CHAPTER 05:キル・ゾーン

 太陽の光をなによりも恐れる吸血鬼たちは、日が出ているあいだは基本的に塔市タワーの外に出ることはない。

 何重もの耐紫外線シーリングが施された自室に閉じこもり、じっと日没が訪れるのを待つのである。

 屋外での活動は日没から夜明けまでのあいだに限定され、領地視察や他家との交流も夜のあいだに行われるのが常だった。


 とはいえ、のっぴきならない事情に迫られて昼間に外出せざるをえないときもある。

 そのような場合でも、彼らは車や飛行機に乗ることを頑なに拒んだ。

 もし事故によって乗り物が破壊されるようなことがあれば、太陽光が内部に入り込むおそれがある。吸血鬼にとって、それはとりもなおさず死を意味する。

 移動手段にも自室と同等の安全性を求めたのは、けっしてたんなる我儘や怯懦ゆえではないのだ。

 

 巡航船フロートシップは、そんな吸血鬼たちの要望に応えて開発された大型輸送船の総称である。

 ひと口に巡航船と言っても、地上すれすれを浮遊するホバークラフト型のものから、飛行能力を備えた船舶型、果ては全長数百メートルにおよぶ超大型の空中要塞まで、その形状は多岐にわたる。

 ほとんどの船が中世のゴシック風建築を模した外観を持つのは、所有者オーナーの美的センスによるものだ。

 どれほど高性能であっても、見た目が優雅でなければなんの値打ちもない……。

 それは、みずから至尊種ハイ・リネージュと称する彼らに共通する意見であった。


***


「攻撃側はヤクトフントMk.Ⅲドライが二十五機……ちょっとした機甲大隊ってとこね。ずいぶん張り切ってるじゃないの」


 双眼鏡を覗きながら、シクロはふんふんと頷く。

 トランスポーターとカヴァレッタを岩陰に隠したあと、シクロとアゼトはじっと息を殺して戦場の様子を観察している。


 半ば焼け落ちた巡航船フロートシップの周囲では、いまなおウォーローダー部隊による激しい攻防戦が展開されている。

 使用している機種はどちらもヤクトフント・タイプ。

 長い両腕と逆関節の脚部をもち、狙撃から接近戦まで幅広い戦況に対応する汎用型ウォーローダーである。最終戦争の終結後に開発された同タイプは、によって一般のローディにはほとんど出回らない機種として知られている。

 攻撃側は濃緑色オリーブドラブ、防戦側は屋敷とおなじ純白に塗られているため、外見はほとんどおなじでも判別は容易だ。

 もともと劣勢だった白いヤクトフントは、いまや濃緑色の半分以下にまで目減りしている。


「やられてるほうは十二機……あ、と、そんなこと言ってるうちにまた一機やられた。機体の性能は互角でも、これじゃ勝負は見えてるわね」

「シクロさん、本当にいいんですか? こんなところでのんきに見物していて……」

「いいもなにも、ヤクトフントを使えるのは吸血鬼に飼われてる人狼兵ライカントループだけよ。どんな事情があるかしらないけど、あいつらは仲間同士で殺し合ってるってこと。こっちに火の粉が飛んでこないかぎり、わざわざ首を突っ込む理由はないわ」


 シクロはいたずらっぽく言って、にっと相好を崩してみせる。

 吸血鬼同士の抗争を見物できる機会などそうそうあるものではない。

 諸侯の権力闘争か、あるいは財産や地位をめぐる骨肉の争いか……。

 いずれにせよ、よりによって太陽の下で同胞を襲撃するとは、よほど深い怨恨に駆り立てられていることはまちがいない。

 

「識別マークは見当たらないけど、船を攻撃しているほうのヤクトフントはたぶんアルギエバ大公の手下ね」


 昨日の夜、シェルナバシュが言っていたとはこのことだったのかもしれない。

 バルタザール・アルギエバ自身もこの近くで指揮を執っているかもしれないが、巡航船はいまのところ一隻しか見当たらない。


「シクロさん、もしブラッドローダーが出てきたら……」

「ここまで追い詰められてるのに出てこないってことは、そもそも持ってきてないか、それとものどちらかよ。ありえないだろうけど、この期に及んでブラッドローダーを出し惜しみしてるとすれば、よほどの大馬鹿だわ――」


