CHAPTER 06:ラスト・ヴァンパイアハンター

「小童め、よくも小賢しい真似を……」


 アルギエバ大公はコクピットの内部でひとりごちる。

 歳古としふりた吸血貴族の端正なかんばせは、隠しようもない怒りに歪んでいる。

 完璧な洗脳を施したはずのシクロがおのれに牙を剥いたことがよほど堪えたらしい。

 吸血猟兵カサドレスを手駒として使うつもりが、飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことだ。


「やはり奴らは忌むべき存在。もはや一匹たりとも生かしてはおかぬ……」


 アルギエバ大公はすばやくブラウエス・ブルートの損傷度を確認する。

 ブラッドローダーの完全非晶質アモルファス装甲は、自己増殖ナノマシンによる強力な復元能力をもつ。

 ついいましがたノスフェライドの大太刀にえぐられた斬痕も、ほとんど消えかかっている。


「今度こそ確実に殺してくれるぞ、劣等種――」


 アルギエバ大公はブラウエス・ブルートの出力を全開し、力任せに粘着樹脂のいましめを引きちぎろうとする。

 はたして、鋼鉄の硬度とゴムのしなやかさをあわせもつ強靭な網はあっけなく引き裂かれ、はらはらと蒼い巨人の足元に舞い落ちていく。

 長大な重騎槍バスター・ランスを構え、飛び立とうとしたまさにその瞬間、コクピット内にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 センサーがこちらにむかって接近する熱源を捕捉したのだ。

 地上すれすれの低高度をすさまじい速度で突き進んでくるのは、言うまでもなくノスフェライドである。


「おおッ!!」

 

 耳を聾する雄叫びとともに漆黒の機体が躍り出た。

 整えられた生け垣を容赦なく踏みしだき、瀟洒な四阿あずまやをなぎたおしながら、ノスフェライドは一気にブラウエス・ブルートへと肉薄する。

 地上から空中、空中から地上へとめまぐるしく所を変えながら、大太刀と重騎槍があざやかな火花を散らす。

 熾烈な攻防を繰り広げる二機のブラッドローダーは、やがて極彩の花々が咲き誇る花畑で真っ向から対峙した。

 ノスフェライドを見据えて、アルギエバ大公は愉快げな声色で問いかける。

 

「小童、あの女はどうした?」

「だまれッ!! アルギエバ大公、おまえだけは……おまえだけは、ぜったいに許さない……!!」

「あいにくだが、それは逆恨みというものだぞ。なのだからな」

「それ以上その口を開くな!!」


 力強く地面を蹴ったノスフェライドは、ブラウエス・ブルートめがけて大太刀の乱打を浴びせる。

 重くするどい剣戟は、しかし、何度打ち込んでも蒼い装甲に届くことはなかった。

 アゼトの気迫とはうらはらに、白刃はむなしく空を切るばかり。

 アルギエバ大公は危なげなく攻撃を捌きつつ、にやりと朱唇を歪ませる。

 

「くく、吸血猟兵カサドレスもしょせん人間だな。たかだか女ひとりが死んだ程度で、こうも心が乱れる……」

「ほざくなッ!!」

「そんなザマでは、わが槍は見切れまい――」


 刹那、ブラウエス・ブルートの重騎槍が閃いた。

 人間の視力では捕捉不可能な極超音速の突きは、一秒間にゆうに数百回におよぶ。

 攻撃が掠めていくたび、ノスフェライドの装甲に白い点がまだらに浮かび上がる。

 装甲が衝撃によってひび割れ、じょじょに砕けつつあるのだ。

 すんでのところで致命傷こそ避けているが、それも長くは続かない。

 とうとう膝を突いたノスフェライドを見下ろして、アルギエバ大公は高らかに哄笑する。

  

「これで分かったはずだ。どうあがいたところで、劣等種であるおまえたちが至尊種ハイ・リネージュに勝てる道理はないのだ」


 アルギエバ大公の言葉に合わせて、ブラウエス・ブルートが突撃の体勢に入った。

 大出力レーザーの発射と刺突を同時におこなう必殺の構えだ。

 まともに命中したなら、いかにノスフェライドでもひとたまりもない。

 

「ずいぶんと手こずらせてくれたが、遊びはこれまでだ」

「……」

「観念したようだな。ならば、そのまま死ぬがいい、吸血猟兵――」


 白いレーザー光が花々を灼いたのと、ノスフェライドが動いたのはどちらが速かったのか。

 重騎槍の間合いの内側に飛び込んだノスフェライドは、そのままブラウエス・ブルートに飛びかかる。

 アゼトは、アルギエバ大公が必殺の一撃を繰り出す瞬間を待ち構えていたのだ。


 きわめて危険な賭けであることは言うまでもない。

 もしコンマ数秒でもタイミングがずれていたなら、ノスフェライドはレーザーに貫かれていたはずであった。


「この瞬間ときを待っていた。これでどこへも逃げ隠れは出来ないぞ、アルギエバ大公」

「おのれ、最初からそのつもりで芝居を打ったのか!?」


 転瞬、ブラウエス・ブルートの左腕が毒蛇のごとく伸びた。

 五指をそろえてするどい手刀を形作り、ノスフェライドの両眼に突き立てようというのだ。

 迷いなく大太刀を捨てたノスフェライドは、左の掌でブラウエス・ブルートの拳を受け止める。


 倏忽しゅっこつの間をおいて、凄絶な破壊音が花畑に響いた。

 ノスフェライドがブラウエス・ブルートの左手首を力任せに握り潰したのだ。

 すさまじい怒りに衝き動かされた反撃は、むろんそれだけでは終わらない。

 ノスフェライドはブラウエス・ブルートの左肘をへし折り、躊躇なくねじ切る。


「ぐおおおおッ!!」


 アルギエバ大公が獣じみた叫び声を上げたのも当然だ。

 ブラッドローダーの受けたダメージは、そのまま乗り手ローディの痛みへと変換される。

 自分自身のかいなを強引にむしり取られたのと等しい激痛には、老練な吸血鬼といえども冷静ではいられない。戦いのなかでこれほどの深傷を負うのは、アルギエバ大公にとって正真正銘これが初めてだった。

