第129話
あっという間に年が明けた。
三ヶ日も過ぎ去り、二月がそろそろ見えて来そうだ。
アリスがこの世界にやってきた当初のドタバタなんてどこへ行ったのやら、比較的平和な毎日が続いている。
そんな日常の中、変化がふたつ。
「よお蒼。これからお姫様とデートか?」
「今日も来たのか……」
アリスと二人で廊下を歩いていると、前方からここ最近で見慣れたシルクハットの男が歩いてきた。
桐生凪。
レコードレスという絶大な力を操り、未来のために己の命すら賭けた探偵。
しかしその一方で、やけに馴れ馴れしく距離感を詰めてくる面倒な歳上でもあった。
他の三人にも彼のことを紹介したが、凪はあのアダムに対しても物怖じせずグイグイ行くのだ。ルークとは変に気が合うみたいだし、龍ともなにやら魔導具の改造やらなんやらの話で盛り上がっていた。
「こんにちは、凪さん。デートじゃなくて、これから仕事です」
「ていうか、そっちこそ仕事はいいのか? 探偵だって言うなら依頼の一つでも受けたりするもんだろ」
「仕事はちゃんとしてるさ。ほれ、今日はこいつをお前に渡しに来た」
渡されたのは、A4サイズの紙数枚をホッチキスで止めた資料だ。軽く流し読みしてみたら、エルドラドに関する情報が纏められていた。
「蒼さん、わたしにも見せてください」
蒼の手を引いて資料に視線を落とすアリスは、真剣な目で眺めている。
これが、二つ目の変化。
あのイブの日から、アリスは蒼のことを名前で呼ぶようになった。それまではずっと、あなた、と呼ばれていたのに。
それがなんだという話ではあるが、葵にとってはその変化が嬉しい。
以前の呼び方もそれはそれで夫婦っぽくていいなとは思っていたのだけど、まあ実際にはそんな雰囲気微塵もなかったし。
アリス本人にはこんなとこ言えるはずもなく、内心を悟られるわけにもいかないので、蒼からの接し方はなにも変えていないが。
「これは、まずいですね……」
深刻そうな声が隣から聞こえ、蒼も思考を切り替える。
再び視線を落として資料をじっくり読み込めば、どうやら世界各地で魔術師が謎の少年に襲われる事例が多発しているらしい。
被害者は全員死亡。しかも死体は凄惨なありさまで、まるで何者かに捕食されたとしか思えない状態だという。
「エルドラドが、魔術師を食ってるのか?」
「力を取り戻す、いや、更に得るためだろうな」
魔物が人間を捕食するのは、この世界で当たり前のことだ。けれど、エルドラドはあの人間態のままで、魔術師を食った。
殺された側の魔術師が抱いた恐怖は、察してなお余りある。
「……この、特記事項っていうのは?」
資料を何枚か捲ると、太字で書かれている文字があった。
一度受けた魔術に耐性を得る。
蒼自身も見に覚えがある。流星一迅を使った時だ。あれはただ速くなるだけではなく、概念に干渉する魔術。対応できるはずのない速度だったはずなのに、エルドラドは容易く追いついてきた。
「書いてある通りだよ。被害者の一人が、奇跡的にその情報だけを本部に飛ばせてな。どういう原理かは知らないが、一度受けた魔術は二度と通用しない」
「多分、それがエルドラドの力……こちらの世界で言うところの異能なんだと思います」
「そっちの世界にもあるんだ」
「龍神か、それと同等の力を持ったドラゴンだけが」
つまりエルドラドは、かつて異世界の戦争を終わらせた伝説のドラゴンと同じだけの力を持っている。
いや、よくよく考えればおかしなことでもないのか。だからこそ、その討伐に龍神を宿すアリスが選ばれ、結果この世界に来てしまっているのだから。
「例えば、わたしが宿す龍神、ニライカナイは水を司る龍神です。転じて、流れというものを自在に操ります。それがニライカナイの異能です」
「でもアリスの使う魔術って、氷系統ばかりだよね?」
「そこはわたし自身の影響ですね。わたしはどうも、流れを止めるということに特化しているようなので」
なるほど、それで水が凍った氷なのか。
