CHAPTER 04:マーダー・ゲーム

 通信端末のディスプレイに表示されているのは、中古車の在庫リストだった。

 ウォーローダー輸送用の大型トランスポーターの写真がずらりと並び、その横にはおおまかなスペックと価格が添えられている。


「最低でも三億モノ……!?」


 画面上の文字列を目で追ううちに、アゼトはおもわず声を上げていた。

 三億銭という法外な値がついているのは、ごくありふれた六輪トランスポーターである。

 低解像度のディスプレイごしでも、車両の状態がよくないことはひと目で分かった。ダークイエローの塗装はすっかり色あせ、バンパーやドアは赤錆に蝕まれている。

 おなじガラクタなら、アゼトたちがここまで乗ってきた人類解放機構軍のトランスポーターのほうがいくぶんマシだろう。


「バカな――――こんなに高いはずはない。三億どころか、三百万でも高いくらいだ」

「アタシも同感さ。でも、実際そうなってるんだから仕方ない」

「ほかの業者はどうなんだ?」

「ざっと調べたかぎりじゃここが最安値だよ。ウソだと思うなら、自分で探してみるといい」


 通信端末をテーブルに置いて、ケイトはふっとため息をつく。


交易市場バザールの商品は値動きがはげしいんだ。どんな貴重品でも在庫がダブついてれば捨て値で売られるし、買い手が多ければクズ鉄にもとんでもない高値がつくこともある……」

「どこかにクルマを買い占めてる連中がいるということか?」

「それも流通のずっと上のほうでね。さもなけりゃ、ここまで相場が釣り上がるはずはない。とにかく、壊れかけのポンコツでもこのありさまじゃ、まともなタマなら十億はすると思ったほうがいい」


 アゼトとレーカ、リーズマリアは、当惑したように顔を見合わせる。

 市場価格が高騰しているのは悪いことばかりではない。ここまで乗ってきた人類解放機構軍のトランスポーターも、売ればそれなりの値がつくだろう。

 問題は、さらに程度のいい車両に乗り換えるためには、そこからさらに何億銭かを上積みする必要があるということだ。


「で……だ。ぶっちゃけた話、あんたたち、先立つものはあるのかい?」


 ケイトの言葉に、リーズマリアは無言で肯んずると、首元に手を差し込む。


「これで足りるかどうかは分かりませんが――――」


 白くほそい指のあいだからプラチナの鎖がこぼれた。

 鎖の先端に繋がれているのは、大粒のエメラルドとアレキサンドライトがあしらわれた黄金の首飾りアミュレットだ。

 なにかを言おうとしたレーカを片手で制しつつ、リーズマリアはテーブルの上に首飾りを置く。


「すごい……こんなおおきくてきれいな宝石、オレはじめて見た……!!」


 興奮を隠せないカナンとは対照的に、ケイトはいたって冷静に首飾りを観察している。

 懐からポケットライトを取り出し、さまざまな角度から光を当てては、微妙な輝きの変化も見逃すまいと目を凝らす。

 そうしてしばらく矯めつ眇めつしてから、ケイトはリーズマリアをまっすぐに見据えて言った。


「……正真正銘の本物だね。いったいどこでこれを?」

「私の生まれた家に代々伝わっていたものです。それ以上のことは存じ上げません」

「それにしても、いまどきこんなが残ってたとはね。これなら五十億、いや百億でも売れるだろう。ただし――――」


 ケイトはいったん言葉を切ると、ちいさく首を横にふる。


「それは塔市タワーの上での話だ。下界じゃ天然宝石の値段はたかが知れてる」

「……」

「天然宝石は不純物が多いからね。交易市場バザールじゃレーザーの発振素子やコンピュータの制御基板に使える人工宝石のほうがずっといい値で売れる。吸血鬼どもに売りつけようたって、あの傲慢な連中が家畜にんげんとまともに取引するもんか」


