CHAPTER 02:ナイト・レイダーズ

 天を突く巨塔は、茜色の夕映えを浴びてなお蒼くきらめいていた。


 ”蒼の聖塔ブルー・ジグラット”――。

 バルタザール・アルギエバ大公の居城であり、彼の領地支配の中枢でもある軌道エレベーターは、その名が示すとおり全体が青一色に塗られている。

 外壁の金属分子に直接色素を焼き付けた特殊塗装は、数百年のあいだ風雨に晒されても色褪せることなく、塔市タワーはいまも竣工当時と変わらぬ美観を保ちつづけている。

 

 下は地上数十メートルから上は成層圏まで、塔市は数千もの階層構造をもつ。

 アルギエバ大公の住まう最上層を頂点に、支配階層である至尊種ハイ・リネージュの居住区が置かれている中層部、各種の産業プラントと軍事拠点、そして人間が暮らす最下層が連なっている。

 大きさも形もまちまちな各階層レベルは、遠目には奇怪な大樹のようにもみえる。

 階層同士を結ぶ細い糸のようなものは、磁気推進リニアドライブ式の高速エレベーターである。

 塔市の維持に必要なエネルギーは大気圏外に展開した”傘”と呼ばれる巨大集光バネルと、マントル層に打ち込まれた地熱発電ジオ・サーマルユニットの複合動力によって賄われている。地表付近には全自動化された農場と畜産プラント、さらには魚介類の養殖池までもが存在し、塔市の食料自給率はほぼ百パーセントに達する。

 言うまでもなく、それは吸血鬼の生存に不可欠なである人間を含めての数字だ。


 それでも、地上を離れてはけっして手に入らないものもある。

 地下水脈から汲み上げた真水、領内の鉱山で産出した各種の鉱物・宝石、エネルギー源としての役割を終えてなお各種の工業材料を作り出すために必要とされる化石燃料……。

 各地から集められたそれらの物資は、塔市最下層のエレベーター発着場にいったん留め置かれたあと、選別と検査を経てしかるべき階層に送られるのである。

 海から遠く離れた内陸部であるにもかかわらず、塔市のエレベーター発着場がしばしば港湾ポートと呼ばれるのは、その機能ゆえであった。

 場内には物資を満載した運搬車両やワークローダーが行き交い、屈強な港湾労働者たちが昼夜の別なく働きつづけている。

 

 夕空が闇の色に染まろうかというとき、一帯にけたたましい警報が鳴り響いた。

 未確認機アンノウンの接近を告げるアナウンスが流れたかと思うと、塔市の警備と労働者の監視に当たっている人狼兵ライカントループたちが一目散に格納庫ハンガーへと駆け込んでいく。

 連れ立って出撃していくヤクトフント・タイプを茫然と見つめる港湾労働者たちは、薄闇の空に視線を向けて息を呑んだ。

 ”蒼の聖塔”にむかって近づいてくる奇妙な物体を認めたためだ。


 黒と朱が溶け合った、遠目には人とも鳥とも判別しがたいその物体めがけて、すさまじい密度の対空砲火が放たれたのは次の瞬間だった。

 

***


「アゼト、これ以上は無理だ。私を降ろして先に行ってくれ!!」


 轟音とともに曳光弾がヴェルフィンのすぐ横を掠めていくなか、レーカは通信機インカムにむかって叫ぶ。

 ノスフェライドはヴェルフィンを抱えたまま、対空砲火をかいくぐってエレベーター発着場への接近を試みる。

 背部の装甲を割ってあらわになった推進装置スラスターからは青白い炎が噴き出し、夕空にあざやかな軌跡を描き出す。


「もうすこし辛抱してくれ」

「いくらブラッドローダーでも、これ以上空から塔市に近づくのは無理だ!」

「大丈夫だ――この程度なら当たりはしない」


 アゼトの言葉に虚勢の響きはない。

 ノスフェライドに搭載された高速人工知能ハイパーブレイン・プロセッサは、自機めがけて飛来する毎秒数千発の砲弾を捕捉し、最適な回避パターンを即座に算出する。

 何万発の砲弾を撃ち込んだところでブラッドローダーには掠りもしない。

 人間のあいだでまことしやかに囁かれる伝説は、あながちおおげさな誇張ではないのだ。


 そうするうちに、アゼトの視界にあらたな警告表示が出現した。

 上空から複数の熱源が近づいてくる。

 一機や二機ではない。ノスフェライドの索敵センサーが捉えたその数は、ざっと一万を超えている。

 

