CHAPTER 03:ゲット・レディ
「こいつ、気でも違ったか――」
盗賊たちが驚きの声を漏らしたのも無理はない。
敵を前にしてコクピットを開け放つのは、言うまでもなく自殺行為だ。
ウォーローダー相手には牽制にもならない小口径弾でも、人間の身体はたやすく引き裂かれる。
それは歴戦の
「シクロさんっ!!」
アゼトの叫びもむなしく、コクピットハッチは完全に開ききっている。
ハッチの開いたカヴァレッタの胴体は、蓋の外れた
つややかな黒髪が乾いた風をはらんで流れた。
狭いコクピットから軽く身を乗り出したのは、ひとりの女だ。
年齢は二十歳を超えてはいまい。整った顔立ちと、切れ長の双眸が目を引く。
ラフに羽織った
その下はといえば、ゆたかな胸元を覆うだけの布地の少ない白のチューブトップに、ローライズデニムのショートパンツという出で立ちだ。
およそ戦場には似つかわしくない装いに、さしもの盗賊たちも動揺を隠せないようだった。
女には不自由していない盗賊たちだが、目の前にいるのはよほどの大金を積まなければ触れることも叶わない上玉だ。
訓練を積んだ元兵士であっても、劣情を刺激され、理性を揺さぶられるのも無理からぬことだった。
「まさか女だったとはな……」
ふたたび降ったのは、先ほどとは打って変わって落ち着いた声だった。
風向きのせいか、集音センサーを使用しても、どの機体から発せられているのかは判然としない。
それでも、盗賊らしからぬ上品な声音は、声の主の立場を推測させるのに十分だった。
「か、
「おまえたちはすこし黙っていろ。この女に興味が出た」
あくまで静かな、それでいて威圧感に満ちた声に命じられて、野卑な声はそれきり聞こえなくなった。
「どうやらあんたがこの連中の
自分に向けられた大小の銃口にもまるで物怖じすることなく、シクロは盗賊たちにむかって悠然と語りかける。
「あなたの部下を殺したのは謝るわ。そんなつもりはなかったんだけど、ちょっとした手違い……不幸な事故ってとこかしらね」
「ほう?」
「あたしたちは二人で旅をしてるの。このあたりに腕利き揃いの
こともなげに言って、シクロはハッチをコツコツと叩く。
「事故のことは残念だったけど、入隊試験の結果としては上出来でしょ?」
「ひとり減った分、自分の席が空いたと言いたいのか」
「そういうこと。話が早くて助かるわ」
「ひとり分だけなら……な」
盗賊たちの銃口が一斉にある方向を志向した。
シクロの後方で立ち尽くしたままのアゼトのカヴァレッタに狙いを定めたのだ。
密閉されたコクピット内にけたたましいロックオン警報が鳴り響く。
「あいにく我々も余裕がなくてな。仲間に入れてやれるのはひとりだけだ」
「どうしろっていうの?」
「難しい話ではない――そいつと殺し合え。どちらか生き残ったほうを使ってやる」
拒否すればどうなるかは、あえて言うまでもない。
盗賊たちはシクロのカヴァレッタにも照準を合わせている。
十機以上のウォーローダーからの一斉射撃を浴びれば、ただでさえ装甲の薄いカヴァレッタ・タイプはひとたまりもない。
機体は一瞬に粉砕され、二人の肉体はこの地上から跡形もなく消え失せるだろう。
「まいっちゃったなぁ……」
シクロはコクピットハッチを開いたまま、右手の人差し指をもう一機のカヴァレッタに向ける。
親指を立て、人差し指以外の指を握り込んで作り出した形は、指鉄砲のジェスチャーにほかならない。
ばん――と、シクロは音もなく右手を軽く振ってみせる。
盗賊たちが二人のあいだで奇妙な合図が取り交わされたのを認めたのと、アゼトのカヴァレッタが躍動したのは同時だった。
アゼトの意思を受けて、左腕が背部ラッチへと伸びる。
そして、ワイヤーで巻きつけておいた半分空の
「貴様、いったいなんのつもりだ!?」
盗賊たちの視線が宙空を舞う銀色のパッケージへと注がれる。
アゼトのカヴァレッタの右腕から銃火が迸った。
七・六二ミリ機銃の弾丸は乾いた大気を切り裂き、まっすぐに燃料電池へと吸い込まれていく。
ウォーローダー用燃料電池のパッケージには易燃性の蓄電触媒が充填されている。
むろんパッケージは厳重にシールドされているが、外部から強い衝撃を加えられれば、エネルギーを溜め込んだ蓄電触媒はたやすく誘爆するのである。
アゼトが放った銃撃により、半分以上の容量を残していた燃料電池は瞬時に膨張したかと思うと、破片と黒煙を盛大に撒き散らしながら爆散した。
盗賊たちの反応がわずかに遅れたのは、燃料電池の爆発に気を取られていたためではない。
コクピットは相変わらず開いたまま、操縦に不可欠な両手は機外に出ている。
シクロは一方の足の指でシフトレバーを掴み、もう一方の足でスロットルレバーを操作してのけたのだ。
前進・後退だけであれば、それだけの操作で事足りるのである。
脚部のアルキメディアン・スクリューが高速回転し、軽量なカヴァレッタは弾かれたみたいに後進する。
「アゼト、やるよ!!
