CHAPTER 04:ナイトメア
けたたましい銃撃音が一帯を領した。
ノスフェライドめがけて五十機ものアーマイゼが一斉射撃を開始したのだ。
標準装備の十二・七ミリ機関砲に加えて、一部の機体は大口径の二十ミリ重機関砲やグレネードランチャー、無反動砲といった重火器を携行している。
機甲旅団を名乗るだけあって、その戦闘力は往時の人類軍のそれに勝るとも劣らない。
むろん個々の機体の火力はスカラベウスのような重量型ウォーローダーとは比べるべくもないが、そもそも交戦距離の短い市街地では、長射程の火砲やミサイルは無用の長物である。
狭隘な街路を縦横無尽に駆け巡り、緊密な連携によって敵を撃破する……。
それこそが”クルセイダース”の基本戦術であり、彼らを今日まで生きながらえさせた最大の要因でもあった。
もっとも――――それが通用するのも、相手がおなじウォーローダーであればの話だ。
飛行能力をもたないウォーローダーに対して、ブラッドローダーは例外なく反重力推進システムを装備している。
ノスフェライドは廃ビルの間隙を縫うように飛行し、ひらりひらりと砲火を躱していく。無数の銃砲弾はむなしく虚空に吸い込まれ、あるいは廃墟の壁面をいたずらに削り取っただけだ。
五十機のアーマイゼは獲物を追い詰めるどころか、見失うまいと全力で追いすがるのが精一杯というありさまだった。
リーズマリアとレーカが隠れている場所からすこしでも敵を遠ざけようというアゼトの思惑にまんまと引っかかっているとは、むろん知る由もないことであった。
真夜中の廃都で繰り広げられる追跡劇は、しかし、そう長くは続かなかった。
ノスフェライドがふいに宙空で停止したのである。
漆黒の巨人騎士はそのまま高度を下げ、ビル街の一角に着陸したのだった。
ヴァレンスキ大佐はノスフェライドの不可解な行動を訝しみながら、アーマイゼ全機に突撃を命じる。
人間にとってブラッドローダーと戦うことは死と同義である。ほんのすこしまえまで我を忘れてノスフェライドを攻撃していた兵士たちも、事ここに至っては事態の深刻さを認識せざるをえない。
ヴァレンスキはそんな彼らの怯えを先読みしたように、
「どのみちブラッドローダーからは逃げられん。我々が生き延びるためには、死力を尽くして戦うしかないのだ。私もすぐに続く。諸君の奮闘を期待する‼︎」
指揮官に檄を飛ばされたことでようやく踏ん切りがついたのか、アーマイゼ隊はふたたび前進を開始する。
遠ざかっていく機影を見送りながら、ヴァレンスキはひとりごちる。
「ようやく行ったか、グズどもめ。せいぜい時間を稼いでくれよ」
ヴァレンスキにとって、この戦いは必ずしも勝つ必要はないのである。
冷静に考えるまでもなく、アーマイゼが束になって挑んだところで、ブラッドローダーに勝てる公算はかぎりなく低い。
重要なのは勝敗ではなく、ブラッドローダーと果敢に戦い、生き残ったという事実だ。
その功績が
転戦に次ぐ転戦で神経をすり減らし、夜ごと吸血鬼の襲撃に怯えて暮らすみじめな日々にも、ようやく終止符を打つことが出来る。
ともかくも軍人として栄達を遂げるためには、どんな手を使っても自分だけは生き残らなければならない。かりに部隊が全滅したところで、ブラッドローダーが相手なら指揮官の責任を問われる心配はまずない。
問題は部下たちがどこまで粘ってくれるかだが――――。
(……いまのうちにアレを呼び寄せておくか)
前方で立て続けに爆発が生じたのはそのときだ。
ヴァレンスキ大佐はアーマイゼをその場で反転させると、ただ一機でやってきた道を引き返していった。
***
ノスフェライドを降下させながら、アゼトはすばやく周囲に視線を巡らせる。
大小の廃墟が所狭しとひしめき、立錐の余地もない市街地にあって、その一角だけはがらんとした荒れ地が広がっている。
かつて人々の憩いの場だった自然公園の跡地であった。四季折々の植物に彩られていた庭園は、過酷な歳月を経るうちにすっかり荒廃し、いまでは往時の面影を偲ばせるものはなにひとつ残っていない。
見渡すかぎり遮るものもない広大な空間は、大勢の敵を同時に相手取るにはおあつらえむきの戦場だった。
ノスフェライドが地上に降り立ってまもなく、廃ビルの合間からアーマイゼが次々と飛び出してきた。
アルキメディアン・スクリューの甲高い駆動音を響かせながら、前列の機体が無反動砲とグレネードランチャーを一斉に発射する。
爆風が乾いた赤土を巻き上げ、濃密な土煙がノスフェライドを呑み込んでいく。
標的が見えなくなっても攻撃が熄むことはない。公園跡に展開した五十機ちかいアーマイゼは、駄目押しとばかりにありったけの火力をノスフェライドへと集中させる。
攻撃が始まってから一分が過ぎたころ、副官は全機に射撃中止を命じた。
その間に発射された弾丸は、ざっと五十万発をくだるまい。
どの機体の銃身も高熱を帯び、弾薬はほとんど底をつきかけている。
いかにブラッドローダーといえども、これほどの猛射を浴びて無事ではいられない――――そのはずであった。
もうもうと立ちこめる土色の
兵士たちが驚きの声を上げるより疾く、最前列のアーマイゼがまるで糸が切れた操り人形みたいに崩折れる。
「ぜ、全機後退っ――――!!」
副官の絶叫を断ち切るように、黒い颶風がアーマイゼのあいだを駆け巡った。
するどい銀光が迸るたび、そこここに無残な残骸が積み上がっていく。
反撃しようにも、アーマイゼの光学センサーでは残像を捉えるのが精一杯なのだ。
もっとも、たとえ姿が見えたところで、ブラッドローダーの攻撃を防ぐ手立てなど存在しない。
逃げることも戦うことも出来ず、一方的に機体を切り刻まれていく……。
兵士たちに許されているのは、悪夢のような時間が一刻も早く過ぎ去ってくれるように祈ることだけだった。
数十秒後――――
最後の一機を斬り伏せたところで、ノスフェライドはようやく足を止めた。
その右手にしっかと握られているのは、黒銀の地肌と、ゆらめく炎をおもわせる
刃渡りはおよそ四メートル。柄や鍔をふくめた総重量はじつに三トンにおよぶ。
誰が、いつ、どのような技法を用いて打ったのかも定かではない無銘の大業物であった。
ノスフェライドはかるく手首を返し、刃にべっとりと付着した赤黒いオイルを払うと、ゆるやかに反った刀身を鞘に収める。
周囲には斬り捨てられたアーマイゼの残骸がおびただしく散乱している。
鋼鉄の屍が山を築き、オイルが血の河をなす阿鼻地獄にあって、ただノスフェライドだけが美しい。
一個旅団の全火力をまともに浴びたにもかかわらず、漆黒の機体にはかすり傷ひとつ見当たらない。
ブラッドローダーの装甲には堅牢無比な
均一な組成を特徴とする非晶質合金には、通常の金属に存在する構造的な弱点が存在せず、あらゆる方向からの衝撃にたいしてきわめて高い耐久性を発揮する。
通常の銃砲弾をどれほど撃ち込んだところで、破壊することはおろか、磨き上げられた宝石のような機体に傷をつけることさえ不可能なのだ。
「……妙だな」
アゼトはぽつりと呟くと、足元に転がっていたアーマイゼを拾い上げる。
コクピットハッチを引き剥がしてみれば、死人みたいに青ざめた副官が現れた。
しばらく魂消えたように沈黙していた副官だが、自分が置かれた状況を理解したとたん、恥も外聞も振り捨てて喚きはじめた。
「い、生命だけは……生命だけはどうかお助けを……!!」
「べつに取って食うつもりはない。ひとつ訊きたいことがある」
「小官に答えられることならなんなりと……」
「アーマイゼはもう一機いたはずだ。奴がどこに行ったか知っているか?」
涙と鼻水で顔面をくしゃくしゃにした副官は、ぶんぶんと首を横に振るばかりだった。
必死の形相から察するに、どうやら本当に知らないらしい。
アゼトはアーマイゼごと副官を地面に降ろすと、もう用はないとばかりに背中を向ける。
「ほ……本当に助けてくれるんですか!?」
「勘違いするな。べつにおまえたちに情けをかけたわけじゃない」
アゼトはあくまで冷たく言い放つ。
副官に語りかけているというよりは、むしろ自分自身に言い聞かせているようであった。
「この機体は俺のものじゃない。おまえたちのような腐りきった連中でも、人間は人間だ。殺せば
うめき声と金属を叩く音がそこかしこで上がりはじめた。
人類解放機構軍の兵士たちが破壊されたアーマイゼのコクピットをこじあけ、外に這い出てきているのだ。
転倒のショックで切り傷を負った者や骨が折れた者はいても、ノスフェライドに斬られて死んだ者はいない。
アゼトはアーマイゼの四肢や駆動システムだけを狙って大太刀をふるい、ついにひとりの死者も出さずに五十機もの大部隊を無力化したのだった。
兵士たちはノスフェライドを認めるや、なさけない悲鳴を上げて逃げていく。
彼らが戦場に戻ってくることは二度とないだろう。このまま捨て置いたところで問題はないはずだった。
航空艇の墜落地点に戻ろうとしたとき、ノスフェライドの索敵センサーがふいに奇妙な反応を捉えた。
こちらに近づいてくる物体がひとつ――それもかなり巨大なものだ。
「敵の増援がいまごろやってきたのか……?」
正体を掴もうと何度スキャンしても、地上にそれらしい物体は見当たらない。
姿の見えないそいつは、どうやら都市の地下深く――戦前の
そうこうするうちに、そいつは前触れもなく停止した。
リーズマリアとレーカが隠れている廃墟から百メートルと離れていない場所だ。
「……しまった!! リーズマリア!!」
アゼトの叫びに呼応するごとく、ノスフェライドは黒い征矢となって夜空を翔けていった。
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