CHAPTER 06:デッドライン
戦いが終わろうとしていた。
白亜の屋敷を戴いた
そのいずれもが損傷し、十全の性能を発揮できる機体は一機もない。
全滅が迫っていることは誰の目にもあきらかだった。
ただ一機、ヴェルフィンだけが多数の敵を相手に孤軍奮闘している。
つやのある
左手に引っかかった汚らしい鉄板は、銃撃と爆風に晒されて変形しきった盾だ。
また一機、
オイルと血に塗れた剣は折れ曲がり、刃はノコギリ状に欠け落ちている。
九機目の敵を撃破したところで、ついに致命的な刃こぼれを来たしたのだ。こうなってしまっては、もはや剣としては使いものにならない。
ひっきりなしに撃ち込まれる銃弾をたくみに回避しながら、ヴェルフィンは背部のウェポン・ホルダーに手を伸ばし、予備の長剣を取り出す。
正真正銘、これが最後のひと振りだ。
この剣を失えば、ヴェルフィンはすべての戦闘能力を喪失することになる。
いや――そうなったとしても、たったひとつだけ武器は残されている。
意図的に
(この生命に代えても、あの御方だけは守ってみせる……)
三機のヤクトフントがヴェルフィンの左右と後方に回り込んだのはそのときだった。
三方向から同時に挟撃しようというのだ。
ヴェルフィンはとっさに長剣を構えるが、すばやく剣を振るったところで、一度に仕留められるのは一機だけだ。
たとえ一機を失ったとしても、生き残った二機が確実にヴェルフィンの息の根を止める。最初から犠牲を織り込んだ捨て身の作戦であった。
(これまでか――)
刹那、左右に展開していたヤクトフントが爆ぜた。
大気を切り裂くするどい銃撃音が立て続けに生じたかと思うと、後方のヤクトフントもおなじ運命をたどる。
味方の援護射撃かと思ったが、そうでないことはすぐに知れた。
周囲で戦っていた二機の白いヤクトフントはどちらも沈黙している。脱出艇の護衛についた二機を除けば、いまや戦場にいる防戦側のウォーローダーはヴェルフィンだけなのだ。
未確認機の接近を告げる
砂煙を巻き上げて疾走してくるのは、
身の丈ほどもある長大な二十ミリ
「そこのヴェルフィン、聞こえてる? ……安心なさい、あたしたちは敵じゃないわ」
シクロは
ウォーローダーに装備されている指向性戦術データリンク回線を介した通話は、乱戦の最中であっても第三者に傍受されるおそれはない。
「どなたか存じ上げないが、危ないところを助けていただきかたじけない――」
ヴェルフィンのローディの声は、シクロの予想よりもずっと若々しかった。
少年とも少女とも取れる凛としたハスキーボイス。
どちらにせよ、まだ十代の半ばだろう。
「失礼だが、どちらのご家中の……」
「ご家中? あんた、なに言ってんの?」
「貴公らはいずれかの
「勘違いしてるみたいだけど、あたしたちは吸血鬼のお仲間じゃないわ。れっきとした人間。通りすがりの賞金稼ぎとでも名乗っておこうかしらね」
シクロはそっけなく言って、ふんと鼻を鳴らす。
「礼ならあの子に言いなさい。……あたしはあんたたちを助けてやるつもりなんてなかったんだから」
シクロが見つめる先では、もう一機のカヴァレッタが複数のヤクトフントを相手取って激しい戦闘を繰り広げている。
偵察型のカヴァレッタに対して、ヤクトフントは純然たる戦闘型である。
機動性以外のあらゆる性能でカヴァレッタを上回っているはずのヤクトフントは、しかし、一機また一機とその数を減らしている。
アゼトはカヴァレッタの身軽さを活かして敵を翻弄しながら、装甲の薄い部位めがけて
二十ミリ徹甲弾は数発でヤクトフントを大破させるほどの威力をもつ。
それでもアゼトが弱点を狙うことにこだわっているのは、貴重な弾薬をすこしでも節約するためだ。
弾薬やミサイルの製造技術は失われて久しく、現在では
とくにウォーローダー用としては最強クラスの破壊力をもつ二十ミリ弾や三十ミリ弾はめったに市場に出回らず、いまや本体の重機関砲のほうが無用の長物として安値で売られているほどだった。
そんな弾丸を無駄遣いすることなく、狙いどおりの
シクロとアゼトの助太刀によって、攻撃側はたちまちに十機ちかい損害を被っている。
二十機以上いたヤクトフントも、いまでは数えるほどしか残っていない。
戦線が完全に崩壊するまえに後退を開始したのは、なるほど戦術的にも合理的な選択だった。
「――!!」
なにかに弾かれるみたいに、アゼトはすばやく機体を
警告システムは沈黙している。
それでも、ローディとしての第六感が「逃げろ」と少年に告げたのだ。
