CHAPTER 06:コンディション・レッド

 ケイトの運転する大型トラクターは、工場の手前でゆっくりと停止した。

 幌のかかった荷台デッキの上には、一機のウォーローダーが搭載されている。


 機体のコンディションはスクラップと見紛うほどにひどい。

 頭部と左腕は欠損し、ホバーユニットが脱落した両脚は、ほとんどフレームがむき出しになっている。

 つややかな朱色バーミリオンレッドの塗装は見る影もないほどに汚れ、あらわになった金属の地肌が痛々しい。

 蒼の聖塔ブルージグラッドの決戦で大破したヴェルフィンであった。

 

「お師匠、おかえり――――」


 トラクターに駆け寄ったカナンは、ヴェルフィンのありさまを目の当たりにして、おもわず息を呑んだ。

 

「うわっ、こりゃひでえ……しかも見たことないタイプの機体だ。こいつを修理するのは骨だぜ。乗り換えたほうがいいんじゃないか?」


 慣れた手つきでワイヤーをほどきながら、カナンは呆れたように呟く。

 ウォーローダーはしょせん消耗品だ。

 壊れた機体を修理してまで使い続けるよりも、あたらしい機体に乗り換えたほうが安く上がることも少なくない。

 修理するべきか、あるいは解体してパーツ取りに回すべきか……そうした見極めも、整備士チューナーの重要な仕事のひとつなのだ。

 カナンがざっと見るかぎり、ヴェルフィンはあきらかに後者だった。


「アタシも同感だけど、そういうわけにもいかないんだとさ――――」


 言って、ケイトはちらとレーカに視線を向ける。

 レーカはヴェルフィンをじっと見つめながら、まるで愛機に話しかけるみたいに言葉を継いでいく。

 

「無理は承知している。それでも、私はこの機体を捨てるわけにはいかない」

「こいつによっぽど愛着があるみたいだね? ふつうのウォーローダー乗りローディなら乗り換えをためらったりしないからね」

「それは……」


 と、ヴェルフィンの各部を調べていたカナンがふいに声を上げた。

 

「お師匠!! こりゃすげえ!!」

「なにがのか、アタシたちにも分かるように言いな」

「スパイナル・フレームの材質だよ。こんなに上等な金属かねを使ってるウォーローダー、オレはじめて見た!!」


 カナンはすっかり興奮した様子で機体に顔を近づけている。

 

「ほら、お師匠も見てくれよ。そこいらのウォーローダーの再生鋼とはモノがちがうぜ。不純物まざりものものもほとんど入ってないみたいだし、まるで戦前の極上ものみたいだ」


 最終戦争から八百年を経た現在でも、ウォーローダーは各地で生産されている。

 そうしたのほとんどは、戦前から戦時中にかけて生産された機体の模造品デッドコピーである。

 ごく一部の消耗品をのぞいて部品が新造されることはなく、機体のほとんどはスクラップから回収したジャンクパーツをもとに組み立てられる。

 とくに制御コンピュータや光学センサーのように製造技術そのものが失われている電子部品は、完全に破壊されないかぎり何度でも使い回されるのが常なのだ。


 そんななかで、ウォーローダーの背骨――――人間でいう頚椎から尾椎にあたるスパイナル脊椎・フレームだけは例外だった。

 スパイナル・フレームは直立歩行システムを支える根幹であり、機体のなかで最も負荷のかかる部位だ。

 激しい機動に耐えられるよう、タングステン・カーバイドやクロムモリブデン鋼といった高強度の構造材マテリアルがおごられている。

 むろん、ほかのあらゆる部品とおなじように、スパイナル・フレームにも寿命が存在する。

 稼働時間に比例して金属疲労が蓄積し、やがては致命的な破損に至るのである。

 いちど壊れたスパイナル・フレームを元に戻す方法は存在しない。

 溶接したところで失われた剛性や靭性が回復することはなく、戦場における応急処置以上の効果は望めないのである。


 破損したスパイナル・フレームは鋳潰され、あらたなフレームの素材として再利用される。

 とはいえ、鋳潰す前とまったく同等の品質で再生できるわけではない。

 戦前ならいざしらず、いちじるしく後退した現在の技術水準では、成形過程における不純物の混入を阻止することは不可能だ。

 再生を繰り返すたびに純度が低下し、さらには溶解による体積減少をおぎなうために鋼鉄や亜鉛合金といった低品質の金属が投入されることで、劣化は加速度的に進行する。

 現存するウォーローダーのスパイナル・フレームは、最低でも三回から四回程度の再生を経ている。その強度は未再生品にとおく及ばず、剛性も大幅に低下しているのが実情である。


