CHAPTER 08:マッチ・メイカー

 裸電球のたよりない光が室内をうすく照らしていた。

 天井までの高さはおよそ五メートル、一辺は二十メートルほどの正方形の部屋である。

 分厚い耐爆コンクリート壁に囲まれた空間は、むせかえるような機械油と鉄錆のにおいに充たされている。

 闘技場コロシアムに併設された格納庫ハンガーであった。


 出入り口とは反対側の壁面には、角度調整式の整備ベッドが据え付けられている。

 肩を並べるように横たわるのは、朱色バーミリオンレッド白灰色ホワイトグレイのウォーローダーだ。

 ヴェルフィンとカヴァレッタであった。

 ケイトの工場でレストアを終えた二機は、そのまま闘技場に運び込まれた。

 ヴェルフィンの手には両刃の長剣ロングソード、カヴァレッタの手には六角形の断面をもつ重戦棍ヘビーメイスがそれぞれ握られている。

 どちらも今朝がた武器商人から買い付けたものだ。


 ”なんでもありバーリトゥード”を旨とする闘技場においては、武器の使用に関する制限も存在しない。

 それでも銃火器や爆発物の類がほとんど見られないのは、べつにフェアプレイ精神のためではなく、たんにリング上では使い物にならないからだ。

 リングの直径は五十メートルにも満たない。ウォーローダーの機動力なら、数秒とかからずに端から端まで移動することができる。

 好むと好まざるとにかかわらず、試合ではつねに接近戦を強いられるということだ。

 大火力の火器は至近距離では無用の長物であり、榴弾グレネードやミサイルといった爆発物に至っては自滅のおそれさえある。

 そのような環境において、確実に敵機を仕留められる刀剣や鈍器が主流になったのは、しごく当然の帰結といえた。

 

燃料電池フューエル・セルの電圧安定。各部シリンダの油圧、モータ回転数ともに異常なしオールグリーン――」

 

 アゼトはコクピットハッチを開くと、チェックシートに記載された点検項目を読み上げていく。

 ひととおり確認が終わったところで、アゼトはちらとヴェルフィンのほうに視線を向ける。

 

「俺のほうは準備完了だ。レーカ、そっちはどうだ?」


 ヴェルフィンの頚部が後方にスライドし、戦車帽タンカーキャップを被った少女の横顔があらわになった。

 肩にかかった金髪を背中に流しながら、レーカは弾むような声で答える。


「こちらも問題ない――――これだけ動けば、じゅうぶん戦える」


 ヴェルフィンの右腕が肩の高さに上がった。

 二度、三度と素振りをするたび、するどい風切り音が鳴りわたる。

 なめらかな動作は、ケイトの手による駆動系のこまやかなチューニングの賜物だ。

 お世辞にも品質がいいとはいえない再生パーツを用いながら、セッティングでここまで仕上げてみせたのは、まさしく整備士チューナーの面目躍如であった。


 耳障りな軋み音とともに出入り口の扉が開いたのはそのときだった。

 アゼトとレーカが同時に振り返れば、はたして、視線の先に立っていたのはケイトだ。

 

「お二人さん、準備オーケー? 最初の試合の相手が決まったわ」


 オレンジ色の髪を揺らしながら、ケイトはカヴァレッタとヴェルフィンに近づいていく。

 携えた小型端末のディスプレイには、二人組の写真が映し出されている。

 ひとりはゆうに体重百三十キロはあろうかという黒い肌の巨漢、もうひとりは血色の悪い痩せぎすの矮男こおとこだ。どちらも揃いのボディアーマーを着込んでいることから、ローディであることはひと目でわかる。


「図体のデカいほうがバラッシュ、チビのほうがワラギィ――闘技場じゃ”新人殺しリクルート・キラーズ”なんて呼ばれてる」

「強いのか?」

「ランクは低いけど、ナメてかかると痛い目見るかもね。もう十年は戦ってるベテランのくせに、上のランクに昇格しそうになるとわざと負けて、なるべく新入りと当たるように仕向けているろくでもない連中さ」


 ケイトは吐き捨てるように言って、画面を切り替える。

 二人組の顔写真と入れ替わるように現れたのは、サンドイエローに塗られた二機のウォーローダーだ。

 頭部と胴体がなだらかに繋がったまるっこいフォルムと、不釣り合いなほどに長い両手両足が目を引く。

 一見するとユーモラスにさえみえるが、それも機体の素性を知らない者に限っての話だ。


「ガルネーレ・タイプか……」


 画面を見据えたまま、アゼトはいたって真剣な声色で呟く。

 かなり改造されているが、その特異なシルエットは見間違えるはずもない。


 ガルネーレ・タイプ――

 最終戦争において人類軍が投入したウォーローダーのひとつである。

 分厚い装甲と機動性をあわせもつこの機種は、戦時中はもっぱら敵陣に切り込む強襲・突撃兵器として運用された。

 重ウォーローダーとしてはスカラベウス・タイプに次ぐ数が生産されたものの、過酷な任務のなかでほとんどの機体が失われ、戦後もごく少数のレプリカが生産されるに留まった。

