CHAPTER 02:ライド・ア・レイド

 アンジェラと出会ったのは、シクロがこの稼業ローディに足を踏み入れてまもないころだった。


 傭兵にせよ賞金稼ぎにせよ、ウォーローダー乗りの共同体コミュニティは、おしなべて閉鎖的な性格をもつ。

 割のいい依頼は古馴染みのメンバーだけで共有され、コネをもたない新参者や余所者には危険で安価な案件ヤマばかりが回ってくる。

 ベテランのもとで下積みをしようにも、さんざん報酬の上前をはねられたあげく、最期は弾除けにされるのが関の山なのだ。

 新人ルーキーの平均寿命は一ヶ月たらずとは、あながちおおげさな話ではないのである。


 そんな業界でなんの後ろ盾もない新入り――それも十歳になるかどうかという幼い少女がめきめきと頭角を表したとなれば、悪辣なベテラン勢に目をつけられるのも当然だった。

 ふだんは互いにいがみ合っている同業者たちが手を取り合い、一致団結して新人つぶしにかかったのである。

 シクロに割のいい依頼を回さないように仲介屋に根回しを図ったのはほんの序の口だ。

 いつしかシクロのもとには、危険で報酬の少ない厄介な依頼ばかりが舞い込むようになった。


 弱肉強食を是とする傭兵や賞金稼ぎのあいだにも、最低限のルールはある。

 同業者同士での裏切りや報酬の横取りは御法度とされ、禁を犯した者は賞金首として生涯追われるはめになる。

 ベテラン勢は危険な依頼をシクロひとりに押しつけることで、彼女が戦死することを期待したのだ。

 直接手を汚すわけではないが、間接的な殺人計画にはちがいない。


 アンジェラがシクロに声をかけたのは、彼女が何度かの死線をくぐりぬけ、いよいよ次はないと思われたときだった。


——ねえ、私たちと組もうよ。クソみたいな男どもの言いなりになって死んじゃったらつまんないでしょ?


 すでに”狂った三月兎マーチ・ヘアーズ”を率いる凄腕ローディとして名声を得ていたアンジェラに見込まれたことで、シクロへの嫌がらせはたちまち熄んだ。

 同業者だろうと敵とみなせば容赦なく噛みつくアンジェラ一党と、助かる可能性のない戦場からも平然と生還するシクロが結託すればどうなるか。

 海千山千の老獪なベテラン勢は、これ以上新人つぶしを続けるのは賢明ではないと判断したのである。


 ”狂った三月兎マーチ・ヘアーズ”への正式加入には至らなかったものの、シクロはしばらくアンジェラの客分として行動を共にすることになった。

 アンジェラは仕事以外でもシクロ、そしてまだ幼いアゼトを自分の兄弟同然に可愛がり、なにくれと世話を焼きもした。

 やがて賞金稼ぎとして一本立ちするのに充分な資金と評価を得たシクロが”狂った三月兎”を去ったときも、アンジェラは恨み言や恩着せがましい文句のひとつも言わなかった。

 それどころか、守り刀として愛用するグルカナイフの一振りを与え、あらたな門出を見送ったのだった。


 アゼトを養いながら賞金稼ぎとして各地を転戦していたシクロのもとに、アンジェラからの連絡が入ったのは三週間ほどまえのこと。

 別々の道を歩むことになったとはいえ、シクロにとっては大恩ある相手にはちがいない。

 むこうから協力を依頼してきたとなれば、ねがってもない恩返しの機会でもあった。

 追いかけていた賞金首をはやばやと片付けたシクロは、まっすぐにアンジェラとの待ち合わせ場所――傭兵たちの集会所でもある酒場”禿鷲の巣窟ヴァルチャーズ・ネスト”に向かったのだった。


***


 廃工場に無接点モーターの甲高い駆動音が響きわたった。


 シクロと”狂った三月兎”のメンバーたちが各自のウォーローダーを持ち込み、作戦前の最終調整をおこなっているのだ。

 壁際に据え付けられた整備台に横たわるのは、三機の青いアーマイゼと一機の白いカヴァレッタ。

 アーマイゼはアンジェラを除く”狂った三月兎”の三名、カヴァレッタはシクロの愛機である。

 

