CHAPTER 06:ジャイアント・キリング

「うおおっ!!」


 裂帛の気合とともに、アゼトはノスフェライドの両腕に力を込める。


 ノスフェライドの全高はおよそ五メートル。

 一方のゴライアスは全長三十メートル以上、重量もゆうに二百トンを超えている。

 両機の体格差は歴然だ。

 いかにブラッドローダーといえども、これほど巨大な相手を持ち上げるのは容易ではない。

 

 漆黒の機体がふいに沈みこんだ。

 ノスフェライドの足首はくるぶしのあたりまで路面にめり込んでいる。

 通常は飛行のために用いる反重力システムを逆転させ、機体にかかる重力を急激に増大させたのだ。

 両足を深々と大地に打ち込むことで、ノスフェライドは持てるパワーのすべてをゴライアスに注げるようになったのである。


 するどい指先が牙のごとく暗褐色の装甲を穿つ。

 ゴライアスの脚が一本また一本と地面を離れ、とうとう八本の脚すべてが宙に浮いた。

 巨大な鉄蜘蛛を高々と持ち上げたノスフェライドは、そのまま手近な廃ビルめがけて力任せに叩きつける。

 八百年ものあいだ放置されたビルは砂糖細工みたいにあっけなく崩れ、大量の瓦礫と塵埃がゴライアスを呑み込んでいく。


 アゼトは間髪をいれずに次の攻撃に移る。

 ノスフェライドの前腕部の装甲が音もなく開き、透きとおった半球体レンズがあらわになった。

 ブラッドローダーの標準的な射撃兵装――――重水素レーザー砲だ。

 厳重に密閉された薬室チャンバー内で重水素を触媒とする連鎖核融合反応を励起し、爆縮レンズによって高エネルギーの集束光線コヒーレントへと変換。

 最終的にギガワットクラスのレーザービームとして打ち出す光学兵器である。

 その破壊力は、大気による減衰を経てなお絶大であり、ウォーローダー程度の標的ターゲットならばたちどころに溶解させることが可能だ。

 ウォーローダーとは比較にならない重装甲をもつゴライアスといえども、直撃を受ければひとたまりもない。

 ノスフェライドの両腕から放たれたふたすじのまばゆい光条は、闇を引き裂き、瓦礫の山へと吸い込まれていく。

 

「なに――――!?」


 たしかに命中したにもかかわらず、爆発は起こらなかった。

 瓦礫を押しのけるようにして、ゴライアスがふたたび姿を現す。

 その外観は、先ほどまでとはまるで様相を異にしている。

 暗褐色の装甲の大部分がにぶい銀色に変化しているのである。

 機体表面に塗布されていた特殊コーティング剤が命中と同時に剥離し、重水素レーザーの威力を相殺したのだ。熱エネルギーはコーティングとともに空中に放散され、ゴライアス本体には傷ひとつついていない。

 ノスフェライドが次弾を発射するより早く、ゴライアスの頭部で閃光がまたたいた。

 廃ビルの間隙を縫うように紫外線ビームがほとばしったのは、それから一秒と経たないうちだ。


 ブラッドローダーはもともと太陽光から吸血鬼を守る鎧として生み出された兵器である。

 その装甲は紫外線を含むあらゆる波長の光線を遮断するだけでなく、熱や圧力にも高い防御力を発揮する。

 吸血鬼の最大の弱点である紫外線ビームをまともに浴びたところで、コクピット内の乗り手ローディに危険が及ぶことはない。


 ゴライアスの人工知能はそれを踏まえたうえで、つねに最適な行動パターンを算出する。

 無人兵器には生存本能も恐怖心もない。

 自機が生き延びるよりも、機体が動くかぎり吸血鬼に損害を与えることを優先するのだ。

 冷たく研ぎ澄まされた機械知性が照準を定めたのは、目の前のブラッドローダーではなく、紫外線ビームが最大の殺傷力を発揮する標的ターゲット――――生身の吸血鬼であった。


「……しまった!!」


 アゼトが叫んだのと、ノスフェライドが横っ飛びに飛んだのは同時だった。

 言うまでもなく、機体そのものを盾にしてリーズマリアとレーカを守るためだ。

 左腕のシールドを支えるように両腕を胸の前で組み合わせる。

 はたして、紫外線ビームがシールドの表面に反射し、ノスフェライドの漆黒の機体を青く染めていった。


 間一髪のところでビームを遮ることは出来たが、問題はこのあとだ。

 ほとんどダメージはないとはいえ、ノスフェライドはその場から一歩も動けないのである。そのうえ両腕が使えないとなれば、反撃に転じることもままらない。

 もしいま敵の新手が出現したなら、アゼトには二人を守る術はないのだ。

 

(どうすればいい……!?)


