CHAPTER 03:ハート・アンド・ソウル
「で、できません……」
リーズマリアの気迫に圧倒されたセフィリアは、それだけ口にするのがせいいっぱいだった。
「いかにリーズマリア様のご命令でも、殺すつもりで斬りつけるなどと……!! せめて理由をお聞かせいただきとうございます」
すっかり怖気づいた様子のセフィリアに、リーズマリアは至って落ち着いた声音で語りかける。
「くわしい事情を説明している暇はありません。事態は一刻を争うのです」
「し、しかし……」
「ただひとつ言えることがあるとすれば――――これは私たちが生き延びるため、そして、ザラマンディアと必死で戦ってくれているアゼトさんを救うための唯一の手立てなのです」
アゼトを救うため――――
その言葉を耳にしたとたん、セフィリアははっと
リーズマリアの言葉はあいかわらず不可解だが、アゼトが不利な戦いを強いられていることはセフィリアにもわかる。
そんなセフィリアにむかって、リーズマリアは白くたおやかな繊手を差し出す。
「どうしても承服しかねるというなら、私に剣をお渡しなさい。剣術の心得はありませんが、自分の首を刎ねることくらいはできるでしょう」
「リーズマリア様、それだけはなりません!!」
セフィリアはとっさに後じさりつつ、剣把を固く握りしめる。
むろん、リーズマリアに力ずくで奪い取られることを防ぐためだ。
「いまだ若輩の身なれど、不肖セフィリア・ヴェイド、剣の扱いには多少の覚えがございます。どうしても玉体を傷つけねばならないというなら、畏れながらこの私にお任せいただきたく……!!」
セフィリアの言葉には、先ほどまでとは打って変わって、武人としての揺るぎない自信がみなぎっている。
ならば、いっそ覚悟を決め、主君の命令を忠実に果たすのが臣下の務めであるはずだった。
「わかりました。……あなたを信じます、セフィリア・ヴェイド」
言って、リーズマリアはセフィリアに背を向ける。
たとえ血の繋がった親兄弟であったとしても、吸血鬼が無防備な姿を晒すことはまずない。吸血鬼が生来持ち合わせている本能的な警戒心がそうさせるのだ。
あえてそうするのは、血縁以上の堅い信頼関係で結ばれた相手だけなのである。
「たとえこの身がどうなろうと、あなたを恨みはしません。遠慮なくおやりなさい、セフィリア」
ひりつくような沈黙がふたりのあいだを充たした。
リーズマリアにとっては、つい先ほどまで敵対していた相手に生殺与奪の権を委ねることになる。
主君を斬らねばならないセフィリアの双肩にのしかかるプレッシャーは、それ以上に大きい。
永遠のような数秒間ののち、セフィリアはふっと胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「リーズマリア様、御免――――」
セフィリアの手元が閃き、するどい銀光がひとすじ流れた。
刹那、宵闇にはらりと舞い散ったものがある。
透きとおる雪膚からあふれたそれは、目にもあざやかな血紅の花々であった。
***
ノスフェライドはひたすら廃墟の
飛行場の
高くそびえる
ザラマンディアの追撃を逃れ、
(一秒でも長く、奴の目を欺くことができれば――――)
そんなアゼトの希望を打ち砕くように、灼熱の熱線がノスフェライドのすれすれを薙いだ。
ザラマンディアのプラズマ・ビームだ。
外れたのではない。わざと至近距離で外すことで、いつでも殺せると言外に示しているのだ。
サルヴァトーレはあくまでノスフェライドを追い詰め、じわじわと狩り殺すつもりらしい。
複雑に入り組んだ空港施設も、逃げまどう獲物を追い詰める狩り場としては、これ以上ないほどにお誂え向きといえるだろう。
「どうした、ノスフェライド? せいぜい死ぬ気で逃げてみろ。そう簡単に仕留めてしまったのでは面白くないからなあ」
廃墟にサルヴァトーレの嘲笑がこだまする。
サルヴァトーレにとって、これは戦いなどではない。
逃げ場のない獲物をいたぶり、追い詰め、絶望の中でその生命を狩る残酷な
それほどまでにザラマンディアは強く、またノスフェライドは抗う術もないほどに傷ついている。それは否定しようのない事実だった。
(奴が遊んでいるつもりなら、まだトドメを刺すことはないはずだ)
アゼトはわざとザラマンディアの射線上に機体を晒し、紙一重のところでビームを躱すことで、一秒でも長く時間を稼ごうとする。
