけではない。第一層と第二層の空隙には、運動エネルギーを吸収・分散する超高分子ポリマーが充填されているのである。

 これによって外部から加わった攻撃の威力を低減させるだけでなく、ポリマーの粘着力によって敵の武器を絡め取ることもできる。


 グレガリアスの胴体を貫いた長剣ロングソードを引き抜くまもなく、次の敵がヴェルフィンに襲いかかってくる。

 レーカは長剣を抜くことをあきらめ、串刺しになったままの敵機を盾代わりに、新手にむかって突進する。


 銃弾が命中するたび、激しい火花が散る。

 残骸と化してなお黒灰色の装甲は堅牢だったが、やがて各部から炎が噴き上がった。

 度重なるダメージによって燃料電池フューエル・セルに引火したのだ。


「ちいっ!!」

 

 レーカはヴェルフィンを全速後退させつつ、盾にしていたグレガリアスを放り捨てる。

 はげしい閃光とともに爆発が生じた。

 燃料電池フューエル・セルの誘爆は、周囲のウォーローダー二、三機を巻き添えにするほどの威力がある。

 敵を一掃するには好都合だが、自分まで巻き込まれては元も子もないというわけだった。

 

 なおも追撃してくる黒灰色の機影を躱しつつ、レーカは盾の裏から予備の長剣を引き抜く。

 

「レーカ、無事か!?」

 

 ヘルメット内蔵の無線機インカムが少年の声を吐き出したのはそのときだった。

 

「こちらはどうにか食い止めている。アゼト、そちらはどうだ?」

「あいかわらずだ。倒しても倒しても、次から次へと湧いて出てくる。これじゃキリがない……」

 

 アゼトの声には、隠しきれない疲労感がにじんでいる。

 それも無理からぬことだった。攻撃を受けてからいままで、息つく間もなく戦いつづけているのである。

 むろん、ノスフェライドの圧倒的な性能ならば、ウォーローダーごときを蹴散らすことはたやすい。

 だが、斬られても灼かれても、いっこうに怯まずに襲いかかってくる敵との戦いは、想像以上に心身を疲弊させるのだ。

 

「レーカ、こいつらが何者か分かるか?」

「いや、いままで見たことのない型式タイプだ。ヤクトフントともまったくちがう。それに……」

「それに、なんだ?」

「こいつらは、人狼兵とはちがうような気がする」

「どういうことだ?」

「脳改造を受けた人狼兵ライカントループでも、最低限の恐怖心は残っている。それなのに、こいつらはまるで死を恐れていない。まだ生きている味方を踏み越えて進んでくるのは、まるで……」

 

 言いかけて、レーカは言葉をつまらせる。

 

「機械……さもなければ、昆虫ムシだ」

 

 レーカの呟きをかき消すように、甲高い警告音アラームが鳴り響いた。

 地形表示ディスプレイに眼を走らせれば、発信源はすぐに見つかった。

 

 はたして、そこは陸運艇ランドスクーナーを隠してある谷間だ。


 船にはリーズマリアが乗っているのである。

 セフィリアのゼルカーミラが護衛についているが、不測にして最悪の事態――このうえ敵のブラッドローダーが投入されたということもありうる。

 黒灰色のウォーローダーの群れとブラッドローダーの同時攻撃を受ければ、さしものゼルカーミラも防衛の手が回らないはずだ。


 もしそうであれば、アゼトとレーカは、まんまと陽動作戦に乗せられたということでもある。

 

「まずい……姫様っ!!」

「レーカ、ノスフェライドに掴まれ!! 一気に飛ぶぞ――――」 

 

 ***

 

「やああああっ!!」

 

 セフィリアの裂帛の気合とともに振り下ろされたゼルカーミラの細剣レイピアは、黒灰色のウォーローダーを一刀のもとに両断した。


 動きを止めることなく、菫色ヴァイオレットの巨人騎士は、左右のグレガリアスめがけて手首に内蔵された鉤爪クローを発射する。 

 炭素繊維で織られた超硬度ワイヤーの末端に、ブラッドローダーの装甲と同材質の爪を装着した武器である。

 相手を掴んだまま振り回すことも、するどい爪で広範囲を切り裂くこともできる。


 いまセフィリアが選んだのは、そのどちらでもない。

 鉤爪を弾丸みたいに飛ばし、二機のグレガリアスを貫通してみせたのである。

 

