CHAPTER 04:スネーク・ハント

「策はあるのか、ノイエル?」


 ユヴァの問いかけに、トカゲの人狼兵ライカントループノイエルは「ある」とだけ言葉少なに答えた。


 ”水銀の蛇メルクール・シュランゲ”は早くも再生を終えつつある。

 至近距離で散弾を浴びたにもかかわらず、なめらかな表面には傷ひとつ見当たらない。

 それも当然だ。”水銀の蛇”は、たえまなく流動する液体金属によって構成されているのである。

 外部から加えられた衝撃はたちまち分散・吸収され、たとえ吹き飛ばされたとしても容易に再結集する。

 ように、いっさいの物理的攻撃が通用しないということだ。


「――私の武器なら、あれにも通用する」


 ノイエルの言葉に呼応するように、ゼネンフントの両腕が上がった。

 無骨な五指がしっかと把持しているのは、身の丈ほどもある三叉槍トライデントである。

 ふいに小気味いい破裂音が聞こえたかとおもうと、穂と穂のあいだで青白い火花がはげしく散った。

 空中をただよう粉塵が穂先に流れる超高圧電流に接触したのだ。

 構造的には生身でもちいる電磁槍ボルト・スピアをウォーローダー用にスケールアップしたものだが、その破壊力は文字どおり桁違いだ。

 柄に内蔵された大容量コンデンサが生み出す最高電圧はおよそ五億ボルト。

 その威力はウォーローダーを難なく切り裂くばかりか、絶縁処理が不十分な機体であれば、かすめただけで乗り手ローディを感電死させることもできる。

 あらゆる物理的攻撃を無効化する”水銀の蛇”も、超高温のプラズマ放電に灼かれてはひとたまりもない。

 チャージに時間を要するヴェルフィンの電磁投射砲レールキャノンを除けば、この状況を打破する唯一の切り札であった。


「おまえも無事では済まんぞ」

「分かってる。だけど、いまはこれしか手がない。隊長は私にかまわず先に行って」

「よかろう」


 ユヴァの言葉には、わが身を切られるような痛切な響きがある。

 ノイエルの決意は固い。いまさらなにを言ったところで、翻意は望めないだろう。

 死んでいったシギンや他の人狼兵ライカントループたちとおなじように、彼女も必要とあればおのれの身命をなげうつ覚悟は出来ているのだ。


「ノイエルが奴の相手をしているあいだに突破します。レーカ殿は姫殿下の護衛を……」


 ユヴァが言い終わるが早いか、”水銀の蛇”が動いた。

 見た目からは想像もつかない俊敏な動作。

 音もなく地を這う銀の毒蛇のねらいは、眼前に立ちふさがる三機のウォーローダーではない。

 その背後に隠れたリーズマリアを一撃のもとに仕留めようというのだ。

 もっとも、”水銀の蛇”はリーズマリア個人を判別するほどの知能はもちあわせていない。

 生身の肉体が発散する熱と呼気を検知し、あくまで機械的にを選定した結果であった。


「姫様、お逃げください!!」


 レーカが絶叫したときには、すでに”水銀の蛇”は鋭利な矢へと姿を変え、リーズマリアの心臓にむかって飛翔していた。

 吸血鬼の反射神経ならば躱せない速度ではないが、”水銀の蛇”はそれを見越したように、空中でさらに細かな散弾へと変形を始めている。

 つい先ほどユヴァが撃ち込んだショットガンの性質をコピーしたのだ。

 感情も知性も持たぬがゆえに、状況に応じて最も効果的な戦術を選択し、一瞬の躊躇もなく実行する……。

 その精確無比な挙動は、まさしく殺戮機械キリング・マシンの真骨頂にほかならなかった。


「――――!!」


 リーズマリアの全身を射抜くはずだった”水銀の蛇”は、しかし、標的のはるか手前で停止した。

 みずから攻撃を中止したわけではない。

 ノイエルがみずからの機体を盾にリーズマリアを庇ったのだ。

 ゼネンフントの装甲には無数の破孔が穿たれ、赤黒い液体が間欠泉みたいに噴き出している。

 一般的なウォーローダーとは別格の防御力をほこるゼネンフントといえども、液体金属の弾丸を完全に防ぎきることはできない。

