CHAPTER 04:ヘビィ・コンフリクト

「……やったか?」


 スカラベウス改のローディは砲手ガンナーに問いかける。

 いかにも盗賊らしい野卑な声は、真っ先にシクロに投げかけられたものだ。

 射撃戦に特化した重装型ウォーローダーであるスカラベウス改は、背中に小型の砲塔ターレットを備えている。通常のウォーローダーはローディが操縦と火器管制をひとりでこなすのに対して、多数の火器を搭載するスカラベウス改は操縦手ローディ砲手ガンナーの二人乗りで運用されるのである。

 通常のスカラベウス以上にずんぐりとした体型に加えて、ぽっこりと突き出た砲塔がラクダのコブを彷彿させることから、ローディのあいだではもっぱら”太ったラクダファット・キャメル”と呼ばれている。

 黒煙に閉ざされた視界のなか、砲手は各種センサーを駆使して弾着観測を試みている。

 もともと長距離戦を想定して開発された機体だけあって、スカラベウス改のセンサー類にはとくに高性能な機材が奢られているのだ。


赤外線IR走査スキャンではウォーローダーらしい反応はないが……」

「なんだ、奥歯に物が挟まったような言い方をしやがって。くたばったならはっきりそう言え」

「炎と煙に邪魔されてうまく熱源を探知出来ない。火の手が収まるまで待ったほうがよさそうだ」


 砲塔に据え付けられた索敵用シーカーが奇妙な兆候を捉えたのはそのときだった。

 機器の誤作動を疑った砲手は、ディスプレイにぐっと顔を近づける。

 

「バカな――」


 砲手の唇から漏れた声はひどく震えていた。

 ディスプレイ上で明滅する目標指示ボックスは、たしかに二機のウォーローダーの存在を示している。

 砲手を狼狽させたのは、その現在座標が地面の下を指し示しているためだ。

 どちらもきわめて微弱な反応にすぎない。高精度センサーを搭載するスカラベウス改でなければ検知することさえ出来なかっただろう。

 事実、他の盗賊たちはまだその存在に気づいてさえいない。


「真下だ! 奴ら、川底の砂に機体を沈めて……!!」


 砲手が叫ぶのと、最前列のスカラベウスが炎に包まれたのは同時だった。

 残骸をまたぐように崖下から飛び出したのは、山吹色イエローオレンジ味方識別帯ストライプをつけたカヴァレッタ――シクロの機体だ。

 一機目を屠った勢いもそのままに、シクロは次の標的めがけて愛機を躍動させる。


 巧みに砲火をかわしつつ、機体がおおきく沈んだ。

 カヴァレッタの主兵装である七・六二ミリ機銃には、スカラベウスの装甲を貫通するほどの威力はない。

 もっとも、それは最も分厚い正面や背部の装甲に限ってのことだ。いかに重装甲をほこるスカラベウス・タイプといえども、あらゆる部位の装甲が等しい防御力を備えている訳ではない。比較的被弾する可能性の少ない機体下面は、軽量化のために装甲も薄くなっているのである。

 シクロのカヴァレッタは、スカラベウスの両足の付け根に射撃を集中させた。関節の可動域を確保するためにほとんど装甲が施されていない部分だ。


 機銃の発射速度は毎分三千発。引き金を引くのは一秒で事足りる。

 徹甲弾はやすやすと機体の弱点を貫通し、コクピット内を縦横に暴れ回る。

 荒れ狂う鉄の嵐はローディをまたたくまに肉塊に変えただけでなく、燃料電池フューエルセルの誘爆をも引き起こしたのだった。

 スカラベウスが爆炎を噴き上げたのは、シクロが機体を飛び退かせた直後だった。


 着地するやいなや、シクロのカヴァレッタは片足を軸に超信地旋回ニュートラルターン

 アルキメディアン・スクリューがもうもうたる砂煙を巻き上げ、にわかに現出した黒茶色の紗幕が残ったスカラベウスとカヴァレッタのあいだを遮る。

 シクロは機体を低く保ちながら突進。ほとんど寝そべるような姿勢は、前方投影面積を極力少なくするための工夫だ。

 はたして、シクロの思惑どおり、盗賊たちが操るスカラベウスが発射した銃砲弾はことごとくあらぬ方向へと逸れていった。


 シクロは無反動砲の発射態勢に入った一機のスカラベウスに狙いを定めるや、カヴァレッタを勢いよく跳躍させる。

 飛蝗バッタを意味するその名に違わず、カヴァレッタ・タイプはウォーローダーとしては破格のジャンプ力を有している。装甲の薄さや火力の貧弱さを補ってあまりある機動性は、カヴァレッタ最大の武器なのだ。

