CHAPTER 05:キリング・マシン

 耳を聾する破壊音が夜更けの街にこだました。

 廃ビルが崩れるたび、もうもうたる粉塵が街路にたちこめる。

 老朽化のためだけではない。外側からすさまじい圧力を加えられた結果であった。

 

「姫様、私のそばを離れないでください!!」


 レーカとリーズマリアは手を取りあいながら、崩れゆくビルの谷間を駆け抜けていく。

 吸血鬼――至尊種ハイ・リネージュ人狼兵ライカントループは、ともに常人をはるかに凌駕する身体能力をもつ。

 並のウォーローダーやオフロードバギー程度であれば、脚力だけで振り切ることもたやすいのである。

 それにもかかわらず、どちらの顔にも焦燥の相がはっきりと見て取れる。

 いま二人の背後に迫っているのは、それほどまでの危機感を抱かざるをえない敵なのだ。


 リーズマリアはレーカにちらと目配せをすると、努めて落ち着いた声で語りかける。


「レーカ、私に合わせて無理をしていない?」

「なにをおっしゃいます。この程度で音を上げるようでは姫様の騎士は務まりません」

「ありがとう。あなたがそばにいてくれると頼もしいわ」


 リーズマリアはそこで言葉を切った。

 自分の意志で会話を打ち切ったわけではない。

 ふいに氷柱を押し当てられたような悪寒が背筋を走り抜けていったのだ。

 

「レーカ、伏せてっ!!」


 叫ぶが早いか、リーズマリアはレーカを抱きかかえるように倒れ込んでいた。

 青紫色の細いビームが宙を薙いだのは次の瞬間だ。

 人狼兵の強化された五感でも捕捉できない予兆を、吸血鬼の超感覚は鋭敏に捉えたのだった。


「あうっ――――」


 リーズマリアの秀麗なかんばせが苦痛にゆがむ。

 右の手の甲は黒くただれ、袖口は赤く染まっている。

 すんでのところで直撃こそ避けられたものの、暗闇にほとばしった光条は、白皙の柔肌を容赦なく灼いたのだ。


「姫様、お怪我を!?」

「ほんのかすり傷です。大事ありません――――」

 

 苦痛をおくびにも出さず、リーズマリアはあくまで気丈に答える。

 吸血鬼はすさまじい自然治癒力をもつ。人間なら即死をまぬがれない重傷もたちどころに完治し、四肢の欠損も短期間のうちに復元する。

 リーズマリアの手の傷も、本来であればとうに皮膚の再生が始まっているはずであった。

 しかし、傷口は塞がるどころか、いまなお赤黒い血を吐き出し続けている。

 再生が始まらないのには、むろん理由がある。

 ビームに含まれる多量の紫外線が免疫系を狂わせ、正常な細胞分裂を阻害しているのだ。


「とにかく姫様、ここにいてはに追いつかれます。ひとまずこちらへ!!」


 リーズマリアとレーカは手近な廃ビルに駆け込む。

 が闇の奥からのっそりと姿を現したのは、それから三十秒と経たないうちだった。


 二人がおもわず息を呑んだのも無理はない。

 重い足音とともにビル街を闊歩するのは、暗褐色の巨大な蜘蛛であった。

 むろん、本物の蜘蛛ではない。

 八本の太い鉄脚を備えた多脚戦車だ。

 全長はゆうに三十メートルを超えている。総重量はすくなく見積もっても二百トンはくだるまい。


 多脚式戦闘車両”ゴライアス”――――

 最終戦争において人類軍が投入した超大型の無人戦闘兵器アンマンド・ファイティング・ヴィークルだ。

 戦時中、人類軍は多種多様な無人兵器を運用したが、ゴライアスはそのなかでも最強の戦闘能力をもつ機体として知られている。

 もともとウォーローダーの運搬・火力支援ユニットとして開発された同機は、その豊富な武器搭載量ペイロードとすぐれた踏破能力を評価され、全機が戦闘用に改造されたという特異な経緯をもつ。

 きわめて高い精度をもつ生体検知センサーと、メガワット級の紫外線ビーム砲をはじめとする大量の武装を搭載したゴライアスは、専用機として各地の戦線に投入されたのである。


 いかに吸血鬼といえども、重装甲と大火力を兼ね備えたゴライアスを撃破するのは容易ではない。

 八本の脚であらゆる障害を踏み越えて進撃するゴライアスは、まさしく無敵の陸上戦艦として猛威を振るったのである。

 核や水爆といった大量破壊兵器を除けば、吸血鬼に最も損害を与えた兵器のひとつに数えられるほどなのだ。


 吸血鬼から恐れられたゴライアスだが、もともと生産数が少ないこともあり、戦争そのものの趨勢を覆すには至らなかった。

 原型機オリジナルは終戦までにことごとく失われ、いつしかその名も忘れ去られていった。

 ながらく歴史の闇に埋もれていたゴライアスがふたたびよみがえったのは、ほんの数年まえのこと。

 人類解放機構軍がどこからか入手した設計図を基にレプリカを製造し、各地の有力なレジスタンス組織へと提供しはじめたのである。

 独立機甲旅団”クルセイダース”が保有しているのも、そうした機体のひとつであった。


 いかにも鈍重そうな見た目に反して、ゴライアスの足運びは意外なほど軽い。

 高度なオート・スタビライザーを搭載しているためだ。

 いくつかの節から成る八本の脚は、まるで本物の蜘蛛みたいになめらかに駆動し、ひどく荒れた路面でも巨体はぴたりと安定している。


 リーズマリアとレーカは壁際でじっと息を潜め、鉄蜘蛛が通りすぎるのを待っている。

 このまま見つからずにやりすごせれば……。

 そんな淡い期待を打ち砕くように、廃ビルの内部をまばゆい光芒が照らした。

 ゴライアスがサーチライトを作動させたのだ。


「……っ!!」


 二人が動き出すより早く、ゴライアスは廃ビルの壁を突き破っていた。

 蜘蛛の複眼に不気味な光が灯った。

 サーチライトを反射して青紫色に輝くそれは、高出力ビーム砲の集束レンズだ。

 航空艇エア・シップのエンジンを貫通するほどの破壊力に加えて、ビームには吸血鬼の最大の弱点である紫外線が大量に含まれている。

 これほどの至近距離で照射されれば、リーズマリアの肉体は太陽光を浴びたのと同様に崩れ去るだろう。

 

「姫様、お逃げください!!」


 叫ぶや、レーカはリーズマリアとゴライアスのあいだに立つ。

 身を挺して主人の盾になろうというのだ。

 むろん、鋼鉄を溶かすほどの高出力ビームをその程度で防げるはずもない。


 もはや万事休すと思われたとき、ふいに室内が暗くなった。

 ゴライアスの巨体が尻餅をつくみたいに直立し、サーチライトとビーム砲口がともに真上を向いたのだ。

 青紫色のビームはリーズマリアとレーカを逸れ、むなしく夜空に吸い込まれていく。


 呆然と見つめる二人の目に映ったのは、鉄蜘蛛の胴体をきつく締め上げる漆黒のかいなだ。

 

「アゼトさん――――!!」


 リーズマリアはほとんど無意識に叫んでいた。

 その声に答えるように、ノスフェライドの両眼が血色の光を放った。

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