桐生朱音の大冒険

第111話

「と言うわけで、出灰翠ちゃんです! みんな、仲良くしてあげてくださいね!」

「よろしくお願いします」


 ペコリ、と。丁寧なお辞儀をしたのは、灰色の髪を肩口のあたりで切り揃え、真紅の瞳を持った少女。なぜか黒のゴスロリ服に身を包んだ、出灰翠だ。


 場所は学院の風紀委員会室。パチパチパチ、と疎らに拍手があがり、翠は所在なさげにソワソワとしている。

 可愛いなぁー、とニコニコ笑顔で内心でめちゃくちゃ翠を愛でる葵に、カゲロウがシラっとした視線を向ける。


「構い過ぎて嫌われても知らねぇぞ」

「そんなことないですー! ね、翠ちゃん。私のこと嫌いにならないよね?」

「はい。姉さんはわたしの恩人ですから。嫌うなんてあり得ません」

「もう、お姉ちゃんって呼んでって、昨日も言ったでしょ!」


 早速変な呼ばせ方させようとしてるし。

 思わずため息を漏らしてしまうカゲロウ。その隣では、蓮が苦笑いを浮かべていた。


「ていうか、なんでゴスロリ?」

「私が選んだんだ。翠ちゃんに似合ってるでしょ」

「葵さんの趣味ですか……」

「なら納得ね」

「ちょっと! どういうことですかそれ!」


 うんうん、と頷く母娘に、葵が噛み付く。キャイキャイ煩い気もするが、これも平和な証拠だろう。

 それにしたって、ゴスロリはどうかと思うが。兄が兄なら、妹も妹ということか。


 我慢できずに二度目のため息を漏らせば、傍に人の立つ気配。誰かと思いそちらを見やれば、翠が無感動な瞳でカゲロウを見つめていた。


「どうした?」

「カゲロウ。あなたのことも、兄と呼ぶべきなのでしょうか」

「は?」


 突然の質問に、半ば思考が停止する。

 いや、まあ、たしかに。葵が姉なら、カゲロウは長男ということになるが。それにしたっていきなりだ。

 そして真っ先に答えたのは、なぜかその姉と呼ばせてる少女で。


「翠ちゃん、そんなの兄扱いしなくてもいいよ」

「おうチビ喧嘩売ってんのかお前。そんなのってなんだよ」

「まあ、カゲロウはお兄ちゃんって柄じゃないよな」

「蓮、お前まで何言ってやがる。オレがどんだけ頼りになる男か、お前が一番知ってんだろ」

「ぷふー、頼りになるだって。無駄に歳重ねてるだけなのに?」

「その喧嘩買ってやるから表出やがれ!」

「そういうところだと思うんだよなぁ……」

「やめてあげなさい織。言ってあげないのが優しさってものよ」


 それも聞こえてるからな馬鹿夫婦。

 なんだかんだとありつつも、風紀委員は今日も平和だ。



 ◆



 風紀委員会室での馬鹿騒ぎから抜け出してきた朱音は、あのメンバーの中で唯一教師という立場だ。ゆえに仕事が残っており、今日も講義室で魔術の授業。


 とは言え、日本支部の生徒はみんな優秀だ。朱音は二年生を中心に、元素魔術を中心とした応用技術を教えているが、もう殆ど教えることがない。

 あとは実戦で試すのみ、というレベルまで来ている。その段階になれば自分ではなく、剣崎龍やルークの仕事だ。


 朱音が実戦を教えないのは、ひとえに手加減というものが苦手だからである。

 いつもいつでも全力全開。

 そもそも、そうしないと生きていけない世界だったから。


 その辺り、龍やルークを始めとした転生者は、やはりさすがと言うべきだろう。彼らは経験豊富であり、真の実力者であるが故に、相手の実力に合わせることができる。

 朱音も同じ転生者とはいえ、かなり特殊な例だ。経験という点から見ると、他の転生者に劣ってしまう。


 さて。本日の講義も無事に終え、講義室から出ようとした時だった。

 部屋の最後尾にある席、そこにまだ残っている生徒が二人。片方は見覚えのある顔だが、もう片方は知らない、というか制服を着ていないから、生徒ですらないかも。


「晴樹さん、どうかしましたか?」

「おう、朱音。お疲れさん」


 見覚えのある方は、両親の友人である安倍晴樹だ。あの二人がまだイギリスにいた頃、朱音は彼にもお世話になっていた。

 面倒見のいい関西弁の少年の隣には、朱音と同い年くらいの少女が。


「お前に紹介したいやつがおってな。桐生からなんも聞いとらんか?」

「特に聞いてませんが」


 あいつはほんまに……と呆れた様子で頭を掻く晴樹。今日は翠の紹介とかもあったし、それで忘れていたのだろう。

 報連相くらいちゃんとして欲しいと思うが、織のそういうミスにはもう慣れた朱音である。


 果たして晴樹が紹介したいという人物、隣にいた少女は、一歩前に出て、綺麗にお辞儀をひとつしてきた。


