第三話:凶鳥乱舞

CHAPTER 01:ブラッド・オン・フューリー

「アゼトさん、よくご無事で――――」


 感極まったように言ったリーズマリアに、アゼトはちらと目配せをする。


「奴の相手は俺がする。リーズマリアはレーカを連れて安全な場所に下がっていてくれ」


 リーズマリアは無言で首肯すると、ヴェルフィンのコクピットをこじ開け、レーカを抱きかかえるように引きずり出す。

 そんな二人を横目に、アゼトはザラマンディアにむかってゆっくりと歩を進めていく。


「消し炭になったとばかり思っていたが、よもやしぶとく生き延びていたとはな」


 迫りくる漆黒のブラッドローダーを睨めつけながら、サルヴァトーレはいまいましげに呟く。

 すでにリーズマリアは眼中にない。

 依然として最重要目標ターゲットではあるものの、喫緊の脅威はあくまでノスフェライドである。

 リーズマリアの始末は、邪魔者を片付けたあとでも遅くはないのだ。


「その悪運の強さは見上げたものだが、いまの貴様は半死人も同然。そのうえ唯一の武器をみすみす放り捨てたとあっては、このザラマンディアに勝てる道理はない」

「言いたいことはそれだけか」

「なに?」


 言い終わるが早いか、ノスフェライドの姿がふっとかき消えた。

 大地を蹴ったノスフェライドは、黒い突風となってザラマンディアに肉薄する。

 金属同士を叩きつける轟音が鳴りわたったのは次の刹那だ。

 ノスフェライドが突き出した鉄拳を、ザラマンディアが両腕を胸のまえで交叉クロスさせるかたちでガードしたのである。

 もし一瞬でも防御が遅れていたなら、ノスフェライドの拳は、先の戦いで損傷したザラマンディアの胸部装甲をやすやすと貫通していただろう。

 それを裏付けるように、ザラマンディアの前腕部は拳を写し取ったように陥没し、周囲の装甲には放射線状の亀裂が走っている。


「死にぞこないの分際で、よくも小癪なマネを――――」


 ザラマンディアはとっさにガードを解くと、そのまま数メートルも後じさる。

 むろん、ただ退却したのではない。

 ザラマンディアの四肢の先端でするどい銀光がまたたいた。

 両手首と両足首に備えつけられた鉤爪クローを一斉に展開したのだ。

 その形状はほとんど小型の刀剣にちかい。超高熱のプラズマをまとった刃は赤く染まり、いっそうの凶悪さを添えている。

 堅牢無比な装甲をもつブラッドローダーといえども、直撃すれば無事では済まないだろう。

 まして防御力が著しく低下している現在のノスフェライドにとっては、かすめただけでも命取りになりかねない危険な武器であった。


「今度こそ冥土へ叩き落としてくれるぞ、ノスフェライド!!」


 サルヴァトーレが獣じみた雄叫びを上げたのと、ザラマンディアが突進したのと同時だった。

 超低空を弾丸みたいに飛んだザラマンディアは、そのままノスフェライドの内懐へと飛び込む。

 攻守ところを変えて、ザラマンディアのすさまじい猛攻がノスフェライドを襲った。

 四肢の鉤爪クローだけでなく、肘・膝と蹴り技をたくみに組み合わせた連撃である。

 左右から鉤爪で挟み撃ちにするとみせかけて、膝蹴りでコクピットを狙うなどはほんの序の口にすぎない。

 目まぐるしく攻撃ポジションを変え、時にフェイントを織り交ぜながら繰り出される攻撃は、その一発一発が必殺の威力を有している。

 ノスフェライドがたちまち防戦一方に追い込まれたのも無理からぬことだった。


「なんと情けないざまだ。名にしおうノスフェライドが、このザラマンディアに手も足も出んとはなあ‼︎」

「くっ……」

「あのまま死んだふりをしていれば生き延びられたかもしれぬものを、わざわざとは、まったくご苦労なことよ」


 間断ない攻撃を仕掛けながら、サルヴァトーレは呵呵と哄笑を上げる。


「それほどこの俺の手にかかって死にたいというなら、望みどおりにしてやるぞ」


 サルヴァトーレの言葉に呼応するように、折り畳まれていたザラマンディアの翼がおおきく展開した。


 同時に、アゼトの脳内にあざやかな死の幻視像ハルシネーションが描き出されていく。

 ザラマンディアの翼に内蔵された無数の指向性レーザー兵器に射抜かれ、鉤爪によって五体をバラバラに引き裂かれたノスフェライドの姿。

 悪夢としか言いようのないそれは、しかし、幻覚などではない。

 ノスフェライドに搭載された超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサがごく近い未来を予測し、現実にほんのわずか先回りするかたちでアゼトに警告しているのだ。

 ザラマンディアはすでに攻撃態勢に入っている。いまから回避を試みたところで、躱しきれる公算はかぎりなく低い。


――――)


