CHAPTER 11:ニュー・ビギニング

「意外と広いんだな――――」


 陸運艇ランドスクーナー艦橋ブリッジに足を踏み入れたアゼトは、おもわず感嘆の声を洩らしていた。

 艦橋といえば、床といわず壁といわず種々の計器類や操縦装置に埋め尽くされているものと相場が決まっているが、この船にはいくつかのモニターと舵輪、それにキャプテンシートがあるだけだ。

 船の運行は航法制御ナビゲーションシステムによってコントロールされ、いったん目的地さえインプットすれば、人間は舵輪を握る必要さえないのである。

 自動化によって生じた余剰スペースは、そっくり乗員の居住空間に割り当てられている。


「姫様、こちらをご覧ください! りっぱな浴室までついています!」


 すっかり興奮気味のレーカに、リーズマリアは苦笑するばかりだった。

 洗濯乾燥機つきバスルームに男女別のトイレ、循環式の水浄化システム、食材保管庫まで完備したキッチン……。

 さらに船室はすべてベッドつきの個室であることも加味すれば、実用を旨とする商隊キャラバンの交易船というよりは、上流階級むけの旅客船といった趣がある。


 アゼトはどことなく落ち着かない感じを覚えながら、リビング・スペースのソファに腰を下ろすと、電子端末にインストールされた運用マニュアルを読みはじめる。

 

「戦闘時はメインブリッジおよび舷窓が防弾シャッターにより遮蔽され、電磁シールド発生装置が起動……武装は30mm対空自動砲塔CIWSが六基、両舷に105mm連装砲、前部デッキには垂直V発射L装置S……通常は照準システムと連動した火器管制装置FCSによってフルオート制御される……」


 商隊むけの陸運艇ランドスクーナーとは、あくまで仮の姿だ。

 艦の正式名称は、試製強襲輸送艦アサルト・キャリア”レテザット”。

 イザール侯爵家が有事にそなえてひそかに建造・保有していたブラッドローダー専用艦キャリアである。

 軍艦であることを悟られぬよう徹底的なカモフラージュが施され、武装やレーダー類はすべて内部に格納するという念の入れようだ。

 一見すると平凡な外見に秘められた高い戦闘能力は、まさしく”羊の皮を被ったオオカミ”。

 なまじっかな盗賊が群れをなして襲いかかってきたとしても、返り討ちにするのは造作もないことだろう。

 船体やガラスには完璧な対紫外線アンチ・UVコーティングが施され、昼日中であっても至尊種ハイ・リネージュにとっては深夜と変わらない環境が維持されることは言うまでもない。


「お気に召して頂けましたかな、リーズマリア姫殿下、それに君たちも――――」


 ふいに声をかけられて、全員の視線が艦橋ブリッジのあたりに集中した。

 きらびやかな正装に身を包んだイザール侯爵は、長身をキャプテンシートに沈めてやわらかく微笑んでいる。

 ディートリヒとの戦いで負った傷は痕跡すら残っていない。至尊種ハイ・リネージュのすさまじい回復能力の賜物だ。


「ラルバック・イザール。私たちのためにこのようなすばらしい船を用意していただいて、ほんとうに感謝しています」

「なんの、私が持っていても宝の持ち腐れというもの。姫殿下の旅路に必要であるならば、ぜひともお役に立てていただきたいと思ったまでです。陸路は時間こそかかりますが、空路よりは幾分安全ではありましょう」


 言って、イザール侯爵はキャプテンシートを降りる。

 そして、リーズマリアの前で恭しく跪くと、苦々しげな声で語りはじめる。


「申し訳ございません。本来であれば帝都までの道中、この私とローゼン・ロートが御身をお護りすべきところを……」

「よいのです、ラルバック・イザール。あなたは十二分におのれの役目を果たしてくれました。これ以上なにを望みましょう?」

「しかし……」

「わが義兄あにディートリヒと最高審問官ヴィンデミアは、あらゆる手を使ってあなたの排除を試みるはずです。策謀だけでなく、武力を行使する可能性も否定できません」

「そのような状況で私がこの地を離れれば、わが領地と領民は一方的に蹂躙される……と?」

「そのとおりです。ラルバック、あなたはなにがあってもここに踏みとどまって戦わなければならないのです。この地で暮らす人間と至尊種ハイ・リネージュを守れるのは、あなただけなのですから……」


 リーズマリアの言葉に、イザール侯爵は「御意」と短く答えるのがせいいっぱいだった。

 帝都ジーベンブルグまでの道のりは長く険しい。このさきもリーズマリアたちの一行には幾多の困難が待ち受けているだろう。

 イザール侯爵とローゼン・ロートが同道してくれるなら、どれほど心強いかしれない。

 リーズマリアはそれを承知であえてイザール侯爵の申し出を断り、おのれの領地を守ることを厳命したのだった。


「たとえ私が皇帝に即位したとしても、守るべき世界が失われていたらなんの意味もありません。人も、至尊種ハイ・リネージュも、生きてこそ互いに手を取り合うことが出来るのです」


――――この姫君には、まことの皇帝の器量がある……。

 

