第4話「セカンド・ウイング」

「……でよ、その金ナマコを持っていた若造ってのがな」

「ハイハイ……」

「身の程知らずに、俺様へと突っかかってきたわけなんだが」


 酒の勢いもあってか、空賊であるイワンはややにオーバーアクションで、自らの愛人。


「船から蹴飛ばしてやったが、少しやり過ぎたか?」

「どうせなら、奴隷として売り払えばよかったのに」

「しかしな、すでに俺のライフルが奴さんの胸に当たっちまって……」


 娼婦イリーナへと、手柄話を続けている。


「どのみち、手遅れだったからな……」

「それはいいんだけどね、それよりも……」

「ああ……」


 また一つ、彼イワンは酒瓶にとその手を伸ばし、クスリと共に中身を一気に喉にと押し込む。


「頭領から、一番乗りとしてボーナスをくれたぜ」

「どうせ、はした金だろ?」

「いやいや、そんなことはない……」


 その時、何が起こったのかは分からないが、酒場の中でざわめきが起こった。


「もうすぐ、お前を貰い受ける事が出来るぜ……」

「期待しないで待っているよ、イワン」


 イリーナはそう言い残した後、酒場の奥にしつらえた「特別サービス」を謳う部屋へとその脚を運ぶ。


「また、これからあたしは仕事だ」

「もうじきだ、もう少し待ってくれ……」

「わかった、わかった……」


 その彼女の疲れたような声、その声を聞きながら、空賊イワンは。


「もうじき、お前を楽してやれるからなぁ……!!」


 安酒を注文しながら、彼女の後ろ姿を見送った。




――――――




「軍隊が俺達を襲うって?」

「ああ」

「本当ですかい、頭領?」

「俺がお前に嘘を言った事があるか、イワン?」

「そりゃ、何回かは?」

「あん?」

「いえ、何でもありません……」


 端整な顔から鋭い眼光を放つ頭領、彼の前でイワンは自身の心が落ち着いた事がない。


「ど、どうするので、頭領」

「軍艦に勝てると思うのか、お前は?」

「で、では……」

「ここを引き払う」

「そ、そんな!!」


 そのイワンの慌てたような声を、空賊の頭領はまたしてもその鋭い視線を向け、黙らせる。


「お前があの娼婦に、何故入れ込んでいるのかは解らないが」


 ワインを片手に、豪華な服装に身を包んだ頭領はイワンに反論する間を与えずに、言葉を続けた。


「女は遊ぶだけにしておけ、良いな?」

「……」

「返事は?」

「へ、へい……」




――――――




 己が乗る空賊船の点検を終えたイワンは、何気なく夜の空を見上げている。


――イリーナ――


 自分でも、なぜ彼女の事をそこまで「入れ込んで」いるのかはさっぱり解らないが、それでも。


「ハァ……」


 天にとため息をついても何も変わらない、そのまま彼イワンは空賊の根城へと帰ろうとしたが。


 ファサ……


「あ、願い竜……」


 虹色の翼を力強く羽ばたかせた、願い竜がイワンの視線を釘付けにする。


「ちくしょう、縁起でもねえ……」


 願い竜が縁起の悪い生き物だという噂は、民間の者も軍人も、そして空賊の間でも変わらない。


「イリーナの顔でも、拝んで……」


 その時、まさしくそのイリーナがイワンの近くへとその歩を進める姿、それを目にした空賊イワンは。


「イ、イリ……」


 しかし、その娼婦である彼女の隣に、自分が所属する空賊の頭領が並んでいる姿を目にし、慌てて物陰にと隠れる。


――また来てね、あなた――

――ああ、またなイリーナ――


 その言葉、耳を塞ぎたい衝動に駆られた彼イワンではあるが、どうしてもそれが出来ず。


「……」


 ただ、暗い物陰で実と身を潜めている。


――じゃあね、愛しい人――


 イリーナ、彼女が頭領にキスをしている間も、ただただじっと。


「……ちくしょう!!」


 頭領とイリーナが去っていった後、イワンはその物陰、酒樽を思いっきり蹴り飛ばした。

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