CHAPTER 07:クロス・ファイア
丘の上に陣取った重駆逐型ウォーローダーは、シクロのカヴァレッタを仕留めるべく執拗な銃撃をつづけている。
いまのところは紙一重で回避しているシクロだが、いつまでも躱していられるものではない。
シクロもまた超一流のローディである以上、ただ手をこまねいているはずもない。
カヴァレッタは力強く大地を蹴り、メッツガーフントへと急迫する。
左右のマニピュレーターにはくの字型のグルカナイフが握られている。このまま一気に間合いを詰め、接近戦に持ち込もうというのだ。
ヤクトフントには必殺の威力を発揮した二十ミリ
機体の正面はむろん、比較的手薄な側面や上部の装甲でさえ戦車砲の直撃に耐えるほどの強度を持っているのである。二十ミリ弾を何発撃ち込んだところで、効果は望むべくもないのだ。
彼我の相対距離はおよそ五十メートル。
ここまで近づいてしまえば、
どれも直接照準で使用するには不向きな火器であり、迂闊に使用すればメッツガーフントもダメージを受けかねない。
そして、ハリネズミのように重火器を満載したメッツガーフントも、接近戦用兵器は重機関砲に装着した
「まさかこうも早く再会出来るとはな――」
聞き違えるはずもない。
シクロの予想どおり、攻撃側の部隊を指揮していたのはシェルナバシュであった。
「お久しぶり、騎士団長さん。二度と会いたくなかったけどね――」
「シクロと言ったか。俺はうれしいぞ。強い敵と戦えるほど面白いことはないからな」
「あいにくだけど、さっさとあんたを片付けて失礼させてもらうつもりよ」
「やってみるがいい――出来るものならば、な」
シェルナバシュが愉快げに言ったが早いか、メッツガーフントの七十五ミリ榴弾砲が動いた。
すでに互いを隔てる距離は二十メートルを割っている。発射すれば自分も無事では済まない。
コクピットに鳴り響く
狙いはシクロのカヴァレッタではない。
打ち出された榴弾は、二機のちょうど中間地点へとまっすぐに吸い込まれていく。
すさまじい爆発音とともに土煙が巻き上げられ、周辺はたちまちに視界ゼロに陥る。
シェルナバシュはあえて地面に榴弾を撃ち込むことで、索敵センサーを麻痺させるほど濃密な煙幕を張ったのだ。
刹那、もうもうとたちこめる土色の
メッツガーフントが銃剣を突き出したのだ。
金属同士がぶつかりあう甲高い音が生じたかとおもうと、するどい切っ先はあらぬ方向へと逸れていった。
そのまま二合、三合と打ち合い、やがて剣戟の音が熄んだときには、土煙もいくらか薄れている。
銃剣を構えたまま静止したメッツガーフントと対峙するのは、両手にグルカナイフを構えたカヴァレッタだ。
「俺の攻撃をすべて見切ったか。さすがに評判は伊達ではないようだな」
奇襲が失敗に終わったにもかかわらず、シェルナバシュの声は歓喜に弾むようだった。
「せっかく知恵を働かせたところ悪いけど、あんたの考えそうなことくらいお見通しよ」
「言ってくれる。だが、これで策が尽きたとは思わんことだ」
「せいぜい期待させてもらうわ」
シクロの言葉に呼応するみたいに、カヴァレッタが力強く大地を蹴った。
一般的なウォーローダーに較べると装甲も薄く、
軽々と宙空に飛んだその姿は、まさしく鋼鉄の
機体の特性とシクロの卓抜した操縦技術があいまって、生身の人間もかくやというなめらかで敏捷な動作が可能となる。
メッツガーフントもけっして鈍重な機体ではないが、武装を満載した状態では軽快なカヴァレッタに追いつけるはずもない。
「もらいっ!!」
カヴァレッタは空中で機体をひねりながらトンボを切る。
およそウォーローダーの常識からかけ離れた破天荒な
機体のすべてを熟知し、おのれの手足の延長として自在に操ることが出来るひと握りのローディだけが可能とする絶技だ。
シクロはメッツガーフントの頭上を飛び越し、そのまま背後を取るつもりだった。
強力な火器の数々も、至近距離ではしょせん無用の長物にすぎない。