「どこからでもかかってこい。このセフィリア・ヴェイドがいるかぎり、リーズマリア様には指一本触れさせはしない」

 

 鉤爪を収納したゼルカーミラは、なおも包囲を崩そうとしない黒灰色の群れにむかって一喝する。

 

(しかし、この者たちは……)

 

 見たことのない機種だった。

 見た目だけではない。

 ヤクトフントやアーマイゼのような一般的なウォーローダーとは、あきらかに性能のレベルがちがう。

 使い捨ての兵器らしからぬ重厚な佇まいは、どこかブラッドローダーのような雰囲気さえ漂わせている。

 

 むろん、そんなはずがないことはセフィリアも理解している。

 五百年ほど前に起こったによって、もはや新たにブラッドローダーを生み出すことは不可能になっている。

 それ以来、ブラッドローダーの数はゆるやかに減少の一途をたどり、各諸侯は現存する機体を延命することに腐心してきたのだ。

 

(徒党を組まねば戦えない者たちが、ブラッドローダーを駆る貴族であろうはずがない!!)

 

 セフィリアは猛然とゼルカーミラを突進させる。

 細剣レイピアがきらめくたび、周囲のグレガリアスは一機また一機と倒れていく。

 いかに堅牢な複合装甲といえども、ブラッドローダーのパワーのまえには無力だ。


 と、十機ほどのグレガリアスが猛スピードで迫った。

 ブラッドローダーを相手に、あまりにも無謀・無策な力攻め。

 彼らは、最初から死ぬつもりで捨て身の突撃を仕掛けてきたのだった。

 あわよくばゼルカーミラに組み付き、その動きを封じるつもりなのだろう。

 

 ゼルカーミラが飛んだ。

 妖精みたいに優雅に舞った菫色のブラッドローダーは、グレガリアスの真っ只中へと飛び込んでいく。

 そうしてふたたび地面に着地したとき、一群のグレガリアスは忽然と姿を消していた。

 地面に散らばっているのは、形も大きさもてんでな黒灰色の断片だけだ。


 すでに戦場は屍山血河のありさまを呈しつつあった。

 破壊されたウォーローダーがそこかしこで山と積み上がり、乾いた大地は血とオイルでまだらに染まっている。


 グレガリアスは、しかし、いっこうに怯む様子もない。

 同胞はらからの死骸を平然と踏み潰し、ゼルカーミラへと近づいてくる。

 重水素レーザーで一掃しようにも、渓谷内では直進するレーザーの効果は薄い。爆発力で敵を殺傷するミサイルなどはもってのほかだ。

 手際よく片付けようとすれば、かえって危機をまねくおそれがある。

 

(このままではまずい……)

 

 グレガリアスを片付けながら、セフィリアの胸を冷たいものがよぎる。

 こいつらに陸運艇を囲まれたら終わりだ。

 もし回り込まれていたらどうする?

 自分と、そしてゼルカーミラの動くかぎり、リーズマリアのところへは一機も行かせるわけにはいかない。

 

 ゼルカーミラが剣を構えたとき、上空から黒と紅の機影が舞い降りた。

 

「アゼト!! レーカ!!」

 

 ゼルカーミラの傍らに着地したノスフェライドとヴェルフィンにむかって、セフィリアはおもわず叫んでいた。

 

「一人にしてすまなかった。もう大丈夫だ」

「このレーカも微力ながらお手伝いします、セフィリア殿」

 

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーンの称号をもつ二騎のブラッドローダーと、一機のネイキッド・ウォーローダーは、押し寄せる敵機の群れに飛び込んでいく。

 

 目の前の戦いに没頭する彼らは、しかし、ついに気づくことはなかった。


 はるか上空からその戦いを観測し、すべてのデータを貪欲に収集していた”眼”の存在を。

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