「初めまして、晴樹お兄様の従姉妹で婚約者の、土御門明子と申します。桐生朱音さんですわね。お兄様からお話は伺っております」

「はあ、よろしくお願いします」


 上品な笑顔を向けられ、朱音もつられてお辞儀をしてしまう。

 しかし、婚約者、ときたか。しかも従姉妹で。魔術師の家系でそう言ったことがあるのは、朱音も話には聞いている。血を絶やさないよう、近親婚を何世代も続ける家は割とあるらしいのだけど。

 それにしても……。


「晴樹さんって、ロリコンだったんですか……?」

「ちゃうわ!」

「冗談ですが」

「親子揃ってお前らは……」

「似た者親子ですので」


 似た者、というところを強調して、えっへんと胸を張る朱音。晴樹からすればなんの自慢にもなっていないのだが、朱音にとってはそれがなによりの自慢であり、ある種誇りのようなものである。


「それで、明子さんはどうしてこちらに? というか今の講義、二年生向けのやつなのですが」

「講義聞いとったんはついでや」

「わたくし、再来年にこの日本支部に入りますの。ですからお兄様に案内をお願いしていましたのよ」

「そうだったんですか。ということは、私と同い年ですね」


 再来年に入学ということは、今は十四歳。朱音と同じだ。未来から来ている朱音と、同い年と言っていいのかは分からないけど。

 まあ、それを言ってしまえば赤ちゃんですら朱音より歳上になってしまうので、その辺は考えないようにしよう。


「お前ら同い年やからな。明子はともかく、朱音はこっち来てからあんま同い年とつるんだことないやろ。折角やし、お前が案内したってくれんか」

「それは構いませんが」

「よし、んじゃ頼むわ」


 それだけ言って、晴樹は講義室を去ってしまった。残されたのは、朱音と明子の二人だけだ。


「それじゃあ明子さん、行きましょうか」

「ええ、よろしくお願いしますわ」


 礼儀正しくて上品なお嬢様。

 明子に対する印象はそんなところだ。


 それが一転してしまうとは、夢にも思わない朱音だった。



 ◆



 各教室と講義室、図書室に食堂、生徒会室や風紀委員会室なんかを案内し終え、最後に明子を連れてきたのは、掲示板の前だ。


「ここの貼り紙が全て、日本支部が受けた依頼になります。こっちが生徒用で、あっちがプロの魔術師用」

「朱音さんはいつも、どんな依頼に行っているのですか?」

「んー、私は基本的に、学院長から直接指令を貰ってますので。ここにあるやつは、あまり行ったことがないんですよ」

「まあ、それはすごいですわ! 人類最強と名高い小鳥遊蒼さんから、直接だなんて!」


 キラキラとした目を向けられ、朱音は愛想笑いを浮かべる。

 恐らく明子が思っているような、輝かしい活躍なんてのはしていない。もっと言えば、朱音の仕事なんてとてもドロドロとした、血を血で洗う殺し合いだ。


 しかし、掲示板の依頼を受けたことがない、なんてこともない。一時期、サーニャを連れ添って貼ってある依頼全てを片っ端から片付けていたことがあったから。


「せっかくですし、わたくしもひとつ、依頼を受けてみたいですわね」

「え、うーん、それは、どうなんでしょう……?」


 突然とんでもないことを言い出した明子。思わず言葉を濁す朱音だが、そんなことをしていいのだろうかと思案する。

 連れて行くこと自体は可能だ。明子はまだ生徒じゃないと言っても、朱音の受けた依頼に同行させればいいだけ。自分がいれば、どんな依頼でも明子に危害を加えさせることはないだろうし。


 ただ、晴樹になんと言われるか。

 従姉妹であり婚約者。その関係性自体を彼がどう思っているのかは分からないけど、晴樹が明子を大切に思ってはことは変わらないだろう。

 なんだかんだで朱音も、晴樹とはそれなりの付き合いだ。彼の面倒見の良さや情の深さは理解している。


 危険な依頼じゃなかったらいいのかな、などと思いつつ、うんうん考えていると。

 視界の端に、見知った顔が二つ映った。


「あら、あの方は」


 葵と翠だ。

 きっと葵が、翠に学院の案内をしているのだろう。

 そういえば葵は、以前安倍家で起きた怪盗騒ぎの時、同行していたのだったか。なら明子と面識があってもおかしくない。


 二人もこちらに気づいたのか、こちらに駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、黒霧さん。覚えておいででしょうか? 以前安倍家でお会いした、土御門明子です」

