第163話

 エルフ。

 様々な神話で登場する彼女らだが、現代におけるエルフは基本的に、北欧神話のものに則しているといっていい。


 低位の豊穣神であり、森の守護者。

 まあ、現代社会に浸透したサブカルチャーなどで散見されるものと似たり寄ったりだ。ただし決定的に違う点があるとすれば、フィクションのエルフは人に寄り添う、あるいは好意的な種族であるのに対して、現実のエルフは決して人間に好意的な種族ではない、ということか。


 いや、好意的かどうか以前の問題だ。彼女らは基本的に、人間に対して無関心、不干渉を貫く。自分たちの領土である森を侵されない限りは。


 そんなエルフを現代において発見する事例は、極めて少ない。

 まずシンプルに見つけられないと言う理由がひとつと、見つけたとしても侵入者として殺され、発見者が戻ってこないというのが二つ目の理由。


 魔物ではなく、人とも遠く、低位とはいえ歴とした神。

 その魔力、身体能力は人間とは比べるべくもないほどに高く、森の加護から得られる力は彼女らを無敵の守護者たらしめる。

 その中でもさらに高位の存在、ハイエルフともなると、仮に吸血鬼を相手にしても赤子の手を捻るごとくあしらうし、本来ならハイエルフの持つ魔力だけで森の守護が務まるという話もあるほど。

 更には不老不死で何万年も生きてるだとか、本気を出せば国の二つや三つは滅ぼせるだとか、核爆発級の魔術が使えるだとか、森から出てきたら魔術世界の勢力図が書き換わるだとか、人類最強でも勝てないだとか。


 噂が噂を呼び、かえってその正体が曖昧模糊としたハイエルフ。


 半妖精ハーフエルフの怪盗、ルミ・アルカディアは、そんなハイエルフと人間の間に生まれた子だった。


世界を巡る極光の刃クラウソラス!」


 白銀の細剣が輝きを帯び、ルミの体が光となって一直線に突き進む。

 それを阻むのは堅牢な結界だ。車椅子の少女を守る透明の壁は光を阻み、反射させる。結果ルミは無理矢理に軌道を変えられ、細剣の切先は天井を穿つこととなった。


 天井に足をつけ、重力に逆らうように立ちながら、眼下の少女を睨む。


「厄介な結界術ですね……ルーンの強化も施されてるし……昔より束縛癖が酷くなってませんか? マスターは縛られることを嫌いますよ」

「黙りなさい! あなたなんかに、お兄様のなにが分かるというの!」

「少なくとも、エリシア様よりは知っているつもりです」


 怒りと憎悪に染まった狂気の瞳。ジュナスを想う心に嘘はないのだろうけど、その想い方があまりにもまちがっている。

 そもそも、彼への愛情なら負けるつもりはない。


「エリシア様は知らないですよね。マスターはお風呂に入る時体のどこから洗うのかとか、寝る時はいつもその日盗んだお宝を抱きながら寝るとか、足の付け根にほくろが二つ並んでるとか、そういうの!」