「カヴァレッタ、か……」


 バビリエはコクピットに座したシクロを一瞥すると、ひとりごちるみたいに呟く。


「いまからでもアーマイゼを手配してやろうか」

「いい。カヴァレッタが気に入ってる」

「おまえがよくても、こんなウォーローダーで作戦に参加されては迷惑だと言っているんだ」


 バビリエの指摘はもっともだ。

 偵察型のカヴァレッタは機動性にすぐれる一方、装甲もパワーもアーマイゼには及ばない。

 武装の搭載量も乏しく、対多数の正面戦闘に投入するのは自殺行為にひとしい。

 それでも単独の任務なら自分が死ぬだけのことだが、仲間まで巻き込むとなれば話はちがってくる。

 チーム全員の生死がかかっている以上、より戦力として期待できるマシンを求めるのは当然なのだ。


 バビリエに痛烈な批判を浴びせられても、シクロは動じるそぶりもない。


「カヴァレッタでは駄目というなら私は降りる。それに、アンジェラはなにも言わなかった」

「甘い顔をしていれば図に乗って!!」


 バビリエが平手打ちの構えを取ったのと、背後で足音が生じたのは同時だった。


「はいはい、二人ともストップストップ」

「アンジェラ……」

「戦いのまえに仲間割れ、よくないなあ。それに、他人の機体のことをとやかく言うのはローディとして感心しないわね」

「しかし、今回のミッションは……!!」

「バビリエ――」


 アンジェラの声がにわかに氷の冷たさを帯びた。

 一切の反論も抗弁も許さないという無言の重圧。

 ここから先は慎重に言葉を選ばなければ、仲間といえども無事ではすまない。


「いえ……なんでもありません」

「ん、よろしい。シクロもごめんねえ。この子も悪気があったわけじゃないのよ」


 アンジェラはふっと顔をほころばせる。

 そしてシクロの黒髪を手櫛で梳かしながら、ついとカヴァレッタを見やる。


「カヴァレッタはたしかに戦闘向きじゃないけど、あんたが選んだ機体なら私は信じるよ。自分の棺桶になるかもしれないんだから、他人になにを言われようと納得できるマシンに乗ったほうがいい。そうでしょ、シクロ?」

「ありがとう、アンジェラ」


 アンジェラは満足げに頷くと、四機とは反対側の壁に顔を向ける。


「それに、対多数戦に向かないのは私のウォーローダーもおなじだものね」


 ぽつねんと置かれた整備台の上には、イエローオレンジに塗られた中量級ウォーローダーが横たわっている。

 兎を彷彿させる一対のヘッド・アンテナと、単眼モノ・アイ型の光学センサーをそなえた独特の面構え以上に目を引くのは、その太い両腕だ。

 肘から先は通常のウォーローダーのような五指を備えたマニピュレーターではなく、銃剣バヨネットつきの大口径砲——より正確には、巨大な回転式拳銃リボルバーそのものだった。


 人類と吸血鬼の最終戦争において、ウォーローダーの一部は奇怪な進化を遂げた。

 吸血鬼の心臓を貫くことに特化した火薬式杭打ち機や、不死の肉体を再生不可能なほどに損壊させる大口径火器を組み込んだ機体群がそれだ。

 人間同士の戦争では一笑のもとに却下されるだろう特殊装備も、対吸血鬼戦においてはその有効性を認められたのである。

 ウォーローダーの最大の長所である汎用性と引き換えに、それらの機体は並はずれた攻撃力を獲得した。

 もともと生産数が少ないこともあり、戦時中に生産されたオリジナルは現存していないが、当時の施設跡からごくまれに予備パーツが見つかる事例がある。

 アンジェラの愛機は、ほうぼうの武器商人からそうした部品を買い付け、アーマイゼ・タイプの基礎フレームに組み込んだものであった。


「腕一本あたり六発――全部当てても十二発。そのうえ戦闘中の再装填はムリときてる。だけど、ほかの機体に乗り換えるつもりはないわ」


 言って、アンジェラは誇らしげに愛機を指さす。


「私のヴィルトハーゼ野兎より強いウォーローダーなんて、この世に存在しないんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る