叫ぶが早いか、シクロはコクピットへ身体を滑り込ませる。
そのあいだにも機体を右に左に蛇行させ、上方から降り注ぐ猛烈な射撃を回避することは忘れていない。
銃弾の雨のなかで舞い踊るように、二機のカヴァレッタは
まるで重力の桎梏から解き放たれたような敏捷な身のこなし。
ウォーローダーのなかでも際立って軽量で、
煙幕がわりに砂を蹴立てながら、アゼトは右の岸、シクロは左の岸へと飛び移る。
盗賊団のウォーローダーは目睫の間に迫っている。
どちらの岸でも、スカラベウスを守るようにアーマイゼが立ちふさがっている。
強力な火力と装甲をもつ反面、機動性に乏しく、接近されればひどく脆いのがスカラベウスの弱点だ。
装甲は薄いが機動性にすぐれるアーマイゼをその護衛として配置するのは、なるほど理にかなった戦術だった。
ひっきりなしに弾丸を吐き出していたスカラベウスの十二・七ミリ機関砲がふいに沈黙した。
アーマイゼが突出したのを見計らい、同士討ちを避けるために射撃を一時中断したのである。
アゼトには一機、シクロには二機のアーマイゼが、轟然とスクリュー音を上げて急迫する。
どの機体も前腕部に溶接した
カヴァレッタ・タイプの貧弱な装甲であれば、たとえ垂直に刃を突き立てたとしても大山刀が折れる心配はまずない。重量を乗せた突きは機体をあっさりと貫き、ローディをたちどころに絶命させるだろう。
殺意を持って迫りくる刃を前にしても、アゼトは動じる素振りもない。
カヴァレッタの左腕が腰の後ろに伸びた。
人間でいう腰椎のあたりから取り出したのは、ひと振りのナイフだ。
むろん、全高三・五メートルのウォーローダーが用いる武器ともなれば、その刃渡りは人間用の長剣にも匹敵する。
ただのナイフではない。やけに刃の幅が広く、分厚く、真横から見た形状はほとんど台形にちかい。
ブッチャーナイフ――。
かつて
取り回しや切れ味のするどさに背を向け、純粋な破壊力だけを追求した武器は、まさしく無骨な凶器そのものといった風情を漂わせている。
砂煙の尾を引いてアーマイゼが突進する。
アゼトはすんでのところで機体を傾がせ、胴体を貫くはずだった重山刀の切っ先を右脇腹へと逃がす。
突進の勢いを殺しきれなかったアーマイゼがバランスを崩した瞬間を見逃さず、アゼトはブッチャーナイフを敵機の背中に叩きつける。
人間にとっての背骨がそうであるように、ウォーローダーも強靭な背部フレームによって全重量を支えているのである。
もし背部フレームに重大な損傷を受けたなら、どれほどの高性能をほこるウォーローダーであろうと、なすすべなく行動不能に陥る。
背部装甲ごとフレームを叩き割られたアーマイゼは、激しい
装甲表面に飛び散った青紫色の液体は、
耳障りな軋りを立ててアーマイゼのコクピットハッチが開いた。
ボディアーマーをまとった盗賊が必死にコクピットから身を乗り出している。もはや自力では立ち上がれなくなった愛機を捨てて脱出しようというのだ。
アゼトはカヴァレッタを回頭させると、いましがたブッチャーナイフを叩き込んだ箇所めがけて七・六二ミリ機銃を撃ち込む。
もともと易燃性の蓄電触媒は銃撃によってたやすく発火し、アーマイゼは一瞬のうちに爆炎に包まれる。
相手は多くの村々を襲い、みずからの欲望を満たすために無辜の人々を殺傷してきた盗賊だ。アゼトにはもとより情けをかけるつもりはない。
それに、
(シクロさんは――)
アーマイゼの吹き上げる黒煙に機体を隠しつつ、アゼトは対岸にシクロのカヴァレッタを探す。
あざやかな
やはり爆炎のなかに佇むカヴァレッタの両手には、刀身が半ばからくの字型に歪曲した奇妙な短剣が握られている。
遠い昔、グルカナイフあるいはククリナイフと呼ばれていた刃物をウォーローダー用に拡大したそれは、シクロが長年愛用している近接戦闘用兵器だ。
折れ曲がった刀身は単なるはったりではなく、相手に
無比の破壊力をもつ武器にシクロの技量が加われば、二機のアーマイゼを鎧袖一触に葬り去る程度は造作もないことだった。
シクロのカヴァレッタは手首のスナップで血払いをするや、両足のスクリューを全開。
タイヤや
と、
「アゼト、ボーッとしない!! 前座を片付けたら砲撃が来るよ!!」
はたして、シクロの忠告どおり、数秒と経たないうちに二機の座標めがけて無数の銃砲弾が飛来した。
射撃を停止していたスカラベウスがふたたび攻撃の口火を切ったのだ。
前衛のアーマイゼがすべて破壊されたいま、
機関砲と無反動砲から無数の銃砲弾が惜しげもなくばら撒かれていく。
戦果確認もそこそこに、アウトレンジから自軍の持てる全火力を投射して勝負を決しようというのだ。
とどめとばかりに放たれたのは、当世ではめったに手に入らない対戦車
着弾と同時に火球がぼっと膨れ上がり、真昼の空を夕暮れと見まがうほどにあかあかと染め上げていった。
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