 目につくかぎり、戦場にひしめいているのはウォーローダーだけだ。

 もし防戦側がブラッドローダーを投入したなら、この程度の劣勢は瞬時に覆る。

 吸血鬼が乗り込んだブラッドローダーは、それほどまでに圧倒的な戦闘力を有しているのだ。


 吸血鬼の諸侯同士が合戦に及ぶことは珍しくない。

 資源や領地を奪い合う大規模な紛争から、相続をめぐる骨肉の確執、果ては色恋沙汰をこじらせての決闘まで、吸血鬼の世界にも争いの種は尽きないのだ。

 そういった場合は、まず配下のウォーローダーにひとしきり小競り合いを演じさせたあと、満を持して主人がブラッドローダーで出陣するものと決まっている。

 ウォーローダー同士の戦いだけで決着がつこうとしているのは、この戦闘がふつうの合戦とはまるで性質を異にしていることの証左でもあった。


「とりあえずしばらく身を隠して、戦闘が終わったら残骸から使えそうなパーツを頂くとしましょ。悔しいけどヤクトフントの部品は質がいいし、あたしたちのカヴァレッタとも共通規格だから……」


 言い終わらぬうちに、シクロはアゼトの頭を抱きかかえるように伏せた。

 胸に押しつぶされるような格好になったアゼトは、羞恥とも苦悶ともつかないうめき声をもらす。

 

「シクロさ……く、苦し……!!」

「しっ、すこし黙って――船のなかからなにか出てくる」


 炎に包まれ、ついに停止した浮動船の内部から飛び出してきたのは、一機のウォーローダーだ。


 あざやかな朱色バーミリオンレッドの装甲が陽光を照り返してきらめく。

 右手には細身の長剣、左手に楕円形の盾を携えた姿は、重厚な甲冑をまとった騎士を彷彿させた。

 人体のバランスに限りなくちかい均整の取れたプロポーションは、ヤクトフント・タイプとはあきらかに異なっている。

 ウォーローダーの特徴である脚部のアルキメディアン・スクリューも装備していない。代わりに両足首に装着されているのは、全地形対応型のホバー推進ユニットだ。

 かつて次世代の推進システムとして期待されたものの、けっきょくコストと整備性の問題から普及には至らなかった幻のシステムである。


 朱色のウォーローダーは、銃撃をかいくぐりながら危なげなく着地すると、手近な敵機めがけて長剣を振り下ろす。

 するどい銀光が閃くたび、濃緑色のヤクトフントが一機また一機と倒れていく。

 四機を撃破するまでに要した時間は一分にも満たない。

 ウォーローダー自体の高性能もさることながら、機体を手足のように操るローディの技量も卓抜している。

 

「すごい……あんなウォーローダー、はじめて見ました」

「ヴェルフィン。吸血鬼の親衛隊長クラスが使う機種よ。純正オリジン複製レプリカかは分からないけど、いまどきめったにお目にかかれない貴重品だわ」


 そのあいだにも、ヴェルフィンは疾風のように戦場を駆け巡り、次々に敵機を撃破していく。

 さすがに被害を看過出来なくなったのか、攻撃側も火線を集中させはじめた。

 右に左に機体を蛇行させ、それでも躱しきれない攻撃は盾で受け止めつつ、ヴェルフィンは懸命に間合いを詰めようとする。


 どうやら火器類は装備していないらしい。

 人間の下劣な武器であるとして銃を忌避する一方、刀剣類に並々ならぬ愛着を示すのは、吸血鬼に特有の傾向だった。

 ブラッドローダーであれば武装が剣一本でも問題にはならないが、飛行能力を持たず、速度もたかが知れているウォーローダーでは限界がある。


 はたして、ヴェルフィンは猛烈な火線の前になすすべもない。

 鏡面のような輝きを放っていた盾は無数の弾痕に埋め尽くされ、もはや見る影もないほどに傷ついている。

 いまはかろうじてもちこたえているが、致命的なダメージを受けるのも時間の問題と思われた。


「シクロさん、あれを!!」

 

