CHAPTER 03:ジャンク・マイスター

 夜風が鉄錆とオイルのにおいを運んだ。


 山のように積み上げられた自動車やウォーローダーの残骸が放つ臭気であった。

 バスラル市の郊外に広がる廃材置き場スクラップ・ヤードである。

 交易市場バザールを出てからまだ十分と経っていないというのに、街の喧騒は彼方へ遠ざかり、周囲にはひどくものさびしい雰囲気が漂っている。


 いま、スクラップの山のあいだを縫うように進む人影は四つ。

 懐中電灯を手にしたカナンを先頭に、アゼトとリーズマリア、レーカが続く。

 

「……本当に大丈夫なんだろうな」


 レーカは周囲をちらと見渡すと、あるかなきかの小声でアゼトに問うた。

 右手はベルトに差した軍刀サーベルの柄に添えられている。

 不測の事態にそなえて、いつでも抜刀出来る体勢を取っているのだ。


「あの子がなにかを企んでいるというのか?」

「確証はない。……が、こんな人気ひとけのない場所に連れてこられれば、疑いたくもなる」


 アゼトに問い返され、レーカはいっそう声のトーンを低くした。

 悪い予感が的中するにせよ、あるいは杞憂に終わるにせよ、カナンに会話を聴かれるのはいかにもまずい。


「レーカの言うことも分かりますが、いまはあの子を信じましょう。すくなくとも、私には嘘を言っているようには見えませんでした」


 やはり声をひそめて言ったのはリーズマリアだ。


「は、姫様がそうおっしゃるなら……」


 言いさして、レーカははっと口を抑えた。

 それまでずっと前だけを見ていたカナンが、ふいに後ろを振り返ったのだ。

 カナンはいぶかしげに三人の顔を見渡したあと、いかにも解せないといった風で首を傾げる。


「兄ちゃんも姉ちゃんもまるで幽霊でも見たような顔してるけど、いったいどうしちまったのさ? ……まあいいや。そろそろ到着だぜ」


 それだけ言うと、カナンは懐中電灯をゴミの山の一角にむける。


 はたして、ほのじろい光のなかに浮かび上がったのは、なかばスクラップに埋まった一軒の建物だった。

 適当な廃材を継ぎ接ぎしたのだろう外壁はすっかり色あせ、平坦な部分を見つけるのがむずかしいほどベコベコと波打っている。

 建物全体が傾いているようにみえるのは、あながち気のせいではあるまい。土台そのものが歪んでいるのだ。

 地震どころか、すこし強い風が吹いただけでも、あっけなく崩れ去ってしまいそうな佇まい。

 およそ人が住んでいるとは思えない荒れ果てた廃墟であった。

 

!! いま帰ったぜ!!」


 当惑を隠せないアゼトたちをよそに、カナンは声も枯れよとさけぶ。

 次の瞬間、耳を聾する破壊音とともに廃墟の一部が吹き飛んだ。――――と見えたのは、内側から強くドアが開かれたのだ。


 ドアの奥から現れたのは、異様な人物だった。

 体格は平均的な成人男性よりだいぶ小柄だが、問題はそのいでたちだ。

 頭から胸元にかけてすっぽりと覆う保護マスクに、さまざまな形の金属プレートを鱗みたいに貼りつけた前掛けエプロン

 無骨な耐熱グローブに包まれた両手には、金属切断用の回転丸鋸チップソーが握られている。

 頭の先から爪先まで重装備に身を固め、三十キロは下らないだろう電動工具を軽々と右肩に担いだ怪人は、四人にむかってゆっくりと近づいてくる。

 