「あ、あなただって! お兄様が何歳まで何回おねしょしてたのかも知らないくせに!」


 やだマスターったらおねしょなんてしてたんですね。しばらくこのネタで弄れそうだし、あとで織さんにも教えてあげなきゃ。


 なんて考えている場合ではない。すぐ目の前まで魔力の矢が迫っていて、咄嗟にそこを離れる。込められた魔力がどれだけのものでも、光の速度に追いつけるわけがない。

 ましてや、狙いを定めているのは人間の目だ。いくらか魔術で動体視力を強化できたとしても無駄である。


 だが、ルミの方も迂闊に手が出せない。

 エリシアとはこの屋敷で何年か共に暮らしていた。ルミのことを嫌っているのは知っていたし、なんなら割と直接的に屋敷から排除されそうになったこともある。

 だからこちらの異能は知られている。その対処も万全。それがあの結界というわけだ。


 結界が鏡の役割を果たし、ルミの体を反射させる。あるいは、中へ招き入れて屈折させることもできるだろう。

 厄介なのは後者だ。屈折率を操作することで、その辺りは自在に変えられるはず。


 ルミの戦い方の根本には、当然のようにこの異能がある。クラウソラスにしたって、異能のお陰で完全に扱えているようなものだ。

 まずはあの結界をどうにかしなければならない。


 光速の中、加速した思考でいくつかの手を考えてみるが、方法は二つ。魔力量による正面突破のゴリ押しか、ハイエルフに与えられた特別な力を使うか。


 どのみち、攻撃の際に異能は使えない。

 屋敷の天井付近を飛び回り、愛美たちの頭上も飛び越え、大きく迂回してエリシアの側面に肉薄する。結界に当たる寸前のところで異能を解いた。


「なにも、知らないくせにッ……!」

「……っ」


 ギロリと。視線だけを向けたエリシアと、目が合う。背筋にゾワリと嫌な予感が走り、攻撃を中断。異能で離脱しようとすれば、背後の見えない壁にぶつかった。


「まさか、囲まれて……⁉︎」


 エリシアを守っていた結界は消えている。だがその代わり、今度はルミを覆うように透明の箱が展開されていた。


世界を斬り裂く極光の刃クラウソラス!」


 解き放たれるごとに力を増す宝剣。その二度目の解放は、やはり結界に反射されて反対側の透明な壁に背中から激突する。


 そもそも相性が悪い。仮にクラウソラスが斬撃系の技ならよかったが、生憎と突進力全振り。点の攻撃ではいくらやっても反射されるだけだ。


 肺から空気が吐き出される。蹲るルミの耳には、怨嗟の声が聞こえる。


「お兄様の孤独も、苦しみも! ただ拾われただけな混ざり物のあなたは、なにも理解していないくせにッ!」


 結界の内部で全方位に矢が現れる。逃げ場のない袋小路。その矢が放たれれば、ルミの腕を、足を、脳を、心臓を、全身を穿ち立派なハリネズミの出来上がりだ。


「聞き捨てなりませんね」


 それでも、半妖精ハーフエルフの少女は臆さない。同じだけの怒りを湛えて、無形の魔力が放出される。


 掻き消される矢。ヒビが入る結界。驚愕に目を開くエリシアは、ハイエルフの力を舐めていた。

 魔術師の間でまことしやかに囁かれる噂話は、そのどれもが真実であると、車椅子の少女はここに至って悟る。


 ハーフのルミでは本来のハイエルフに遠く及ばないかもしれないが。だとしても、ただの人間、ただの魔術師が敵うような魔力ではない。


「エリシア様。やっぱりあなたは、なにも分かってないです」

「このっ、この期に及んで……!」

「孤独の苦しみなんて、あの人にとってはどうでもいいものなんですよ。あの人は、私のマスターは、失うことを恐れているだけ。最初からなかったものに対して、感情なんて湧くわけがない」

「なっ……なかったって……」


 親からの愛情も、親類からの期待も、彼にとっては生まれた時から存在しなかった。

 ゆえの孤独。それはたしかにつらかったのだろう。逃げ出したかったのだろう。

 だからジュナスは、混ざり物として迫害されていたルミを拾った。従者として、唯一大切な家族として、半妖精ハーフエルフの彼女を受け入れた。


 それでも、ただ苦しいだけで済む。つらいと思うことはあれど、それだけ。一人が怖いと思うことも、親からの愛情が欲しいと思うこともなかった。


 けれど、一度手にした大切なものを失うことだけは、酷く恐れた。

 だから失わないために。あらゆる存在から、大切なものを守るために。

 ジュナス・アルカディアは、理想郷を追い求める。


「嘘、嘘よ……だってあたしは、お兄様を愛していた! 今も変わらず愛している! なにもなかったなんて、そんなわけがない!」


 叫びながら顔を掻きむしるエリシアは、完全に正気を失っている。

 こんな子じゃなかったのに。


 いや、同情はなしだ。この子はマスターに手を出した。なら打ち倒すべき敵でしかない。例え裏で誰かが糸を引いているのだとしても、ルミはエリシアとの戦いに負けるわけにはいかないのだから。


