CHAPTER 02:プロット・メーカーズ

 ディートリヒの言葉に、居並ぶ選帝侯たちはいっせいにどよもした。


 それも当然だ。

 バルタザール・アルギエバは、いまや数少ない聖戦の生き残りであり、至尊種ハイ・リネージュの長老格である。

 皇帝と皇后に次ぐ大公グランド・デュークの爵位をもつことから、上下関係のない十三選帝侯のなかでも別格として扱われていたのだ。

 八百年の歴史を顧みても、そのような重要人物が殺害された例は絶無と言っていい。

 至尊種の存立にかかわる問題というディートリヒの言葉も、あながち誇張とは言えないのだ。


 しかも、アルギエバ大公はただ殺されたのではない。

 愛機ブラウエス・ブルートに搭乗した状態で惨殺されたのである。

 この地上で最強の兵器であるブラッドローダーを破壊できるのは、唯一ブラッドローダーだけだ。

 ましてブラウエス・ブルートほどの機体となれば、対抗できるのはおなじ聖戦十三騎エクストラ・サーティーン以外にはありえない。

 それはとりもなおさず、今回の事件がであることを意味している。


「でも……だ、誰が大公殿下を……? まさか犯人はこのなかに――――」


 おずおずと問うたのは、ほっそりとした面立ちの少年だった。

 見るからに人のよさげな面容と、なよやかな体つきは、いかにも名家の御曹司といった風情にあふれている。

 よく言えば、汚れをしらない天使のような貴公子。――――悪く言えば、苦労知らずのお坊っちゃんそのものだ。


 きょろきょろと落ち着きなく視線を泳がせているのは、周囲の諸侯たちの顔色を伺っているのだろう。

 なにかのまちがいでこの場に迷い込んでしまったとしか思えないが、しかし、彼の椅子にも紋章はたしかに刻まれている。

 ”牡牛タウルス”――――聖戦の時代、皇帝の右腕と称された将軍を祖とする名門サイフィス侯爵家の家紋であった。

 

「ハルシャ、貴様、まさか他人に罪をなすりつけようとでも思っているのか?」


 刃物のような声で問うたのは、サルヴァトーレ・レガルスだ。

 ハルシャ・サイフィスは、びくりと身体を震わせると、どもりながらも必死に弁明する。


「ち、ちがいます!! ぼ、僕は誓って殿下を害してなど……!!」

「バカが。そんなことはここにいる全員が分かっている。貴様のような虫も殺せん軟弱者、返り討ちにされるのが関の山だわ」

「あ……うぅ……」

「情けない声を出すな。かの”アルダナリィ・シュヴァラ”も、肝心の乗り手ローディがこのざまでは、まさしく宝の持ち腐れというものだな」


 サルヴァトーレは吐き捨てるように言って、「ふん」と鼻を鳴らす。

 ほとんど泣き出しそうになっているハルシャに助け舟を出したのは、最高審問官ヴィンデミアだった。

 

「サルヴァトーレくん、年少者をいじめるのもそこまでにしておきたまえ」


 常と変わらず穏やかな、しかしするどい棘のあるヴィンデミアの言葉に、サルヴァトーレはばつが悪そうに顔を背ける。


「それに、ハルシャくんの疑問はもっともだ。……アルギエバ殿下を殺害した犯人の目星はついているのかな、フェクダル公?」


 腕を組んだまま沈黙していたディートリヒは、返答の代わりとでもいうように、まぶたを薄く開いた。

 血よりもなお紅く澄んだ瞳が冷たい輝きをはなつ。

 

「百聞は一見にしかず、だ」


 ディートリヒの言葉に合わせて、ブラウエス・ブルートの残骸を映していたスクリーンがふいに別の場面に切り替わった。


 塔市タワー最上部の空中庭園だ。

 先ほどまでの鮮明な映像とは打って変わって、画質はきわめて悪い。

 これでもコンピュータによる高度な補正処理が加えられていることを考えれば、本来のデータはとても見るに堪えない状態であっただろう。

 不自然なほど静まりかえっているのは、音声データそのものが失われているためだ。


「フェクダル公、これは?」

「ブラウエス・ブルートの超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサに残されていた映像記録ログだ。あまりにも機体の破損状況がひどく、復元できたのはごく短い断片だけだが、としては不足なかろう」