 イザール侯爵はもだしたまま、ただこうべを垂れるばかりだった。


***


の最終チェック完了……っと。これで全部だ、お師匠!」


 カナンは手元の端末に数字を入力すると、ケイトにむかって大声で呼びかける。

 陸運艇ランドスクーナーの後部カーゴ・ベイである。

 露天甲板に無造作に貨物を積み上げるケースも珍しくないなか、この船のカーゴは、後方と両側面のハッチを閉じれば外部からはまったく内部が見えない構造になっている。

 徹底的に秘匿性を追求した結果であった。


 カーゴとは名ばかりの格納庫ハンガーには、ウォーローダーの整備に必要な設備がひと通り備わっている。

 余剰スペースに山積みになっているのは、予備部品や武器・弾薬、新品の燃料電池フューエル・セルだ。

 むろん、食品や飲料水といった生活に必要な品々も、むこう半年は困らない量が備蓄されている。そのなかにはリーズマリアのための乾燥血漿ドライプラズマや冷凍血液パックも含まれていることは言うまでもない。

 ややもすると大仰すぎるほどの荷物は、これからの旅の過酷さを物語っているかのようであった。


「カナン、手が空いてるならこっちきて手伝いな!! こいつはみたいなもんなんだ。最後まできっちり調整チューニングしておかないと、安心して引き渡せやしない」


 叫びながらも、ケイトの視線はカナンのほうには向いていない。

 ケイトが先ほどからつきっきりで格闘しているのは、整備メンテナンスベッドに固定された朱色バーミリオンレッドのウォーローダーだ。


 ヴェルフィン――。

 闘技場コロシアムでの最終戦で大破した機体は、メルヴェイユから提供されたツィーゲ・ゼクスの予備部品をもちいて修復された。

 ケイトの手によって二度目の復活を遂げた機体は、しかし、以前とはまったく印象を異にしている。

 最大の変更点は、騎士の鎧を彷彿させる重装甲から、よりスマートで洗練された形状のカウリングへと転換したことだ。

 背中や腹まわりのフレームが大胆に露出しているのは、まさしくネイキッド・ウォーローダーの特徴にほかならない。

 装甲を失ったことで防御力は低下したが、軽量化によって獲得した機動性は戦闘において強力な武器になる。はたして、ダッシュ力や跳躍力、旋回性といった運動性能は、いずれも劇的な向上を見たのだった。

 左腕に装着されていた大ぶりなシールドは、半分ほどの長さに切り詰められ、左右の肩に装着することで重量バランスの改善を実現している。

 左右の足首に増設された無骨なユニットは、ロケット推進装置つきのアルキメディアン・スクリューだ。急加速はもちろん、噴射口ノズルの角度を変えれば、急旋回や大ジャンプといった多彩な戦闘機動が可能になる。ロケット燃料は一分程度で底をついてしまうが、それまではウォーローダーとしては規格外のスピードを発揮することが出来るのである。

 ツィーゲ・ゼクス戦での教訓を取り入れ、ヴェルフィンはより俊敏に、より攻撃的アグレッシブに進化を遂げたのだった。

 右肩に白文字で染め抜かれた「N/V」の文字は、ケイトが命名した新生ノイエヴェルフィンの頭文字であった。


「短期間でここまで仕上げるとは、みごとなものですね」


 ふいに背後から呼びかけられて、ケイトとカナンはそろって声のしたほうへ振り返った。

 二人の視線の先には、チャンピオン――メルヴェイユの姿がある。

 すみれ色の髪の人狼兵ライカントループは、やわらかな微笑みを浮かべながら、いたって優雅な足取りでヴェルフィンに近づいていく。

 

「ケイトさん、でしたね」

「ケイトでいい。……それにしても、伝説のチャンピオンに名前を覚えていただけたとは光栄だね。手塩にかけてチューニングしたウォーローダーを数えきれないほど壊してくれた相手とこんなふうに話ができるとは思ってなかったよ」

「私のことを恨んでいますか?」

「いや……アンタもアタシも、自分のやるべきことをキッチリこなしただけだ。仕事に恨みつらみを持ち込むようじゃプロ失格さ。それに、いまはもうだろう?」


 どこか誇らしげなケイトの言葉に、メルヴェイユもおもわず顔をほころばせる。

 それもつかのま、メルヴェイユはいたって真剣な面持ちで言った。


「ケイト。あなたにツィーゲ・ゼクスの修復を頼みたいのです」

「本気かい? わざわざアタシみたいな場末の整備士チューナーに頼まなくたって、塔市タワーにはお抱えの技術者が大勢いるだろう」

「あなたが仕上げたウォーローダーはすばらしかった。それだけでは理由になりませんか?」


 ケイトは一瞬目を丸くしたあと、満更でもない様子でうなずいてみせる。

 敵から賛辞を送られる。

 それは乗り手ローディだけでなく、整備士チューナーにとっても最高の名誉なのだ。


「っと、お師匠! そろそろ時間じゃないか?」


 カナンの言葉に、ケイトははたと時計を見やる。

 午前二時半をすぎたところ。

 出発の時刻は、もうまもなく訪れようとしていた。

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