CHAPTER 06:ウルブズ・ナイトフッド

 最初に襲ってきたのは目も眩むほどの青白い閃光だった。

 次に衝撃波ソニックブーム、最後に爆発音が、黄昏に染まった大気をはげしく揺さぶる。

 爆発の起点は、ブラッドローダー”ザラマンディア”であった。


「や……やった――――」


 照準環レティクルを見据えたまま、レーカは震える声で呟く。

 手応えはあった。もうもうと立ちこめる黒煙のためにザラマンディアの状態は確認できないが、しかし、あやまたず命中させたことだけはたしかだ。

 

 あの瞬間――――

 ザラマンディアの接近を認めたレーカは、ほとんど反射的に電磁投射砲レールキャノンの発射準備に入っていた。

 不測の事態を見越してエネルギーチャージを済ませておいたのは正解だった。

 弾体は砲身バレルに内蔵された電磁加速レールによって極超音速にまで加速し、なかばプラズマ化した状態で砲口を飛び出していった。


 撃ち出された弾体は、大気との摩擦によってみるみる削られていく。

 着弾までに失われる体積は、じつに全体の九十九パーセントにも達する。

 じっさいに破壊力を発揮するのは、最後に残った○・○一ミリグラム以下のごくわずかな質量だけなのだ。


 質量をもちながら、かぎりなく光速に近づいた物質……。

 肉眼では捉えられない微小な塵ひとつであっても、極限まで加速した状態であれば、重戦車を跡形もなく消し飛ばすことができる。

 いかに攻防両面で最強をほこるブラッドローダーといえども、電磁投射砲の直撃をまともに受ければ無事では済まないのだ。

 むろん、通常であれば、ブラッドローダーの側もしかるべき防御措置を講じる。

 躱されることも防がれることもなく、ザラマンディアに直撃弾を与えたのは、ほとんど奇跡と言っていいだろう。

 引き金を引いたレーカ自身、信じられないといった面持ちでディスプレイを凝視しているほどなのだ。


「レーカ殿、立ち止まっているのは危険だ!! 撃破を確認するまでは油断はなりませんぞ!!」


 ユヴァの叱声にはたと我に返ったレーカは、すばやくヴェルフィンを後退させる。

 コクピット内にけたたましい警報音アラームが響いたのはそのときだった。

 姿勢制御スタビライズセンサーが異常を検知。両足の接地圧が急激に低下している。


(ぬかるみに足を取られたか!?)


 レーカの推測を打ち消すように、ふたたびけたたましい警報音がコクピットを領した。

 ディスプレイに映し出された警告メッセージは、機体表面の温度が危険域に達したことを告げている。

 冷却装置ラジエーターがフル稼働しているにもかかわらず、ヴェルフィンは耐熱限界へと近づいていく。

 システムの故障ではない。それを裏付けるように、異常な熱気はコクピット内にまで浸透しつつある。


「――――!!」


 足元に視線を向けて、レーカはおもわず息を呑んだ。

 まるでマグマが湧き出したみたいに、一帯の地面がふつふつと煮えたぎっている。

 灼熱の泥土を全身にまとわりつかせた巨人がぬらりと立ち上がったのは次の瞬間だ。

 ザラマンディア。

 半人半鳥の巨人騎士は、電磁投射砲レールキャノンの着弾と同時に、地下に潜ることでダメージを最小限に抑えたのだ。

 赤金色オレンジ・サファイアの装甲をまとったその姿は、しかし、先ほどまでとはあきらかに様相を異にしている。

 顔面と胸のあたりがひどくこぼたれているのだ。

 荒鷲をかたどった兜はほとんど打ち砕かれ、ふだんは目庇の奥に隠されているブラッドローダーの素顔があらわになっている。するどい双眸に宿るのは、あざやかな血色の閃光であった。