 散弾の一部は装甲を貫通し、コクピットにまで達している。機体のオイルとノイエルの血液が入り混じった液体はとめどなくあふれ、装甲をまだらに染めていく。


「ノイエル‼︎」


 ユヴァの叫びをかき消すように、すさまじい破壊音が一帯を領した。

 ノイエルのゼネンフントが三叉槍を逆手に持ち替え、みずからコクピットに突き刺したのだ。


「捕まえる手間が……省けた……」


 ノイエルが切れ切れに呟いたのと、三叉槍の穂先から青白い閃光がほとぼしったのは、ほとんど同時だった。

 自分ごと"水銀の蛇"を焼き尽くそうというのだ。

 超高圧のプラズマ放電を浴びた蛇は狂ったようにのたうち、ゼネンフントのコクピットをめちゃくちゃに蹂躙する。

 そのたびに噴き出すノイエルの血が恰好の伝導体となり、しなやかな液体金属はみるまに活性を失っていく。


 凄絶な光景を横目に、ユヴァのゼネンフントはすばやくリーズマリアの傍らに進み出る。


「姫殿下、こちらに‼︎」

「まだ彼女が……」

「お気になさいますな。あなたさまがここで立ち止まれば、ノイエルとシギンの犠牲が無駄になります」


 ユヴァの言葉には、有無を言わせない迫力が宿っている。

 長年苦楽を共にしてきた部下がひとりまたひとりと目の前で散っていく。

 それをただ見ていることしかできないのは、自分自身が傷つくよりなおいっそうつらい。

 だが、ここで私情に流されれば、部下たちの死はまったくの無駄になる。

 最も冷酷なふるまいとは、死にゆく戦友を見捨てることではなく、彼らが生命がけで拓いた血路に背を向けることにほかならない。


「姫様、ヴェルフィンの肩に掴まってください!」


 レーカはなかば強引にリーズマリアを抱え上げると、その場で機体を急反転させる。

 両脚のアルキメディアン・スクリューを全開したヴェルフィンは、エレベーターにむかって脇目もふらずに突き進む。

 "水銀の蛇"を倒せたかどうかを気にかけている余裕はない。

 いま最も優先されるべきことは、一秒でも早くリーズマリアをこの場所から遠ざけることなのだ。


 ヴェルフィンの背中を見つめていたユヴァは、ふいにノイエルのゼネンフントに視線を転じる。

 コクピットを貫いた三叉槍は、そのまま背中に抜け、機体をトンネルの壁に固定していた。

 ノイエルがとうに絶命していることは言うまでもない。

 それでも倒れることなく、敵を縫いつけたまま直立したゼネンフントの姿は、死してなお折れない人狼騎士の矜持を無言のうちに示しているようだった。


 ユヴァは奥歯を噛み締めながら、


「……許せ」


 ひとりごちるみたいに呟く。

 ゼネンフントの腕がウェポンラックに吊り下げられたハンド・グレネードを掴みとったのは次の瞬間だった。

 ゆるい放物線を描いて飛んだ柄つきのグレネードは、ノイエルの機体の足元に落下する。

 闇のトンネルがあざやかなオレンジ色に染まったのは、ユヴァがその場を離れて数秒と経たないうちだった。

 グレネードの炸裂によってノイエル機の燃料電池が誘爆したのだ。

 ゼネンフントの頑強な機体を爆発に至らしめるには、最後のとどめが必要だったのだ。

 死者に鞭打つごときその行為は、しかし、ユヴァにとっては避けられないものだった。

 はたして、老朽化したトンネルは爆風にあおられたことで崩壊しはじめている。


 ただでさえ高圧電力によって甚大なダメージを受けている"水銀の蛇"である。

 このうえ地中深く埋葬されては、いかに冷酷な殺戮機械といえどもなすすべはない。

 

 やがて崩落が熄んだときには、アルキメディアン・スクリューの駆動音ははるか彼方へと遠ざかっている。

 地の底の戦士の墓標を、永遠の闇と静寂だけが抱いていた。

 


 

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