オーバーロードと呼ばれる力を使った時、アリスの腕は白い鱗に包まれていた。水のイメージ的には青だが、そこも宿主であるアリスの影響を強く受けているのだろう。
「当然他の龍神も、それぞれで特殊な力を持っています。けれどそれ以外のドラゴンは、一般的に魔導を扱うだけ。異能のような力を持つドラゴンは、本当に限られた個体なんです」
悔いるような声。
仲間を殺された、と言っていた。きっとエルドラドのこの力を知らず戦ったのだろう。
もっと早く知っていれば、そんな後悔に苛まされてもおかしくない。
アリスには、そんな思いをして欲しくなかった。
無知による仲間の死。後悔して当然だ。
でも、それを抱えたままで生きるのは、とてもつらい。
転生者と同じようにはなって欲しくない。
この少女には、前を、未来を見ていて欲しい。まだそれが出来そうにもない、自分の代わりに。
白い頭にポンと手を乗せる。見上げてくるアリスに優しく微笑みかけてから、蒼は口を開いた。
「とりあえず、全員集めて今の話を共有しようか。どうせ本部もそろそろ手を打つ頃だろう。僕たちも準備を始めないとね」
◆
いつものメンバーに声をかけ、集まったのは学院長室。
アダム、龍、ルークの三人と、この部屋の主である学院長の南雲。久井にも声をかけたのだが、ダルいとかで不参加。凪は別の仲間に話を通してくると言って、どこかへ行ってしまった。
そしてこの中に、明らかな異分子が一人。
「どうして魔女様がここにいるのかな?」
「本部からの出向。あなたたちを助けてくれってお偉方に言われたから、わざわざ日本に戻ってきてあげたの」
「僕たちだけじゃ頼りないと?」
「直接言わなきゃ分からない?」
年が明ける前。アリスがこの世界に来て一週間ほどが経った時に、一度ことを構えた最強の少女。
魔女と呼ばれ畏怖される彼女は、蔑んだ目で蒼を睨み、口元には嘲笑を浮かべていた。
「まあまあ、落ち着きましょう蒼さん」
「アリスさんの言う通りだよ、小鳥遊君。たしかに一度は君たちと敵対したかもしれないけど、今は頼れる味方なんだ」
アリスと南雲に宥められ、せめてとばかりに露骨な舌打ちをひとつしておく。魔女は意にも介さなかったが。
苛立ちを必死に抑えながら、蒼は凪との話の一部始終を全員に伝えた。
魔術師の被害にエルドラドの能力。
魔女がこの場にいるということは、当然彼女にも本部からその話が伝わってるだろう。それは南雲も恐らく。
ただし、凪の名前は一切出さなかった。
先程の別れ際、彼に念押しされたのだ。魔女の前では自分の名前を出すなと。
理由を尋ねれば、十六年後のためだ、の一言。それを言われてしまえば、蒼もアリスも従うしかなくなる。
「耐性を得るとは厄介だな。馬鹿の流星まで見破られたんなら、相当骨が折れるぞ」
「効果範囲もイマイチ分からないままだしね。魔術だけなのか、実は異能にも適用されるのか。それに、高レベルな再生能力も持ってる。首を斬り落としても死ななかったんだからね」
やつの能力が魔術に、延いては魔力にしか適応されないというなら、やりようはいくらでもある。
転生者の炎に、アダムの破壊能力。
しかし、もしもその適応範囲が異能に、もっと言えば位相の力にまで及んだ場合。完全に打つ手はなくなる。
「なにも俺みたいに、完全防御ってわけじゃないんだろ。だったら一撃で倒しゃいい」
「あるいは、違う魔術を打ち込んでいくかだね。耐性を持たれたものは使わず、新しい魔術だけを」
龍とルークの案が、現状で考えられる限りのものか。
一撃で倒すのは難しいにしても、同じ魔術、異能を使わないというのはなんとか可能だ。なにせ自分たちは転生者。今まで辿ってきた生の数だけ魔術を修めている。
だが問題はこれだけじゃない。
「その子、使い物になるの?」
何気なく発した魔女の言葉は、異世界から来た龍の巫女に対するもの。図星を突かれたからか、アリスは黙って俯いてしまった。
蒼が依頼に向かう時、アリスは毎回ついてくる。その時は問題なく一緒に戦えていた。少しずつではあるが、力はたしかに戻ってきているのだ。
