CHAPTER 04:アズ・ア・ヒューマン

 雲海をはるかに見下ろす成層圏に、ふたすじの光芒が流れた。

 一見すると流星のようにもみえるそれは、しかし、ただ落下するだけの流星とはあきらかに挙動を異にしている。

 すさまじい速度で夜空を駆けつつ、めまぐるしく位置と高度を変え、ときに激しくその軌跡を交差クロスさせる。

 刹那にまたたく光の色はふたつ――あざやかな緑と、血のような赤。

 ノスフェライドとザラマンディアであった。


「どうした、ノスフェライド。まさかその程度で全力などとは言うまいな!?」


 幾度目かの衝突のあと、サルヴァトーレは哄笑とともに言い放った。

 ザラマンディアの赤金色オレンジサファイアの装甲は、大気との摩擦によって赤熱化し、ほとんど黄金と見紛うほどの輝きを放っている。ときおり装甲表面からほとばしる閃光は、ありあまるエネルギーをプラズマとして放電しているのだ。

 恐ろしさと神々しさをかねそなえたその姿は、まさしく金翅鳥ガルーダの化身にほかならない。

 雷をまとった半人半鳥のブラッドローダーは、鉤爪クローをそなえた両手を胸の前で組み合わせる。


「遊びはここまでだ、ノスフェライド!!」


 サルヴァトーレの叫びにあわせて、ザラマンディアの両手首が強烈な閃光に包まれた。

 全方位に拡散したと見えた光は、またたくまに両手の先端へと集束していく。

 それから数秒と経たないうちに、ザラマンディアの両手首は、するどい光の剣へと形を変えていた。


 アゼトが瞠目したのはその刃渡りサイズだ。

 光の剣はまるい地平線に吸い込まれるように果てしなく伸延し、その末端はどこにあるのか見当もつかない。

 ザラマンディアの手にあるのは、すくなく見積もって数百キロ、ともすれば千キロを超える空前絶後の巨剣であった。

 むろん、実体をもった武器ならば形を保つことさえ不可能なサイズだ。

 ザラマンディアはありあまるエネルギーを用いて細長い電磁フィールドを形成し、その内部にプラズマを充填することで、質量としてはかぎりなくゼロにちかい光の巨剣を作り出したのだった。

 鍔元から剣尖までプラズマだけで構成された光の巨剣は、純粋なエネルギーの結晶と言い換えてもよい。その破壊力はあらゆる質量兵器を凌駕し、触れたものはたちどころに原子の塵へと分解される。

 まともに命中すれば、いかにノスフェライドといえども致命傷はまぬがれない。


(あの剣の間合いの内側に飛び込むしかない――――)

 

 アゼトは光の巨剣の動きを凝視しつつ、ノスフェライドを急旋回させる。

 この状況において、間合いを取るのは愚の骨頂だ。

 質量をもたない刃は、長尺の武器につきものの出足の遅さや取り回しの悪さといった欠点とも無縁なのだ。

 どこへ逃げようと、光の刃は瞬時にその動きに追随してくるばかりか、戦いの主導権イニシアチブを完全にサルヴァトーレに握られることにもなる。

 すでに内蔵式アーマメント・ドレスという最大の切り札は切ってしまっている。このうえ後手後手に回れば、もはや逆転の目はない。

 いまのアゼトには、危険を承知でザラマンディアの内懐に飛び込むしか活路はないのである。

 大太刀は地上に置き捨てたままだが、エネルギー・フィールドをまとったノスフェライドの拳は一撃必殺の威力をもつ。接近することさえできれば、勝算はじゅうぶんあるはずだった。


