CHAPTER 05:トワイライト・アサルト

 薄明かりに照らされた空間を機械の作動音が充たしていた。

 人狼兵ライカントループユヴァとレーカ、そしてリーズマリアは、いずれも口を噤んだまま、かすかな振動に身を任せている。

 資材搬入用とおぼしい大型エレベーターは、二機のウォーローダーを搭載してなお余裕がある。

 うそ寒ささえ感じる広がりは、否が応でも本来そこにいるべき者たちの存在を痛感させずにはおかなかった。


 当初は六人いたは、隊長であるユヴァを除いてことごとく脱落していった。

 ブラッドローダー”ザラマンディア”と”水銀の蛇メルクール・シュランゲ”の追撃から逃れるために一行が支払った代償はあまりにも大きい。

 ここまで無事リーズマリアを守り抜けたのは、ほとんど奇跡にちかいと言っていいだろう。


「……そろそろだな」


 ユヴァはだれにともなく呟いた。

 現在の階層レベルを示す壁面のインジケータは、さきほどから不規則に明滅を繰り返している。

 経年劣化のため判読は不可能だが、エレベーターはゆるやかに減速しつつある。

 どこに停まるのかはだれにもわからず、扉が開いた先に敵が待ち受けていないという保証もない。

 確実に言えるのは、行き止まりデッドエンドの地底から遠ざかっているということだけだ。

 いまだ状況は予断を許さないとはいえ、一抹の希望を抱くにはじゅうぶんだった。


 と、ヴェルフィンの腕が背中のウェポンラックに伸びた。

 片手で電磁投射砲レールキャノン銃身バレルを保持したまま、もう一方の手で送電ケーブルを引き出し、腰部の給電コネクターに接続する。

 ウォーローダー用の兵器としては破格の威力をもつ電磁投射砲だが、その一方で発射までに時間がかかるという欠点もある。

 ふいの遭遇戦にそなえて、いまのうちに初弾発射に必要なエネルギーをチャージしておこうというのだ。


「私とユヴァが先に出ます。姫様は安全をたしかめるまでお待ちを」

「二人とも、くれぐれも気をつけてくださいね」

「承知――――」


 はげしい振動と、金切り声を思わせる耳障りな摩擦音が会話をさえぎった。

 エレベーターが完全に停止したのだ。

 階層表示のインジケータはあいかわらずでたらめに点いたり消えたりを繰り返すばかりで、扉は一向に開く様子もない。

 もっとも、エレベーターの故障を責めるのは酷というものだろう。とうに設計上の寿命をむかえた機械の、それは文字どおり最後の仕事だったのだから。


「すこし手荒な方法を取ります。姫殿下には、しばらく耳をお塞ぎになられますよう……」


 ユヴァはそれだけ言うと、ゼネンフントを扉にむかって前進させる。

 ソウドオフ・ショットガンの銃口を扉にぴたりと押しつけたかとおもうと、烈しい銃撃音が響きわたった。

 通常の散弾ではなく、大口径のスラッグ弾で扉をぶち破ろうというのだ。

 むろん、一発や二発の弾丸で分厚い鉄扉を破壊することはできない。

 再装弾リロードと発射を繰り返すたび、機関部レシーバーから排出リジェクトされた空薬莢が床に転がる。

 空薬莢の数が五つを超えたかというとき、ようやくエレベーターの扉が開いた――というよりは、外側にむかって爆ぜ飛んだと言ったほうが適切だろう。

 

「姫様っ!!」


 レーカが叫んだのと、ヴェルフィンがリーズマリアを庇うように伏せたのは同時だった。

 破孔から差し込んだ陽光から主君を守るためである。

 陽光といっても、その色合いは淡く弱く、真昼の太陽の残酷なまでの力強さは感じられない。

 それも当然だ。

 すでに太陽は地平線の彼方へとしずみ、地表にはかすかな夕映えの残滓が留まっているにすぎない。


 昼と夜とが混じりあう黄昏たそがれ時は、吸血鬼にとってかならずしも忌避すべきものとは考えられていない。

 好事家のあいだには、苦痛に歯を食いしばりながら、致死量にはほどとおい微弱な紫外線を浴びることを好む者さえいるほどなのだ。

 吸血鬼にとって黄昏のひとときは、けっして彼らを受け入れようとしない太陽に一矢報いる絶好の機会なのである。

 伝説にうたわれる”昼日中に歩く者デイ・ウォーカー”にはなれなくとも、弱々しい陽光にあえて肌身を晒すことで、至尊種ハイ・リネージュという尊大な自称とはうらはらに誰もが持ち合わせている太陽への恐怖心を多少なりともやわらげることができる。