 脅かすように言って、ケイトは首を掻っ切るようなジェスチャーをしてみせる。

 吸血鬼による大規模な略奪は、これまでたびたび起こっている。

 野蛮な人間から貴重な財物を保護するという名目で、宝石や貴金属を強引に徴発していったのである。

 支配者の暴挙にあらがった者がどのような末路を辿ったかについては、あえて触れるまでもないだろう。


「だから、これはお嬢さんが大事に持っておくんだね。二束三文で売ったりしたら、ご先祖に申し訳が立たないだろう」


 諭すように言って、ケイトはリーズマリアに首飾りを握らせる。


「しかし、それではお金が――――」

「金がなけりゃ稼げばいいだけさ。そこの二人はウォーローダー乗りローディなんだろ? あんたたち、腕に自信はあるんだろうね?」


 ふいに問われて、アゼトとレーカはとっさに首肯していた。

 ケイトは満足げにうなずくと、工場の壁にかかった時計に目をやる。

 時刻は午前二時をすこし回ったところ。


「この時間ならまだ間に合うね。……あんたたち、アタシについてきな。を紹介してやるよ」


***


 鉄と鉄がぶつかりあう轟音がドームに響きわたった。

 まばゆいスポットライトのなかに浮かび上がったのは、二機のウォーローダーだ。


 太い手足とずんぐりとした胴体――――。

 円形リングの上で対峙するのは、どちらもおなじスカラベウス・タイプであった。

 同型機とはいえ、二機の印象はおおきく異なっている。

 一機は毒々しい紫色パープルに塗られているのに対して、もう一機はダークグリーンとサンドイエローの迷彩塗装が施されている。

 武器もちがう。紫色の機体は大ぶりな戦斧バトルアックス、迷彩の機体は鉄球つき棍棒モーニングスターをそれぞれ構えているのである。

 互いの武器のかたちに合わせて陥没した装甲板は、ここまでに交わされた攻防のはげしさを物語っていた。

 

 と、ふいに無接点ブラシレスモーターの甲高い駆動音が上がった。

 二機のスカラベウスが同時にアルキメディアン・スクリューを作動させたのだ。

 重量級の機体を急加速させた二機は、速度を落とすことなく、リングの中央ではげしく激突する。

 刹那、耳障りな破壊音とともに紫色の巨体がつんのめった。

 ぶつかりあった瞬間、重ウォーローダーの泣き所である膝を棍棒でしたたかに打たれたのである。

 自重を支えきれなくなった紫色のスカラベウスは、うつぶせに倒れたままリングを滑っていく。

 紫の巨体がリングの壁面にぶつかって停止したのと、水風船を割ったような音がリングにこだましたのは同時だった。

 装甲の厚いスカラベウスといえども、猛スピードでコンクリート壁に叩きつけられればひとたまりもない。

 コクピットは無残につぶれ、装甲の裂け目からは赤黒い液体があふれている。

 

 迷彩のスカラベウスは、リング上に転がっていた戦斧を拾い上げ、そのまま両手を高く掲げる。

 勝利を宣言するポーズだ。

 やがて試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされると、割れんばかりの大歓声がリングに降り注いだ。

 リングを見下ろすように設けられた観客席は、戦いが終わってもなお冷めやらぬ熱気に包まれている。

 賭博ギャンブルに熱狂はつきものだが、それだけではない。

 目の前で演じられるなまなましい殺し合いのスリルと、むせかえるような血の匂いが観客たちを酔わせ、狂気に駆り立てているのだ。


「いきなりで驚かせちゃったかもしれないけど、ここじゃよくあることだよ。死人が出ない日のほうが珍しいくらいさ……」


 ケイトはアゼトとレーカの肩を叩きながら、あくまで飄々と言いのける。

 三人がこの場所にやってきたのは、いまから十分ほど前のこと。

 リーズマリアとカナンは工場で留守番をしている。防犯にくわえて、残酷な場面を見せないようにとの気遣いであった。


闘技場コロシアムか……」


 ドーザーブレードを装着した作業用ワークローダーが残骸を撤去する様子を見つめながら、アゼトはひとりごちるみたいにつぶやく。

 レーカはアゼトに顔を近づけると、ささやくように問いかける。


「アゼト、知っているのか?」

「むかし商隊キャラバンの用心棒をやっていたときに聞いたことがある。どこかの街でウォーローダーを使った実戦さながらの賭け試合が開催されていると。俺もこうして自分の目で見るのは今日がはじめてだが……」


 アゼトはそれきり口をつぐむ。

 自分とレーカに向けられたケイトの視線に気づいたためだ。


というのはこれか?」

「ご明答。ここはローディなら誰でも大歓迎。おなじ危険を冒すなら、賞金稼ぎや盗賊なんかよりもずっとラクに稼げるってわけ」

「それも勝ち続ければの話だろう」


 どこか釈然としない風で問うたアゼトに、ケイトは意味ありげな笑みを浮かべる。


「ここでは一勝するごとに報酬ファイトマネーも増えていく。上の階級クラスの選手になると、試合のたびにとんでもない大金を稼いでるって噂さ。もしチャンピオンに勝てたなら――――」


