CHAPTER 03:ナイト・ロード

 血よりも紅い炎が夜空を焦がしていた。


 蒼い巨人騎士は両刃の長剣ロングソードを軽く振るい、こびりついた血とオイルを払う。

 無骨なウォーローダーとは一線を画する、細く引き締まったシルエット。

 四肢を鎧う装甲は鏡面のように磨き上げられ、随所に金銀の縁取りエングレービングが施されたその外観は、兵器というよりはほとんど美術品にちかい。

 目庇バイザー顎当てチンガードを備えた優美な兜の両側面からは、するどい一対の角飾りが上方にむかって伸延している。

 尖った両耳を彷彿させる特異な造形は、夜をうしは至尊種ハイ・リネージュにとってなじみぶかい獣――蝙蝠コウモリを模したものだ。

 右肩の装甲には、青薔薇を象ったアルギエバ大公家の紋章エンブレムが白く縁取られている。


 ブラウエス・ブルート。

 十三選帝侯クーアフュルストのひとり、バルタザール・アルギエバ大公の愛機。

 最終戦争において吸血鬼を勝利に導いた十三騎のブラッドローダー、世にいう聖戦十三騎エクストラ・サーティーンに列せられる同機は、その類まれな美しさでも知られた存在だった。

 天然のロイヤルブルーサファイアをふんだんに焼き込んだ半透明の非晶質アモルファス装甲は、およそ戦闘兵器らしからぬ神韻縹渺たる風格を漂わせている。

 目もくらむほどにきらびやかな装甲の下には、破壊と殺戮に特化したおそるべきメカニズムが静かに息づいている。


 ブラウエス・ブルートの足元では、胴体を両断された一機のヤクトフントがまさに燃え尽きようとしていた。

 斬りつけられた際に燃料電池フューエル・セルが誘爆したのだ。

 その傍らには、右腕と両足を切り落とされたヤクトフントがぐったりと横たわっている。

 まるで最初から分割されていたみたいになめらかな切断面は、長剣の切れ味もさることながら、アルギエバ大公の卓抜した剣技の賜物であった。

 ブラウエス・ブルートは手足を失ったヤクトフントに近づくと、まるで子犬でも持ち上げるみたいに高々と掴み上げる。

 

「おまえたちの主人、リーズマリア・シメイズ・ルクヴァースはどこにいる? 私は寛大だ。素直に答えれば、おまえだけは助けてやってもよい……」


 返答の代わりとでも言うように、サーボモータの駆動音が生じた。

 ヤクトフントが唯一残った左腕をおおきく振りかぶったのだ。もはやさけがたい死を前にして、せめて一太刀なりとも報いようというのである。

 握り込んだ鉄拳がブラウエス・ブルートの機体を叩くより疾く、ヤクトフントの機体が爆ぜた。

 ブラウエス・ブルートがすさまじい握力で機体を――コクピット内のローディごと――握り潰したのである。

 至近距離で爆風をまともに浴びたにもかかわらず、蒼い装甲には傷ひとつ見当たらない。

 ただ、血ともオイルともつかない赤茶けたシミがまだらに飛び散っただけだ。

 それも自己再生機能を備えた装甲には一秒と定着することなく、乾いたみたいにぼろぼろと剥がれ落ちていく。


「賤しい人狼兵イヌの分際で、よくもわが愛機を汚しおって――」


 アルギエバ大公は吐き捨てるように言って、周囲にすばやく視線を巡らせる。

 ブラウエス・ブルートに搭載された超高精度の複合センサーは、主人の意志を汲み取って、早くも広域スキャンを開始している。

 ブラッドローダーは例外なく神経接続式のインターフェースを備えている。

 いちいち操縦桿やスイッチ類に触れずとも、ローディは機体を意のままに動かすことが出来る。操縦につきもののタイムラグはまったく存在しないどころか、その反応速度たるやほどなのだ。

 超硬質の装甲に包まれた四肢も、各種の電子デバイスによって大幅に強化された五感も、文字通りローディの肉体の延長として機能する。

 ただでさえ強力な身体能力をもつ吸血鬼は、ブラッドローダーに乗り込むことで、太陽の光すら克服した究極の生命体として完成するのである。

 

「……リーズマリアはあそこか」


 鉱山の一角を見据えて、アルギエバ大公はひとりごちる。

 ブラッドローダーのコクピットにはディスプレイや計器類は存在せず、あらゆる情報はローディの脳に直接投影される。

 機体を統御する超高速電子頭脳ハイパーブレイン・プロセッサは、もともとインプットされていた鉱山の地図と、センサーが捕捉したかすかな熱源反応を照応させ、リーズマリアの現在位置をたちどころに割り出したのだった。