 もっとも、そんな事情は、人間のもとで育てられた異端の吸血鬼であるリーズマリアには関係のないことだった。


「レーカ、私のことなら心配はいりません。このくらいなら耐えられます」

「ですが、姫様――――」

「いつまでもここで足を止めていては、敵に追いつかれます。いまは先を急ぎましょう」


 きっぱりと言い放ったリーズマリアに、レーカはそれ以上言葉を継ぐことができなかった。


「姫様、ひとつだけ約束していただきます。……もしものときは、私たちにかまわずお逃げください。よろしいですね?」


 レーカの問いかけに、リーズマリアはだまって頷く。

 一行がエレベーターを後にしたのは、それからまもなくだった。


***


 鬱蒼とした木々のトンネルを抜けた先で三人を待ち受けていたのは、ひどく物寂しい灰色の荒れ地だった。


 戦前の空港――あるいは、空軍基地の跡地であろうことはひと目でわかる。

 八百年ものあいだ放置された管制塔はなかば樹木に呑み込まれ、格納庫ハンガーは骨組みだけを残して朽ち果てている。

 ひびわれた滑走路ランウェイのそこかしこにうずくまっているのは、最終戦争で使用された戦略爆撃機や大型輸送機の残骸である。むざんに折れた翼は二度と空を翔けることなく、錆と苔とにまみれて元の色さえ判然としない巨体は、いずれ誰に看取られることなく地上から消滅するにちがいなかった。

 

「いきなり開けた場所に出るのは危険です。まずは私が様子を見てまいります。姫殿下とレーカ殿は、合図するまでここでお待ちください」


 言うなり、ユヴァのゼネンフントは前進を開始していた。

 周囲に警戒を払いつつ、滑走路を横切るように管制塔へと向かう。

 ほとんど廃墟も同然だが、ひとまず身を隠すにはおあつらえむきだ。

 今後の計画を練り直すためにも、いったん落ち着ける場所を探さねばならない。


(いまのところ異状はない。しかし……)


 ゼネンフントのセンサー有効範囲には、敵影はおろか、動くものの気配さえない。

 それでも、さきほどからユヴァの心には言いしれぬ不安が芽吹いている。


 まちがいない――――

 たとえすべてのセンサーが「否定ネガティブ」を示したとしても、長年培ってきた人狼兵ライカントループの勘はあざむけない。

 非科学的と言ってしまえばそれまでではある。しかし、その野生の勘が、ユヴァたちをここまで生きながらえてきたのだ。


「来る……!!」


 ゼネンフントが全力疾走を開始した次の瞬間、滑走路から垂直に火柱が噴き上がった。

 あきらかな殺意をこめて放たれた攻撃であることは自明だ。

 火柱はなおも二本、三本と立て続けに噴出し、ユヴァのゼネンフントに襲いかかる。

 あわや直撃というところで真横に機体をスライドさせ、一髪の差で躱しきったのは、ユヴァの卓越した操縦技術の賜物だ。


「犬畜生の分際でよく避けた。おとなしく灼かれておれば、楽に死ねたものを――――」


 冷酷な声は、天に伸びる火柱のひとつから響いた。

 全身に燃えさかる炎をまとわりつかせながら、半人半鳥の異形の巨人騎士がゆらりと姿を現す。

 ブラッドローダー”ザラマンディア”。

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーンに列せられるその姿は、神々しくも恐ろしい。

 乗り手ローディであるサルヴァトーレ・レガルスは、もうおまえに用はないとでも言うように、ユヴァのゼネンフントからついと視線を外す。

 

「そこにいるのは分かっているぞ、リーズマリア・ルクヴァース。ずいぶん手間取らせてくれたが、生きていてくれてうれしいぞ」


 思いもかけないサルヴァトーレの言葉に、レーカとユヴァ、そしてリーズマリアの面上に困惑がよぎる。


「これで貴様の亡骸を最高執政官閣下のもとに持ち帰ることができるのだからなあ。そこにいる犬畜生ともども、そう簡単には殺さん。このサルヴァトーレ・レガルスを振り回してくれた礼は、たっぷりとさせてもらうぞ――――」


 言い終わらぬうちに、ザラマンディアの姿がふっとかき消えていた。

 動いた、などという生やさしいものではない。全高五メートルをゆうに超える機体が、まるで最初から存在しなかったように忽然と消え失せたのである。


「レーカ殿、上だッ!!」


 ユヴァが声も枯れよと叫んだのと、焼けつくような熱風がヴェルフィンめがけて吹きつけてきたのは同時だった。


「死ねッ!! リーズマリア!!」


 ザラマンディアの狙いはヴェルフィンではなく、その背後にいるリーズマリアだ。

 いかに吸血鬼といえども、ブラッドローダーに狙われてはどうすることもできない。

 耳を聾する爆発音が一帯を領したのは次の刹那だった。

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