 バラッシュとワラギィの愛機は、いまや外の世界ではめったに見かけることがなくなったガルネーレの貴重な生き残りであった。


 レーカは端末を覗き込みながら、アゼトにむかって問いかける。


「アゼト、戦ったことがあるのか?」

「むかし一度だけな。大きさのわりにすばしっこい機体だ。それにパワーもあなどれない――」


 ガルネーレとの戦闘経験をもつローディはきわめてすくない。

 バラッシュとワラギィのコンビが新入りを狙うのも、初見の相手はいかにも鈍重そうな見た目に騙されやすいためだろう。

 実際には鈍重どころか、軽量型のカヴァレッタさえ翻弄するほどの旋回性能とダッシュ力を秘めているとは、実際に戦ったことのあるアゼトだからこそ知り得る情報だった。

 

「……まだ機体の慣らしも終わっていないのに、初戦からずいぶんやっかいな敵と戦うことになった」


 だれにともなく呟いたアゼトの言葉を、ケイトは聞き逃さなかった。


「あら、もしかして勝つ自信がないの?」

「そういうわけじゃないが……」

「とにかく、アタシに文句を言われても困るわ。だって今回の対戦カードを決めたのは――」


 ふいに生じた足音がケイトの言葉を遮った。

 いつのまに入ってきたのか、出入り口にはひとりの男が佇んでいる。

 背の高い男であった。

 ゆうに二メートル以上はあるだろう。

 くすんだ象牙色アイボリーのロングコートを肩にひっかけ、頭には同色のフェルト帽を目深に被っている。長身を包むグレーの三つ揃いスリーピース・スーツはところどころに下手くそな継ぎ接ぎの跡が見え、いかにもみすぼらしい風情を漂わせている。

 男がついと顔を上げると、ぎらりとつめたい光が閃いた。丸メガネの金属フレームが、裸電球の灯りを反射したのである。


 アゼトとレーカが目をみはったのは、男の胡乱な風体のためばかりではない。

 レンズ越しにちらとのぞいた瞳の色は、柘榴石ガーネットよりもなおあざやかな真紅――

 至尊種ハイ・リネージュの証であった。


「や、や、これはどうも――」


 反射的に身構えたアゼトとレーカにむかって、丸メガネの男はあくまでにこやかに会釈をする。


「お初にお目にかかります。わたくしはデズモンド・ガブリエッラ・デ・プリケルマⅢ世サード。世間ではプリケルマ男爵と呼ばれております」

至尊種ハイ・リネージュがどうしてここに――」

「おやあ、ご存知ありませんでしたか? ここバスラルは自由の街。そして闘技場コロシアムは何者も拒まないということを」


 言いざま、プリケルマ男爵は懐からシガリロのケースを取り出すと、


「もっとも、私は観客でも闘士でもなく、興行師マッチ・メイカーですがね。わけあって塔市タワーを追い出された下級貴族のドラ息子としては、これでも真面目に働いてるつもりなんですよ。ほかのご同類と来たら、人間を脅して金をせびっているような輩ばかりで……」


 親指と人さし指の摩擦で火をつけ、うまそうに喫ってみせる。


「今後は私があなたがたの試合を取り仕切らせていただきます。……質問がおありなら、いまのうちにどうぞ?」


 アゼトはレーカに目配せをすると、プリケルマ男爵をまっすぐに見据えて問うた。


「ひとつ訊かせてもらいたい。わざわざ”新人殺し”を初戦の対戦相手に引っ張ってきたのはどういうつもりだ?」

「客のウケがいいからですよ」


 プリケルマ男爵は悪びれもせずに言うと、シガリロの火を指先でもみ消す。

 人間なら皮膚が焼け焦げるところだが、吸血鬼にとっては痛痒ともないのだ。

 肺に残っていた最後の紫煙をひとしきり吐き出したあと、男爵はまるで世間話でもするみたいな調子で言葉を継いでいく。


「ここのお客はなかなかをしておりましてね。新入りがむごたらしく殺される場面をわざわざ見に来る方も多いんです。そういうわけで、もしあなたがたが負けてしまったとしても、入場チケットがたくさん捌ければ興行師わたしどもとしては万々歳――」

「まるで最初からそうなることを望んでいるような口ぶりだな」

「とんでもない!! 勝ってくれるなら、それに越したことはありません。私も試合のたびにあたらしい契約相手を見つけるのは骨ですし、人気の闘士を抱えていればお金もたくさん入りますからね」


 あっけらかんと言いのけた男爵に鼻白みながら、アゼトは呆れたようにため息をつく。


「金もうけなら、興行師をやるよりも自分が出場したほうが稼げるんじゃないのか」

「ええ、みなさんそうおっしゃいますけれどね」


 プリケルマ男爵はアゼトとレーカに顔を近づけると、低い声でそっと耳打ちする。


「ここだけのハナシですが……私、ウォーローダーの操縦がとんでもなく下手くそなんです」

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