CHAPTER 02:バウンティ・ハンターズ

 グラナト村という。

 東西交易路からほど近い湖のほとりにたたずむ集落である。

 最終戦争が終結したあと、支配者となったの命令によって大規模な集住を禁じられた人類は、各地に人口数千人ほどの小規模な共同体を形成していった。

 グラナトもそんな村々のひとつだった。

 湖から得られる漁業資源と、豊富な水を活かした灌漑農業の収穫によって、近隣でもとくに豊かな村として知られている。

 東西交易路を旅する冒険商人にとっては重要な拠点のひとつとして位置づけられ、その賑わいは年を追うごとにさかんになっていった。


 そんな村に災厄が降り掛かったのは、いまから半年ほど前のこと。

 十機ものウォーローダーが突如として村を襲撃し、手当たりしだいに略奪を働いたのである。

 獲物を探して各地を徘徊する盗賊団がグラナト村の豊かさに目をつけ、夜陰に乗じて強襲をかけたのだ。


 むろん、村人たちもこのような事態を想定していなかった訳ではない。

 村には中古のウォーローダーを装備する自警団が存在し、これまでも賊の襲撃を何度か退けた実績もある。

 自警団の血気盛んな若者たちは先を競ってウォーローダーに乗り込み、さらには農作業用のワークローダーまで動員して、ならず者どもの暴挙に果敢に立ち向かったのである。


 その結果はといえば、じつに無残なものだった。

 先陣を切って突っ込んだ村長の息子があっけなく殺されたのを皮切りに、自警団の若者たちは次々と血祭りにあげられていった。

 双方のウォーローダーの性能に絶対的な差があった訳ではない。

 にもかかわらず、自警団はのウォーローダーに手も足も出ずに敗れ去ったのだった。


 もはや抗う力を失った村人をあざわらうように、盗賊たちは欲望の赴くままに略奪と陵辱の限りを尽くした。

 去り際に村に火を放って行かなかったのは、べつに温情をかけたわけではない。

 一度目をつけた村落は、骨までしゃぶり尽くすのが盗賊の流儀だ。

 略奪を受けたとはいえ、いまだグラナト村には余力がある。村人たちは歯を食いしばって生活を再建し、かつての繁栄を取り戻そうと努力するだろう。

 それを何度か繰り返し、もはや村を再建する気力さえも失われたと判断したなら、すべてを焼き払ってべつの土地に移動するのである。


 はたして、復興が進んだ時期を見計らって、盗賊はふたたび村にやってきた。

 

 もはや戦闘は起こらなかった。最初の襲撃で抵抗する気力を奪われた村人たちは、自分とその家族に危害が及ばないことを祈りつつ、平身低頭して盗賊たちに貢物を差し出したのである。

 いつ終わるともしれない忍従に耐えかねた者たちが一戸また一戸と村を去っていったことは言うまでもない。


 村人たちの苦境に手を差し伸べる者はいない。

 このあたりの土地を支配するに助けを求めたところで、門前払いされるのが関の山だ。

 みずからを”万物の霊長”――至尊種ハイ・リネージュと称して憚らない彼らにとって、下賤な劣等種である人間がどうなろうと知ったことではない。

 たとえ自分の領民であろうと、温室に咲く薔薇一輪にも及ばない瑣末事にすぎないのである。

 

 シクロとアゼトがグラナト村を訪れたのは、最後の襲撃から一週間が経ったある日のことだった。

 たまたま立ち寄ったのではない。盗賊団から村を守ってくれるローディを探しているという話を聞きつけ、自分たちの腕を売り込みに来たのだ。

 シクロとアゼトを迎え入れた村長は、二人がまだ二十歳にもならない若者であることに鼻白みながら、それでも追い返すことはしなかった。

 敵は十機ものウォーローダーを擁する大盗賊団のうえに、一騎当千の手練まで擁しているのである。まともな神経のローディなら村の不幸に同情はしても、わざわざ分の悪い仕事を請け負う道理はない。

 選り好みをしていられる立場でないことは、ほかならぬ村長が誰よりもよく理解していた。


 商談に入るやいなや、シクロはろくに話も聞かずに村長に契約書を突き出した。

 