 細剣を上段に構える。結界攻略の糸口は見えた。ルミの全身が今まで以上に強く光り輝き、構えた宝剣に魔力が漲る。


「無駄、無駄よ! あなたの力では、その結界から出ることは叶わない!」

「さて、それはどうですかね」


 三度目以降の解放は、いくらハイエルフとの混血とはいえ負担が大きい。できれば使いたくなかったけど、出し惜しみもしていられない。


 この少女に、私の想いの強さを思い知らせてやるためにも。


世界を求める極光の刃クラウソラス!」


 閃光が瞬いた。あまりの眩しさに目を覆うエリシア。その耳に、ガラスの割れたような音が届く。

 回復しきっていない視界の中で、半妖精ハーフエルフの少女が離れた空中に飛んでいるのを、見つけた。


「そんな……どうして……!」

「反射は一方向にしか適応されないんですよね? なら途中で方向転換すればいいだけの話です」


 結界内部で二度目のクラウソラスを放った時、反射されたルミは同じ結界の反対側の壁にぶつかった。

 考えるまでもなくおかしな現象だ。結界の壁が鏡面の役割を果たしているなら、ルミが異能を解かない限り、内部で永遠に反射し続けることとなっていたはず。


 導き出される結論はひとつ。結界の壁は、一方向にしか反射を適応させられない。

 ならばぶつかる直前で方向を変え、正面ではなく後ろに向かって突進すればいい。結界を操作しているのは人間だ。光の速度には追いつけないし、閃光で目が眩んだなら尚更。


「褒めてあげますよ、エリシア様。私に四度目の解放をさせるのは、あなたが初めてです。それほどまでに強い愛情には、敬意を表します」

「くっ、破られたなら、もう一度っ!」

「でも残念。それでもやっぱり、マスターへの愛は私の方が強いんです!」


 エリシアが術式を構築し、再び同じ結界を作ろうとする。

 しかし遅い。この期に及んで、まだ理解していない。


「巡り、斬り裂き、求めた世界よ! 数多の探求、その果てに宿りし力をここに! 世界を照らして産声を上げろ!」


 速度というその一点については、何をどう足掻いても勝てないことを。


世界に遍く輝きの剣クラウソラスッッ!!!」


 結界の展開は間に合った。けれどそれだけだ。鏡面の適応が間に合わず、超硬度を持つだけの、ただの壁。


 すでに三度放たれた光の剣は、半妖精ハーフエルフの魔力は、怪盗少女の強い愛情は。

 どれだけ硬く高い壁に阻まれたとしても、その悉くを打ち砕く。


「どうして……」


 漏れ出た声は困惑に満ちたもの。

 エリシアの体には傷一つない。幼い少女の命など、容易く散らしてしまう一撃だったのに。

 その背後に立つルミは細剣を鞘に収め、その手に徽章を持っていた。


「言ったじゃないですか、あなたの全てを奪うって。今のエリシア様が持っているのは、この徽章だけ」

「違う、違う違う違う! あたしは、あたしには、お兄様への愛が!」

「それは、愛なんかじゃありませんよ」


 冷酷に切って捨てる。

 少女の存在そのものを否定するかのような言葉を、ルミは正面から突きつける。


「自分のことしか考えず、相手の気持ちも顧みないものを、愛とは呼びません。もしかしたら、昔のエリシア様だったら、本当にマスターのことを愛していたのかもしれませんけどね」