 試合開始を知らせるブザーが鳴ったのはそのときだった。

 三人は、ほとんど反射的にリングのほうに視線を向けていた。

 血痕ひとつ残さず清められたリングに立っているのは、五十がらみの壮漢だ。

 小綺麗な礼服に身を包んでいるところから察するに、どうやらこの闘技場の支配人らしい。


「ご来場のみなさま、大変長らくおまたせしました。――――これより、本日の最終試合をお送りします」


 ほんのすこし前まで喧騒と狂乱の只中にあった観客席は、水を打ったように静まり返っている。

 支配人は観客席にひとわたり視線を巡らせると、満場に響くバリトンの美声をいっそう張り上げる。


「今宵の挑戦者チャレンジャーは、ウォーローダー・ホルニッセを駆る傭兵……”黒鷲”のカーヴィル!!」


 その名を耳にしたとたん、アゼトの眉が動いた。

 ”黒鷲”のカーヴィルといえば、賞金稼ぎのあいだでは知らぬ者のいない凄腕だ。

 扱いの難しいホルニッセ・タイプをみずからの手足のように操り、たったひとりで盗賊団を壊滅させたこともあるという。


 スポットライトを浴びながら、リング上にホルニッセが進み出る。

 雀蜂ホルニッセの名にふさわしく、シャープな輪郭をもつウォーローダーである。

 もともとアーマイゼ・タイプの派生型バリエーションとして設計された白兵戦用の機体だが、オリジナルは最終戦争ですべて失われ、現在では少数のレプリカが流通するに留まっている。

 白い装甲に描かれた黒鷲のパーソナルマークは、カーヴィルの二つ名の由来でもある。


「迎え撃つは、わが闘技場の生ける伝説。愛機ツィーゲ・ゼクスとともに、五十余年の永きにわたって王座に君臨する美しき闘士……」


 支配人が言い終わらぬうちにスポットライトが消灯し、場内は暗闇に閉ざされた。


 数秒を経て、ふたたび点灯したライトに照らし出されたのは、頭部に巨大な双角ホーンをそなえた一機のウォーローダーだった。

 装甲はあざやかな藤色ウィスタリアに染め上げられ、ところどころ鈍色のフレームが露出している。

 必要最低限の部位を残して装甲を取り払い、限界まで軽量化を追求したネイキッド・カスタムなのだ。

 機体全体に高度な改造チューニングが加えられているらしく、外見から原型機を推定することはむずかしい。数多くのウォーローダーを見てきたアゼトも、ネイキッド・カスタムの実物を目の当たりにするのはこれがはじめてだった。

 身の丈ほどもある大薙刀グレイブを構えたツィーゲ・ゼクスは、優雅な足取りでリングの中央へと進み出る。


「無敗の絶対王者チャンピオン――――レディ・M!!」


 支配人の声に合わせて、ツィーゲ・ゼクスのコクピットハッチが後方にスライドした。

 シートから立ち上がった人影を認めて、アゼトとレーカはおもわず目を見開いていた。


 コクピットに佇むのは、ひとりのグラマラスな美女だ。

 淡いすみれ色の長髪と、乳白色のなまめかしい素肌が目を引く。

 すらりとした長身を包むのは、愛機とおなじ藤色ウィスタリアの防護ジャケットである。

 防護ジャケットとはいうものの、本来なら保護材がぎっしりと詰まっているはずの胸元と背中は、まるで切り取られたみたいにぱっくりと開いている。防具としての機能がほとんど備わっていないことは一目瞭然であった。

 露出の多い衣装とはうらはらに、レディ・Mの頭頂部から鼻梁までは白い半仮面ハーフマスクに覆われている。

 よほど素顔を見られてはまずい事情があるのか、それとも試合を盛り上げるためのパフォーマンスの一環なのか。

 いずれにせよ、視界を狭める仮面を着用して試合に臨むのは、みずからの技量に絶対の自信を持っていることの証にほかならない。

 

 ツィーゲ・ゼクスのコクピットハッチが音もなく閉じた。

 試合開始を告げるゴングが鳴りわたったのは、それから数秒と経たないうちだった。

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