第162話

 仄暗い地下室。石の壁に囲まれ、数本の蝋燭だけが光源となっているそこで。

 怪盗ジュナス・アルカディアは囚われていた。


 腕は頭の上で縛られ、上半身の服を脱がされて、多くの裂傷を肌の上に作っている。


「お兄様、いい加減話したらどうですか? あなたの従者はどこに逃げたのか」


 車椅子に座った少女が、鞭を手に問いかける。ジュナスと同じ金髪を巻いてツインテールにしている彼女は、本人の言葉通りジュナスの妹だ。

 そして、たった今ジュナスを拷問にかけている張本人でもある。


「それさえ話してくだされば、我が家の徽章は差し上げます。晴れてお兄様もアルカディア家の当主。お兄様を迎え入れる準備は整っていますよ?」

「準備……?」


 ピクリと眉が動き、車椅子の少女を睨む。

 ジュナスはこの家の嫌われ者だ。それは自分でもよく理解している。物心ついた頃には母親なんていなくて、父親は自分のことを見向きもせず、親類一同からは冷たい目で見られて来た。

 唯一の例外は、狂気じみた愛情を向けてくるこの妹だけ。しかしジュナスにとってそれは愛情でもなんでもない、本当にただの狂気。不快でしかなかった。


 そんな妹が、そんな兄を、迎え入れる準備は整った、という。

 この妹をよく知る人物なら、自ずと答えは導けるだろう。


「殺したのか、全員……」

「はいっ。お兄様のことを悪く言うやつは、全て」


 無邪気な笑顔で、褒めてくれと言わんばかりに。

 この妹から向けられる愛情が不快でしかなかったとしても、この少女は血をわけた唯一の兄妹だ。そんな子が、人の命を奪った。己の肉親すらも。


 僅かに胸が痛む。そんな資格すら自分にはないのかもしれないけど。妹がここまで歪んでしまったのは、間違いなくこの家から逃げ出した自分の責任なのだから。


「残っているのはあのの女だけ。さあ、早くあいつの場所を教えてくださいな」


 アルカディア家の親類を皆殺しにして、その上ジュナスを当主に迎え入れ、徽章すらも渡す。

 そこまで分かれば、本来の目的も見えた。


「狙いは最初からルミだけってことか」

「当然です!」


 鞭が振るわれ、鋭い痛みが走る。

 一瞬で沸騰した車椅子の少女は、血走った目で何度もジュナスの体に鞭を打つ。


「あたしの! あたしのお兄様を奪った、あの女だけは! あらゆる苦しみを与えた上で殺す! 絶対に!」


 叫ぶたびに傷が増え、痛みがジュナスの意識を奪おうとする。しかし少女の側に立っていたメイドに水をかけられて、それすら許されない。傷口に沁みて、更なる痛みを生む。


「失礼、取り乱しました。ともあれ、あの女は、お兄様の大切な宝物は、あたしが頂きます。それまでお兄様は、当主になる覚悟でも決めてらしてください」

「……それは無理だよ」


 痛みを押し殺して、必死に強がりながら、ジュナスは口元に笑みを浮かべる。


 妹の願いは叶わない。お宝を奪うことはあっても、奪われるなんて。そんなこと、怪盗としての誇りが許さない。


 だから、手は打ってある。ルミを逃す直前に、大嫌いでいけ好かないクソ野郎を頼れと伝えたから。


 あいつなら、ルミを守ってくれる。

 なぜかは分からないが、そう信じることができる。


「仮にルミを見つけたとしても、たかだかアルカディア家の力じゃ、あの家族には勝てない。僕からお宝を奪おうなんて、百万年早いんだよ」

「まだ、ご自身の立場がお分かりになっていないようですね」


 再び鞭を振り上げた、その時だった。


「きゃあっ!」


 地下室を、屋敷全体を揺らす振動が襲い、妹が車椅子の手すりにしがみつく。振動が収まるとメイドが駆け寄るが、それを手で制した。


「襲撃者だぜ、お嬢様」


 そう言いながら地下室の扉が開かれ、現れたのは赤い髪を短めのウルフカットにした長身の女性。

 ルミを逃した後、ジュナスが戦った相手だ。見覚えのある体術を使う女性は、圧倒的な実力でジュナスを瞬く間に無力化した。


「分かっています、そんなことは! 結界はどうしたのですか⁉︎ あのお方にも手を貸していただき、更に強固なものとなっていたはずですよ!」

「さてな。魔術は門外漢なもんで、聞かれても困る」


 妹が雇った用心棒は、興味なさげに肩を竦めるだけ。


 内心で舌打ちした。この振動は間違いなく、誰かが結界へ攻撃を打ち込んだものだ。妹はこんな性格だが、魔術の腕は本物。作り出す結界は物理、魔術、概念の全てにおいて超硬度を誇る。