 自分を置いて、何処の馬の骨ともしれない混ざり物と共に、この家を出た愛する兄。

 怒りや悲しみ、さまざまな感情が複雑に混ざり合って、エリシアはそれを兄への愛情だと錯覚した。


 結局のところ、今のエリシアは自分を慰めているだけに過ぎない。

 出て行ったはずの兄を捕まえて、兄の邪魔をするようなやつらを全員殺して。そこまでするあたしは、まだお兄様のことを愛しているのだと。だから大丈夫だと。

 いつの間にか自己愛へと変貌していた。


 こんなにも強い愛情には、敬意を覚える。

 ただしその愛情は、エリシア本人が思っていたものと違った。


「だから、エリシア様が持っているお宝は、マスターとの繋がりは、もうこの徽章しかないんですよ」


 そしてその徽章さえ盗んでしまった今、怪盗アルカディアが、ジュナスがここにいる意味はなくなった。

 エリシアにとって全てで唯一の宝は、宣言通りルミに盗まれた。


 だけど、少し違う。

 いつものような、見知らぬどこぞの魔術師相手なら、あとはトンズラして終わりだったけれど。

 今回の標的は、どう変わってしまったところで、ジュナスの妹なのだから。


 愛するマスターならどうするのか、従者には手に取る様に分かる。


「だからエリシア様。私たちと一緒に来ませんか?」

「え?」


 差し出された手を見て、車椅子の少女は心底意味がわからないといった顔になる。

 当然だろう。今の今まで殺し合っていたのだ。ルミ本人だけではなく、ジュナスにすら酷い真似をした。


 そんなことはどうでもいい、などとは言わない。全てを水に流す気なんてない。

 エリシアの行いは、決して許すべきものではないから。

 それでも。妹が兄を想う心は、いつかの日にエリシアが抱いていたその愛情は、本物だったから。


 失くしてしまったそれを、取り戻すために。


「あたし……あたしは……」


 苦しむように、もがくように、差し出された光に、手を伸ばす。


 互いの指先が触れようとして、次の瞬間。


「……ッ、あっ、……ぅあ⁉︎」

「エリシア様⁉︎」


 エリシアの手が離れ、胸を押さえて苦しみ始めた。全身が痙攣して、ついには車椅子から落ちてしまう。床に倒れる前になんとか支えたが、何が起きてるのか全くわからない。わからないことには、魔術による治療も施せない。