「どうした、ノスフェライド!! 逃げ回るばかりでは勝負にならんぞ」


 サルヴァトーレが嘲るように言い放ったのと、光の剣がおおきく湾曲したのと同時だった。

 プラズマを封じ込めている電磁場を操作することで、無限遠の刃は自在にその形を変化させるのである。

 鎌首をもたげてノスフェライドを追うその姿は、さしずめ宙を泳ぐ大蛇とでも言ったところだ。

 ノスフェライドはジグザグ軌道を描いて回避を試みるが、亜光速で襲いかかるプラズマに速度で対抗することなど出来るはずもない。

 はたして、大蛇のあぎとがノスフェライドを捕捉するまでさほどの時間は要さなかった。


「くっ――――」


 もはや直撃は避けられないと悟ったアゼトは、ノスフェライドの左腕に装備したシールドを取り外し、プラズマの大蛇めがけて投擲する。

 刹那、目も眩むほどの閃光が一帯を領した。

 シールドに内蔵された防御フィールド発生装置が作動したのだ。

 彼我のフィールドが互いに干渉することで、画然たる境界線を失ったプラズマは、てんで無秩序に放散していく。

 こうなっては、ザラマンディアとしても無駄なエネルギーを垂れ流しているのとおなじことだ。


「ちっ……!! どこまでも往生際が悪い!!」


 もはや用をなさない光の巨剣を消し去ったサルヴァトーレは、ノスフェライドめがけてザラマンディアを突進させる。


「間一髪のところで命拾いをしたつもりだろうが、しょせん無駄なあがきよ。防御の要である盾を失ったブラッドローダーなど、このザラマンディアの敵ではない……」

「どうかな。試しもせずに口にするだけなら、だれにでもできる」

「この期に及んでまだほざくか――――」


 耳を聾する破壊音が響きわたったのは次の瞬間だ。

 ノスフェライドとザラマンディアが真っ向から激突したのである。

 およそブラッドローダー戦の定石セオリーから外れたゼロ距離での肉弾戦。

 ザラマンディアには鉤爪クローがあるとはいえ、この距離ではどちらも殴る・蹴るといった原始的な攻撃に終始せざるをえない。


 電光石火の疾さで鋼鉄の四肢が動いた。

 ノスフェライドの膝蹴りがザラマンディアの脇腹をしたたかに抉ったかとおもえば、すかさずザラマンディアの鉤爪がノスフェライドの兜を削り取る……。

 ザラマンディアが吹き飛ばされたふうを装って間合いを取ろうとすれば、ノスフェライドがすかさず追いすがって痛撃を浴びせる……。

 どちらも決定打には至らないまま、機体の傷だけが際限なく増えていく。

 しかし、機体のダメージ以上に深刻なのは、一瞬たりとも気を抜くことができない状況のなかで削り取られる乗り手ローディの神経だ。


 息もつかせぬ戦いを繰り広げながら、ノスフェライドとザラマンディアは、二色の螺旋を描いて急降下していく。

 先に下降をはじめたのはノスフェライドだ。

 ザラマンディアはその後を追っているつもりで、知らず知らずのうちに、成層圏から雲海すれすれの高度まで誘導されたのだった。

 いったん攻撃の手を止めたサルヴァトーレは、あきれたようにため息をつく。


「いよいよ怖気づいたか。まさか、このまま逃げおおせられるなどとは思っていないだろうな?」

「当然だ。まだ戦いは終わっていない」

「あいにくだが、貴様はここで終わりだ。消耗したエネルギーの回復までに付き合ってやったが、それもここまで。塵ひとつ残さず消え失せるがいい、ノスフェ――――」


 サルヴァトーレの言葉はそこで途切れた。

 むろん、みずからの意思でそうしたのではない。

 はるか下方――地上から雲海を突き抜けて飛来したが、ザラマンディアを貫通したのだ。


「う……ぐおおお……っ!!」


 腰から右の肩にかけて串刺しにされたサルヴァトーレは、おびただしい血とともに苦吟を吐き出す。

 驚異的な再生能力をもつ至尊種ハイ・リネージュ――吸血鬼といえども、こと痛覚においては人間と変わらない。

 かろうじて心臓への直撃は避けたものの、サルヴァトーレは臓器の大半を破壊され、いまこの瞬間も肺に流れ込んだ血液によって溺れつつあるのだ。

 ザラマンディアのコクピットを貫通し、自身に深傷を負わせたの正体は、すぐに知れた。


「こ、れは……まさか……!?」


 雲海を割って突如飛来し、ザラマンディアを貫通したもの――――

 それは、ノスフェライドが地上で手放したはずの大太刀にほかならない。

 アゼトは遠隔コントロールによって大太刀を引き寄せられる高度まで降下したうえで、ノスフェライドの手元ではなく、ザラマンディアに直撃させるという荒業に打って出たのである。

 肉弾戦で装甲を削り取ったのは、この一撃を確実なものとするための布石だったのだ。

 はたして、一か八かの奇策は奏効し、目の前のノスフェライドに全神経を注いでいたザラマンディアは、まったく予期せぬ方向からの不意打ちをまともに喰らったのだった。


「う……ぬ!! ノスフェライド、きさま……!! よくも、よくもこんな薄汚い手を……!!」

「言ったはずだ。おまえを倒すためなら、俺はどんな手でも使うと」

「逆賊リーズマリアのために至尊種ハイ・リネージュの誇りさえ捨てたかッ!?」


 瀕死の重傷を負いながら、火を吐くように激昂するサルヴァトーレに、アゼトは底冷えのする声で応じる。

 

「俺は至尊種ハイ・リネージュじゃない」

「なっ……!?」

「俺はアゼト。リーズマリアからノスフェライドを託された人間。そして……」


 アゼトの言葉に呼応するように、ノスフェライドの全身がひときわまばゆい緑の閃光に包まれていく。

 

「――――おまえたち悪しき吸血鬼を狩る吸血猟兵カサドレスだ」


 ノスフェライドの両腕が水平に動いた。

 その軌跡は、緑色のエネルギーをまとった横薙ぎの刃となって、身動きの取れないザラマンディアにむかっていく。

 機体を縦に貫いた大太刀と、横薙ぎの一閃が描き出すかたちは、まさしく十字架ロザリオにほかならない。


「こんなことがあってたまるか!! このサルヴァトーレ・レガルスが、人間ごときに敗れるなど――――」


 吸血鬼にとって最も忌避すべき聖印を肉体に刻み込まれた苦痛は、まさしく言語を絶する。

 サルヴァトーレの肉体は急激に朽ち、灰へと還りつつある。

 完全に灰化してしまえば、いかに吸血鬼の生命力でも、二度とよみがえることは叶わない。


「これで、終わったなどとおもうな……きさまも……リーズマリアも……かならず死…………」


 サルヴァトーレは最期の力をふりしぼり、アゼトに呪詛を吐きかける。

 転瞬、ザラマンディアの各部から爆炎がほとばしり、内側から膨れ上がった火球が機体を呑み込んでいった。

 アゼトはしばらく放心したように爆発を見つめたあと、ふっと長いため息をつく。


「ノスフェライド、よく頑張ってくれたな。帰ろう、みんなのところに……」



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