「塔市の警備ドローンが出てきたか――」


 アゼトは慌てるでもなく、こともなげに呟いただけだ。


 警備ドローンはつねに塔市の周辺に滞空し、侵入者を見つけ次第排除するようにプログラミングされている。

 一メートルにも満たない超小型機から、それらを指揮する大型の空中母艦エア・プラットフォームまで、その種類は多岐にわたる。

 一機一機はブラッドローダーの敵ではないが、ドローンの最大の強みはどれほど損害を被ったところでたやすく補充が利くということだ。

 兵器生産プラントではいまこの瞬間もあらたな機体が生み出されている。いくら破壊したところで、次から次へと新手が押し寄せてくるのである。

 塔市の全資源が払底するまで、増援が途切れることはないのだ。

 その一方で、比類なき高性能をほこるブラッドローダーといえども、エネルギー総量には限りがある。際限なく湧き出す敵とまともに事を構えるのは得策ではない。

 まして、空戦能力のないヴェルフィンを抱えたままとなればなおさらだ。

 

「このまま降下する。上層階への直通エレベーターの位置は?」

港湾ポートの南西のゲートだ。塔市の構造は共通しているから、おそらくそこでまちがいない……」

「そこまでの突破口は俺が開く」

 

 対空砲火を巧みにかわしながら、ノスフェライドとヴェルフィンはエレベーター発着場に降りる。

 周囲には長方形の建物が所狭しと並んでいる。どうやら物資を貯蔵しておくための倉庫が立ち並ぶ区画らしい。

 目当ての南西のゲートまでは、直線距離にしてざっと一・五キロほど。


「気をつけろ――来るぞ!!」


 アゼトが叫んだのと、倉庫の影から複数のヤクトフントが飛び出してきたのはほとんど同時だった。

 総数はすくなく見積もっても百機。

 塔市内部の警備を主任務としているだけあって、どの機体も脚部には不整地走行用のアルキメディアン・スクリューではなく、ゴム製の大径タイヤを装着している。

 またたくまにノスフェライドとヴェルフィンを取り囲んだヤクトフントの群れは、間髪をいれずに射撃を開始する。


 銃弾が襲いかかるよりも速く、するどい銀閃がヤクトフントめがけて迸った。

 ノスフェライドが大太刀を抜き放ったのだと人狼兵たちが理解したときには、最前列にいたヤクトフントは横薙ぎに両断されたあとだ。

 アゼトは大太刀にこびりついた血とオイルを払うと、次の標的めがけて機体を躍動させる。

 ブラッドローダーに内蔵されている各種の火器類はウォーローダーを一撃で破壊する威力をもつ反面、エネルギーの消費量も大きい。

 不利は承知のうえで、アゼトはあえて武装の大半を封印している。

 これから待ち受ける多くの敵、そしてアルギエバ大公との戦いに備えて、出来るかぎりノスフェライドのエネルギーを温存しておく必要がある。

 大太刀による斬撃ならば、戦闘で消費するエネルギーは最小限度で済むのだ。


 負けじと襲いかかるヤクトフントを斬り捨てながら、レーカは通信機にむかって声を張り上げる。


「アゼト、こいつらの相手をしていたらキリがない。まっすぐにゲートを目指せ!! 背中は私が守る」

「たのむ――」


 言い終わるが早いか、ノスフェライドは南西のゲートめざして疾駆する。

 さすがにアルギエバ大公の居城を守る部隊だけあって、ヤクトフント隊の士気と練度はきわめて高い。

 ノスフェライドとヴェルフィンによって次々と撃破されても、同数かそれ以上の新手が陸続と押し寄せてくる。

 レーカの言葉どおり、まともに相手をしていては埒が明かない。

 このうえ上空の警備ドローンまでもが戦闘に加われば、ノスフェライドとヴェルフィンはじわじわと追い詰められていくだろう。


「どけえッ!!」


 裂帛の気合とともに、アゼトは立ちふさがるヤクトフントを斬断する。

 そのたびにオイルと血が混じった赤錆色の液体がしぶき、ノスフェライドの漆黒の装甲をまだらに彩っていく。

 目の前の敵をひたすらに斬り捨て、砲火をかいくぐりながら、黒と朱の機体はがむしゃらに前進する。


 やがて南西ゲートに辿り着いたノスフェライドとヴェルフィンは、どちらもおびただしい返り血を浴びて、ほとんど元の色が分からないありさまだった。

 それでも、ヴェルフィンの長剣がひどい刃こぼれを来しているのに対して、より多くの敵機を斬ったノスフェライドの大太刀はあいかわらず美しい刃紋を保っている。ブラッドローダー用の武装は、本体とおなじくきわめて高品質な部材が用いられているためだ。

 ヴェルフィンを先にカーゴブロックに乗り込ませたアゼトは、ヤクトフントの残骸を盾代わりにしながら叫ぶ。


「レーカ、やってくれ‼︎」


 なおも追いすがるヤクトフント隊の目の前で、二機を載せたカーゴブロックの扉が重々しい音とともに閉鎖されていく。

 直後に電磁カタパルトが作動し、強烈な加速度を得たカーゴブロックは、はるか上層にむかってまっすぐに駆け上っていった。

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