 ディートリヒが言ったそばから、砂嵐状のノイズが画面を埋めつくした。

 断片という言葉が示すとおり、データはところどころ欠落し、映像としての連続性を失っているのである。

 たんに状態が悪いだけなら修復も可能だが、元となる原盤マスターが失われていては手の打ちようがない。

 至尊種ハイ・リネージュのすぐれた科学技術をもってしても、物理的に破壊されたハードウェアからデータを救い出すことは難しいのだ。


 スクリーンにふたたび映像が表示されたのは、それから数秒と経たないうちだった。

 いったいどれほどの時間が経過したのか。

 あざやかに咲き誇っていた花々と樹木は跡形もなく消滅し、庭園の中心には巨大なクレーターが穿たれている。

 目を背けたくなるほどすさまじい破壊の爪痕は、膨大なエネルギーの衝突によって生じたものだ。

 ブラッドローダーが刀剣を振るうたびに衝撃波ソニックブームが大地を薙ぎ、機体に内蔵された重水素レーザーや分子加速砲ヴェバトロン・バスターは一撃で地形を変える威力をもつ。

 ブラッドローダー同士の戦いとは、そうした大量破壊兵器の応酬にほかならない。

 勝敗の如何にかかわらず、戦場は見渡すかぎりの焦土と化すのが常であった。

 選帝侯たちが怪訝な表情を浮かべているのは、戦闘中であるにもかかわらず、ブラウエス・ブルートが戦っているはずの相手がどこにも見当たらないためだ。


「――――!!」


 次の瞬間、選帝侯たちは一様に目を瞠った。

 もうもうたる白煙を吐き出すクレーターから、黒い人形ひとがたが音もなく飛び立ったのだ。

 薄緑色の力場フィールドをまとった機体の輪郭はおぼろにかすんでいるが、よもや見紛うはずはない。

 聖戦十三騎エクストラ・サーティーン最後にして最強の一騎。

 力強さと優美さを兼ね備えたその姿を認めたとたん、選帝侯たちはおもわず身を乗り出していた。


「ノスフェライド――――」


 ブラウエス・ブルートと戦っているのは、選帝侯ルクヴァース家が所有する漆黒のブラッドローダーにほかならなかった。


 衝撃のあまり言葉を失った選帝侯たちをよそに、スクリーンのなかのノスフェライドは大太刀を正眼に構える。

 刹那、刀身からまばゆい光がほとばしり、映像がおおきく乱れた。

 ブラウエス・ブルートの視覚器センサーはこの時点で破壊されたのだろう。

 スクリーンは奇怪な紋様をおもわせるノイズに埋めつくされ、やがて完全にブラックアウトした。


「これで諸卿にもご理解いただけただろう。ブラウエス・ブルートを破壊し、アルギエバ大公殿下の生命を奪ったのはノスフェライド――――より正確に言うなら、その所有者であるリーズマリア・シメイズ・ルクヴァースである」


 ディートリヒは薄く瞼を開いたまま、重々しい声で告げた。

 選帝侯たちはみな言葉を失ったように唇を結び、円卓は水を打ったように静まりかえっている。


「リーズマリアがなにゆえこのような暴挙に出たかは不明だ。しかし、あまねく至尊種ハイ・リネージュの頂点に立つ皇帝ならいざしらず、いまだ即位していない身で聖戦以来の重臣を害したのは、あきらかに法にそむく行為である。先帝陛下より後事を託された我ら十三選帝侯は、すみやかにリーズマリアの真意を糺し、厳正な措置を講じねばならない――――」


 ひとりの男が立ち上がったのはそのときだった。

 栗色ブルネットの髪を短く刈り上げた偉丈夫である。

 人間ならば三十歳は過ぎているだろう。

 若々しい容姿を特長とする至尊種ハイ・リネージュとしてはだいぶ老けてみえるのは、選帝侯たちのなかでもひときわ威厳ある佇まいのためだ。

 特殊カーボン繊維で編まれたインナースーツの上に簡易装甲服をまとい、両腕には無骨な篭手ガントレットというものものしい出で立ちは、軽薄な貴族が好むとはあきらかに一線を画している。