 そんな結界に攻撃を加え、ここまでの振動を引き起こす。あるいは、その結界自体を破壊してしまう。

 可能な人物は両手の指よりも多く心当たりがあるけど、この屋敷に来るとなるとかなり絞られる。


 ルミを匿ってもらうつもりだったのに、ちっとも思う通り動いてくれない。おまけに怪盗である自分を助けにくるだなんて。

 これだから嫌いなんだ、あいつは。



 ◆



 北ヨーロッパに位置する国、ノルウェー。

 このあたり一帯の国々は、北欧神話の舞台として有名だ。ゆえに、ここノルウェーやスウェーデンなど出身の魔術師は、ルーン魔術を得意とすることが多い。


 しかし織の目の前に広がる結界は、紛れもなく現代魔術の手によるもので。


「めっちゃ硬いな、これ」

「ねえ。もう私が斬っちゃった方が早くないかしら?」

「ダメですよ。さっきも説明したじゃないですか。相手はこの結界に絶対の自信を持ってるんですから、まずはそれを粉々に粉砕するんです。小細工は抜きにして、正攻法で」


 アルカディア家の屋敷があるという森の中。敷地全域に張られた超硬度の結界を前にして、織と愛美、ルミの三人は、どう破ってやろうかと思案していた。


 試しに織が砲撃を一発打ち込んでみたのだが、結界はびくともしない。

 ルミ曰く、これはジュナスの妹が張った結界で、物理、魔術、概念問わず、あらゆる外敵からアルカディア家を守って来たらしい。


 入ることも出ることもできない堅牢な要塞。なら二人がアルカディア家を出奔する時や、再びこの屋敷に戻り潜入する際はどうしていたのかと言うと。


「魔障EMPを使って、結界を消したんですよ」

「なら今回もそれ使おうぜ。それか俺の魔導収束」

「だからダメですって! 真正面から砕いて、私の愛の強さをマスターに知らしめてやらないとダメなんですから!」


 おい。なんか目的変わってないか。敵の自信を打ち砕くんじゃないのかよ。


 突っ込みたくなったが、わざわざ言うのも野暮だろう。

 なにせ事務所でのルミは、あんなに暗い顔をしていたのだ。それが今では一転して、元の明るさと馬鹿さを取り戻している。

 馬鹿なのは取り戻さなくて良かったけど。


「織の砲撃でも無理となると、魔術じゃ打ち破れないわね。ルミの異能は?」

「私でも無理です」


 光の速度による一撃でも砕けないとか、これ物理的にも無理なんじゃなかろうか。

 いよいよ搦め手を使うしかなくなってきたが、なるほど、と呟いた愛美が一歩前に出る。


「集え、理は流転し、道は反転する、疾く駆けしは我が脚、穿ち砕くは我が腕、裂き断つは我が剣、我は喰らい尽くす者、万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者」