――盗賊一人につき五千モノ。あいつらのウォーローダーを壊したら追加で五千銭。しめて一人あたま一万銭。

――この場で即決してくれる? ご不満ならほかを当たってくれても構わないけど。


 村長が当惑したのも無理はない。

 盗賊団が十人、ウォーローダーも同数だと仮定すれば、報酬は少なくとも十万モノにのぼる。

 グラナト村の一年分の収入に匹敵する額だが、それも盗賊に襲われなければの話だ。

 このまま盗賊による略奪を許せば、来年には村は消滅しているにちがいない。

 どうせ滅びる運命であれば――。

 わずかな逡巡のあと、村長はほとんど捨て鉢になって契約書にサインをしたのだった。


***


 シクロが運んできた予備の燃料電池フューエルセルへの換装を終え、アゼトのカヴァレッタはふたたび十全の活力を取り戻した。

 取り外した燃料電池はむろん回収する。燃料電池のパッケージは再利用が可能であり、まだ半分以上も容量を残しているとなれば誘爆させてデコイとして用いることも出来るのだ。

 あらためて装備を確認したあと、二人は盗賊団のアジトがある地点をめざして移動を開始した。


「……以上が盗賊団の装備と配置図です。ちょっと聞いてます、シクロさん?」


 二機のカヴァレッタ・タイプを肩が触れ合うほどの距離で並走させながら、アゼトは通信機インカムを通してシクロに呼びかける。


「大丈夫、ちゃんと聞いてるってば。えーと……スカラベウス・タイプが八機、スカラベウス改が一機、それにアーマイゼが五機。ちょい待ち、さっきあたしが一匹仕留めたから、アーマイゼは四機か?」


