CHAPTER 12:イン・ザ・ボトム

 異様な熱気が一帯を支配していた。

 地の果てまで緑一色に塗り込められた”迷宮の森”の只中に、忽然と生じた空白地帯である。

 白く炭化した木々と、マグマの沼と化した大地が織りなす奇怪なグラデーションの中心に浮かぶのは、あざやかな赤金オレンジ・サファイアの装甲をまとった巨人騎士だ。

 重力制御グラヴィティ・コントロールシステムによって空中に静止したザラマンディアは、みずからが作り出した焦熱地獄の一点をじっと見据えている。


 轟音とともに地面が割れたのはそのときだった。

 ザラマンディアのプラズマ・ビームに晒されつづけたことで、厚さ十メートルにもおよぶ耐爆コンクリート層がついに溶解したのだ。

 大地に走った亀裂クラックはみるまに巨大な陥穽ホールへと成長し、煮えたぎる溶岩流は、炎の瀑布となって地下へと吸い込まれていく。


「人間の遺物風情が、余計な手間を取らせおって――――」


 サルヴァトーレは吐き捨てるようにひとりごちると、ためらうことなく陥穽ホールへとザラマンディアを突入させる。

 鋼鉄すら瞬時に蒸発させる灼熱のマグマも、ブラッドローダーにはなんら問題にならない。

 ザラマンディアは火砕流をかきわけつつ、ひたすらに地下をめざして下降していく。

 機体が広い空間に出たのは、それから十秒と経たないうちだ。


 ザラマンディアの周囲に広がるのは、まさしく地獄としか言いようのない光景だった。

 旧人類軍がひそかに築いた地下基地――そのなれのはてであった。

 整然と並んでいた兵舎や格納庫はことごとく灰燼に帰し、かろうじて土台だけが残っているというありさまだ。

 耐爆コンクリートごしに浸透した熱エネルギーは、地下空間のあらゆるものを焼尽したのだった。


 周囲の温度はゆうに三千℃を超えている。

 これほどの高温に晒されては、至尊種ハイ・リネージュといえどもひとたまりもない。

 たとえ焼死をまぬがれたとしても、地下の酸素はことごとく消費され尽くしているのである。いずれにせよ、リーズマリアの死は確実だ。

 任務の達成を確信したサルヴァトーレが心中で快哉の叫びを上げたのと、通信機が鳴動したのは同時だった。


「……聞こえているか、レガルス侯爵?」


 底冷えするような声がサルヴァトーレの耳を打った。

 やや遅れてザラマンディアの前方に現れたのは、軍服をまとった端正な面立ちの男だ。

 正確には、遠隔地から音声とともに送信された三次元立体映像ホログラフィである。


「こ、これは最高執政官閣下――――」


 サルヴァトーレは、声の主――ディートリヒ・フェクダルに恭しく一礼する。


「挨拶はよい。現状をありのまま報告しろ」

「お喜びください、閣下‼︎ このサルヴァトーレ・レガルス、みごとノスフェライドを討ち果たしてございます。セフィリアめも最後に役に立ってくれました」

「リーズマリアはどうした」


 氷の刃のごときディートリヒの言葉に、サルヴァトーレはおもわず声を詰まらせる。


「ご心配には及びません。ごらんのとおり、リーズマリアが逃げ込んだ地下空間ごと焼き尽くして――――」

「奴の死体を確認したのか」

「はっ?」

「リーズマリアが確実に死んだという証拠はあるのか――と訊いているのだ」

「それは……」


 狼狽を隠せないサルヴァトーレに、ディートリヒはなおもするどい言葉の刃をむける。


「リーズマリアの生死はいまだ不明ということだな」

「い、いえ!! しかし、この状況で生き延びている可能性は万にひとつも……!!」

「レガルス侯爵、貴公に与えた命令を忘れたか」


 はるかな距離を隔ててなお、ディートリヒの言葉には、聞く者を恐懼させずにはおかない迫力が宿っている。

 わずかな沈黙のあと、サルヴァトーレはようよう震える声を継いでいく。


「……リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースの抹殺にございます」

「ならば、たとえ骨のひと欠片、髪のひと束であっても、私を納得させるだけの証拠を見つけだすことだ。それまでは帝都への帰還は許さん」

「閣下の仰せのままに――――」


 サルヴァトーレが言い終わるまえに、ディートリヒの姿は幻みたいにかき消えていた。

 返答を待たず、ディートリヒの側から一方的に通信を切断したのだ。

 どこまでも冷淡なその態度に、サルヴァトーレは砕けんばかりに奥歯を噛みしめる。