 概念強化のフル詠唱。

 よほどのことがないと使わないそれを、織は久しぶりに聞いた。


 纏った濃密な魔力が景色を歪んで見せ、その中をさらに一歩踏み出す愛美。

 半身を向けて、透明な結界に手のひらを触れさせる。深く息を吸った。


「ふっ……!」


 吐き出すと同時に、腰を捻らせた。ガラスの割れるような音が響く。


 唖然とする織とルミの視界には、パラパラと砕けて散った結界の残滓が。


「こんなもんね」

「えっ、ちょっ、今のどうやったんですか! 触ってただけじゃないですか!」

「発勁って知ってる? それの応用みたいなもんよ」

「中国武術かよ……」


 愛美の使う亡裏の体術は、たしかにそこと通ずるものがあるけど。手のひら一つであの堅牢な結界を砕いてしまうとか、ちょっと意味がわからない。


 これ、人体に対して使ったらやばいことにならのでは……。

 想像してみたらあまりにもグロテスクな光景が過ったので、織は考えるのをやめた。


「規格外すぎる……私たちはこんな人と戦ってたんですか……」

「気づくの遅いぞ、ルミ。こいつから魔術と異能取り上げても、十分やばいからな」

「いいからさっさと行くわよ。素手で結界壊されたとあれば、相手もさすがに自信なくすでしょ」


 涼しい顔して足を進める愛美の後に続き、敷地内を堂々と歩く。

 道中で襲ってくるようなことはなかった。これだけでかいのだから、罠が張ってあったりゴーレムが襲ってきたりするものだと思っていたが。

 それだけあの結界に自信があったのだろう。相手が悪かったと言わざるを得ない。


 やがてたどり着いた先には、洋風の大きな屋敷が。ご立派な門をルミが思いっきり蹴破り、中へ侵入する。


 それなりに大きく硬そうな扉だったのだが、なんの強化もなしに蹴破れるルミの身体能力もおかしい。


 入ってすぐのだだっ広い玄関ホールには、見るからに高そうな壺やら幾何学模様のよくわからない装飾やらが飾ってあり、明らかに金持ちの屋敷だ。


 そして玄関ホールの奥、中央に伸びる階段よ上には、車椅子の少女がいた。

 歳の頃は織たちよりも少し下くらいか。幼さが多く残る容姿は、多分な可愛らしさを含んでいる。しかし浮かべる笑顔は大人びた、どこかアンバランスなもの。


「ようこそ、アルカディア家へ。現在当主代理を務めております、エリシア・アルカディアです。まさかそちらから来て頂けるとは、手間が省けました」


 少女の言葉は来客である織と愛美に向けられているのだが、その瞳はジッと、ルミだけを見据えていた。


 手間が省けた。そう言ったということは、あちら側としてもルミを放っておくつもりはなかったのだろう。

 見つめられたままのルミは決して臆することなく、同じ姓を持つ少女へ尋ねる。


「エリシア様。マスターはどこですか」

「あなたに教えるわけがないでしょう。この卑しい混ざり物が……!」


 一瞬にして、エリシアの瞳に憎悪が宿る。

 二人がどのような関係だったのかはある程度推察できるが、それよりも気になる単語が。


 混ざり物。

 魔術師の間では一般的に、人間と魔物の混血を指して使う言葉だ。


 この世界には人型の魔物が多く存在している。代表的な吸血鬼を始めとして、雪女や天狗、ドワーフやオーク、ゴブリンなど。それらのほとんどが、人間と交配可能なのだ。

 そうして生まれた子供を、魔術師は混ざり物と呼んで忌避していた。そこには魔物が絶対悪であるという固定観念があるから、かなり根が深い問題でもある。

 物扱いしているところからも、察するものがあるだろう。


 怪盗の片割れ、ルミ・アルカディアはそんな混ざり物、混血のひとりだと、エリシアは言った。


 思わずルミの方を見れば、彼女の長い金髪が魔力を帯びて煌めいている。

 その全身から溢れる力に、ギョッとした。

 ただの人間ではあり得ない。賢者の石所持者にも匹敵する魔力。

 更にその上、僅かな神氣すらも帯びている。


「そうですか……残念です、エリシア様」


 そんな魔力を出せるやつは、例えば誰がいた? 小鳥遊蒼を始めとした転生者や、キリの力を持つ緋桜。

 そして、吸血鬼との混血であるあの三人。


「できれば、平和的に解決したかった。私に色んなものを与えてくれたこの家から、奪うことはしたくなかった」


