第5話「愛憎の顔」

「獲物だ!!」


 空賊の飛行船「ジーテ」から身を乗り出し、声を上げた空賊仲間の座っている外部機関砲席、それと彼の身体との間に割り込むように。


「ありゃ、軍隊の高級官僚御用達の……」


 イワン、年配の空賊はその自身の身を太陽がぎらつく空へと押し出させる。


「何が、どんな獲物が入っているのか……!!」

「おいイワン、あれはやべぇよ……」

「何言っているんだ、上手く捌けば、しばらくは遊んで暮らせるぞ!!」

「相手は軍隊……!!」

「どのみち、俺達は軍に狙われている!!」


 そう叫びながら、イワンは空賊船ジーテの船長にと声をかけ小型艇、エアボートの発進許可を求めた。


「頭領は、反対するはずだがね……」

「金があれば、頭領だって黙らせられる!!」


 頭領、その名を聞くとイワンは。


――愛してるわ、あなた――


 いくら「商売」とはいえ、自分以外の男に色目を使った愛人イリーナの顔を思い浮かべさせられ、その顔を歪ませてしまう。


「船長、エアボートの発進許可を!!」

「……」

「よし!!」


 そのままイワンは船長の返事も待たず、エアボートが係留されているハンガーへと走り、自らへと宛がわれた一隻にと飛び乗る。


「野郎共、俺に続け!!」


 他のメンバーはそのイワンの言葉に対し。


「おい、イワン……」


 何かを言いたそうな素振りを見せていたが、その彼らの視線にも気がつかず。


 ゴゥ!!


 イワンは座席脇に置いてあるライフルを横目で見ながら、ハンガーからエアボートを発進させた。


「奴さん達も、エアボートを持っていたか……」


 前方に浮かぶ軍飛行船、そのターゲットからも小さな点のような物が発進されるのをその目で確かめたイワンは、自身のエアボートに固定されている機関砲の照準をその軍用エアボートにと定める。


 バゥ!!


 イワンが放った威嚇の機関砲により、敵機達の隊列がやや乱れた。


「軍の奴等、数は少ない!!」


 そのイワンの言葉通り、対象から発進されたエアボートの数は少なく思える。恐らくはイワンの船「ジーテ」の半数程だ。


「ならば、楽勝だぁ!!」


 後続がついてきているのかも考えず、その勢いにと任せたまま、敵機の群れへと飛び出していったイワンのエアボート。だが。


 ガァ、ン……!!


「な、何ィ!?」


 そのイワンの艇に向かって正確な狙いで放たれるライフル。その小銃はエアボートの外装を簡単に撃ち抜く。


「徹甲弾、は、早く支援を!!」


 だが、そのイワンの無線を通した呼び声に答える味方はいない。皆、イワンのエアボートの遥か後方にと控えている。


「てめえ達、何をしている!?」


 そう、イワンが叫んでいる隙にも、いよいよ敵本船からの砲撃、散弾による攻撃がイワンを襲い。


「ち、ちくしょう!!」


 再度の徹甲弾、その弾がエアボートのエンジン部分をかすめた事に恐怖を感じたイワンは、エアボートを翻して船「ジーテ」へと帰還する。


「イワン」


 無線、それの有効範囲へと入ったのか、ジーテ船長からの声がイワンのエアボートにと響く。


「根城へ帰るぞ」

「何をやっていたんでぇ!?」

「あんたにゃ、俺達は付いていけねぇよ……」

「金が空にうかんでんだよ!?」

「軍飛行船を相手にして、勝てると思ってんかよ!!」

「金が欲しいんだよ!!」

「俺達は命が惜しい!!」


 プッ……


 その叫び、それを最後に船長からの無線は途絶えた。


「……ちくしょう!!」

――愛してるわ、あなた――

「ちくしょう!!」


 またしても、そのイワンの頭に浮かぶのは愛人である、娼婦イリーナの媚びを浮かべた顔。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る