それでも、まだ完全に戻ったわけではない。アリス本人からもそのようなことは言われていないし、龍神とやらの力も限定的に使えているだけだ。
「わたし個人の話なら、魔力自体はこの世界に完全に馴染んでいます。魔術行使に支障はありません」
アリスの使う魔力、術式は異世界のものだ。魔導収束がキッカケとなり、彼女が持つ本来の魔力も自在に使えるようになった。
しかし、それだけ。魔術を使えるだけじゃあの黒龍には勝てない。
「でも、わたしに宿った龍神様は、なぜか眠りについたままなんです……この世界に来てから、そのカケラ程度しか力を使えていません。わたしもこんなこと初めてで……」
不安げに揺れる声。
今まで日常的に使えていた力が使えなくなれば。蒼にとって、転生者の炎が使えなくなったら。不安に決まってる。怖いに決まってる。アリスはこの世界に来てから、それをずっと押し殺していた。
「まあ、最悪アリスの力は必要ないさ。なにせこっちは、これだけのメンツが集まってるしね」
かける言葉が見つからないから、蒼はいつも通り戯けた調子で軽口を叩く。
気を遣われたことにアリスも気づいたのだろう。すぐに頬を膨らませて不機嫌を露わにした。
「なに言ってるんですか、この前は一人じゃエルドラドに負けそうだったくせに」
「だから今度は、みんなで挑むんだよ」
頼もしい三人の仲間を眺める。ついでに視界に映った魔女も。
彼らがいれば、誰が相手でも負ける気がしない。たしかに以前は魔女相手に不覚を取ったが、今度はその魔女も味方だ。
そもそもあれは負けてない。実際先に撤退したのは魔女の方だし。
「それに、僕個人としても策があるからね」
「策、ですか」
「うん。そのために、しばらく日本を離れなきゃダメなんだ」
「……おい、待て馬鹿。お前まさか」
なにかを察したアダムが声を上げる。
恐らく、彼が察した通りのものだ。理解できたのはアダムだけでなく、龍とルークも遅れて。
「その間、アリスのことはボクたちに任せるって? いつ帰ってこれるかも分からないくせに」
「出来る限り早く帰ってくる。時間がないのは分かってるからね」
「そういう問題じゃないだろ。二度目は毒にしかならない、そう言ったのはお前だぞ、蒼。代償だって、今度はなにを払わされるかわかんねえだろ」
「いけるとこまで値切らせるさ」
ただ一人、話についてこれないアリスだけが、すぐ隣で心配そうに見上げてくる。
「待ってください、どこに行くんですか? もし危険なことをしに行くなら、わたしもついて行きます。あなたひとりだと危なっかしくて心配が尽きません」
「おや、心配してくれるのか。それは嬉しいね」
「茶化さないでください! みなさんがここまで言うからには、よほどのことがあるんでしょう⁉︎」
そんなことはない。ただ、泉の水を飲みに行くだけ。
危険かどうかも、そこの番人をしているあいつ次第だ。まあ、十中八九戦闘にはなるだろうから、危険といえば危険なのだけど。
「安心してくれ、僕は絶対帰ってくるし、エルドラドとの戦いにも間に合わせる。じゃあルーク、アリスのことを頼んだよ」
「蒼さん!」
叫ぶ少女に後ろ髪を引かれるけど、それを振り払って転移した。
学院長室から一気に移動した先は、大きな泉の前。
泉の底からは巨大な木の根が、空高くどこまでも伸びていた。
ここは現実世界にあらず。限られたものだけが行き来できる、一種の概念的空間。
普段蒼たちが暮らしている現実とは表裏一体。歴史に淘汰されたものたちが辿り着く終着点。
ここはそのひとつ。
世界樹ユグドラシルの根の先にある、ミーミルの泉。
「来られましたか、オーディン。いや、小鳥遊蒼と呼んだほうよろしいですかな?」
「どちらでもお好きな方で、ミーミル」
泉の所持者。主神オーディンの伯父と言われた賢人ミーミルその人が、蒼の前に立ち塞がった。
「君は相変わらずこんなところにずっといるみたいだけど、暇で死にたくならないのかい?」