 腰の細剣に手をかけた怪盗の少女。

 その耳が、長く尖ったものへ変化する。

 いや、そちらが本来の正しい姿。変化したのではなく、元に戻っただけ。


 決定的だ。

 金の髪に尖った耳、そして神聖な魔力。

 これらの特徴を備えた魔物はおらずとも、半神なら存在している。


「それでも、あなたが私からマスターを奪うというなら。私は私の全てをかけて、あなたの全てを奪い尽くします。怪盗の誇りにかけて」


 半妖精ハーフエルフ

 それが、ルミ・アルカディアの正体。


 北欧神話で低位の豊穣神とされ、森の守護者とも言われるエルフと、人間の間に生まれた子供。

 混血は混血でも、ルミは特に希少な存在だった。


 床を蹴って跳躍したルミが、空中で軌道を変え一直線にエリシアへと突撃する。

 細剣の刺突と防護壁がぶつかり、激しい火花を散らした。


「お二人はマスターを探してください! 恐らく地下の拷問室にいると思います!」

「一人で大丈夫なのね?」

「当然です! 私はマスターへの愛で無限に力が湧いてきますから!」

「そんだけ馬鹿なこと言えてれば心配はいらないな」


 つい笑ってしまいながらも、地下室を探すために駆け出す。

 が、しかし。一歩目で愛美の足が止まった。なにかに気づいたように目を丸くして、振り返り様に右腕を振り抜く。


「……っ!」

「おっと、これに反応するか。さすが、垓の腕を斬り飛ばしただけはある」


 拳と拳がぶつかっただけで、衝撃が屋敷の中へ広がった。反撃の蹴りは刃のような鋭さを伴うが、容易く躱され足を掴まれる。

 しかしそこはさすがの愛美だ。なんとか抜け出して大きく退がり距離を取った。


 愛美の眼前に突如現れたのは、赤い髪をウルフカットにした長身の女性。どこかで見たことのある気がするが、その答えは考えずともわかった。


 容赦なく放たれる殺意に、その体術。

 愛美と全く同じそれらを持つ人間なんて、心当たりは一つしかない。


「あんた、亡裏の人間ね。なんでこんなところにいるのよ」

「ちょっとした野暮用があってね。そのついでに、そこのお嬢様に雇われてんのさ」


 協力を頼みに行く予定だった亡裏の人間が、まさか敵として現れるとは。

 彼女の登場で状況が一変してしまった。ルミ一人をここに残すわけにはいかない。とはいえ織が勝てるような相手ではなく、選択肢は自然と一つに絞られる。


「行きなさい、織。私はここで楽しんでるから」

「分かった、死ぬなよ。そんでから殺すなよ! 大事な協力者なんだからな!」

「死ぬつもりはないけど、うっかり殺しちゃうかもね」

「大事なっ! 協力者っ!」


 念を押してから愛美に背を向け、今度こそ屋敷の廊下へと駆け出した。



 ◆



 振動が鳴り止んだかと思えば、どうやら地上でドンパチ始まったらしい。

 上から感じる大きな魔力に、ジュナスはつい笑みを漏らしてしまう。


 なんだかんだで嬉しいのだ。

 ルミが、自分を救うために戻ってきてくれたことが。


 余計なものまでついてきてるようだが、そこはまあ目を瞑ろう。あの探偵は兎も角として、殺人姫がいるなら心強い。


「さて、そろそろ脱出の手筈でも考えるかな」


 未だ体の至る所が痛むけど、そうも言っていられない。従者が頑張っているのに、マスターたる自分がこんなところで呑気に捕まってるなんて。

 後でルミになにを要求されることやら。


 それに、気になることもある。

 たしかにエリシアの愛情は一種の狂気じみているし、昔からそうだった。

 けれど、あんなに酷かっただろうか。

 魔術の才能はずば抜けていた。感情のベクトルはいつもおかしな方へ向けられていた。しかし彼女はジュナスと違い、両親との仲は良好だったはずだ。

 父や母、屋敷に仕えるメイドや執事に、アルカディアの親類。全てから愛され、蝶よ花よと育てられた妹。


 そんな彼女が、アルカディアの親類全員を、両親すらも殺したなんて。

 俄かに信じがたい。

 だが、怪盗として培った直感が告げている。その言葉に嘘はないと。


「裏に誰かいるのはたしかだし、そうなると候補は限られてくるな……」


