CHAPTER 08:ナイト・オブ・ファイヤー

「さて――なにから話したものかな」


 獅子ライオン人狼兵ライカントループユヴァは、アゼトをテーブルに着かせると、ひとりごちるように言った。

 室内には、アゼトとリーズマリアとレーカ、あらたにノイエルをくわえた六人のが顔を揃えている。

 敵意は毫ほども感じられない。七人がかりで襲いかかったとしても、たったひとりの吸血鬼に勝てないことを全員が理解しているのだ。


「おまえたちが何者なのか、まだ聞かせてもらっていない」


 アゼトは、ユヴァの機先を制するように問うた。

 ユヴァはちいさく肯んずると、重々しい声で語りはじめた。


「私も部下たちも、かつてはさる伯爵家に仕える騎士だった」

「それがどうしてこんな場所ではぐれをやっている?」

「べつに好きこのんでこうなったわけではない。あえて言うなら、死に時を逃したからだ」


 ユヴァの声には、どこか自嘲するような響きがあった。

 

「我らが旧主――フォーゲルバッハ伯爵は、純血の至尊種ハイ・リネージュでありながら、人間への慈悲心をもった稀有な貴族だった。税や労役を能うかぎり軽くし、領民がすこしでも安らかに暮らせるようつねに心を砕いていた。現実にあの方ほどの善政をおこなった領主は、おそらく二人といまい」

「……」

「そして、まさにそのことが命取りになった。伯爵がレジスタンスに便宜を図り、皇帝陛下への謀反を企んだと、最高審問官に讒訴ざんそする者が現れたのだ。大逆罪の容疑で帝都に連行された伯爵は、釈明の機会も与えられないまま処刑された……」


 人狼兵たちはむろん、リーズマリアとレーカも、みな一様に沈痛な面持ちでユヴァの言葉に聞き入っている。

 アゼトはなにもいわず、ただ獅子の人狼兵をじっと見つめるばかりだった。


「近隣の諸侯がいっせいにフォーゲルバッハ領に攻め入ってきたのはその直後だ。もとよりそれが目的で根も葉もない罪をでっちあげ、伯爵を死に追いやったのだ。人狼騎士団は全力をあげて抵抗したが、我ら七人を残してことごとく討ち取られていった」

「それで、どうにかここまで逃げ延びたというわけか」

「いや――我々のだれひとり、未練がましく生き残ろうなどとは思っていなかった。否応なくのだ」

「どういうことだ?」

「最後の砦が陥落するというとき、停戦の詔勅みことのりが下った。そればかりか、先帝陛下はおんみずからブラッドローダーを駆って出陣し、その御稜威みいつによってたちまちに諸侯の軍勢を退かせたのだ」


 低く重いその声は、感に堪えないというように震えている。


「先帝陛下は、死を乞うた我らにこう命じられた。――”いずれわが血を引く者が世にいずるまで雌伏せよ。それが亡き主人あるじに報いる唯一の道である”と。その言葉をよすがに、我らはこの森に隠れ棲み、七十年のあいだそのときが来るのを待ち続けてきた」


 ユヴァはいったん言葉を切ると、あらためてリーズマリアに向き直る。


「リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース姫殿下。知らぬこととはいえ、あなたさまに刃を向けたのはまこと痛恨の極み。我ら七人の生殺与奪、どうか思し召しのままに――」


 ユヴァが頭を下げるのと、六人の人狼兵たちが一斉に跪いたのは同時だった。

 額を床につけんばかりに平伏する七人にむかって、リーズマリアは静かな、しかし、凛然たる声で告げる。

 

おもてを上げてください。――あなたたちを責めるつもりはありません」


 おそるおそる顔を上げた七人をひとわたり見渡して、リーズマリアはなおも言葉を継いでいく。


「先にあなたたちの領域に足を踏み入れたのはこちらなのです。誤解から刃を交えることにはなりましたが、どちらにも無用の血が流れなかったのは、不幸中の幸いというもの」

「恐れ多いお言葉にございます――」

「私たちは帝都にむかって旅をしています。見たところ、あなたたちはこのあたりの地理に明るい様子。この森から安全に脱出する方法を知っているなら、ぜひ教えてもらえませんか」


