CHAPTER 07:ミーツ・アゲイン
ヴェルフィンの
本職の
機体の中枢であるコンピュータまわりのセッティングは、だれよりもヴェルフィンのことを知り抜いているレーカの役目だ。
ただひとりウォーローダー整備の専門知識を持たないリーズマリアは、みずから炊事や洗濯といった雑用を買って出た。むろんアゼトとレーカは止めたが、あっさりと聞き流されたのは言うまでもない。
生まれつきの眼病という名目で遮光ゴーグルをかけたままの吸血の姫は、見た目からは想像もつかないほど手際よく仕事をこなしていった。
さいわいだったのは、工場の耐爆コンクリート壁はほとんど日光を通さず、外に出ないかぎり、昼間でも問題なく活動できたことだ。
三日三晩のあいだ
「完成だ――――」
ケイトは満足げに言って、額の汗を拭う。
この数日のあいだ作業にかまけてろくに寝ていないせいか、作業服は汚れ、目の下には墨を塗ったみたいにどすぐろいクマが浮かんでいる。
それでもケイトの表情がひどく晴れやかなのは、ひとつの仕事をやりとげた達成感に包まれているためであった。
スクラップ寸前だったヴェルフィンは、文字どおり生まれ変わった。
破損した部分にはさまざまなウォーローダーのジャンクパーツを流用・加工し、それでも足りない場合は、金属や樹脂を加工することで間に合わせた。
むろん、そうした部品の品質は純正品とは比べものにならないほど低いが、いまは選り好みをしていられる状況ではない。
ともかくも、失われた四肢は復元され、跡形もなく破壊された頭部には、あらたに組み上げられた複合センサーユニットが据えつけられている。
十全とは言えないまでも、これならふたたび戦場に赴くことが出来るはずであった。
「これが、新しいヴェルフィン……」
愛機を見上げて、レーカは感極まったみたいに呟いていた。
欠損した左腕に装着されているのは、ケイトがどこからか調達してきたヤクトフントの腕だ。
高級機と量産機という違いこそあれ、どちらも
そのほかにも損傷がひどい外装部品はすべて取り去られ、ケイトとカナンが板金加工によって手作りした装甲が取り付けられている。
ホバー推進ユニットを失った脚部に移植されたのは、スカラベウス・タイプの大型アルキメディアン・スクリューだ。
はたして、設計図などない場当たり的な改修を重ねるうちに、ヴェルフィンは
メッツガーフントとの戦いで破壊された本来の盾のかわりに、左肩には長方形のシールドが取り付けられている。打ち捨てられた戦車の装甲を
あらたに組み上げられた頭部では、
ガラクタから小型端末を組み上げただけあって、ケイトの電子工作の腕前は一流だった。どこからか拾ってきたカメラユニットを囲むように
むろん性能的にはヴェルフィンがもともと装備していた超高精度のセンサー類とは比べるべくもないが、操縦に支障がないことは確認ずみだ。
修復の手が入ったのは本体だけではない。
むざんに剥げ落ちていた塗装は、カナンの手でふたたびあざやかな
純正の塗装のようにつややかな光沢こそないが、ウォーローダーの塗装としては上々の出来だ。
シールドに黄色で大書きされた「
レーカはケイトのほうを振り返ると、おもわずその手を握りしめていた。
「本当にありがとう。心から礼を言わせてくれ――」
「気にしなさんな。アンタたちにはうちのバカ弟子を助けてもらった恩義もあるし、それにアタシもめずらしい機体をいじれて楽しかったよ」
言って、ケイトは工場の床にぐったりと寝そべったカナンを見やる。
さすがに年少の身に三日三晩の突貫作業はこたえたのか、ついさっき倒れ込むように眠ってしまったのである。
顔も作業着もオイルと煤にまみれたその姿は、しかし、こころなしか誇らしげにみえた。
「さてと……アタシもひと眠りしたいところだが、そのまえにもうひとつだけ仕事を片付けておこうかね」
言い終わるが早いか、ケイトはアゼトのほうに顔を向ける。
「アンタもいいかげん休みたいだろうけど、ちょっと付き合ってもらうよ」
「べつにかまわないが、なぜ俺を――――」
「決まってるじゃないか。一台仕上がったところで、今度はアンタのウォーローダーを見繕ってやろうってんだよ。さっさとついてきな」
アゼトの返答を待たずに、ケイトは工場の出口にむかって歩き出していた。
***
うずたかく積み上がったスクラップの山を縫うように進んでいたトラクターは、ふいに停止した。
数メートル先に張られた有刺鉄線に行く手をさえぎられたのだ。
鉄線にはするどい棘が植えられているだけでなく、かなり高圧の電流が流れているらしい。
羽虫や蛾がぶつかるたび、バチッと小気味いい音がそこかしこで上がる。
「ここは……」
アゼトの問いかけには答えず、ケイトは運転席から降りると、つかつかと有刺鉄線へと近づいていく。
触れれば即死はまぬがれない高圧電流を恐れるそぶりもなく、ケイトはあらんかぎりの大声を張り上げる。
「魔女の婆さん――――アタシだ。門を開けてくれ」
言い終わるが早いか、どこかで機械が動く音がした。
ケイトとアゼトの目の前で、地面が持ち上がったのは次の瞬間だった。
土をおしのけてせり上がったのは、高さ十メートルほどの細長い箱であった。
戦時中に運用されていた地下格納式の対空砲台だ。ふだんは地中に隠れてレーダーで索敵をおこない、敵機が射程圏内に入るやいなや、地上に現れて攻撃するのである。