 サルヴァトーレのやるかたない憤懣の矛先は、しかし、ディートリヒではなく、もっぱらリーズマリアに向けられている。


 ザラマンディアのセンサーが反応したのはそのときだった。

 高温の地下空間にあって、周囲にくらべて温度の低い領域エリアを検知したのだ。

 サルヴァトーレはその一帯に走査スキャニングレーザーを照射する。


「……なるほど、間一髪で生き延びたということか」


 壁面にもうけられた脱出用トンネルは、あっけないほど簡単に見つかった。

 出入口は分厚い耐爆扉によって閉鎖されている。地下空間の熱も、トンネル内にまでは入り込んでいないらしい。


「だが、どこへ逃げようと無駄なことだ。貴様はこの俺の手でくびり殺してやるぞ、リーズマリア――――」


 サルヴァトーレは唇を歪め、くつくつと小声で嗤う。

 先ほどまでの焦燥感と苛立ちはうそみたいに霧消し、吸血貴族のかんばせは、いまや残忍な狩人のそれへと変じている。

 するどいクローで耐爆扉をやすやすと引き裂いたザラマンディアは、獲物が待つ暗闇へとゆっくりと歩を進めていった。


***


 がらんどうの陸運艇ランドスクーナーは、すべるようにトンネルの奥へと遠ざかっていった。

 その後ろ姿を見送りながら、リーズマリアとレーカ、そしてユヴァを筆頭とするはぐれ人狼兵ライカントループたちは、あらためて互いの顔を見合わせる。


「何事もなければ、ふねは自動操縦で出口に到着します。……多少は敵を引きつける役にも立ってくれましょう」


 ユヴァの言葉に、リーズマリアはこくりと頷く。

 アゼトがノスフェライドを駆って出撃した直後、一行はすばやく地下基地を後にしたのである。

 陸運艇ランドスクーナーが通行可能な幅員と高さをもつメイン・トンネルは、敵に発見される可能性も高い。全員が一箇所にまとまって行動すれば、一網打尽にされるおそれもある。

 そこで、一行はいったんふねを降り、メイン・トンネルから枝分かれしたサブ・トンネルに入ることを選んだのだった。


 サブ・トンネルは、もともと旧人類軍が最後の抵抗をおこなうための拠点として築いた地下壕である。

 各通路は複雑に入り組み、その内部はアリの巣みたいな様相を呈している。

 そのうえ、八百年のあいだに生じた地下水の浸出や落盤などによって構造自体がおおきく変化し、いまやその全貌を完全に把握することは不可能と言っていい。

 それゆえに、敵の目をあざむく逃走経路ルートとしては、これ以上ないほどおあつらえ向きでもあった。


「私とシギン、ノイエルは姫殿下の護衛につく。コルプとザンナ、イェララは別のルートで出口にむかってくれ」

「待ってくれ、ユヴァ隊長。俺のゼネンフントはさっきの戦いで両腕をやられたままだ。あれじゃマトモに戦えやしねえぜ」


 イェララの言葉に答えたのは、ユヴァではなく、フクロウの人狼兵シギンだった。


「私の機体を使え、イェララ」

「いいのか!? シギン」

「気にするな。私の最大の武器はこの眼と耳だ。ゼネンフントはおまえが使ったほうが有効活用できる」


 イェララは「恩に着るぜ」と言うなり、シギンのゼネンフントにむかって駆けていく。

 ゼネンフントの基本構造は共通しているが、各機にはそれぞれの乗り手ローディに合わせた細かなチューニングが施されているのである。

 敵との戦いが間近に迫っているいま、イェララは一刻も早くシギンの機体を愛機に近い状態コンディションに仕上げなければならないのだ。


 慌ただしく準備を始めた人狼兵たちを横目で見やりつつ、リーズマリアはユヴァに目礼する。


「あなたたちの手助け、かたじけなく思います」

「礼など申されますな。我らは今日この日のために生き長らえてきたのです」

「難しいことはじゅうぶん承知していますが、私はだれひとり欠けることなく生き延びてほしいと思っています。そのことは、どうか忘れないでください」


 リーズマリアの言葉に、ユヴァは感に堪えないといったように目を伏せる。


「御意――最善を尽くしましょう」


 空気がふいに熱を孕んだのはそのときだった。

 耐爆扉が破られ、熱波がトンネル内に侵入しはじめたのだ。

 想定よりだいぶ早い事態の進展に、一同のあいだを緊張が充たしていく。


「全員、ウォーローダー搭乗!! 作戦行動を開始する!!」


 ユヴァの咆哮に応じて、はぐれ人狼兵たちは一斉に駆け出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る