すさまじい爆音とともに火柱が上がったのは次の刹那だった。
ミサイルが立て続けに着弾したのだ。
最も装甲が薄い上面への
もしとっさに回避運動に入っていなければ、装甲の薄いカヴァレッタは跡形もなく四散していただろう。
「アゼト、敵の新手が来てる。二時の方向!!」
シクロに言われるがまま、アゼトはすばやくディスプレイに視線を走らせる。
そいつはすぐに見つかった。
小高い丘の頂上から戦場を見下ろしているのは、つやのない
一見するとヤクトフントと同型のようだが、手足はひとまわり太く、全高はゆうに五メートルを超えている。
その巨大さ以上に目立つのは、全身に装備された武装の数々だ。
右腕に七十五ミリ
どちらも肘関節に直接マウントされているため、必要に応じて広大な射界を取ることが出来る。
重機関砲の下部には刃渡り一・五メートルにおよぶ長大な
駄目押しとばかりに、背中のウェポン・コンテナには多連装ミサイルランチャーと迫撃砲が一基ずつ装備されている。
単体のウォーローダーとしてはまさしく常識はずれの重装備であった。
「シクロさん、まずい!! メッツガーフントだ!!」
「
難敵を前にして、シクロの声にも緊張が張り詰めている。
メッツガーフント――。
ヤクトフントをベースに開発された大型の重駆逐型ウォーローダーである。
両機はいわば姉妹機の関係にあるが、共通する部品はわずか一割程度にすぎない。
大容量
コンポーネントの共通化によるコスト削減と大量生産には失敗したものの、ふんだんに専用部品を奢ったことで、同機はあらゆるウォーローダーのなかでも最強クラスの
「こっちはタダ働きだってのに、あんなのとまともにやり合うなんて冗談じゃないわ。……アゼト、聞こえてる?」
シクロはメッツガーフントの動向を注視しつつ、
「あたしが注意を引きつけるから、あんたは狙撃で奴のセンサーを潰しなさい。隙が出来たら二人で離脱。いいわね?」
「だけど、シクロさん……」
「いいから、あたしに任せておきなさい。癪だけど、メッツガーフントが相手じゃ二人がかりでも勝ち目はないもの。人間を逃がす時間はもう充分稼げたし、これ以上あたしたちが戦う理由は……あっ、バカ!!」
シクロが叫んだのと、ヴェルフィンが飛び出したのはどちらが早かったのか。
ホバー推進ユニットを全開させたヴェルフィンは、砂埃を巻き上げながらメッツガーフントめがけて猛進する。
焼け焦げた盾を投げ捨てたのは、すこしでも軽量化を図るためだ。
長剣を構えた朱色のウォーローダーは、メッツガーフントを一気に刺し貫こうと、さらに機体を加速させていく。
「畏れ多くも姫様のお命を狙う逆賊――覚悟っ!!」
果敢に挑みかかったヴェルフィンの剣は、しかし、ついに標的に届くことはなかった。
アゼトのカヴァレッタが横合いから体当たりを仕掛けたのだ。
バランスを失った二機のウォーローダーはもつれるように地面を転がっていく。
衝撃とともにすさまじい轟音が響きわたったのはその直後だった。
メッツガーフントが迫撃砲と
着弾地点にはすり鉢状のクレーターがいくつも形作られている。
もしカヴァレッタがぶつかってこなければ、ヴェルフィンは爆発に巻き込まれていたはずだ。
「貴公、どういうつもりだ! なぜ私の邪魔をする……!?」
ヴェルフィンが起き上がったのと、抗議の声がカヴァレッタのコクピットに飛び込んできたのは同時だった。
その態度に鼻白みながら、アゼトはヴェルフィンの腕を掴んで強引に後退する。
「なぜ……って、見てわからないのか? 避けなかったらやられてたんだぞ!!」
「そんなことはない。あのまま踏み込んでいれば、いまごろ奴の懐に飛び込むことが出来たはずだ」
「とにかく、いまは下がって!! そんなボロボロの機体でメッツガーフントと戦うのは無理だ」
「余計なお世話だ。ここで私が引き下がったら、誰が奴を……」
もみ合う二機の傍らをもう一機のカヴァレッタが猛然と駆け抜けていった。
降り注ぐミサイルと榴弾を巧みに回避しながら、
二振りのグルカナイフを握ったカヴァレッタを見送りながら、アゼトはぽつりと洩らす。
「シクロさんがいる。あの人なら心配はいらない」
「なぜそう言い切れる? たしかに腕は立つようだが、たったひとりでは……」
「それは――」
わずかな沈黙のあと、アゼトは力強く言い切った。
「俺の姉さんを信じてくれ」
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