CHAPTER 04:ワイズメン・カム
冷たい緊張が部屋を充たしていた。
シドンⅨの外れに建つ
年季の入ったテーブルを囲むのは五人の男たちだ。
猟師たちの
ベルンハルトはシドンⅨにおける政治と軍事、マテウスは宗教の指導者と言ってよい。
その両名が席を同じくすることは、
白髪頭の二人にたいして、テーブルを挟んで向かい合った三人の男たちはいずれも若い。
青い髪の男を中心に、
年の頃は二十歳を過ぎたかどうか。見ようによっては、十代の少年と言っても通用するだろう。
辺境のちいさな寒村とはいえ、一共同体の指導者と対峙するにはどうみても不釣り合いだ。
不自然なのは年齢だけではない。
現在では手に入らない希少な
異様な風体は、三人が
「単刀直入に言う」
重い沈黙を破ったのは、三人のうち青い髪の男だ。
「リーズマリアを早々にこちらに引き渡せ。いまならまだ間に合う」
司祭マテウスは頭領ベルンハルトと顔を見合わせたあと、一語一語、慎重に言葉を選びながら答える。
「畏れながら……いましばらくのご猶予をいただきとうございます」
「おろかなことを。あの娘はもうじき十五歳になる。すでに兆候も出始めているのであろうが?」
「それは……」
「勘違いをするな。我らはおまえたち人間がどうなろうと知ったことではない」
青い髪の男は鼻で嗤うと、心底からの憎悪をこめて言い放つ。
「小娘ひとりといえど、ひとたび覚醒すればその
「それでも、重ねてお願いもうしあげます。いますこし我々に時間をお与えください」
「くどいな――――」
青髪の男の言葉には、刃のような殺意が宿っている。
武器は携えていないが、もとより人間ごときを殺すのに道具など必要ない。
男がその気になれば、指一本で頭領と司祭の首を刎ねる程度は造作もないのだ。
いつでも殺せる。その余裕が、激発しかけた男の怒りを鎮めた。
「まさかとは思うが、あの娘が人間のままでいられるとでも思っているのか?」
「……」
「おまえたちがあの娘の身柄を預かるにあたって、皇帝陛下とのあいだにどんな約束を交わしたかは知らぬ。だが、小細工をほどこしても、偽ることができるのは見た目だけだ。あの娘の本性は我らとおなじ……信仰や家族愛などといったくだらん幻想にどれほど浸したところで、なにが変わるはずもない」
唇を噛んだまま黙した司祭にかわって、頭領ベルンハルトが口を開いた。
「大公さま、儂からもお願いもうしあげます」
「ほう」
「リズはいい娘です。だれからも好かれておりますでな。それに、理由も告げずに消えれば、里の者はきっと不審がります」
「おまえもあれを連れ帰るのには反対か?」
「そこまでは……しかし、せめて別れの場をもうけさせていただきとうござる」
青髪の男はしばらく考え込むようなそぶりをみせたあと、ふっとため息をついた。
男でも見惚れるような、それは悩ましくも美しい所作だった。
「五日後の晩にまた来る」
「それでは……!!」
「リーズマリアの処遇はそのときに決めるとしよう。いずれにせよ、別れは済ませておけ」
「遠方の教会に修行に行ってもらうといえば、あの子もきっと納得してくれると存じます。騙すことにはちがいありませんが……」
「よきにはからえ」
青髪の男は慇懃に言うと、音もなく席を立っていた。
両隣に座っていた二人の男も、遅れじとその後を追いかける。
「ほんとうによかったのですか? アルギエバ大公殿下」
廊下に出たところで、黒い肌の男が小声で問うた。
「心配か? カスパル伯爵」
「もしやつらがリーズマリア姫殿下をひそかに逃がすようなことがあれば……」
「そのつもりなら、とうに
なおも不安の色を隠せないカスパル伯爵に、青い髪の男――バルタザール・アルギエバ大公はこともなげに言いのける。
「あやつらはリーズマリアを愛している。あの娘がこのまま人間で居続けてくれるのではないかと、はかない望み――神の奇跡とやらにすがっているのだ」
アルギエバ大公は呵呵と哄笑する。
「人間とはどこまでも愚昧な生き物よ。起こりもしない奇跡を信じ、わずかな可能性にすがりついて破滅から目を背けるのは、八百年まえとなにも変わっておらん。いつの時代も、奴らは希望のために滅びていくのだ」
アルギエバ大公は随行する二人にそれぞれ視線を向けると、
「カスパル伯爵、メルキオル男爵、貴公らも覚悟はしておけ」
先ほどまでとは打って変わって真剣な声色で告げた。
「リーズマリアに宿る皇帝陛下の血が覚醒すれば、我らも無傷では済むまいからな」
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