 いますぐ戦場に飛び込んでも通用する装いは、彼が常在戦場を旨とする本物の武人であることの証左だった。


 ”三頭犬ケルベロス”の家紋を背負った男は、ディートリヒにむかって一礼する。


「フェクダル公、僭越ながら発言をお許しねがいたい」

「私に同格たる貴卿の発言を止める権利はない。遠慮なく申し述べよ、ザウラク侯爵」

「さきほどの映像、ひとつ納得しかねる点がござる」


 男――――アイゼナハ・ザウラク侯爵は、むくつけき外見から想像されるよりはずっと若々しく、さわやかな声で語りはじめた。


「大公殿下は九百歳に迫るご高齢なれども、その槍さばきはいまなお衰えを知らず、我ら至尊種ハイ・リネージュのなかでも五指に入る古強者ふるつわものとして聞こえた御仁でございました」

「……」

「一方のリーズマリア姫殿下は、これまで武術の修行はおろか、まともに剣を握られたこともないと聞き及んでおります。ブラッドローダー戦は乗り手ローディの力量と経験の差が勝敗を左右するもの。いかに最強の性能をもつノスフェライドといえども、ふさわしい乗り手を得られなければ、とても真価を発揮することは叶いませぬ」

「つまり、貴卿はあの映像は贋物だと言いたいわけか」

「そこまでは申しておりませぬ」


 底冷えのする声で問うたディートリヒに、アイゼナハ・ザウラクはあくまで泰然とした態度で応じる。


決闘代行者サクリファイス――――よんどころなき事情あって自分自身で戦うことのできない者は、おのれの所有するブラッドローダーを他者に貸し与えることが認められております。ここ四百年ほどはすっかり廃れ申したが、かつて領地や資源をめぐる小競り合いが絶えなかった時代には、かよわきご婦人のために代行者を引き受けるのが男子の美徳とされたもの……」


 言いさして、アイゼナハはわざとらしく咳払いをひとつする。


「ともかく、両者の契約はあくまで一時的なものとはいえ、かならずしも所有者と乗り手ローディが同一とは限らないのです」

「アルギエバ大公殿下を手にかけたのは、リーズマリアが選んだ決闘代行者だというのだな?」

「左様。超一流の使い手であれば、けっしてありえない話ではござらん」


 重苦しい沈黙が円卓を包むなか、ぽんぽんと手を打つ軽妙な音が響いた。

 満座の注目にも動じず、ヴィンデミアはディートリヒにむかって語りかける。


「とにかくだよ。いずれ帝位に就くはずの姫殿下が、ルクヴァース家伝来の貴重なブラッドローダーを他人に貸し与えてまで大公殿下を殺したとなれば、これはよほど深刻な事情があるにちがいない。そうだろう、フェクダル公?」


 ディートリヒは黙したまま、ヴィンデミアの問いかけに首肯する。


「今回の一件、法を司る最高審問官としても捨て置けないからねえ。事と次第によっては、これまでの審議をすべて白紙に戻したうえで、あらためて次期皇帝を選出することになるかもしれない」

「……」

至尊種ハイ・リネージュの法は絶対の秩序だ。いずれ世界のすべてをうしはく皇帝陛下となられる御方であっても、正式に玉座に就くその瞬間までは、僕たちとおなじ選帝侯のひとりでしかない。たとえ先帝陛下のたったひとりのご落胤だろうと……ね」


 言って、ヴィンデミアはにっこりと相好を崩す。

 ディートリヒ以外の選帝侯たちがたまらず視線を外したのも無理はない。

 これ以上ないほど完璧に整えられた笑顔のなかで、細めた両目だけが炯々と残酷な光を放っているのだ。

 ひとたび同胞に罪あると知れば、何百年かかっても証拠をそろえ、法廷に引き出したうえで容赦のない裁定を下す……

 審判官が恐れられているのは、ひとえにその蛇のごとき粘着質のゆえであった。


 ディートリヒはやおら立ち上がると、選帝侯たちにむかって朗々たる声を張り上げる。


「最高執政官ディートリヒ・フェクダル公爵が選帝侯らに問う。バルタザール・アルギエバ大公殿下を殺害した容疑によってリーズマリア・シメイズ・ルクヴァースの身柄を拘束し、事件の真相を究明することを是とするや否や?」