「なりませぬよ、あなたとは違うのです。して、要件の方は? 久方ぶりに相談を持ち込んできたわけではありますまい」
「泉の水を飲みにきた」
「お断りします」
即答。
そこからの動きは一瞬だった。
蒼が手元に刀を取り出し、斬りかかるよりも前に刀は砕ける。同時に足が縫い付けられたように動かなくなるが、魔力を放出して無理矢理束縛から抜け出した。代わりに出現させるのは、主神の槍。全力で投擲しても、防護壁に阻まれてしまう。
「相変わらず血の気が多い方だ」
「素直によこしてくれれば、戦うこともないんだけどね」
「あなたとて分かっておられるでしょう。水を飲めば代償を求められる。私はそれを止めているだけです」
「生憎そこに拘泥する暇はなくてね」
防護壁に突き刺さった槍が、ひとりでに蒼のもとへ戻る。
しかしソウルチェンジは使わない。ここには、小鳥遊蒼として来た。水を飲み力を得るのも、今の自分としてだ。オーディンとしてではない。
「悪いけど、押し通らせてもらう」
「ならばそれを阻みましょう」
人知れず。神話の戦いが、幕を開けた。
◆
「なんか蒼、最近ちょっと変わったよね」
龍とルークの二人と共に学院長室を出たアリスは、学院の食堂で少し遅めの昼食にありついていた。
元々今日は、蒼と依頼に向かう予定だったのだ。依頼先の街で適当に済まそうと思っていたから、今の今までお預けを食らっていた。
別にアリスは大食い腹ペコキャラというわけではないけれど、それでも普通にお腹は空く。
金髪ポニテがそんなことを言い出したのは、最近慣れて来た箸を上手に使いながらきつねうどんをちゅるちゅる啜ってる時だった。
「変わった、ですか?」
「うん。年が明ける前くらいからかな。なんか、スッキリした顔してる」
「変わったと言えばアリスもだろ。いつの間にか、あいつのこと名前で呼んでじゃねえか」
龍からもそう言われて、思い至った。
きっとキッカケは、クリスマスイブの日。エルドラドと遭遇し、桐生凪と協力関係を結んだ、その後のことだ。
自分史上最大の号泣を思い出してしまい、アリスの頬は俄かに熱を持ち始める。
しかしルークは、どうやらその赤面を違う意味に受け取ったらしく。
「あ、なになに、やっぱりアリスとなにかあったの? 年明け前ってことは、クリスマスになにかあった? 聖なる夜じゃなくて性なる夜をしっぽりねっとり楽しんじゃった?」
「そそそそんなわけことあるわけじゃないですかっ!」
とんでもないことを言われ、慌てて否定する。声も裏返ってしまった。
自分とあの人がなんて、そんなことあるわけない。
そもそもあの人はいつも軽口ばかりで全然本気じゃなさそうだし、自分のことをそう言う対象とは見ていなさそうだし。
って、これじゃあわたしが蒼さんを意識してるみたいじゃないですか……。
自分の思考に内心でため息を溢して、アリスはうどんを食べ終えた。
「別に、ただちょっとお話をしただけですよ」
「どんな?」
「……昔のあの人について」
それだけで具体的なところを察したのか、ルークも龍も驚いたように目を瞠っていた。
転生者が自身の過去を話す。
それはあまりにも重く、つらいことだった。聞いてしまったことを後悔したほどに。
それでも今のアリスは、聞けてよかったとも思える。
あの人の、その根底にある強さや優しさの理由を知れたから。
「なるほどねぇ……あの蒼がねぇ……」
「俺らにも話したことないくせにな」
しみじみと、優しい笑顔で呟く二人。
アリスが思っている以上に、この二人は蒼と強い絆で結ばれているのだろう。
互いが互いを大切に思う仲間。いつかの昔からずっと。
「蒼はさ、感情を隠すのが上手だから。ボクたちにはなにも言ってくれないし、ボクたちから聞いたこともなかったんだよ」
「そうだったんですか……」
「それでも話したってことは、アリスのことを随分気に入ってるんだろうな」
「案外本気で惚れてたりしてね」
でも、そんな素ぶりは微塵も見せない。