「…………っ」


 アゼトとレーカが前に出るよりはやく、カナンは怪人のもとへ駆け出していた。


「お師匠、ただいま――――」


 カナンが言い終わらぬうちに、ゴツンと鈍い音が生じた。

 怪人――お師匠と呼ばれた人物が、耐熱グローブに包まれた人差し指でカナンの額をおもいきり弾いたのである。

 拳を固めて殴りつけるより肉体的なダメージははるかに少ないが、衝撃が一点に集中するぶん、痛みは相当なものだ。


「痛ってえ~!! なにするんだよう……」

「このバカ!! 一週間も帰ってこないで、いままでいったいどこほっつき歩いてたんだ!?」


 分厚い保護マスクごしに響いた叱声は、意外にも女のものだった。

 カナンは腫れ上がった額をさすりながら、ふてくされたように唇を尖らせる。


「ちょっとした小遣い稼ぎだよ。オレだってもう一人前なんだ。いつまでもお師匠のお手伝いじゃカッコつかねえだろ」

「で、一人前のお仕事は上手くいったのかい?」

「それはその……依頼人の腕がヘボだったせいで……」


 お師匠に厳しく詰問されたカナンは、いかにもバツが悪そうに言葉を濁す。


「とにかく!! あやうく奴隷商人に売られかけたところを、そこの兄ちゃんと姉ちゃんたちが助けてくれたんだ。オレの生命の恩人なんだよ」

「ふうん。あんたみたいなお脳の足りないバカ弟子でも、助けてもらったなら師匠としていちおう礼を言っとくのが筋だね」


 お師匠はあくまで無愛想に言って、防護マスクに手をかける。

 重たげなマスクを脱ぎ去ると、濃いオレンジ色のボブヘアーが風をはらんでふわりと広がった。

 年の頃は二十五、六歳といったところ。

 血色のいい小麦色の肌に翠褐色ヘーゼルグリーンの瞳がよく映える。

 肉厚の唇と、目鼻立ちのくっきりとした精悍な顔立ちは、内面に秘めたはげしい気性を無言のうちに物語るようであった。


「アタシはケイト。うちのヒヨッコがずいぶん世話になったみたいだね」


 ケイトはアゼトとレーカ、そしてリーズマリアを見やると、白い歯を見せて破顔する。


「こんなとこで立ち話もなんだし、ウチに寄っていきなよ。見てのとおりのボロ家だけど、茶くらいごちそうするからさ!」


***


 鉄錆とオイルのにおいは、建物の中に入るといっそう濃くなった。

 それも当然だ。

 ケイトとカナンの住居は、廃墟のような解体工場と隣合わせ――と言うよりは、工場の片隅に衝立で仕切られただけの居住空間が設けられているのである。

 天井に視線を向ければ、六機ほどのウォーローダーがぶらんとクレーンに吊り下げられている。どれも長いあいだ酷使され、修理不能となった不稼働機ばかりだ。

 廃材置き場スクラップヤードに充ちる独特の臭気は、錆にまみれ、赤黒いオイルを滴らせた人型機械がはなつ屍臭にほかならなかった。


「散らかってるけど、ゆっくりしてってよね」


 あっけらかんと言って、ケイトは水を張った鍋を電磁式コンロに載せる。

 気化した可燃物質が漂う建物内では、直火の使用は厳禁である。

 水が沸騰したなら、食用色素と人工甘味料をミックスした粉末パウダーを適当に入れ、さらに軽くひと煮立ちさせる。

 こんにちの人間社会における茶とは、こうしたの代用飲料を指す。本物のチャノキも、伝統的な製茶の手法も、塔市タワーの外ではとうのむかしに滅び去っているのだ。

 

「どうかおかまいなく――――」

「気にしない気にしない。心配しなくても毒なんか入ってないからさ」


 遠慮がちに言ったリーズマリアに、ケイトは指についた粉末をぺろりと舐めてみせる。


「で――――あんたたち、クルマとウォーローダーの整備士メカニックを探してるんだって?」


 砲弾の空薬莢を加工したマグカップに茶を注ぎながら、ケイトは一座の面々を見やる。

 どうやらカナンが話を通してくれていたらしい。

 リーズマリアはアゼトとレーカに目配せをすると、いたって落ち着いた声音で語りはじめる。

 

「私たちは西をめざして旅をしています。このさきも旅を続けるためには、そのふたつがどうしても必要なのです」

「西の果て……ね。お嬢さん、大陸の西側になにがあるのか知ってるのかい?」

「……」

「吸血鬼どもの総本山さ。口に出すのもおぞましい、呪われた悪魔の巣だよ。なんでそんなロクでもないところに行きたいのか知らないけど、長生きしたけりゃやめときな」


 心底からいまいましげに言って、ケイトは熱い茶をすする。

 重苦しい雰囲気が場を支配するなか、リーズマリアは塊を吐くように言葉を継いでいく。


「……危険は承知しています。どんな苦難が待ち受けているとしても、私は行かねばなりません。もう逃げないと決めたのです」


 しばしの沈黙のあと、ケイトはマグカップをテーブルに置いた。

 肉付きのいい唇に満足げな笑みを浮かべながら、ケイトはふっと息を吐く。


「お嬢さん、見かけによらず肚が据わってるじゃないか。その根性、気に入ったよ」

「では――――」

「試すようなことを言ってすまなかったね。ウォーローダーの整備はアタシとカナンに任せときな。ついでにクルマのほうもなんとかしてやるよ」


 言って、ケイトは作業着のポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは、小型の通信端末だ。

 小型とは言うものの、レーカが持っているタイプに比べると二回りほどおおきく、ごつごつとした外観はお世辞にもスマートとは言いがたい。

 純正品ではなく、ケイトがスクラップの山から戦前の電子部品をかきあつめて作り上げたハンドメイド品であった。


 かつて世界じゅうを結んでいた広域通信インフラが壊滅した今日こんにちでは、この種の電子機器デバイスは、ごく狭いローカル・ネットワーク内での情報伝達にのみ用いられる。

 いまケイトがアクセスしている交易市場バザールの仲買業者むけネットワークもそのひとつだ。

 高価な機械類を扱う商人は、基本的に市場に店を構えることはない。

 なにしろバスラルでは盗人よりも盗まれた側のほうが悪いのである。そんな場所で店先に貴重品を並べておくのは、さあ盗んでくれと言っているようなものだ。

 そこで彼らはローカル・ネットワークを通して信頼のおける仲買人バイヤーに在庫リストを委託し、顧客とは直接接触しない方式を採っているのだった。

 むろんそれも百パーセントの安全を保証するものではないが、強盗に狙われる危険はずっと少なくて済む。


「どれどれ、中古で程度のいいトランスポーターは……と」


 アクセスして数分と経たないうちに、ケイトは「おっ」と弾むような声を上げた。

 さっそく目当てのリストを見つけたらしい。

 それもつかのま、画面をスクロールさせていくうちに、ケイトの顔はみるみる険しくなっていった。


 画面を睨んだまま微動だにしないケイトに、アゼトはぽつりと尋ねる。


「見つからなかったのか?」

「いや……あるにはあるんだけど、ちょっと、ね」


 ケイトは一瞬考え込むようなそぶりを見せたあと、端末の液晶画面をアゼトたちのほうへ向けた。


「口で説明するより、見てもらったほうが早いかな」

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