 アルギエバ大公の整ったかんばせがふいに歪み、朱唇を割ってするどい犬歯がむき出しになった。

 それは狩人が獲物を追い詰めたときにだけ浮かべる、妖しくも凄絶な笑みにほかならなかった。

 

「うまく身を隠したつもりだろうが、しょせん小娘の浅知恵よ。それしきの小細工でわがブラウエス・ブルートから逃れられるものか――」


 長剣を左腰の鞘に納め、蒼のブラッドローダーは坑道にむかって一歩を踏み出した。


***


「シクロさん、敵襲だ!! 外のヤクトフントがやられた!!」


 アゼトはリーズマリアの手を引いたまま、大型トランスポーターのキャビンにむかって叫ぶ。

 シクロが梯子を登って荷台デッキに姿を現したのは、それから数秒と経たないうちだった。

 寝癖のついた髪と、ほとんどはだけかけたチューブトップの胸元もまるで意に介さず、女賞金稼ぎは早くも出撃準備を終えている。


「アゼト、あんたのカヴァレッタを借りるよ。あたしの機体はまだ修理終わってないんでしょ?」

「でも、それじゃ……」

もナシ。だいたい、あたしたちが二人ともおなじ機体を使ってるのはこういうときのためじゃない」


 ぴしゃりと言い放ったシクロに、アゼトはそれきり二の句が継げなくなった。

 二人が同型のカヴァレッタ・タイプを使っているのは、整備に必要な部品や工具類を共有出来るというだけでなく、つねに互いの予備機を確保しておくためでもある。二機のチューニングにほとんど差がないのは、そのためでもあるのだ。

 アゼトにしても、ローディとしての技量にすぐれるシクロに自分の機体を譲ることに異論はない。

 問題があるとすれば、アゼトのカヴァレッタを欠いた状態で戦闘に臨まなければならないということだ。

 

「敵はあたしと金髪の人狼兵で引き受ける。アゼトはお姫様をしっかり守ること!」

「もし敵のブラッドローダーが出てきたら……?」

「そのときは適当なところで逃げを打つわ。こんなところで死ぬなんてまっぴら御免ですもの」

「約束ですよ、シクロさん」


 アゼトはそれ以上なにも言わなかった。

 シクロが一度そうと決めたなら、いまさら引き止めることなど出来るはずもないのだ。

 その場で身体を翻したシクロに、今度はリーズマリアが声をかけた。


「私からもお願いします。護衛を引き受けてくださったとはいえ、どうかご無理はしないでください」

「勘違いしないでほしいわね。あたしはべつにあんたのために戦うわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「あんたみたいなが皇帝になったら、ほかの吸血鬼どもはさぞ迷惑するでしょうからね。傲慢なあの連中が慌てふためくところ、見てみたいじゃなない」


 シクロはおどけたようにひらひらと手を振ると、カヴァレッタのコクピットへと身体をすべり込ませる。

 まもなく燃料電池フューエル・セルから電力が供給されはじめるや、機体各部のサーボモータが甲高い唸りを上げはじめた。

 青い味方識別帯ストライプをつけたカヴァレッタが立ち上がったのと、レーカの声が響いたのは、ほとんど同時だった。


「姫様!! こちらにおられたのですね!! ご無事でなにより――」


 レーカの言葉を遮ったのはリーズマリアだ。

 

「レーカ。あなたもヴェルフィンでシクロさんを援護しなさい」

「しかし、それでは姫様の護衛は……」

「私のことなら心配いりません。アゼトさんがついています」

 

 リーズマリアの言葉に、レーカは面食らったみたいに目をしばたたかせた。

 人狼兵の少女は「承知しました」とだけ言って、アゼトに嫉妬と羨望が入り混じった視線を向ける。


「姫君の仰せとあれば従うまでだ。貴公、ぜったいに姫君のおそばを離れるなよ」

「分かっているよ。そっちこそ、シクロさんに後退するよう言われたらすぐに下がってくれ」

「失敬な。言われなくても、私は引き際を見誤ったりはしない」

「昼間はメッツガーフントに突っ込んでやられそうになってたようにみえたけど――」

「と、とにかく! 私たちが戻るまで姫君をたのんだぞ!!」

 

 言い終わるが早いか、金色の髪を揺らして、レーカは愛機ヴェルフィンのもとへ駆け出していく。

 連れ立って出撃する白と朱色のウォーローダーを見送りながら、アゼトは言い知れない胸騒ぎを覚えていた。

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