 シクロの声にはまるで他人事のような響きがある。

 単独行動中のウォーローダーを片付ける程度であれば、彼女にとっては文字通り赤子の手をひねるようなものなのだ。


「それにしても、十機からずいぶん増えてるんじゃない?」

「盗賊団はいままで戦力を隠していたんですよ。敵もプロなら、手の内を明かさないのも当然です」

「まあいいか。数が多ければそのぶん報酬が増えるものね」


 あっけらかんと言って、シクロはからからと笑い声を上げる。

 ウォーローダーが十四機といえば、ざっと一個中隊に相当する戦力だ。当然、ローディも少なくとも同数はいる。

 軍隊であれば各種の支援車両や整備員も含めて人員はさらに膨れ上がるが、そうでなくとも盗賊団としては破格の規模である。

 凡百のローディなら尻に帆をかけて逃げ出すであろう大戦力も、シクロは臨時収入が増えたといった程度にしか認識していないらしい。


 と、アゼトのカヴァレッタがぐらりと揺れた。

 シクロが軽く肘打ちを繰り出したのだと気づいて、アゼトは通信機にむかって不満の声を漏らす。


「こんなときにふざけないでくれます?」

「んー、かわいい弟分の緊張をほぐしてあげようと思ってさあ」

「余計なお世話です。だいたい機体に傷が――」


 言いさして、アゼトはとっさにブレーキを踏んだ。

 シクロはそれより早く自分のカヴァレッタを停止させている。

 すばやく周囲に視線を走らせれば、つい先ほどまで平坦だった荒野はいつのまにかV字型にするどく切れ込んだ谷へと変わっている。

 どうやら涸れ沢ワジに入り込んだらしい。


「……来るよ、上だ!!」


 シクロがするどく叫んだのと、警戒ブザーがコクピット内に鳴り響いたのは、どちらが先立ったのか。

 二機のカヴァレッタは、両足のアルキメディアン・スクリューを回転させながら後方へ猛然とダッシュ。

 もうもうと立ち込めた土煙を切り裂いて火線が走ったのは次の刹那だった。

 スクリューが巻き上げた土煙が煙幕として奏功したのか、銃弾はどちらのカヴァレッタにも命中することなく、水の失せて久しい川床を抉っていった。


「シクロさんっ!」

「あたしのことなら心配いらない。目の前の敵に集中しなさい!!」


 アゼトは後退しつつ、センサーを上方に向ける。

 ディスプレイいっぱいに映じたのは、二機のカヴァレッタを見下ろすように涸れ沢の両岸に堵列したウォーローダーの群れだった。

 どの機体も逆光で黒く塗りつぶされているが、十四機いることはすぐに見て取れた。

 盗賊団の全戦力が一堂に会しているのだ。


 アゼトは操縦桿のセレクタースイッチを親指で弾き、カメラを高倍率モードに切り替える。

 頭部が胴体に埋没したずんぐりとしたフォルムが視界を埋めた。

 長くごつい両腕と、大型のアルキメディアン・スクリューを装備した短い両足の取り合わせは、さながら全金属製のゴリラといった風情がある。


 見まがうはずもない。つい先ほど盗賊たちのアジトで確認したスカラベウス・タイプだ。

 両腕に十二・七ミリ重機関砲を一丁ずつ装備し、背部には無反動砲の砲身も見える。

 パワーと耐久にすぐれ、それでいて素直な操縦特性をもつスカラベウスは、ルーキーからベテランまで多くのローディたちに愛用されている傑作ウォーローダーである。分厚い防弾装甲に鎧われたコクピットと、実戦における高い信頼性は、鈍重さという泣き所を補ってあまりある美点なのだ。


 ずらりと並んだ無骨なシルエットを目で追えば、そのなかにひときわ異彩を放つ機体が混じっていることに気づくのはたやすい。

 スカラベウス改。

 スカラベウス・タイプの基本構造コンポーネントを流用しながら、火力とセンサー性能をさらに強化した重砲撃型の派生機である。

 ただでさえ鈍重なスカラベウスに重武装を積み込んだことで、機動性はほとんど無いに等しい。ウォーローダーに分類されているものの、その実態は二本足の自走式トーチカと言うべきだろう。


 両岸に二機ずつ並んだ細身の機体は、アーマイゼ・タイプだ。

 スカラベウスに比べると火力は貧弱で、装甲も薄いが、そのぶん機動性には優れている。

 右腕にはカヴァレッタと同型の七・六二ミリ機銃を装備し、左腕には無骨な重山刀ヘヴィ・マチェットが溶接されている。ちょっとした子供の背丈ほどもある凶器は、ウォーローダー同士の接近戦において銃火器以上の威力を発揮する。

 本来手持ちの武装を装甲に直接溶接しているのは、戦闘中に取り落とさないための工夫であった。

 

(やっぱりこいつら、ただ者じゃない……)


 ふつう、盗賊団のウォーローダーといえば、それぞれの機体の得手不得手などお構いなしの寄せ集めと相場は決まっている。

 これだけの数のウォーローダーを揃えているだけでなく、重装甲型と汎用型をバランス良く組み合わせることで隙のない編成を実現しているのは、よほど部隊編成に通じた者が采配を振るっている証拠だ。


覗き野郎ピーピング・トムってのはてめえらか?」


 野太い声が頭上から降ってきた。

 機体に搭載された外部スピーカーで語りかけているのだ。

 カヴァレッタの集音センサーは、一番奥に陣取ったスカラベウス改を指し示している。

 声の主が盗賊団の頭目リーダーという可能性もあるが、予断は禁物だ。

 

「俺たちのヤサを覗き見するとはいいご趣味だ。そのうえ仲間も殺ってくれたとはな。くそ偵察機カヴァレッタめ、てめえらの本隊はどこにいる?」


 重い沈黙が一帯を領した。

 シクロとアゼト、盗賊団の面々も、じっと黙したまま時間だけが流れていく。

 実時間にして一分にも満たないわずかな時間。

 それが何時間にも引き伸ばされたように感じられるのは、両者のあいだに張り詰めた緊張ゆえだ。


「だんまりを決め込むつもりなら、このまま死んでもらうぜ。せいぜい面白い悲鳴を聞かせてくんな」


 甲高い駆動音が野卑な声を遮った。

 シクロのカヴァレッタがふいに盗賊たちのほうへ進み出たのだ。

 

「シクロさん、いったいなにを――」

 

 アゼトが通信機にむかって叫ぶより早く、ガス圧式のシリンダーが作動する軽妙な音が耳を打った。

 盗賊たちの視線を一身に浴びながら、カヴァレッタのコクピットハッチが勢いよく開け放たれていった。

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