 数秒の沈黙のあと、そこかしこで声が上がりはじめた。

 いずれもディートリヒの意見に賛同するものだ。

 選帝侯たちのなかにはリーズマリアの皇帝即位を支持した者も少なくないが、悲惨な映像を見せつけられた後では、さすがに表立って彼女を擁護することは憚られたらしい。

 へたに庇い立てすれば、共犯者として嫌疑をかけられるおそれもある。

 先祖からの地位と所領を受け継ぐ彼らとしては、御家断絶につながる軽率な行動は厳に慎まねばならない。


「どうやら決まったようだね?」


 八人の選帝侯の意見が出揃ったところで、ヴィンデミアは弾むような声で言った。

 反対の意を唱えた者はひとりもいない。

 沈黙を保っていたレイエス・カリーナ侯爵とエリザ・シェリアンゼ女侯爵を含めて、全員がディートリヒの発議に賛同の意を示したということだ。

 リーズマリアを逮捕・拘束する議案は、かくして圧倒的多数で可決した。

 かりにこの場に出席していない五人――リーズマリアとアルギエバ大公を除けば三人――が全員反対に回ったとしても、議決が覆ることはない。


 競うように声が上がったのはそのときだった。

 サルヴァトーレ・レガルスとセフィリア・ヴェイドだ。


「フェクダル公、リーズマリア姫捕縛の任務はどうかこのサルヴァトーレめにご下命くだされ。父祖より受け継いだわがブラッドローダー”ザラマンディア”ならば、どこぞの馬の骨が乗るノスフェライドごときに遅れは取りませぬ!!」

「いいえ、姫殿下をお連れするのはこのセフィリア・ヴェイドと”ゼルカーミラ”こそが適任と存じます。わがヴェイド家の名誉にかけて、かならずやリーズマリア様を無傷でお連れいたします」

「家督を継いだばかりの小娘が出すぎた真似をするな。手柄を立てようという下心が見え透いておるぞ」

「その言葉、そっくりレガルス侯爵にお返ししますわ」


 互いに一歩も譲らず、いまにも噛みつかんばかりの剣幕で睨みあう二人に、ディートリヒは氷のような視線を向ける。

 叱るでも諌めるでもなく、ただただ冷ややかな眼を向けられては、喧嘩の当事者も我に返らざるをえない。


「臨時選帝侯会議はこれにて閉会とする。リーズマリアの消息が分かり次第、諸卿にはあらためて指示を与える。それまではおのおの自領の監視強化につとめ、不測の事態にそなえて待機してもらいたい――――」


 ディートリヒが宣言するや、円卓を囲んでいた選帝侯たちの姿が一人また一人と消えていった。

 彼らは実際に列席していたわけではなく、それぞれの塔市タワーからネットワーク経由で精巧な立体映像ホログラフィを投影していたのだ。

 実際に帝都ジーベンブルクの王宮に身を置いているのは、最高執政官であるディートリヒただひとりであった。

 気配が消え失せた円卓の間を濃厚な闇が呑み込んでいく。


 と――消えたはずの人影がふたたびゆらめいた。

 ディートリヒの傍らに立った最高審問官ヴィンデミアは、わざとらしく拍手をしてみせる。


「第一幕は上首尾と言ったところかな、ディートリヒくん。僕の予想では、セフィリアくんとアイゼナハくんあたりはもうすこし食い下がると思ったんだけどねぇ」


 心底から愉しげに言って、ヴィンデミアはくつくつと忍び笑いを洩らす。


「おやおや、そう怖い顔をしないでおくれよ。血の繋がらない間柄とはいえ、たったひとりの義妹いもうと……それも、亡き先帝陛下の忘れ形見をはかりごとにかけようというんだ。まさか自分が万死に値する罪を犯していることに怖気づいたわけではないだろうね?」

「ヴィンデミア、そんなことを言うために戻ってきたのか」


 ディートリヒの声色はあくまで落ち着いているが、言葉の端々に隠しきれない怒りが滲んでいる。

 ヴィンデミアはそんなディートリヒを恐れるどころか、期待どおりとでもいうように嫣然と微笑む。


「心配しなくても、僕たちはすでに共犯者であり運命共同体だ。君が滅ぶときはこの僕も道連れというわけさ。その逆もまた然り……だけれどね」


 実体を持たない虚像とは思えないほどに艶めかしい挙措でディートリヒに顔を寄せたヴィンデミアは、囁くような声で耳打ちをする。


「まだ夜は長いんだ。これからの計画について、二人でじっくり話し合おうじゃないか――――」

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