 アゼトの耳をリーズマリアの声が打ったのはそのときだった。


「アゼトさん、聞こえますか!?」

「リーズマリア……?」

「バルタザール・アルギエバと戦ったときのことを思い出してください。あなたなら、きっとノスフェライドの本当の能力ちからを引き出せるはずです」


 聖戦十三騎エクストラ・サーティーンは、アーマメント・ドレスと呼ばれる機体固有の装備をもつ。

 ノスフェライドのそれは、完全内蔵フル・コンシール式の出力増強システムだ。

 一切の外付け武装や追加装甲を必要とせず、単独で戦闘能力を飛躍的に向上させることが出来るのである。


 この窮地を切り抜けるには、蒼の聖塔ブルー・ジグラッドの決戦でブラウエス・ブルートを破壊し、アルギエバ大公を葬り去ったあのすさまじい能力ちからを使うしかない……。

 それは当然アゼトも承知している。

 しかし、どれほど強くシステムの発動を念じても、ノスフェライドの機体にはなんの変化もない。

 

 どうすればあのシステムを作動させることが出来るのか。

 考えているあいだにも時間はむなしく過ぎ、焦燥感だけがいたずらに募っていく。

 ふいに大気を引き裂くするどい音が鳴りわたった。

 

「なんだ……!?」


 音の正体はすぐに知れた。

 ゴライアスが上空にむかって数発のミサイルを発射したのである。

 ミサイルは白煙の尾を引いて上空へと駆けのぼり、そのまま爆ぜた。

 きらきらと光るものが夜空に広がっていったのは次の瞬間だった。

 廃墟の街に降る季節はずれの雪のようなそれは、厚さ数ミリの薄い金属片だ。

 金属の雪が広範囲に拡散したのを見計らったように、ゴライアスは紫外線ビームの砲口を上方へと向ける。


 金属片には紫外線をはじく特殊なメッキ加工が施されている。

 ひとたびビームを浴びれば、そのひとつひとつが鏡面ミラーとなって、すさまじい乱反射を引き起こす。

 天といわず地といわず、あらゆる方向に多量の紫外線が撒き散らされるのである。

 吸血鬼にとっては、まさしく逃げ場のない地獄が出現するということだ。

 最終戦争において多くの吸血鬼を葬った戦術であった。


 アゼトはとっさにノスフェライドの両腕を広げていた。

 もっとも、いまさら機体そのものを盾にしたところで、防ぐことが出来るビームの量はたかが知れている。

 とても背後のリーズマリアを降り注ぐ紫外線から守りきれるものではないのだ。


(たのむ、ノスフェライド――――俺は、もう誰も失いたくない!!)


 少年の叫びに呼応するように、ノスフェライドの両眼があざやかな赤光を放った。

 薄緑色のヴェールがみるまに漆黒の巨人騎士を包み込んでいく。

 内蔵されたアーマメント・ドレスが起動し、あふれだした余剰エネルギーが肉眼でも捉えられるほど強力な力場フィールドとなって顕現したのだ。

 膨大なエネルギーの奔流はなおも熄むことなく、機体の全周に広がっていく。


 転瞬、青紫色のビームが一帯に降り注いだ。

 吸血鬼の肉体を破壊する光の矢は、しかし、標的に触れることなく霧散していく。

 ノスフェライドを中心に形成されたエネルギー力場が傘となってビームを屈曲させ、リーズマリアとレーカを守ったのだ。

 ゴライアスが二射目のチャージに入るより疾く、ノスフェライドの腕が大太刀に伸びた。

 黒い親指が鯉口を切るや、濡れたような輝きをおびた白刃が鞘走る。

 

 ノスフェライドは両足をゆるく開き、握り込んだ大太刀を目線の高さまで持ち上げる。

 右八相から片肘をおおきく引いた独特の姿勢は、突きの構えにほかならない。

 ノスフェライドが右腕を突き出したのと、ゴライアスの巨体が跳ねたのは同時だった。 


 閃光槍フラッシュ・ピアス――――

 アゼトが無意識に放ったのは、吸血鬼のあいだでそのように呼ばれる突き技だ。

 剣や手刀を極超音速にまで加速させ、鋭利な槍状の衝撃波ソニックブームを発生させるのである。

 出足の疾さと貫通力にすぐれる一方、的確に急所を突かないかぎり有効打とはなりえず、実戦ではもっぱら牽制や目くらましに用いられるとされている。

 アゼトはノスフェライドの機体を覆うエネルギー力場フィールドを衝撃波にまとわせることで、閃光槍に一撃必殺の破壊力を与えたのだった。


 ノスフェライドを中心に展開されていた薄緑色のヴェールはじょじょに薄れ、やがて消失した。

 アゼトは大太刀を鞘に収めつつ、ゴライアスを一瞥する。

 機体の大部分は無傷だが、エネルギーの槍先に貫かれたコントロール中枢は、跡形もなく破壊されている。

 力なく崩折れた鉄蜘蛛は、もう二度と立ち上がることはない。

 

「アゼトさん!!」


 声のしたほうに首を巡らせれば、リーズマリアとレーカが駆け寄ってくるのがみえた。

 アゼトはコクピットを開け放ち、ノスフェライドから飛び降りる。


「二人とも、怪我は⁉︎」

「ほんのかすり傷です。アゼトさんには、また危ないところを助けていただきましたね」

「気にしなくていいさ」


 言いざま、アゼトはレーカに視線を向ける。

 

「レーカ、ヴェルフィンを航空艇エア・シップから降ろせるか?」

「戦闘は無理だが、動かす程度なら問題はないだろう」

「リーズマリアといっしょに俺についてきてくれ。片付けなければならない相手がまだ残っている――――」


 それだけ言って、アゼトは彼方の暗闇を睨めつける。

 五十機のアーマイゼを撃破し、ゴライアスを完膚なきまでに破壊したことで、”クルセイダース”は壊滅状態に陥ったはずだ。

 それでも、まだ安心はできない。


 襲撃を指揮していたあの男――ヴァレンスキ大佐を見つけ出すまで、長い夜は終わらないのだ。

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