「なかなかをしてくれる――――」


 ヴェルフィンとゼネンフントをそれぞれ一瞥すると、サルヴァトーレは感心したようにため息をつく。


「よもや人狼兵ライカントループふぜいがこのザラマンディアに傷をつけるとはな。どうやら、すこしおまえたちの力を見くびりすぎていたようだ。このサルヴァトーレ・レガルス、つまらぬ不覚を取った」


 冷静なサルヴァトーレの言葉とはうらはらに、周囲の温度はなおも上昇を続けている。

 ザラマンディアの全身から発散されている熱気のためだ。

 ゆらめく陽炎は、やがて燃えさかる炎となってザラマンディアを包み込んでいった。


「おまえたちのけなげな戦いぶりに免じて、ここからは一切手加減はせん。ザラマンディアの真の力を思い知らせてくれるぞ」


 刹那、ザラマンディアの姿がふっとかき消えた。

 むろん、本当に霧消したわけではない。

 ウォーローダーのセンサーでは追いつけないほどのスピードで動いたのである。

 いかに熟練の乗り手ローディでも、センサーが使えないとなれば、目と耳を奪われたも同然だ。

 どこから襲ってくるのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか……そのすべてをおのれの勘だけをたよりに推測しなければならない。


「……っ!!」


 煮えたぎった泥沼から脱出したヴェルフィンは、電磁投射砲から長剣ロングソードに武器を持ち替える。

 ネイキッド・ウォーローダーに改修されたことで抜群の機動性を得たヴェルフィンだが、その代償として防御力は著しく低下している。

 まして敵は桁違いの攻撃力をもつブラッドローダーである。

 気を抜けば、その瞬間にすべてが終わる。

 ザラマンディアがヴェルフィンを消し炭に変えるには、ただ一撃で事足りるのだ。


「おまえたちを消し炭にするのはたやすい……だが、そう簡単に殺してしまっては俺の気が済まん」


 ザラマンディアは二機の周囲を飛び回りながら、炎の壁を作りだしていく。

 退路を絶ったうえでじっくりと痛めつけるつもりなのだ。

 愛機を傷つけられたことで、サルヴァトーレの怒りは最高潮に達している。

 激情に支配されたサルヴァトーレは、最高執政官ディートリヒから与えられた至上命令――リーズマリアの抹殺よりも、レーカとユヴァをむごたらしく殺すことを優先したのだった。


「賤しい人狼兵イヌの分際で、この俺に歯向かったことを悔いるがいい――――」


 サルヴァトーレが叫ぶや、ザラマンディアの右手に燃えさかるつるぎが出現した。

 鉤爪のあいだに張り巡らせた電磁場内にプラズマを封じ込め、身の丈ほどもある大剣グレートソードを形作ったのだ。

 炎の大剣は、実体を持たぬがゆえに、金属の融点をはるかに超えた超高熱を宿すことができる。

 温度が上昇するにつれて、剣の色は赤から青、そして白へと変化していく。

 触れただけであらゆる物質を瞬時に溶解させるそれは、まさしく炎の魔剣にほかならなかった。


(あれをまともに喰らったら……)