度重なる攻撃によって空港施設はじょじょに崩壊しつつある。
ノスフェライドが逃げ回っていられるのも、あと数分が限度だろう。
頼みの綱の
飛行能力を喪ったままザラマンディアと戦うのは自殺行為も同然だが、しかし、この状況で一矢報いるにはそうするほかに手はないのだ。
(一か八か、やるしかない――――)
アゼトが覚悟を決めたそのとき、ふいにノスフェライドに変化が生じた。
機体全体が緑色の光に包まれ、出力は計測上限値を振り切っている。
それだけではない。ほんのすこしまえまで沈黙していた
「これは――――」
アゼトは驚愕の声を洩らしつつ、ノスフェライドの能力が発動したことを理解する。
自分の意志ではどうしても発動できなかった、ノスフェライドの隠された
なぜこのタイミングで発動に至ったのかは不明だが、いまはそれについて考えを巡らせている暇はない。
目下の脅威であるザラマンディアと互角以上に戦う力を得たいま、アゼトが採るべき選択肢はひとつしかないのだ。
「おおッ!!」
空港ロビーの天井をぶち破り、ノスフェライドは一直線に上空へ跳んだ。
たんなる跳躍ではない。黒騎士は重力を味方につけ、ふたたび天空へと飛翔したのだ。
緑色のエネルギー・フィールドをまとったノスフェライドは、ザラマンディアにむかって大太刀を構える。
「なんだ? その姿は?」
サルヴァトーレは嘲るように鼻を鳴らすと、
「ふん――どうやら重力制御装置の修復は終わったようだな。多少見た目が変わったところで、しょせん見掛け倒しのハッタリにすぎん。このザラマンディアには通用せんぞ」
ノスフェライドを挑発するようにザラマンディアの鉤爪をクイクイと動かしてみせる。
「これ以上好きにはさせない。貴様は俺が倒す」
「くく、この期に及んでまだ大口を叩くか。まこと、この世に身のほど知らずほど恐ろしいものはない……」
サルヴァトーレの言葉をかき消すように、ザラマンディアは猛然と加速に移った。
目標は言うまでもなくノスフェライドだ。超高速の連撃を浴びせることで、戦闘の
はたして、サルヴァトーレの思惑どおり、ザラマンディアはノスフェライドの内懐深くへと飛び込んでいった。
「もらったぞ、ノスフェライド!! 今度こそ地獄へ叩き落としてくれるッ!!」
ザラマンディアが繰り出した
ノスフェライドはたしかにそこにいたはずだ。にもかかわらず、なんの手応えもないとは!?
サルヴァトーレが実体のない残像に攻撃を仕掛けたのだと気づいたのと、ザラマンディアをすさまじい衝撃が襲ったのは同時だった。
残像を振りまきつつ、超高速でザラマンディアの背後に回ったノスフェライドは、スピードもそのままに強烈な回し蹴りを見舞う。
いかに高度な慣性制御システムを搭載するブラッドローダーといえども、これほど急激かつ強烈な運動エネルギーをまともに受けては、墜落時の衝撃を緩和するのがせいいっぱいだ。
はたせるかな、ザラマンディアはおそるべきスピードで空港施設に墜落し、直径十メートルものクレーターを生ぜしめたのだった。
「お、おのれ……!! 死にぞこないの分際で、よくもこのザラマンディアを!!」
あいかわらず威圧的なサルヴァトーレの言葉には、隠しきれない動揺が滲んでいる。
ほんの数分前まで半死半生だったはずのノスフェライドが、一瞬のうちにおそるべきパワーアップを遂げた。
この不可解な現象を前に、サルヴァトーレはただただ怒りに奥歯を噛みしめるばかりだった。
「ノスフェライド、貴様がどんな奇術を使ったかは知らん。だが、最後に勝つのはこのサルヴァトーレ・レガルスとザラマンディアだ。我らの勝利は絶対なのだ!!」
「その言葉が真実かどうか、試してみるか」
「ほざくなあッ!! リーズマリアに使役されるだけの下郎がッ!!」
サルヴァトーレの怒号に呼応するみたいに、ザラマンディアの背部からあざやかなオレンジ色の炎が噴き出した。
どちらともなく飛翔したノスフェライドとザラマンディアは、赤と緑の流星となって宵空を駆け巡る。
肉眼では捕捉することさえできない超高速のせめぎあい。大太刀と鉤爪がかち合うたびにまばゆい閃光の華が咲き乱れ、交差する二色の軌跡が夜空を彩っていく。
わが身を流星に変えて激しくぶつかり合う二機のブラッドローダーは、やがて天の頂で対峙する格好になった。
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