グルカナイフのするどい切っ先を関節にねじ込まれれば、いかにメッツガーフントでも無事では済まないはずだった。
「――っ!!」
メッツガーフントに突き立てられるはずだった二振りの刃は、むなしく空を薙いだ。
狙いを誤ったのではない。
刃が触れるかというところで、シクロはわざと攻撃を外したのだ。
カヴァレッタは着地と同時に両足のスクリューを全開し、メッツガーフントから距離を取る。
背中こそ向けていないものの、それは敵からの逃走にほかならない。
「ふん、間一髪のところで躱したか――」
シェルナバシュはいかにも残念そうに言って、機体をその場で反転させる。
ふたたびカヴァレッタと向かい合ったメッツガーフントは、数秒前とはおおきく
榴弾砲と重機関砲が懸架された両腕のほかに、あらたに背中から一対の腕が出現しているのだ。
それぞれの腕の先端には、するどいカギ爪が装着されている。
カヴァレッタが跳躍したのを見計らって、シェルナバシュはメッツガーフントの背中に隠していた
もし攻撃を断念していなければ、シクロのカヴァレッタは前触れもなく出現した副腕に刺し貫かれていたはずであった。
「せっかくの隠し芸が不発に終わって残念だったわね」
「久しぶりに骨のある敵と戦えるのだ。簡単に死んでもらっては困る」
「あとで吠え面をかくことになっても知らないわよ、狼さん」
会話も終わらぬうちに、メッツガーフントはカヴァレッタめがけて急迫する。
さしものシクロも、四本の腕をもつ異形のウォーローダーと戦った経験はない。
すべての腕を攻撃に使える訳ではないとはいえ、対手にとっておそるべき脅威であることには変わりない。
ただでさえ強力な機体にシェルナバシュの技量が加わることで、メッツガーフントはまさしく難攻不落の要塞と化している。
もしアゼトのカヴァレッタとヴェルフィンの三機がかりで挑んでいたなら、全員が返り討ちに遭っていただろう。
「――っ!!」
三十ミリ重機関砲のマズルフラッシュが瞬き、地鳴りのような発射音とともに火線が大気を灼いた。
カヴァレッタは踊るように攻撃をかわしながら、メッツガーフントと付かず離れずの絶妙な間合いを保ちつづけている。
離れすぎれば榴弾砲とミサイルが降り注ぎ、近づきすぎれば副腕に襲われる。
ふたたび跳躍して攻撃を仕掛けようにも、おなじ手が何度も通用する相手ではないことは分かりきっている。
そのような状況でシクロに出来ることといえば、致命的なダメージを受けないように立ち回ることだけなのだ。
「いつまでそうして逃げ回っているつもりだ? 貴様の実力はまだこんなものではないはずだ。女賞金稼ぎ、もっと俺を滾らせてみろ!!」
シェルナバシュの挑発に応じることもなく、シクロのカヴァレッタはひたすらに逃げに徹している。
***
「いくらシクロさんでも、このままじゃ持たない――」
ディスプレイ上に表示された映像を睨みながら、アゼトは苦々しげにつぶやく。
カヴァレッタは前方に足を投げ出し、両膝のあいだに二十ミリ
銃身に装着された
(まだだ……もうすこし近づいてから……)
ディスプレイに浮かんだ赤い
メッツガーフントの動きが止まった隙にセンサーを狙撃し、脱出の糸口を掴むのがアゼトに課せられた役目だ。
彼我の相対距離はおよそ三千メートル。
チャンスはただ一度きり。
もし仕損じれば、シクロとアゼトは今度こそメッツガーフントと真正面から渡り合うことになる。ヴェルフィンを加えた三機がかりで挑んだとしても、生還はまず望めないだろう。
この場にいる全員の命がアゼトの指にかかっていると言っても過言ではないのだ。
トリガーにかかった指は緊張のために汗ばみ、口内は舌が上顎に貼り付きそうなほど乾ききっている。
密閉されたコクピットのなかで心臓の鼓動がいやにおおきく聞こえるのは、あながち気のせいではあるまい。
「貴公、なぜ撃たない?」
すぐ横で片膝を突いていたヴェルフィンは、カヴァレッタのほうにずいと機体を寄せている。