 呟きながら、体内に残っている僅かな魔力をかき集める。あの用心棒、亡裏の女性から受けた攻撃の仕業で、ジュナスは体内の波長や魔力の流れを完全に狂わされていた。

 だが、あれからそれなりに時間は経ったし、我ながら自信のある魔力操作の技術があれば、最小限の魔力でこの状況を脱することができる。


 正常に魔力が機能することを確認すると、両手首に嵌められた手錠に意識をやる。その手錠もひとつの魔導具であり、簡単に取り外せるものではない。


 だが舐めないでもらいたい。

 ジュナス・アルカディアは怪盗だ。これまで様々なお宝を盗む過程で、どんなに困難な金庫でも解錠してきた。

 いっそ楽しんでしまえるほどに。


 さて今回の鍵はどの程度のものか。場違いにも少しワクワクしながら、絞り出した魔力で鍵を作り出した、その時。


 乾いた銃声が、地下室に響いた。


 突然支えを失って地面に倒れるジュナス。手首に嵌められていた手錠は粉々に砕かれている。

 開錠の楽しみを奪った張本人を見上げ睨めば、やつは憎ったらしい笑みを浮かべていて。


「よお怪盗。ライバルなはずの探偵に助けられて、今どんな気持ちだ?」


 ハット帽を被り、最後に見た時とは違う銃を持った探偵。桐生織が、扉の前に立っていた。


「死んだ方がマシなくらい最悪に決まってるだろ、クソ探偵。僕の楽しみを奪いやがって」

「なんだ、監禁されるのが趣味なのか。そういうのはルミに頼めよ気持ち悪い」

「鍵穴を開錠するのが趣味なんだよ! 気持ち悪い勘違いするな! ていうか、ルミに頼んだらなにをされるか……」

「あー、うん。そうだな、悪い、前言撤回。ルミに頼むのだけはやめとけ」


 肩を抱いて身を震わせるジュナスに、さすがの織も同情したのか。珍しくこちらに謝罪してくる。

 こいつに謝られるとか、逆に気持ち悪いけど。


「それより、さっきなんて言った? ライバル? 僕とお前が? 馬鹿言うなよ探偵、僕の方がお前よりも強い。ライバルってのは対等な相手となるものだぜ」

「は? 俺の方が強いが?」

「なんならここで決着つけてやろうか? 今の僕だったら丁度いいハンデになるだろ」


 挑発するように言ってやれば、探偵は嫌々ながらも虚空から剣を取り出し、こちらに放り投げてきた。

 取り上げられていたジュナスの剣だ。道中で拾ってきたのだろう。


 ハンデはいらないとでも言いたいのかと思ったが、どうやらそう言うわけではないらしく。


「そうしたいのは山々なんだが、俺にも探偵の矜持ってもんがある。依頼人から受けたのは、お前の救出だ。ほれ、さっさとこんなとこ出るぞ」


 やはり、ルミはこいつに依頼したのか。

 そしてこいては、その依頼を優先すると。


 織のことはもちろん大嫌いだが、こういうところは好感が持てる。

 ジュナスが怪盗の誇りを大事にするように、織は織で探偵としての矜持を、依頼人を優先する、そういうところは。


 まあ、嫌いなことに変わりはないのだが。


「ついでだ探偵。ちょっと力を貸せ」

「あ? 怪盗のくせに返す気あんのか?」

「オーケー言い方を変えよう。お前の力を寄越せ。今回の一件、僕を捕まえてルミを排除しようとするエリシアのことだけどな。誰かが裏で糸を引いてる」

「根拠は?」

「怪盗の直感。不服か?」

「いや、この上なく信用できる」

「僕が言うのもなんだけど、簡単に信じるんだな。探偵のくせに、怪盗を」

「それこそ直感だよ、探偵のな。今はお前を信じるべきだって」


 互いにフッと笑い合い、拳と拳を突き合わせる。握手なんてのは柄じゃないし、そんな仲良しごっこはこいつとしたくないから。

 ただそれだけが停戦と協力の証だ。


「あとお前、なんかちょっと匂うぞ。てか普通に臭い」

「……」

「ちょっ、近寄んな! 臭いって言ってんだろ! あーもうそこでジッとしてろ匂いのついでに傷も全部治すから! あとなんか服着ろ!」

「服に関してはしょうがないだろ! 剣と一緒に没収されたんだよ!」

「……お前の周り、変態女しかいないのか?」

「同情するな! その目やめろ!」


 なんて馬鹿なやり取りを挟みつつ、同情した織に服も魔術で作ってもらい、二人揃って部屋を出た。

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