「ン〜〜〜、いけませんねぇ。そんなハッピーエンドは、小生の好みではありません」

「退きなさいルミ!」


 癪に触る何者かの声と、聞き慣れた少女の声が耳に届いた。

 エリシアを抱えて異能で離脱し、入れ替わるように前に出たのは、二人の亡裏。

 相対するのは、少年の顔を愉快げに歪めたソロモンの悪魔。


 両側から迫る鋭い蹴りを容易く躱し、悪魔は笑みを深めて距離を取る。


「ようやく本命のお出ましね」

「お嬢様の方は、もうダメか」


 チラリとこちらを振り返る赤髪の女性。

 ダメなんてことはない。なにか、なにか救う手立てがあるはずだ。そう、ここには織も来てるのだから、幻想魔眼があれば。


「無駄、ですよぉ? その術式を解くことは絶対に出来ない。魂と深く繋げてありますからねぇ。無理に触ろうとすれば、わざわざ説明するまでもありませんよねぇ?」


 ソロモンの悪魔。

 序列七十一位のダンタリオン。

 話には聞いていたけど、これで七十一位なんて。冗談にしてはふざけすぎている。


 だって、その存在の質が違いすぎるから。帯びている魔力も、扱う魔術も。

 所詮は混血でしかないルミでは、遠く及ばない。本物のハイエルフでもないと、ソロモンの悪魔には敵わない。戦わずとも肌身に感じる。


 探偵は、殺人姫は、こんな相手と戦っていたのか。


「おに、いさま……」

「エリシア様!」


 腕の中からか細い声が聞こえた。まだ生きている。助けられる。でも、どうやって? 織はまだここに戻ってこない。ルミの力ではなにもできない。


 勝手に涙が溢れる。

 エリシアのことは、決してよく思っていなかったのに。この家から排除されそうにもなったし、この子からは嫌われていた。おまけにさっきまで殺し合いを演じていたのに。


 どうして、なんて。

 自問せずとも明らかだ。どれだけの仕打ちをされても、嫌われていても。この姓をもらった時から、ルミにとっては家族の一人だったから。

 なにより、同じ男性を愛したのだから。


「お兄様に……謝って、おいて……不出来な妹で、ごめんな、さい、と……」

「嫌です! 自分で謝ってください!」

「もう、あたしには……無理だから……」


 無形の衝撃に吹き飛ばされた。最後の力を振り絞って、ルミを助けるために。


 やがて少女の胸から、無数の触手が突き出した。内側から体を食い破り、瞬く間に全身が触手に包まれる。


「さあ、さあ、さあ!! 祝福しなさい、人間よ! 新たな生命、誕生の瞬間をッ!!」


 徐々に肥大化していく触手の塊は、イソギンチャクのような形へと変貌する。

 エリシア・アルカディアというひとりの少女を、その魂ごと新たな魔物へ変えた。


「そんな……エリシア様……こんなのって……」


 力が抜けてへたり込んでしまえば、触手が容赦なく迫ってくる。動けない。やられる。

 目を瞑ることしか出来ないルミの前に、二つの影が躍り出た。ダンタリオンの前から離れた愛美の刀と、赤髪の女性の拳が、触手を斬り裂き、あるいは弾き飛ばす。


「おいおい、ぼさっとすんなよ」

「立ちなさいルミ。あの子を助けるんでしょ?」

「おやおやぁ? 小生の相手はよろしいのですかな? 見たいものは見れましたし、そろそろお暇させていただきますがぁ?」


 ニタリと粘度のある気持ち悪い笑みで、老婆の顔をした悪魔が言う。


 愛美と亡裏の女性が共闘している理由は、ルミにも理解できる。

 そもそもルミたちはここに来る前、事前に織の未来視で悪魔の到来を予測していた。そして恐らく、亡裏の女性も本来の目的はこの悪魔なのだろう。


 だからこそ、手を打っていないわけがない。


「──は?」


 天井を突き破り落ちてきた一筋の光線が、悪魔の脳天を貫いた。

 瞬く間に再生してしまうが、しかしその表情は初めて見せる、苦しげなもの。


「この屋敷の周辺に、他の反応はありませんが……一体どこから……」

「考えてる暇なんてあるのかしら。逃げた方がいいんじゃないの? まあ、あの子から逃げられるなら、の話だけど」

「……まさか⁉︎」


 顔を上に向けた瞬間、再び降り注いだ光線がダンタリオンの頭を吹き飛ばす。


 姿が見えないスナイパーの位置は、上空遥か三万メートル。超高高度からの狙撃。


『どう母さん? 当たってる?』

「バッチリ百発百中よ」

『待機してた甲斐があったね』


 銀の炎で体を守っている朱音の、未来視と幻想魔眼、拒絶の力によるもの。


 再生したダンタリオンは忌々しげに空を睨み、三度落とされる狙撃に今度は体を貫かれていた。


「これは少々マズいですねぇ……!」


 悪魔は朱音に任せて大丈夫だろう。

 ならルミたちのやるべきことは、目の前のイソギンチャクを倒すこと。いや、エリシアを助けることだ。


 けれど未だに、どうすれば助けられるのか分からない。しかもルミは、四度に渡るクラウソラスの解放でかなり消耗している。反動が大きすぎた。

 そもそもこの宝剣の限界解放が四だ。いくら亡裏の二人といえど、相手を殺さず、中にいるエリシアを助けるとなれば骨が折れるはず。


 立ち上がって、ルミも戦わないと。

 エリシアを助けないと。


 細剣を杖代わりに、力を振り絞って立ち上がる。ハイエルフの血が励起して、見る見るうちに魔力が回復していく。


 剣を構え、変貌してしまったエリシアを見上げた、その時。


「おい、桐生織」

「なんだ、ジュナス・アルカディア」


 声が、聞こえた。

 彼の声が。愛するマスターの声が。


「追加の依頼だ。妹を助けたい、力を貸せ」

「寄越せ、じゃなくてか?」

「ああ。お代はいくらでも払う。前金ってことで、僕の誇りを乗せてもいい」

「怪盗としての、か……いいぜ、受けてやるよ。そいつを賭けられたんじゃ断れねえ」


 シルクハットの探偵と共に現れたのは、すでに鞘から剣を抜いた金髪の怪盗。

 私のマスター。ジュナス・アルカディア。


 ルミの側に立った彼は、激しい戦闘が起きていたことを悟ったのか。労うように、慈しむように、従者の頬に触れ、長い耳をソッと撫でる。

 少し擽ったくて、心地よい。


「よく頑張ったな、ルミ。来てくれてありがとう」

「えへへ……愛するマスターを助けるためなら、これくらいどうってことないです」

「お礼は後でたっぷりしてやる」

「今なんでもしてくれるって言いました⁉︎」

「言ってない。その長い耳は節穴か」


 頭にチョップされた。痛い。

 別にこんな時くらい、私のお願いを聞いてくれてもいいのに。まあでもマスターは押しに弱いところがあるから、なんだかんだで最終的に押し倒してしまえばこちらのものなんですけどねグヘヘ……。


「さて、と。行くぞ怪盗。お前らの家族を取り返しにな」

「なんでお前が仕切るんだよ、探偵。言われなくても分かってる。大切なものを盗まれたとあっちゃ、怪盗の名折れだしね」

「一生折れとけそんなもん」

「は?」

「あ?」

「あんたたちこんな時くらい仲良くしなさい!」


 ふん、と互いにそっぽを向いて得物を構える。愛美が仲裁しなかったら、多分一生口喧嘩してたかもしれない。


 織さんと子供っぽく言い争ってるマスターも素敵ですけど、多分三日で飽きますね。


「全く……子供じゃないんだから」

「まあまあ愛美さん。男の子はいつまで経っても少年のままなんですよ」

「おいルミ、それはちょっとバカにしてるだろ。ガキなのは探偵の方だからな。僕は立派な大人だ」

「そういうところがガキなんだよ怪盗」


 いがみ合いながらも、探偵と怪盗の四人が並び立つ。

 因縁のライバルが、一人の少女を助けるために手を組んだ。

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