 シクロはいったん戦闘から目を離し、アゼトの指差した方向に双眼鏡を向ける。

 三隻の小型艇が炎上する巡航船フロートシップを離れていくのがみえた。

 ヴェルフィンは小型艇を脱出させるために時間稼ぎを買って出たのだ。

 どれか一隻に乗り込んでいるのだろう主君を逃がすために、朱色の騎士は勝ち目のない戦いに臨んでいる。

 二機の白いヤクトフントが戦列を離れ、小型艇を守るように並走している。

 

 最後尾の一隻が裏返しになったのは次の瞬間だった。

 攻撃側のヤクトフントが発射した多連装ロケット弾がすぐそばに着弾したのだ。

 さいわい直撃は免れたものの、ホバークラフトの構造上、いったん転覆すれば自力で立て直すことは出来ない。

 護衛の二機は手助けすることもなく、先行する二隻を守るべく必死に応戦している。


 銃弾が飛び交うなか、逆さまになった小型艇から先を争うように飛び出してきたものがある。

 人間だ。

 男もいれば女もいる。人数はざっと三十人は下らない。

 下男と女中メイドの衣服に身を包んだ人々は、猛火のなかを必死に逃げ惑っている。

 そんな彼らをあざわらうように銃砲弾はたえまなく降り注ぎ、悲痛な叫び声さえ爆発音にかき消されていく。


「シクロさん――」

「アゼト、まさか助けに行くなんて言わないでしょうね?」

「あの人たちは吸血鬼や人狼兵ライカントループじゃない。俺たちとおなじ人間です。このまま放っておいたら、全員殺されます」

「吸血鬼の下でおこぼれに与ってた連中よ。助ける値打ちはあるとおもう?」

「そうだとしても、放ってはおけません」


 赤髪の少年の言葉には揺るぎない決意が充ちている。

 シクロはため息をつくと、やれやれと言うように肩をすくめてみせる。


「本当、あんたって賞金稼ぎのくせにお人好しね。そのうえ頑固者。いったい誰に似たんだか……」


 呆れたようなシクロの言葉には、しかし非難の色あいはない。


「あたしもこのあいだワガママ言っちゃったし、これでお互い様ね」

「ありがとうございます!」

「お礼はあとでいいから、さっさとカヴァレッタに乗りなさい!! 今回はも持ってくわよ」


 カヴァレッタに乗り込んだ二人は、荷台の後部に固定されている長方形のウェポン・キャビネットを開く。

 日差しを浴びて黒鉄色の輝きを放つのは、カヴァレッタの背丈ほどある巨大な重火器だ。


 二十ミリ重機関砲チェーンガン

 もともと水上艦艇に搭載されていた対空機関砲を、ウォーローダー向けに軽量化した兵器である。

 原型機に較べると発射速度こそ低下しているが、そのぶん反動リコイルも軽減され、あわせて命中精度もおおきく向上している。

 機関砲でありながら単発射撃セミオートモードへの切り替えが可能となっているのは、ウォーローダーは携行可能な弾薬量におのずと限りがあるためだ。 

 シクロとアゼトは互いのカヴァレッタの背中にドラム型の予備弾倉マガジンを装着し、重機関砲に給弾ベルトを接続する。


 チェーンガンという名が示すとおり、機関部に内蔵された鉄鎖チェーンを駆動させることによって給弾と排莢が自動的におこなわれる。この機構を搭載していることによって、戦場においてしばしば命取りになる排莢不良ジャムに悩まされる気遣いもない。

 一般的な銃火器に採用されているガス圧作動方式とは異なり、チェーン・システムを動かすためには、ウォーローダー本体からの電力供給が必要となる。

 二人はカヴァレッタの胴体側面に開口した外部給電パスに送電ケーブルを挿し込み、動作確認に入る。小型モーターが唸りを上げ、遊底ボルトと連動した強制排莢器エジェクターが軽快な音とともに開閉する。

 ふだんの仕事ではめったに使うことのないだが、アゼトの丹念な整備の甲斐あって、メカニズムの動作はスムースそのものだ。

 シクロは火器管制システムと重機関砲の同期リンクを確認しつつ、アゼトに声をかける。

 

「分かってると思うけど、あれだけの数の敵を相手にまともに戦おうなんて思わないこと。適当に暴れて時間を稼いだら、さっさと逃げるわよ」

「はいっ!!」


 二機のカヴァレッタは岩陰を飛び出すと、一直線に戦場へと突き進んでいった。

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