 スカラベウスの上部に飛び乗ったカヴァレッタは、発射寸前の無反動砲の砲身を両手で掴み取り、傍らのスカラベウスに向ける。

 次の刹那、派手な後方爆風バックブラストとともに成形炸薬弾HEATが撃ち出された。

 超高温のメタルジェットが分厚い装甲に侵徹し、被弾したスカラベウスは糸が切れた人形みたいに仰向けに崩折れる。ローディが即死したことは言うまでもない。


 シクロは間髪をいれずに足元のコクピットハッチめがけてグルカナイフを突き立てる。

 金属を引っ掻くみたいな耳障りな擦過音が鳴り渡る。するどい切っ先がコクピットにすべり込む。

 ハッチの隙間から鮮血があふれ、乾いた装甲をまだらに濡らしていく。

 八機のスカラベウスは、一分と経たぬうちにその半数を失ったのだった。


「くそ、くそ!! 冗談じゃねえぞ、バケモノめ……!! だいたい頭目カシラはどこ行ったんだ!?」


 対岸の仲間が全滅するさまを目の当たりにした盗賊たちは、ほとんど半狂乱になりながら攻撃を仕掛ける。

 シクロのカヴァレッタに気を取られた彼らは、その瞬間までついに気づくことはなかった。

 もう一機のカヴァレッタ――アゼトの機体が姿を消したままだということに。


「気をつけろ、もう一機がまだどこかに――」


 スカラベウス改の砲手ガンナーの叫びを甲高い駆動音がかき消した。

 転瞬、砲手の視界に映じたのは、暗白色オフホワイトの装甲に映える赤い識別帯ストライプだ。

 それが彼のこの世で最後に目にした光景になった。

 アゼトのカヴァレッタはスカラベウス改に飛び乗ると、砲塔ターレットのハッチにブッチャーナイフを叩きつける。

 いかに堅牢な装甲と大火力をほこる重ウォーローダーといえども、接近を許せば手も足も出ないのだ。

 ごぼごぼと血ともオイルともつかない赤黒い液体を吐き出す残骸にはもはや目もくれず、アゼトは生き残った四機めがけて愛機を躍動させた。


***


「ざっとこんなもの――と言いたいところだけど」

 

 二振りのグルカナイフに付着した血とオイルを払いながら、シクロは周囲を見渡す。

 ここまでシクロとアゼトが撃破したのは、スカラベウス八機とスカラベウス改一機、そしてアーマイゼが四機。

 アゼトが持ち帰った情報によれば、盗賊団は五機のアーマイゼを保有している。生き残った一機がまだどこかに潜んでいるはずなのだ。

 

「いいかげんに出てきたらどう? 頭目リーダーさん?」


 シクロは両手の指先マニピュレーターに引っ掛けたグルカナイフをくるくると回しながら、外部スピーカーを通して呼びかける。

 荒野の一角に陽炎がたちこめたのは次の瞬間だった。

 自然現象でないことはあきらかだ。まるで湯気が立っているみたいに大気がゆらめき、向こう側の景色はひどく歪んでみえる。

 不定形のゆらぎは、じょじょに一定の形を取りはじめた。

 まもなくシクロとアゼトの目の前に出現したのは、四肢を備えた巨大な人型――ウォーローダーの輪郭シルエットだ。


「みごとな手並みだった」


 落ち着いた男の声が響いた。

 それは先刻シクロにを持ちかけた声にほかならない。

 周囲の景色を貼り付けた薄い膜が音もなく剥がれていく。

 案に相違せず、シクロとアゼトの目の前に現れたのは、ただ一機生き残ったアーマイゼだ。


光学迷彩被膜フォトニック・カムフラージュ――ずいぶん珍しい装備もの持ってるじゃない。部下があたしたちに皆殺しにされてるのを隠れて見物してたってわけ?」

「君たちの戦いぶりをじっくりと観察させてもらったまでだ」

「ふうん……」


 シクロは両手のグルカナイフを回しながら、アーマイゼの全身をすばやく走査スキャン


らしいこと。たとえ部下だろうと、人間の生命なんて大した値打ちもないでしょうからね」

「……」

至尊種ハイ・リネージュ――いいえ、こう呼んだほうがいいかしら」


 二機のカヴァレッタはそれぞれナイフを構える。

 駆動音さえ絶えた静寂のなか、ひりつくような緊張感が二機と一機のあいだを埋めていく。

 わずかな沈黙のあと、シクロはぽつりとその言葉を口にする。


「あたしたちと出会ったのが運の尽き――覚悟なさい、

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