 灼熱のるつぼと化したコクピットのなかで、レーカの背筋を冷たいものが駆け上がっていった。

 いったん間合いを取ろうにも、周囲は炎の壁で閉ざされている。強行突破すれば炎に呑み込まれ、灰も残さずに焼き尽くされるだろう。

 立ち向かったところで、もとよりブラッドローダー相手に勝ち目などあろうはずもない。

 レーカとユヴァは、まさしく八方塞がりの窮地に追い込まれたのだった。


「レーカ殿、ヴェルフィンはまだ動けるか」


 高熱に晒されたことで通信機インカムが壊れかかっているのだろう。

 無線越しのユヴァの声はひどく歪んでいた。


「どうにか……しかし、このままではいずれ……」

「失礼は承知で申し上げる。ここは私の指示に従っていただきたい」

「どうするつもりだ?」


 訝しげに問うたレーカに、ユヴァは意を決したように言葉を継いでいく。


「私があの炎の剣を封じます。ゼネンフントの耐熱性能なら、奴の内懐に飛び込んでも、数秒は耐えられる」

「そんなことをすれば貴公も――――」

「死はもとより覚悟の上。ここで手をこまねいて共倒れになるよりは、一か八かの可能性に賭けるべきです」


 ユヴァの言葉には、有無を言わせない迫力が宿っている。


「……わかった。私はなにをすればいい?」

「私が注意を引きつけている隙に、レーカ殿には奴に一太刀浴びせてもらいたい」

「しかし、ブラッドローダーに剣は通用しないぞ」

「先ほど電磁投射砲レールキャノンが直撃した部位を狙うのです。切っ先さえ通れば、倒すことはできなくても、奴にかなりの痛手を与えることができるはず」


 正気の沙汰でないことは、むろんユヴァ自身も承知している。

 成功の可能性は万にひとつ。いくつもの奇跡を積み重ねて、ようやくかすり傷を負わせることができるかどうか……。

 ブラッドローダーと対峙することは、しかし、つねに抗う術のない絶望を突きつけられるのと同義なのである。

 無謀な賭けだとしても、漫然と死を受け入れるよりはよほどなのだ。


「やるぞ。姫殿下のために一秒でも長く時間を稼げるなら、たとえこの身がどうなろうと悔いはない」


 ためらいを断ち切るように、レーカは決然と言い放つ。

 アゼトとノスフェライドが健在なら、きっとこちらに向かっているだろう。

 それまでリーズマリアを守りきれれば、レーカとユヴァはみずからの務めを果たしたことになる。

 自分たちの生死など問題ではない。

 主人のために戦う――それこそが、人狼騎士のたったひとつの存在意義なのだから。


***


 ヴェルフィンとゼネンフントは、ほとんど同時に疾走を開始した。

 両脚のアルキメディアン・スクリューを全開し、炎の壁すれすれを最大速度で駆け抜けていく。

 傍目には、パニックに陥っててんでに逃げ惑っているようにみえるだろう。

 それこそがレーカとユヴァの狙いだった。

 ザラマンディアに接近するまでは、こちらの意図を悟られるわけにはいかないのだ。


「どこまでもおろかな犬どもめ。この期に及んで往生際が悪い……」


 サルヴァトーレは吐き捨てるように言うと、ザラマンディアの右腕を軽く振る。

 炎の剣からたちまち大小の火球が生まれ、そのひとつひとつが、まるで自我を持っているようにヴェルフィンとゼネンフントに向かっていく。

 どれもウォーローダーに比べれば取るに足らない大きさだが、その温度はゆうに一千万℃を超えている。

 直接触れるのはむろんのこと、機体を掠めただけで爆発・炎上する危険な代物なのだ。


「せいぜい必死に逃げまわるがいい。みじめな姿を晒してこの俺を楽しませろ」


 呵呵と哄笑するサルヴァトーレは、しかし、まだ気づいていない。

 ユヴァのゼネンフントが走りながら武器と弾薬を投棄パージし、誘爆の危険を排除しつつ軽量化を図っていることを。

 それは逃げるためではなく、敵の喉笛に噛みつくための予備動作にほかならない。

 はたして、襲いかかる火球を躱したゼネンフントは、ザラマンディアにむかっておおきく跳躍した。

 獅子ライオンが獲物に食らいつくがごとく、ユヴァのゼネンフントはザラマンディアの内懐へと飛び込んでいく。


「なにッ――――」


 予想だにしない挙動に、サルヴァトーレの反応がほんのわずか遅れた。

 ゼネンフントを真っ二つに溶断するはずだった炎の剣は、正中線をおおきく外れ、左半身を袈裟斬りにする格好になった。

 灼熱の刃にコクピットを斬り裂かれながら、ユヴァはゼネンフントの残った右手をたくみに操り、ザラマンディアに組みつく。


「レーカ殿、いまだッ!!」


 次の瞬間、サルヴァトーレの目交まなかいを占めたのは、おのれに向かって白刃を振り下ろす朱紅ヴァーミリオンの機影だった。

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