CHAPTER 09:デス・トランザクション
まばゆい光が
天井に取り付けられた大型照明は、軍用サーチライトをそっくり転用したものだ。
地下三十メートルの大深度に位置する闘技場には、昼日中であっても陽が差し込むことはない。
もともとこの場所には、核ミサイルの発射を管制する地下司令部が置かれていた。
その後、施設は最終戦争のさなかに放棄・封鎖されたが、交易都市バスラルが形成されていく過程で再発見されたのである。
ウォーローダーによる
とにもかくにも、試合は急速に規模を拡大し、
一攫千金を夢みる観客、成功と名声をもとめて各地から集まってくる
さまざまな人間の思惑がリング上で交錯し、試合のたびに悲喜こもごものドラマが演じられる。それこそが観客たちを惹きつけてやまない所以でもあった。
まだ宵の口にもかかわらず、観客席は八割がた埋まっている。
観客たちの目当ては、このあとに控えている大物闘士の試合だ。新人はしょせん場をもたせるための前座にすぎず、
もっとも――相手が”
バラッシュとワラギィのコンビは、これまで数えきれないほどの新人闘士を葬り去ってきた。
それもただ倒すのではない。戦意を失った相手をコクピットからむりやり引きずり出し、生きたままアルキメディアン・スクリューに巻き込むといった残虐きわまりないやり方で、おびただしい死体の山を築いてきたのである。
観客はブーイングどころか、バラッシュとワラギィの蛮行に惜しみない拍手喝采を送り、リング上での殺人パフォーマンスはますますエスカレートしていったのだった。
そうした度を越した凶行が裏目に出て、近ごろでは
なにしろ”
いくら客がよろこぶからと言って、将来有望な若手をそうあっさりと潰されては、興行師としてもたまったものではないのである。
アゼトとレーカは、バラッシュとワラギィ、そして血に飢えた観客たちにとって、じつに半年ぶりの生け贄だった。
おどろおどろしい入場テーマ曲とともに右手のゲートが開いた。
暗がりのなかからのっそりと姿を現したのは、赤みがかったサンドイエローに塗られた二機のウォーローダーだ。
どちらもおなじガルネーゼ・タイプだが、それぞれ武装は異なる。
一機は
こちらは手持ちの武器を持たない代わりに、両腕の肘から先がそっくり巨大なハサミになっているのである。
スクラップの切断・粉砕に用いられる油圧式クラッシャーアームであった。
装甲の合間からのぞく太い油圧シリンダは、アームのすさまじい威力を雄弁に物語っている。
このおそるべき凶器にかかれば、いかなるウォーローダーも原型を留めぬほどに破壊される。
アームの先端に斑斑と散った赤黒いシミは、あわれな犠牲者たちの流した血をわざと拭わずにおいたものだ。
二機のガルネーゼはリングの中央に進み出ると、みずからの力を誇示するようにファイティングポーズを取ってみせる。
そのたびに観客席はどっと沸き立ち、
――バカヤロー!! さっさと始めやがれ!!
――”新人殺し”、今日も派手にブチ殺してくれよッ!!
罵声とも声援ともつかない喧騒が闘技場を包んでいった。
左手のゲートが開いたのはそのときだ。
サーチライトの光のなかに
ヴェルフィンとカヴァレッタであった。
二機はゲートをくぐると、リングに足を踏み入れる。
先ほどとは打って変わって、観客席はしんと静まりかえっている。
見たことのない奇妙なウォーローダーと、およそ戦闘には不向きな偵察型のカヴァレッタという組み合わせを前にして、観客たちも当惑を隠せないのだ。
大穴をねらって新参者の勝利に賭けたわずかな観客も、みずからの判断を悔やみはじめている。
よく持って五分――早ければ一分と経たないうちに決着がつくだろう。
観客たちのもっぱらの関心事は、どちらが勝つかではなく、バラッシュとワラギィがどんなふうにあわれな新入りを料理するかということだった。
「レーカ、大丈夫か?」
ヴェルフィンの頭部がきょろきょろと左右に動いているのを認めて、アゼトは
レーザーを用いた機体間通信システムだ。ごくみじかい距離でしか使えないかわりに、第三者に通話を傍受されるおそれもない。
「私のことなら心配はいらない。ただ、その……なんだか見世物にされているようで、すこし落ち着かないだけだ」
「観客のことは気にするな。いつもどおりにやれば負けはしない」
「ありがとう――」
レーカが言い終わらぬうちに、無線機にひどいノイズが混じった。
ガルネーゼがむりやり通信に割り込んできたのだ。
「へええ、ずいぶん変わったウォーローダーをお持ちじゃないの――――」
アゼトの耳を打った甲高い声は、しかし、あきらかに男のものだった。
メインディスプレイを見れば、ガルネーゼの片割れがクラッシャーアームをこれみよがしに開閉させている。
「ご挨拶させてちょうだいな。私はバラッシュ、隣にいるのはワラギィ――」
「試合前に敵とおしゃべりをするのが
「生意気な坊やだこと。私はこれから殺す相手がどんな声をしてるのか知りたかっただけよ。なにしろ死体になったらしゃべれないものねえ」
バラッシュは嘲るように言うと、わざとらしく声を潜めて語りかける。
「ねえあんたたち、私たちと取り引きするつもりはない?」
「なんの話だ」
「私たちだって好きで対戦相手を殺してるわけじゃないの。あんたたちには金で自分の生命を買うチャンスをあげる。そうねえ、二人まとめて三千万
アゼトがなにかを言うまえに、レーカの怒声がコクピットに響いた。
「ふざけるな!! 私たちがそんな不正に応じるとでも思ったのか!?」
「あらん、人聞きの悪いことを言わないでほしいわねえ。どうせまともに
「これまでもそうやって自分たちの要求に応じなかった相手を殺してきたのか。性根の腐ったクズめ――――」
通信機から不気味なしわがれ声が流れたのはそのときだった。
「バラッシュ、もういい。死にたいなら望みどおりにしてやろう。俺は金よりもそっちのほうが好きだ」
「でも、ワラギィ……」
「金なんぞいつでも手に入る。それに、俺はどうしてもこいつらを殺してやりたくなった」
ワラギィはけひ、けひと乾いた笑い声を洩らす。
バラッシュもいいかげんにあきらめたのか、返答の代わりとでも言うように、長いため息をついてみせる。
「残念だったわねぇ。ワラギィはこうなったらテコでも動かないの。せっかくの好意をふいにするなんて、ほんとうにバカな子たち。せいぜいあの世で後悔することね」
「その言葉、そっくりおまえたちに返してやる!!」
レーカの叫びに呼応するみたいに、ヴェルフィンの右手が
アゼトのカヴァレッタも遅れじと
「レーカ、熱くなりすぎるな。挑発に乗ったら奴らの思う壺だ」
「分かっている……すまない」
「作戦はさっき控え室で話し合ったとおりだ。もしものときは俺が――」
アゼトが言い終わらぬうちに、けたたましい金属音が響いた。
試合開始を告げるゴングが打ち鳴らされたのだ。
唸りをあげて四機のアルキメディアン・スクリューが回りはじめる。
巨体に似合わぬ強力なダッシュ力をもつガルネーゼは、もうもうたる土埃を立てながら、すばやく左右へ散開していく。
「さあさあ、愉しい殺戮ショーの始まりよッ!!」
バラッシュの笑い声を上塗りするように、すさまじい破壊音が生じたのは次の瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます