CHAPTER 02:イントルーダーズ
「本当なのか、リーズマリア!?」
銀髪の少女が口にした思いがけない言葉に、さしものアゼトも面食らったようだった。
リーズマリアはこくりと肯くと、玲瓏な声でなおも言葉を継いでいく。
「私たち
リーズマリアの言葉はけっして誇張ではない。
吸血鬼の超感覚をもってすれば、近づいてくるウォーローダーの数を割り出す程度は造作もないことであった。
アゼトはリーズマリアとレーカを交互に見やったあと、真剣な面持ちで語りかける。
「敵の相手は俺がする。リーズマリアとレーカは安全な場所に隠れていてくれ」
「待て、私もヴェルフィンで……」
「ヴェルフィンはこの前の戦いで壊れたままだろう。まともに動けない味方は、かえって足手まといになる――――」
レーカは言い返すことも出来ず、悔しげに唇を噛む。
ともすれば冷たく突き放すようなアゼトの言葉は、その実レーカの身を心から案じているのだ。
ヴェルフィンはたしかに並外れた高性能機だが、それも機体が完璧なコンディションに保たれていればこそだ。
ひどく損傷した状態で出撃すれば、格下のウォーローダーにも遅れを取るばかりか、
レーカもそんなアゼトの思いやりを理解しているからこそ、なおさら自分の無力さを痛感せざるをえないのだった。
「……行きましょう、レーカ」
言って、リーズマリアはレーカの手を引く。
「姫様、しかし!!」
「あなたは私の騎士でしょう? 主の護衛もりっぱな仕事です。それに、私だけでは心細いわ」
レーカは消え入りそうな声で「はい」と答えるのがせいいっぱいだった。
心から納得できたわけではないが、主君にそうまで言われては引き下がるしかない。
去り際、リーズマリアはアゼトにちらと視線を投げる。
「アゼトさんもどうかお気をつけて――――」
アゼトはちいさく肯んずると、航空艇の格納庫にむかって駆け出していた。
***
深夜の廃都を時ならぬ喧騒が包んだ。
おもわず耳をふさぎたくなるような切削音が廃ビルのあいだに反響する。
ウォーローダーの脚部に備わった螺旋状の推進装置――アルキメディアン・スクリューが路面を削る音だ。
ウォーローダー。
吸血鬼との最終戦争において人類軍が投入した人型兵器の総称である。
全高はおよそ三・五メートル。
ベースとなったのは宇宙開発用の船外作業服であり、人間とおなじ四肢をもつのはその名残りだ。
ウォーローダーは一人乗りの
機械仕掛けの甲冑をまとうことで、人類はようやく生身の吸血鬼と互角に戦うことが出来るようになったのである。
いま、廃墟の街を駆け抜けていくのは、五十機あまりのウォーローダーの群れだ。
いずれも軽量型のアーマイゼ・タイプ。
最終戦争においては重量型のスカラベウス・タイプとともに人類軍の主力を担い、現在でもおびただしい数の機体が稼働している。名実ともにウォーローダーの代表格といえる機種であった。
装甲と火力にすぐれる一方で動きのにぶいスカラベウスや、運動性能は抜群ながら操縦性にクセのあるカヴァレッタに対して、アーマイゼにはこれといった長所もなければ短所もない。
そのかわり、遠距離での射撃戦から刀剣を用いた格闘戦まで、手持ちの武装を交換するだけであらゆる状況に対応出来る。
戦場を選ばない汎用性こそがアーマイゼ・タイプの美点であり、いまなお多くの
広く普及している機種だからといって、これほどの大編成はそうそう見られるものではない。
どの機体もくすんだ
なにより注目すべきは、夜の市街地を危なげなく走破してみせる練度の高さだ。
乗り手の技量も機体の性能もまちまちな盗賊や賞金稼ぎでは、これほど統率の取れた動きは望むべくもない。
行く手をさえぎる瓦礫を踏み砕き、道路の陥没を飛び越えながら、五十機のアーマイゼは脇目もふらずに猛進する。
やがて航空艇の墜落地点に近づくと、アーマイゼの群れは散り散りになった。
いたずらに分散したわけではない。十機ずつの小隊に分かれたのだ。
五つの小隊は廃ビルの谷間を縫うように展開し、やがて航空艇をぐるりと取り囲む位置で停止した。
真正面に陣取った一機のアーマイゼが右手を上げるが早いか、暗闇のビル街にまばゆい光があふれた。
アーマイゼが一斉にサーチライトを点灯したのだ。
数キロ先まで照らし出すほどの強烈な光量をもつ軍用品である。
四方八方から降り注ぐ光条の中心には、瓦礫の山を背にした蒼い航空艇が横たわっている。
「私の声が聞こえるか、吸血鬼――――」
一帯に野太い声が響きわたった。
どうやらアーマイゼ隊を率いている指揮官らしい。
相手の返答を待たず、指揮官はなおも高圧的な語調で告げる。
「とぼけても無駄だ。そこにいるのは分かっている。もしこのまま返答がない場合、総攻撃を開始する」
わずかな沈黙のあと、航空艇の外部スピーカーが耳障りなノイズを吐き出した。
「……おまえたちは何者だ?」
着陸の衝撃でスピーカーが損傷したのか、音声はひどく歪み、男か女かさえ判然としない。
指揮官はふんと鼻を鳴らすと、「待っていた」とばかりに大音声を張り上げる。
「我々は人類解放機構軍、独立機甲旅団”クルセイダース”。私は指揮官のドミトリイ・ヴァレンスキ大佐である」
「さきほどレーザーでこの船を攻撃したのはおまえたちか?」
「そうだ――――と言ったらどうする」
不敵に言いのけたヴァレンスキ大佐に、航空艇のスピーカーはあくまで静かな声で応じる。
「おまえたちと争うつもりはない。このまま立ち去れば、危害は加えないと約束する……」
「我々に情けをかけているつもりか? どうやらまだ自分の置かれている立場が分かっていないようだな。――やれッ」
ヴァレンスキ大佐が合図するや、乾いた発砲音が連続して生じた。
傍らに控えていたアーマイゼが航空艇めがけてグレネードランチャーと無反動ロケットを発射したのだ。
着弾と同時に船体のそこかしこから爆炎が上がり、蒼い破片がサーチライトの光を浴びてきらめく。
「これで脅しでないことは分かったはずだ。……三分だけ時間をやる。武器を捨てて船から出てこい。おとなしく投降するなら、生命は保証する。くれぐれも抵抗しようなどとは思わないことだ」
勝ち誇ったように言って、ヴァレンスキ大佐はくつくつと忍び笑いを漏らした。
***
「人類解放機構軍だと――――」
レーカは廃ビルの一室から外の様子を伺いつつ、忌々しげに吐き捨てる。
最終戦争は吸血鬼の勝利というかたちで幕を閉じた。
敗れ去った人類軍は、しかし、完全に消滅したわけではなかった。
かろうじて生き残った将兵は辺境にのがれ、吸血鬼の支配に抵抗するレジスタンス組織を結成したのである。
民衆にサボタージュを呼びかけ、あるいは直接的なテロ行為によって重要インフラや軍事施設を破壊するといったように、組織の活動は多岐にわたった。さらに戦前の技術的ノウハウをもつ一部のグループは、地下工場で軍用ウォーローダーや武器・弾薬を密造し、市場に供給することで活動資金を獲得していった。
戦争で惨敗を喫した人類軍は、皮肉なことに
むろん吸血鬼も事態を座視していたわけではない。各地で執拗なレジスタンス狩りがおこなわれ、そのたびにおびただしい数の人間が残虐きわまりない方法――串刺し刑はその最たるものだ――で処刑された。
犠牲者のなかには無実の者も少なからず含まれていたが、処刑の目的はあくまで被支配層たる人間への見せしめであり、実際にレジスタンスに加わっていたかどうかは問題とされなかったのだ。
人類解放機構という組織がいつごろ成立したかはさだかではない。
それも当然だった。
各地のレジスタンス組織が互いに連絡網をつなぎあい、自然発生的に形作られたネットワークが、いつしかそのように呼ばれるようになったのである。
当初はゆるやかな同盟にすぎなかった組織の性格は、
従来のレジスタンスは、戦前の正規軍と遜色ない精鋭から、ろくに銃の撃ち方もしらない素人の集まりまで、組織ごとにひどい練度のムラがつきものだった。
最高指導者は、そうしたレジスタンス組織の宿痾に手を入れた。
ネットワークに加入するすべての組織は最高指導者を頂点とする
すべてのメンバーが銃火器の扱いを習得し、希望すればウォーローダーの操縦訓練を受けることも出来るようなったのである。
はたして、レジスタンスの戦闘力はいちじるしく向上し、吸血鬼は頻発する凶悪なテロ事件に頭を悩ますことになった。
吸血鬼の側も人類解放機構を壊滅するためにさまざまな手を講じたが、懸命の努力もむなしく、現在に至るまで芳しい成果は上がっていない。
それどころか、最高指導者の正体さえいまだに掴めずにいる始末であった。
いずれにせよ、人類解放機構は吸血鬼とその眷属にとって不倶戴天の敵であることに変わりはない。
レーカも
ひとたび相まみえたなら、どちらかが死に絶えるまで戦うしかないのだ。
「レーカ、早まってはいけませんよ」
ふいに声をかけられて、レーカははたと我に返る。
振り返れば、ゆるゆると首を横に振るリーズマリアと目が合った。
「姫様……」
「私たちが出ていっても事態を悪化させるだけです。いまはアゼトさんを信じましょう」
それだけ言って、リーズマリアは窓の外を見やる。
ヴァレンスキ大佐が通告したタイムリミットは、まもなく訪れようとしていた。
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