CHAPTER 10:プライド・アンド・デューティ
「しまった――――」
アゼトは誰にともなくつぶやく。
ノスフェライドの両腕と首には、ゼルカーミラから放たれた銀色の帯――”
いかにも薄くたよりない外見とはうらはらに、どれほど力を込めても、銀の帯は一向にちぎれる様子もない。
それも当然だ。”水銀の蛇”はノスフェライドのパワーに応じて金属分子の密度と結合力を変化させ、たくみに破壊を免れているのである。
その柔軟性は水に比肩し、その硬度はダイヤモンドさえも凌駕する。
相反するふたつの特性を兼ね備えた”水銀の蛇”のまえでは、山を削り地を砕くブラッドローダーの膂力も用をなさない。
どうにか逃れようともがくノスフェライドをはげしい衝撃が見舞った。
ザラマンディアの
超高熱を帯びたするどい爪は、装甲を溶かしながら、じょじょに深部へと食い込んでいく。
両腕の自由が利かないこの状況では、反撃はおろか、振り払うことさえままならない。
「いいザマだな、ノスフェライドよ」
ザラマンディアからひどく嗜虐的な哄笑が流れた。
「だれが操っているのかは知らんが、貴様の命運もこれまでだ。このサルヴァトーレ・レガルスに討ち取られることを光栄におもえ」
「くっ……」
「ヴェイド女侯爵!! トドメを刺すまで、しっかり抑えておれよ」
耳障りな破壊音とともに、ザラマンディアの爪が黒い装甲に沈んだ。
一千万℃の超高温に晒された装甲表面はみるまに炭化し、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。
ノスフェライドの両腕が肩口から溶断されるのも時間の問題だ。
文字どおり身を灼かれる苦痛に苛まれながら、アゼトはこの状況を切り抜ける方法を懸命に模索する。
「この程度の敵に後れを取るとは、アルギエバ公もよほど耄碌したとみえる」
サルヴァトーレは心底から愉快げに言い捨てると、
「口うるさい老人を始末してくれたことには礼を言わねばなるまいが、貴様にはここで死んでもらうぞ、ノスフェライド!!」
ノスフェライドに致命傷を与えるべく、ザラマンディアの爪にいっそう力を込める。
装甲の下から現れたのは、多連装ミサイル
ブラッドローダーに搭載されているミサイルは、通常のものとは一線を画する。
もっとも、ブラッドローダー同士の戦いにおいて、ミサイルはせいぜい目くらまし程度の役割しかもたない。
空気中の水素原子を原料とした核融合ミサイル――水爆を直撃させたところで、ブラッドローダーを破壊することは出来ないのだ。
「この期に及んでつまらん小細工を弄するとは、往生際が悪い――――」
サルヴァトーレの嘲笑を爆発音がかき消した。
閃光と衝撃は戦場の上空で生じた。
ノスフェライドが放ったミサイル群は、ザラマンディアとゼルカーミラのどちらにも向かうことなく、そのすべてが空中でむなしく爆ぜたのだった。
それから数秒と経たないうちに、あたりに光るものが降りはじめた。
粉雪によく似たそれは、ミサイルの弾頭内に封入されていた極小の金属片だ。
ノスフェライドが発射したのは、攻撃用ミサイルではなく、電波信号を阻害するチャフを満載したジャミング・ミサイルであった。
あらゆるレーダーを無力化する強力なジャミングも、ブラッドローダーには通用しない。各機に搭載されている
と――チリチリと小気味よい音とともに、空中に火花が散りはじめた。
”
両者のあいだに即席の
咲いては散る火花に
「何をやっている、ヴェイド女侯爵!?」
「私ではありません。”水銀の蛇”がひとりでに……」
激しく問い詰めるサルヴァトーレに、セフィリアはうわずった声で答える。
サルヴァトーレが苛立ちまかせの怒号を飛ばそうとした瞬間、するどい衝撃が全身を貫いた。