いやルークが今言ったように、感情を隠すのが上手だというのなら、可能性は無きにしもあらずだったりするかもしれないけど。
「ボクや龍みたいなのは、別に過去がどうとかってあまり重く捉えてないんだ。こうなった原因、抱えた後悔ってやつに由来するんだけどね」
徐に手元で白い炎を出現させたルークは、それにウサギの形を与えてテーブルの上に歩かせる。
そんな細かい芸当も出来るのか。
「ボクの場合、真っ白な自分が嫌だったんだよ。昔はずっと、塔の中に幽閉されてたからさ。話し相手は窓から入ってくる小鳥か、門番の男の子だけ。それが嫌で、外の世界に出たくて。自分は何者でもない、色んな自分になってみたいって、そう強く思いながら殺された」
「そいつをどうにか守ろうと、助けようとして、でも守れなかったのが俺だ」
だからこそ、変幻の白と守護の紅。
剣崎龍とルージュ・クラウン。この二人は、転生者であり続けることこそが、後悔を果たすことになるのだ。
「だからいつも、龍とは同じ時代に転生した。たまに蒼もいたりしてね」
「ケルトの時はビビったぞ。こいつは太陽神様で蒼はその息子、俺はそこらへんに転がってる人間の女でしかなかったからな」
「当然探し出して娶ったけどね」
「それで生まれたのがあいつなんだから、今考えると笑える話だけどな」
懐かしむように笑って話す二人だが、それは果たして笑える話なのだろうか……? アリスは訝しんだ。
いや、転生者が普通の人間と価値観を異にしていても、なんらおかしな話ではないのだけど。しかしその辺り一般的な感性を持つアリスとしてはどう言った反応が正しいのか分からず、曖昧に笑みを浮かべるだけだ。
「でも、素敵ですね。何度生まれ変わっても巡り会って、必ず結ばれる。まるでお伽話みたいです」
「実際俺たちはお伽話になってるわけだしな」
「アーサー王物語とか、あれ面白いよ? もう人間関係ドロドロでどこの昼ドラだよって感じだもん」
「あれ、改変に悪意ありすぎるよな」
「そうそう。当時のボク、グィネヴィアって名前でアーサー王だった龍の奥さんだったんだけどさ、なんか不倫してたことにされてんの。ボクはずっと龍一筋だってのに、酷い話でしょ」
だから、笑い話にできないんですよ。
不倫が云々は王族に付き纏う嫌な噂代表みたいなものだ。それは一国の王女であるアリスもよく知ってるし、父と母が頭を悩ませていたのを見たこともある。
あながち他人事じゃないから、やっぱり苦い笑みしか出ない。
その後もルークと龍から、色んな昔話を聞いた。
壮大な冒険譚から陰謀渦巻く政略戦争まで、およそ人生の酸いも甘いも全てを経験してる二人は、それでも楽しそうに話すのだ。
ずっと二人で一緒にいたから。
どんな時でも、隣には互いの存在があったから。
それはとても素敵なことだと、心の底から思う。一種の理想のようだとも。
いつかはアリスだって、そんな相手と巡り会いたい。生まれ変わっても結ばれたいと思えるほどの相手と。そう思ってくれる男性と。
「今、蒼のこと考えてたでしょ」
「え、はい?」
意地悪な笑みを浮かべたルークから突然言われて、アリスは困惑する。
別にあの人のことを考えていたわけではないし、あの人とはルークが邪推するような仲じゃないのだけど。
「間違いないね。今のアリスは、恋する乙女の顔だった。ボクが言うなら間違いない」
「恋する乙女って……」
だから絶対そんなことはあり得ないのだと、否定の言葉はなぜか出なかった。
代わりに頭の中では、何故か蒼の顔が浮かぶ始末。
いやいや、これはルークさんに言われたからであって、別にわたしが意識してるとかそんなのじゃないですから。本当ですから。
誰に対してかも分からない言い訳を脳内で並べて、でもなぜか、蒼の顔は頭の中から消えなかった。
ので、とりあえず脳内だけでもあのいけ好かない顔を殴っておいた。
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