最終戦争から八百年あまりの歳月を経た砲台は、外壁こそすっかり錆び付いているが、そのメカニズムはいまだ健在なのだ。
「おやまあ、男連れとはめずらしい。まさか年下が趣味だったとは知らなんだわ」
砲台の上部に目を向ければ、灰色のローブをまとった女と目が合った。
白髪の老婆である。
顔じゅうに深いシワが刻まれ、遠目にはどこが目でどこが口なのかも判然としない。
かなりの高齢であることは疑いないが、実際の年齢は見当もつかない。九十歳でも百二十歳でも、本人がそう申し出れば疑う者はいないはずだった。
「男は若いのにかぎるよ。なんたってナニが元気だからね」
「バカなこと言ってんじゃない。それより婆さん、あんたに頼みたいことがあって来たんだ」
「それはかまわないが、お忘れでないだろうね。
「”感謝は無用、ただし報酬は惜しむな”――でしょう」
それだけ言うと、ケイトは上着のポケットに手を突っ込む。
取り出したのは、古ぼけた二本の記録カードだ。
「ひとつは戦前のプログラミング教本。もうひとつはシェイクなんとかの芝居の全集。砂漠に埋まってた戦前のコンピュータからサルベージしたんだけど、どう?」
「悪くないね。ちょうど次の暇つぶしを探してたところだよ」
老婆――バーバ・ヤガは愉快そうに肩を揺らすと、シワだらけの不気味な相好を崩す。
「それで、なにがお望みだい?」
「ウォーローダーを探してるんだ。婆さんのところにある機体を分けてもらえると助かる」
「おやおや、ジャンク屋から
「使うのはアタシじゃない。こっちの坊やさ」
バーバ・ヤガはアゼトの顔をしげしげと見つめると、
「ほおお……ええ面構えをしておる。どうやらそこいらのゴロツキどもとは鍛え方がちがうようだね。いいだろう、気が済むまで見ていくがいいわえ」
言って、ローブに包まれた指先をちいさく動かす。
有刺鉄線にふいに切れ目が生じ、外側に開いたのは次の瞬間だった。
***
門をくぐったアゼトとケイトは、対空砲台の脇をすりぬけ、さらに奥へと歩を進めていく。
「いったいなんなんだ、あの人……それにこの場所は……」
「あいつはバーバ・ヤガ。バスラルの
戸惑いを隠せないアゼトに、ケイトは飄々と言いのける。
「知識欲の塊みたいな婆さんでね。なにか頼みごとをするときは、銭金よりも戦前の本や音楽のデータを渡してやるのが一番いいんだ」
話しながらしばらく歩いていると、ふいに視界がひらけた。
ガラクタの山のあいだにぽっかりと生じた細長い広場には、百機あまりのウォーローダーが雑然と並んでいる。
スカラベウスやアーマイゼといった普及型だけでなく、ごく少数の試験運用に留まった
武装まで完備した美品もあれば、ひと目で使いものにならないと知れる赤錆びたスクラップもある。
もっとも、こればかりは実際にくわしく点検してみないことにはなんともいえない。外装がどれほど整っていても、内部メカが劣化している可能性もあるのだ。
「すごいな――――」
「バーバ・ヤガの庭だよ。交易商人からウォーローダーを買っては、内部のデータだけ抜いて、機体はこうして放っぽっておくんだ。つまりここに置いてあるのは、どれもあの婆さんにとっちゃ用済みのガラクタってこと」
ケイトは手近なスカラベウスの脚に背をもたせると、身体をおおきく伸ばしてあくびをする。
「そういうわけさ。遠慮せずにアンタの好きな機体を選ぶといい。
ケイトに言われるまま、アゼトはめぼしい機体をひとつひとつ確認していく。
ウォーローダーは機種ごとに異なる操縦特性を持っているが、アゼトの場合、その点はさほど問題にはならない。
かつてはスカラベウスやアーマイゼに乗っていたこともある。どんな機種であっても、人並み以上に乗りこなす自信はあった。
「……!!」
うずくまったスカラベウスに隠れるように佇んでいたそいつに気づいて、アゼトはおもわず後じさっていた。
軽量型ウォーローダーに特有のコンパクトな外観。
通信システムと複合センサーを内蔵した独特の形状をもつ頭部ユニット。
外装は黒みがかった
「カヴァレッタ……」
アゼトはぽつりと呟いて、装甲を指先でなぞる。
中古品の常として多少くたびれてはいるが、各パーツの摩耗が少ないことから察するに、どうやらここ四、五十年ほどのあいだに組み立てられた比較的あたらしい個体らしい。
極上品とまではいかないまでも、なかなかの出物と言っていいだろう。
ひとつ気になるのは、膝から下の形状が通常のカヴァレッタとはまるで異なっていることだ。
しかもかなりの年代物らしく、ところどころに赤黒い錆が浮かんでいる。
こんなかたちのパーツはアゼトも見たことがない。ジャンクパーツからでっちあげた
ケイトは怪訝そうな面持ちでアゼトとカヴァレッタを交互に見やる。
「カヴァレッタか。状態は悪くない……けど、やめといたほうがいいね。
「そうだとしても、使い慣れた機体がいい。非力なりの戦い方もある」
「アンタ、カヴァレッタ乗りだったのかい?」
驚いたように言ったケイトに、アゼトは無言で肯んずる。
「そういえば、ずいぶんまえにカヴァレッタを使う凄腕の
ケイトの言葉を遮るように、アゼトは首を横に振った。
「……その二人なら、もういない」
それだけ言うと、アゼトは慣れた手つきで搭乗ハッチを開き、薄闇に閉ざされたコクピットに身体をすべり込ませていた。
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