 リーズマリアの問いかけを受けて、ユヴァはシギンに目配せをする。

 部隊の斥候を務めるフクロウの人狼兵は、すぐれた視力と聴力を活かして日々森じゅうを駆け巡り、木々の一本一本に至るまで地形を熟知している。

 道案内人としては、これ以上ないほどに適役であった。


 意気揚々と立ち上がろうとしたシギンは、しかし、それとは真逆の動作を取っていた。

 平たい顔を床に押しつけるように、べったりと五体を投げ出したのである。

 ともすれば鋭すぎるほどの五感が、本人の意思とは無関係に身体を動かしたのだ。


 断続的な爆発音とともに、建物がはげしく揺れたのは次の瞬間だった。


***


「リーズマリア・ルクヴァース、どこに隠れている――――」


 炎の色に染まった森を見下ろしながら、十三選帝侯クーアフュルストサルヴァトーレ・レガルスは苛立たしげに吐き捨てる。

 むろん、生身ではない。

 地上三○○メートルの高みに浮遊するその身を鎧うのは、目も覚めるような赤金色オレンジ・サファイアの装甲だ。

 燃えさかる炎を一瞬に凝結させたような半透明の装甲は、爆炎の照り返しをあびて、いっそうまばゆい輝きを放っている。


 ブラッドローダー”ザラマンディア”。

 レガルス侯爵家に伝わる聖戦十三騎エクストラ・サーティーンの一騎である。

 背中から伸びた大ぶりな翼と、両手足の巨大なクローが獰猛なフォルムを形作る。荒鷲を模した兜のなかで炯々と光を放つのは、血色を湛えた双眼だ。

 恐ろしさと神々しさをあわせもつその佇まいは、まさしく火炎をまとった金翅鳥ガルーダの化身と呼ぶにふさわしい。


「どこへ隠れていようと、このザラマンディアから逃げられはせん。ノスフェライドもろともに炙り出してくれるぞ」


 サルヴァトーレの言葉に呼応するように、ザラマンディアの装甲が赤熱化していく。

 機体の内部ですさまじい量の熱エネルギーが生成されている証だ。

 許容量キャパシティの上限に達するまでに要した時間は、わずか五秒にも充たない。

 ザラマンディアの装甲がひときわ強い光を放った。

 夜闇を裂いてほとばしったのは、超高温の火炎の奔流――機体そのものを発射装置とした指向性プラズマ・ビームであった。

 大気の絶縁構造を破壊して突き進むプラズマの最高温度は、ゆうに一千万℃を超える。

 すべてのブラッドローダーに標準装備されている重水素レーザーとは、文字どおり桁違いの破壊力をもつのである。

 はたして、灼熱の怒涛に触れた樹木はたちまち炭化していく。そうして灰となったそばから劫火に焼き尽くされ、ついには原子レベルの塵へと分解されるのだ。

 ようやく炎が熄んだときには、一帯はまるで絨毯爆撃に晒されたような惨状を呈していた。

 つぎの攻撃を放つためにエネルギー・チャージを開始した瞬間、サルヴァトーレの耳をするどい叱声が打った。


「あなたはなにをやっているのです。レガルス侯爵!!」


 サルヴァトーレは舌打ちをしつつ、ザラマンディアの頭部を回転させる。

 同時に索敵センサーが照準ポイントしたのは、こちらにむかって高速飛行する菫色バイオレットの機体だ。

 棘々しいザラマンディアとは趣を異にする、流麗でたおやかなフォルム。

 十三選帝侯クーアフュルストセフィリア・ヴェイドの愛機――ブラッドローダー”ゼルカーミラ”であった。

 

「見てわからんか、ヴェイド女侯爵? リーズマリアとその一党を燻り出しているのよ」

「だからといって、そのように見境なく攻撃を仕掛けては……!!」

「リーズマリアの首級のことなら心配は無用だ。たとえあの娘が骨も残さず灰になったとしても、ノスフェライドの残骸を持ち帰れば、最高執政官閣下も納得されよう」

「しかし……」


 なおも食い下がろうとするセフィリアに、


「くどいぞ、セフィリア・ヴェイド!!」


 サルヴァトーレは怒気を隠そうともせずに叫ぶ。


「昨日今日家督を継いだばかりで、戦のイロハもしらぬ小娘に意見される筋合いはない。ただでさえ貴公は足手まといなのだからな」

「無礼な――――」

「奴らの始末ごとき、本当なら俺一人でどうとでもなる。それを最高執政官閣下の計らいでにつけてやったのだ。青二才は青二才らしく、せいぜい身のほどをわきまえることだ、ヴェイド女侯爵」


 それだけ言い捨てると、サルヴァトーレは視線を地上にむける。

 ザラマンディアから投射された不可視レーザー光が、焼けた地表を舐めるように走査スキャンしていく。

 と、ある地点でセンサーが反応を示した。地面のすぐ下に岩盤とは異なる構造――耐爆コンクリートを感知したのだ。


「なるほど、地下に隠れていたか。道理で見つからなかったわけだ」


 サルヴァトーレの喜悦を映したように、ザラマンディアの双眼が赤々と輝いた。


「待っていろ、逆賊リーズマリア・シメイズ・ルクヴァース。貴様はこのサルヴァトーレ・レガルスがじきじきに殺してくれるぞ――――」

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