両腕と首に絡みついた”水銀の蛇”を振り払ったノスフェライドが、ザラマンディアの胴体に強烈な肘打ちを食らわせたのだ。
その一撃は、両肩に深く食い込んでいた
ブラッドローダーのコクピットは堅牢な装甲に守られているとはいえ、すべての衝撃を吸収することはできない。
こみあげる激痛に耐えながら、サルヴァトーレはノスフェライドに敵意に充ちた視線をむける。
「貴様、どうやって”水銀の蛇”を……!!」
「その武器が電磁気でコントロールされていることは察しがついていた。内側から干渉できないなら、外側に電磁気の逃げ道を作ってやればいい。ほんの一瞬、拘束が弱まるチャンスを作れれば充分だ」
「最初からそのつもりでジャミング弾を使ったのか!?」
「確証があったわけじゃない。一か八かの賭けだったさ」
アゼトが言い終わるが早いか、ノスフェライドは高々と舞い上がる。
すかさず追撃に移ったザラマンディアとゼルカーミラを先導するように、黒い機体は急上昇に移った。
***
”迷宮の森”の上空――高度三万メートル。
眼下に雲海を見下ろす夜空へと舞台を移し、三体のブラッドローダーの死闘は再開された。
数の上では依然としてザラマンディアとゼルカーミラが有利だが、先ほどまでとは異なり、戦いの主導権を握っているのはノスフェライドだ。
漆黒の巨人騎士は、二機のブラッドローダーを相手に一歩も引かない――否、互角以上の戦いを演じている。
ザラマンディアと激しく鍔迫り合ったかとおもえば、次の瞬間にはゼルカーミラに衝撃波の刃を叩きつける。縦横無尽に飛び回るノスフェライドに、サルヴァトーレとセフィリアはいいように翻弄されているのだった。
「ノスフェライドめ――ヴェイド女侯爵、なぜ奴を捕えられん!?」
「やっています!! ですが、動きが速すぎて”
「言い訳をしている暇があるなら、奴の動きを封じる方法を考えろ!!」
サルヴァトーレはわざとセフィリアに聞こえるように舌打ちをする。
(足手まといの小娘がいなければ、こうまで調子に乗らせはしないものを――)
サルヴァトーレの怒りの矛先は、ノスフェライドよりも、むしろセフィリアに向けられている。
セフィリアの実戦経験が乏しいことはすでに見抜かれている。ゼルカーミラの本来の性能を引き出すこともできず、味方と足並みを揃えることもままならない彼女の存在は、サルヴァトーレにとって重荷以外の何物でもない。
(……そろそろあれを仕掛ける頃合いか)
ノスフェライドの攻撃を捌きつつ、サルヴァトーレはセフィリアに呼びかける。
「ヴェイド女侯爵、このまま戦い続けていても埒が明かん。作戦を変更するぞ」
「どうするつもりなのです?」
「俺はいったん後退したと見せかけ、遠距離から狙撃する。貴公にはそれまでノスフェライドと一対一で戦い、時間を稼いでもらいたい」
「私が……ですか!?」
「むろん、自信がないというなら無理強いはしないが」
サルヴァトーレの言葉には、突き放すような響きがある。
ひと呼吸置いて、セフィリアは意を決したように言葉を継いでいく。
「いえ――その役目、たしかに引き受けました。誇りある十三
サルヴァトーレは心中でひそかにほくそ笑むと、
「よく言ってくれた。それでこそヴェイド侯爵家の当主だ。貴公の姉君も、その言葉を聞けばさぞ喜んだであろう」
真意をセフィリアに悟られまいとするように、いかにも感動したふうにうそぶいてみせる。
「ノスフェライドの相手は任せたぞ、ヴェイド女侯爵。貴公の奮闘に期待している」
それだけ言って、ザラマンディアは凄まじい勢いで天空へと駆け上っていった。
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