 それなりに経験を積んだ整備士チューナーであれば、かるくフレームに触れただけでおおよその品質を言い当てることができる。

 カナンの見立てどおり、ヴェルフィンのスパイナル・フレームは正真正銘の未再生品であった。


「こいつはたまげた――いまどきにお目にかかれるとはね」


 ヴェルフィンの背中に回ったケイトは、ほうと感嘆の息を洩らす。


「このフレームだけでもいい金になるだろうさ。なんならアタシが買い取ってもいいくらい」

「ダメだ!! この機体を売るわけにはいかない!!」


 なにげなく言ったケイトに、レーカはおもわず語気を荒げる。

 ただならぬ事情を察したのか、ケイトは怪訝そうにレーカとヴェルフィンを交互に見やる。


「ふうん……そんなに必死になるところを見ると、アンタもこの機体も、なにか事情ワケありみたいだね?」

「……」

「このあたりじゃ見かけないタイプ、しかもフレームが新品とくれば、下衆の勘繰りをしたくもなるってもんだろ。アンタのほうから話してくれれば、こっちも気持ちよく仕事が出来るんだけどね」


 ケイトの視線から逃れるように、レーカは帽子を目深にかぶりなおす。

 誤算だった。まさかケイトとカナンの目利きがこれほどするどいとは思っていなかったのである。

 念のため機体のデータは外部メモリに移してあるが、ヴェルフィンの素性が割れるのも時間の問題だ。

 レーカは深く息を吸い込んだあと、ためらいがちに語りはじめる。


「ぬ、盗んだ……」

「なんだって?」

「この機体は吸血鬼の屋敷から盗んできたと言ったんだ。それ以上のことは知らない――」

「ちょっと待ちなよ。アンタそれ本気で言ってんのかい?」

「くどい!! わた……あたいは故郷じゃすこしは名の知れた女盗賊なんだ。がめつい領主がめずらしいウォーローダーを隠し持ってるっていうから、忍び込んでかっぱらってやったのよ。文句ある!?」


 レーカは早口でまくしたてると、くるりと二人に背を向ける。

 

(いきおいに任せて、とんでもないことを口走ってしまった――)


 羞恥に肩を震わせ、ほとんど涙目になりながら、レーカはおもわず両手で顔を覆っていた。

 自分は十三選帝侯クーアフュルストルクヴァース家に仕える誇り高い騎士、そしてヴェルフィンは主君より賜った剣である。

 それを言うに事欠いて、みずから盗人と称するとは……。

 どんなに悔やんだところで、一度口にしてしまった言葉は取り消せない。


「マジかよ……」


 レーカがおそるおそる振り向くと、まっすぐにこちらと見つめるカナンと目が合った。

 まるく見開かれたその瞳を充たしているのは、怖れや軽蔑ではなく、混じりっけのない尊敬であった。


「帽子の姉ちゃん、オレあんたのこと尊敬するぜ!! どうりで喧嘩が強えわけだ!!」

「そ、そうか……?」

「そうだよ!! ざまーみろ、クソッタレ吸血鬼!! いい気味だ!!」


 予想もしていなかった反応に、レーカはただ呆然と立ち尽くすことしかできない。

 その肩にぽんと手を置いたのはケイトだ。


「ま、そういうことにしとこうかね?」

「待て。その言い方はまるで……」

「いいからいいから。それに、この機体ならをしてくれそうだ」


 ケイトは飄々と言いのけると、カナンを手招きする

 

「カナン、いつまで遊んでんだ!! さっさと支度しな。――――これから忙しくなるよ」

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