「すこし静かにしててくれないか」
「貴公の姉君が戦っているのだろう。このままでは奴に押し切られるぞ」
「そんなこと、言われなくたって分かってるさ。だけど、この距離じゃ……」
アゼトは努めて平静を装っているが、その声音には隠しきれない焦燥がにじんでいる。
ウォーローダーの武装は
風向きや湿度・気温、さらには
カヴァレッタの火器管制装置の
スカラベウス改やメッツガーフントのような砲戦に特化したウォーローダーは五千メートル以上の距離を隔てても精密射撃が可能なのに対して、カヴァレッタの照準補正が有効に機能するのはせいぜい千メートル以内にすぎない。
七・六二ミリ機銃を始めとする自衛用の軽火器を運用するだけならそれでなんの問題もなく、非戦闘用の機体には必要十分な水準だと判断されたのである。
ウォーローダー用の大口径火器は
コンピュータの助けなしでは標的に命中させるどころか、弾丸をまっすぐ飛ばすことさえおぼつかない。
これだけの距離を隔てて、しかも激しく動き回っている目標を狙い撃つのは、いかにアゼトでも至難の業だった。
「もっと高性能な
アゼトがぽつりと呟いた言葉を、ヴェルフィンのローディは聞き逃さなかった。
「それがあれば、メッツガーフントを仕留められるのか?」
「仕留められるかどうかは分からない。だけど、狙撃で奴の目を潰すことは出来る。そうすれば、全員が逃げる時間くらいは稼げるはずだ」
「そういうことであれば、私が力を貸そう」
言い終わるが早いか、ヴェルフィンのコクピットハッチが勢いよく開け放たれていく。
やがてあらわになったコクピット内に視線を移して、アゼトはおもわず驚嘆の声を洩らした。
年の頃は十六、七歳といったところ。
健康的な色合いの肌と、均整の取れたしなやかな肢体は、日頃のきびしい鍛錬を伺わせた。
白い軍服の上に愛機とおなじ
バイザー付きのヘルメットを脱ぐと、肩のあたりまで伸びた黄金色の髪がさあっと風に流れた。
それと同時に、金髪を押しのけてひょこりと立ち上がったものがある。
イヌ科動物を彷彿させる尖った両耳。
まさしく吸血鬼の忠実なる
あっけにとられたように見つめるアゼトを指さし、少女はするどい叱声を飛ばす。
「なにをしている? はやくコクピットを開けないか!」
「わ、分かった……」
人狼兵の少女は細長いケーブルを取り出すと、コクピットハッチを開放したカヴァレッタに飛び移る。
いくら華奢な少女でも、ウォーローダーの狭隘なコクピットに二人は入りきらない。
はたして、二人の身体は意図せず密着する格好になった。
シクロ以外の女性に触れて狼狽を隠せないアゼトをよそに、少女は座席の下部をごそごそと探っている。
「このケーブルを使って貴公のカヴァレッタと私のヴェルフィンの制御コンピュータを直結させる。照準補正と弾道計算はこちらでやるから、貴公はタイミングを見計らって引き金を引けばいい」
「本当に出来るのか? その、君のウォーローダーは剣だけしか持っていないように見えたけど……」
「問題ない。ヴェルフィンの照準補正は一万メートル先まで有効だ」
「だったら、わざわざ分担しないで君が狙撃をすればいいじゃないか。俺の
アゼトの言葉に、少女はぷいと顔を横に向けた。
「私は姫様の騎士だ。剣術には自信があるが、こういう無粋な得物は使い慣れていない」
「それ、ようするに当てる自信がないってこと?」
「う、うるさい! ……物陰に隠れての不意打ちなど騎士道に悖る行為だが、貴公の手助けをする分には問題ないだろう」
カチリと小気味のいい音が鳴った。
目当ての接続コネクタを見つけ出した少女がプラグを挿し込んだのだ。
ふたたび愛機に戻ろうとコクピットから身を乗り出したところで、ふと思い出したようにアゼトのほうを振り返った。
「いちおう名乗っておく。……私はレーカ。レーカ・ジルエッタだ」
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