CHAPTER 05:ブラック・ナイト

 地下坑道の闇をヘッドライトの光芒が引き裂いた。

 アゼトとリーズマリアを乗せた大型トランスポーターは、限界までスピードを上げて戦場から遠ざかっている。すぐ後方で追随するのは、自動航行オートパイロットの脱出艇だ。

 アゼトは汗にぬるんだ手でハンドルを握りしめながら、車載スピーカーが吐き出す音に耳をそばだてる。

 ノイズ混じりの雑音は、車外に設置された集音センサーが拾った戦闘音にほかならない。

 敵に傍受されるのを防ぐため、カヴァレッタとヴェルフィンは、どちらも出撃と同時に無線を切っている。当然こちらから呼びかけることも出来ない。


 だが、直接会話は出来ずとも、アゼトには音だけで二人の置かれている状況が容易に察せられた。

 金属同士を激しく打ち合わせる耳障りな音は、坑道内ではげしい接近戦が展開されている証拠だ。

 ときおりウォーローダーとはあきらかに異なる駆動音が混ざり込むたび、アゼトの面上を不安の影がよぎる。

 予想どおり、アルギエバ大公はリーズマリアを抹殺するためにブラッドローダーを送り込んできたのだ。


 ウォーローダーとは別格の強敵を相手に、シクロとレーカが絶望的な戦いを強いられているのはあきらかだった。

 ブラッドローダーとの性能差を考えれば、とうに決着がついていても不思議ではないのである。

 二人がいまももちこたえているのは、ほとんど奇跡と言ってよかった。

 

「俺もウォーローダーさえあれば……」


 口惜しげにつぶやいて、アゼトは血がにじむほど強く唇を噛む。

 シクロのカヴァレッタを使おうにも、駆動系の修理はまだ終わっていないのである。

 そんな機体で戦場に駆けつけたところで、二人を助けるどころか、かえって足手まといになるのが関の山だ。

 それが分かっているからこそ、アゼトは戦いから逃げることしか出来ない自分自身にやり場のない怒りを募らせているのだった。

 助手席に座ったリーズマリアは、不安げな面持ちでアゼトを見やる。


「アゼトさん……」

「大丈夫だ。このまま走ればすぐに鉱山の外に出られる。俺がいるかぎり、ぜったいに君に手出しはさせない」

「その気持ちはありがたく思います。でも、ほんとうは二人と一緒に戦いたいと思っているのではありませんか?」

「それは――」

 

 心のうちを見透かしたようなリーズマリアの言葉に、アゼトはそれきり黙り込む。


「あなたはを欲しているのですね」

「使えるものならなんだってかまわない。だけど、シクロさんのカヴァレッタはまだ修理が終わってないんだ。君の護衛のヤクトフントだって、もう一機も残っては……」

「それなら、私にひとつだけ心当たりがあります」


 眉を寄せたアゼトにむかって、リーズマリアはこくりと肯んずる。


「車を停めてください。アゼトさん。あなたにお見せしたいものがあります」


 アゼトはリーズマリアに言われるがまま大型トランスポーターを停止させる。

 すばやく助手席から降りたリーズマリアは、すこし後方で自動的に停止した脱出艇へと近づいていく。

 その背中を追いかけるアゼトの前で、脱出艇の後部ハッチがひとりでに開いていった。


 どうやら格納庫になっているらしい。

 脱出艇とはいえ、その全長は大型トランスポーターのざっと三倍ちかくはある。

 当然、格納庫にも三機から四機のウォーローダーを収容するだけの余裕があるのだ。

 ヴェルフィンと二機のヤクトフントがすべて出払っているいま、格納庫内はもぬけの殻であるはずだった。


「これは――」


 ハッチの奥にたたずむ巨大な影を認めて、アゼトはおもわず息を呑んだ。


 闇に充たされた格納庫内に屹立するのは、全高五メートルちかい巨人だ。

 重厚な黒鉄くろがねの甲冑が警告灯コーションライトの赤光を浴びてきらめく。

 黒瑪瑙ブラックオニキスを彷彿させる半透明の装甲は、この地上で最強の硬度をほこる完全非晶質素材アモルファス・コンポジットが用いられている証だ。およそ兵器らしからぬ繊細な見た目に反して、核兵器や高出力レーザーの直撃にも耐える桁外れの強度をもつ。

 さらに装甲に内蔵された細胞機械ナノ・オートマトンは、エネルギー供給が続くかぎり新陳代謝ターンオーバーをおこない、装甲はつねに最善の状態に保たれる。多少の損傷であれば、ごく短時間のうちに痕跡も残さず修復されるのである。

 吸血鬼同士の内紛によって製法そのものが失われ、完全非晶質装甲がロストテクノロジーとなってからすでに三百年あまりが経つ。

 言うまでもなく、塔市タワーの外――人間の世界にはぜったいに出回ることのない貴重品であった。


「――――」


 ハッチが開ききり、機体の全貌があきらかになった。

 装甲の美しさ以上にアゼトを驚かせたのは、その流麗なプロポーションだ。

 均整の取れた四肢。いくつもの曲線と直線が時にまじりあい、時に峻別することで紡ぎ出される複雑玄妙なフォルム。

 おなじ人型兵器ではありながら、金属の箱に不格好な手足がついたようなウォーローダーとはまるで似ても似つかない。まさしく工業製品と芸術品の差であった。

 うなじまですっぽりと覆う大ぶりなバシネットの前面では、長くするどい双角が白銀色の輝きを放っている。

 勇壮で威圧的ないでたちとは裏腹に、目庇バイザー頬当てフェイスガードからわずかに覗く面貌はひどく優しい。鼻や唇らしい造形はないにもかかわらず、慈しみ深い微笑みをたたえているようにみえる。

 漆黒の甲冑をまとった聖母像――もし旧時代の文化に精通した人間がこの場にいたなら、さだめしそのように形容しただろう。

 いまは光の宿らぬ紅い瞳は、しかし、それがまぎれもなく吸血鬼の兵器であることを物語っていた。

 

 魂を奪われたように茫然と立ち尽くしながら、アゼトは無意識にひとりごちていた。


「ブラッドローダー……なのか……?」

「そのとおりです。わがルクヴァース家に伝わる至宝。かつて至尊種ハイ・リネージュを勝利に導いた聖戦十三騎エクストラ・サーティーンの最後の一騎にして、この世でただひとつの機体……」


 そっと両方のまぶたを閉じたリーズマリアは、厳かにその名を告げる。


「同族殺しの呪われた鎧――”ノスフェライド”」

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