 赤黒いオイルを噴き上げる切断面を庇いながら、ブラウエス・ブルートはよろよろと数歩も後じさる。


「許さぬぞ……人間の分際で……!!」

「まだ終わりじゃない。こんなもので済むと思うな、吸血鬼――」

 

 アゼトは底冷えのする声で言い放つや、ブラウエス・ブルートの顔面めがけて鉄拳を叩き込む。


 一撃。二撃。三撃――。

 容赦なく拳が打ちつけられるたび、優雅な蒼い装甲は無残にひしゃげ、原型を留めぬほどに破壊されていく。

 やがて装甲の下から現れたのは、髑髏どくろに酷似した基礎骨格インナー・スケルトンだ。

 ブラウエス・ブルートの頭部に内蔵されていた各種の高性能センサーと、おそるべき破壊力をもつ粒子加速砲ベバトロン・ブラスターは跡形もなく破壊され、かろうじて残ったサブ・カメラが不規則に明滅を繰り返すばかりだった。


 ノスフェライドはぐったりと脱力したブラウエス・ブルートの肩を掴み、無理やり立ち上がらせる。

 乗り手ローディの感情が乗り移ったように、黒鉄くろがねの巨人の両眼から血のような赤光がほとばしった。

 ノスフェライドの腕が静かに動き、ブラウエス・ブルートのコクピットに大太刀の剣尖きっさきを押し付ける。


「なぜだ……? 八百年の時を生きたこの私が、たかが十数年しか生きていない人間ごときに、なぜ遅れを取る……!?」

「なんだと……?」

「俺のなかには、何百年も吸血鬼と戦ってきた吸血猟兵カサドレスたちの記憶、そしてシクロさんの技と魂が宿っている。そのすべてが俺の力だ――」

 

 大太刀を構えたまま、アゼトはあくまで坦々と言葉を継いでいく。


「覚悟しろ、アルギエバ大公――シクロさんの仇は、俺が取る!!」


 ブラウエス・ブルートにむかって剣閃が走る。

 決着。そう思われた瞬間、ノスフェライドの背中が弓なりにのけぞった。


「――ッ!?」


 漆黒の装甲は千々にひび割れ、血ともオイルともつかない赤黒い液体が吹き出す。

 アーマメント・ドレスに仕込まれた暗器――電磁投射砲レールガンが一斉に火を吹き、ノスフェライドを貫いたのである。

 死を警告する幻視像ハルシネイションがアゼトの脳裏に兆したときには、もう遅い。半ばプラズマ化した弾体は、ブラッドローダーの装甲でも防ぎきることは不可能だ。

 光学迷彩皮膜フォトニック・カムフラージュで武器そのものを隠蔽することによって実現する、それは完璧な奇襲だった。


「う……ぐ、ああっ……!!」

「ぬか喜びであったなあ、小童。このバルタザール・アルギエバ、伊達に聖戦を生き延びてはおらん。おまえごとき青二才を出し抜く程度、造作もないわ」


 苦しげに呻吟するアゼトに、アルギエバ大公は露骨な嘲笑を浴びせる。

 ノスフェライドのコクピットを穿った弾体のいくつかは、アゼトの身体を貫通し、そのまま背面へと抜けている。

 強力な再生能力をもつ吸血鬼ならいざしらず、生身の人間には致命傷だ。

 かろうじて急所は逸れているものの、それもいたずらに苦しみを長引かせるだけだった。

 いまや大量出血と急性ショックによってアゼトの視界はかすみ、手足の感覚はほとんど失われようとしている。

 

「おっと……まだ死んでくれるなよ。おまえはリーズマリアとともに消し去ると決めているのだ。あの娘にはたっぷりと絶望を味わわせてやらねば気が済まぬからなあ?」


 ブラウエス・ブルートはノスフェライドを掴むと、そのまま音もなく飛翔する。


 ふたたび闘技場コロッセオの上空に到着するまでには五秒とかからなかった。

 空中で静止したブラウエス・ブルートは軽く腕を振るい、ノスフェライドをリーズマリアが囚われているカプセルの傍らに放り捨てる。

 漆黒のブラッドローダーは受け身を取るでもなく、糸が切れた人形みたいに地面に叩きつけられ、やがてぴくりとも動かなくなった。

 

「見るがいい、リーズマリア。おまえの最後の希望は潰えた。その小童とともに冥府に送ってくれるぞ」


 アルギエバ大公の宣告にあわせて、ブラウエス・ブルートはリーズマリアとノスフェライドにむかって重騎槍を突き出す。

 遠雷のような重低音が生じたのは次の瞬間だった。

 大出力レーザー砲を最大出力フルパワーで発射するためのエネルギーチャージが始まったのだ。

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