 アゼトは心のなかで強く念じる。

 すると、地面に突き立ったままの大太刀がかすかに動いた。

 最初は目を凝らさなければ気づかないほどだった振動は、またたくまに激しさを増し、ついにはひとりでに剣尖が地面を離れた。

 浮遊する大太刀は、宙空を滑るようにノスフェライドの掌へと吸い寄せられていく。

 ブラッドローダーの武器は、本体の遠隔制御リンケージシステムの支配下にある。乗り手ローディは自機が使用する武器の状態をつねに把握し、必要とあれば交換や投棄といった選択を適宜おこなうのである。

 遠隔制御システムの機能はモニタリングだけに留まらない。

 戦闘中に取り落とした武器をふたたび手元に引き寄せ、あるいは敵の目をあざむくために本体とは別個に動かすといった芸当も可能なのだ。

 むろん、どのような武器であっても、その破壊力はブラッドローダー本体のパワーに依存している。

 ひとたびブラッドローダーから離れた武器はもはや戦力としては期待できず、せいぜいデコイとして敵の注意を引きつけるのが関の山であった。


「死ねッ、ノスフェライド!!」


 サルヴァトーレが叫ぶや、ザラマンディアの翼をまばゆい光が包んだ。

 翼内に埋め込まれた数万もの指向性レーザー発振装置が一斉に起動したのである。

 翼全体に分散するように配置されたレーザーはきわめて広い射角をもつうえ、標的がどこに逃げようと瞬時に追随する。ひとたび射程に入ったが最期、緻密に張り巡らされた光の網から逃れることは不可能なのだ。


 ふいにザラマンディアの頭部が旋回した。

 ノスフェライドの大太刀が地面を離れ、じょじょに近づいていることに気づいたのだ。


「背後から奇襲を仕掛けるつもりだったのか? 窮余の一策のつもりだろうが、こんなものは子供だましにもならぬわ」


 サルヴァトーレは不愉快げに言い捨てると、ザラマンディアの右手首を軽く振る。

 不可視の衝撃波ソニックブームが空を走り、大太刀を彼方へ吹き飛ばす。

 ノスフェライドには有用な武器はなにひとつ残っていない。正真正銘、ザラマンディアに対抗するすべを失ったのだ。


 勝利を確信し、快哉を叫びかけたサルヴァトーレを激しい衝撃が見舞った。

 大太刀が弾き飛ばされたのを見計らって、ノスフェライドが渾身の突撃を仕掛けてきたのだ。

 ノスフェライドはザラマンディアの両肩をつかみ、そのまま地面に押し倒す。


「貴様、なんのつもりだ!?」

「この距離ではレーザーは使えないだろう。……相討ち覚悟でなければな」

「ほざくか、くたばりぞこないがッ――――」


 サルヴァトーレの言葉を遮るように、すさまじい破壊音が生じた。

 ノスフェライドがザラマンディアの両肩を掴んだまま、腹部めがけて強烈な膝蹴りを放ったのだ。

 間髪を入れずノスフェライドは弓なりに背を反らせると、勢いにまかせて頭部をザラマンディアに叩きつける。

 砕けた赤金色と黒の装甲片があたり一面に飛び散り、残照を浴びてきらきらと輝く。

 二機はなおも離れず、もつれあったまま地面を転がっていく。


「おのれ、恥知らずめが……ッ!! いやしくも聖戦十三騎エクストラ・サーティーンを与えられながら、よくも人狼兵イヌや人間のような汚らわしい戦い方を!!」


 およそブラッドローダー戦の定石セオリーを外れた乱闘――――恥も外聞もないアゼトの戦いぶりに、サルヴァトーレは怒りと驚愕が綯い交ぜになった呪詛を吐き出す。

 名門レガルス侯爵家の跡取りとして幼いころから鍛錬を積み、長じてからは十三選帝侯でも屈指の武力をもつに至ったサルヴァトーレだが、その戦技はあくまで貴族の正統に則っている。

 時に卑劣な策謀を弄し、また圧倒的な力で弱者をなぶり殺しにすることはあっても、ことブラッドローダー同士の戦闘においては真正面から戦うことを旨としているのである。

 アゼトの手段を選ばない戦い方は、サルヴァトーレにとっては文字どおり未体験のものであった。


「恥知らずと言ったな。その言葉、そっくりおまえに返してやる」

「なにい!?」

「仲間の信頼を裏切り、抵抗できない相手をいたぶって愉しむような卑怯者に、俺は敗けるわけにはいかない。おまえを倒すためなら、俺はどんな手でも使う」


 アゼトは研ぎ澄まされた氷の刃のような声色で告げる。

 セフィリアを裏切り、リーズマリアとレーカを傷つけたサルヴァトーレへの烈しい怒りは、少年を非情の戦士へと変えるのに充分だった。

 互いにもつれあいながら、ノスフェライドはザラマンディアの背後にすばやく回り込む。


「なにをするつもりだ!? や、やめろ……!!」


 サルヴァトーレの言葉をよそに、ノスフェライドの両手がザラマンディアの翼を無造作に掴み取る。

 渾身の力を振りしぼり、一気に引きちぎろうというのだ。


「ぐああああああああ――――ッ!!」


 九分どおり闇色に染まりつつある夕空に、サルヴァトーレの絶叫が響きわたった。

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