「あ、うん。えっと、怪盗が出た時に会った、んだよね?」


 葵の言葉は、どこか歯切れの悪いものだ。それも当然かと思う。明子と会った葵は、厳密には今の葵ではないのだから。


「それより、朱音ちゃんごめん! 翠ちゃんのこと、ちょっとお願いしてもいいかな?」

「なにかあったんですか?」

「風紀委員の仕事。なんか実験中の術式が暴走したとかでさ」


 学院内で起きた風紀委員会案件の事件は、葵の異能によって全てリアルタイムで彼女へと情報が行く。

 恐らくこれから風紀委員会室に戻り、愛美や織たちと合流して、鎮圧に向かうのだろう。


 仕事であれば仕方ない。丁度こちらも、明子の案内をしていた最中だ。


「大丈夫ですよ。ちょっと三人で適当な依頼を片付けて来ますので。葵さんは行ってください」

「ありがと! 今度駅前のクレープ奢るね!」


 両手を合わせて頭を下げた葵は、転移ですぐに消えてしまった。


 さて、と残されたメンバーを見回す。

 お互い自己紹介をしている土御門明子と出灰翠。そして桐生朱音。

 なんだか、変な組み合わせになってしまった。この中だと精神年齢的には朱音が一番年上なので、どうにか引っ張らないとダメなのだろうけど。


「二人とも、どんな依頼に行きたいとかってありますか?」

「そもそも、わたしたちだけで向かっていいのでしょうか。明子はともかく、わたしは正式な学院の一員と言うわけではありませんし」

「私もそれは思ったのですが。まあ、細かいことは考えたら負けですので」


 正式なメンバーじゃない、なんていえば、カゲロウだってそうだし、朱音だって微妙なところだ。そのあたり、考え出したらきりがない。


「わたくし、お恥ずかしながら直接戦闘は苦手ですの」

「となると、あまり戦闘にならなそうなやつがいいですかね」

「わたしとあなたがいるのです。万が一があっても、問題ないのでは?」

「それでもですよ。今日は明子さんと翠さん、二人がメインですので。どうせなら、楽しい依頼がいいじゃないですか」


 翠の実力は、朱音もよく知っている。しかし、せっかくの機会だ。いつも戦ってばかりだった翠に、楽しい仕事というものを経験してほしい。


 問題は、朱音自身にそんな経験があまりないことなのだが。


 掲示板を物色していれば、生徒向けの依頼に丁度いいものを見つけた。その紙を剥がし、二人に見せる。

 怪訝な顔をした翠が、そこに書いてある依頼内容を読み上げた。


「世界三大珍味の収穫……?」

「はい。世界と言っても、魔術世界の、ですが。これならあまり戦闘にならなそうですので」

「面白そうですわね! これに決めましょう! わたくし、ワイバーンの卵が気になりますわ!」


 前言撤回、やっぱり戦闘になりそうだ。

 しかし明子がやけにいい食いつきを見せたし、翠からも反対の声は出ない。

 朱音としても、三大珍味とやらは少々気になるところ。


 依頼書を持って三人で職員室へ。

 一応学院を離れることを身内に報告しておこうと思い、パソコンをカタカタしてる銀髪の吸血鬼の元へ。


「サーニャさん」

「ああ、朱音か……」


 目頭を抑えるサーニャは、パソコン仕事のしすぎで疲れているのだろうか。元から目が紅いから、充血してるかどうかは分からないけど。

 しかしそんなサーニャも、朱音たちを見ると、なにやら不思議そうな顔になった。


 まあ、言いたいことは分かる。


「なんだ、どういうメンツだ、これは」

「晴樹さんと葵さんに、二人のことを頼まれたんですよ。それで、二人を連れてひとつ依頼に行こうかな、と」


 どうぞ、と依頼書を手渡せば、サーニャはふむ、と頷きをひとつ。


「相変わらずの食い意地だな」

「べっ、別にそう言った理由で選んだわけではないのですが!」

「まあよい、了解した。こちらで受注しておこう。貴様の両親と葵、あとは安倍にも我から伝えておこう」

「そうしてくれると助かります」

「この依頼は、食材の収穫だからな。間違ってもその場で全て食べるなよ」

「それくらい分かってますが!」


 サーニャのせいで、なんだか一気に年上(実年齢だけは同い年)としての威厳が損なわれた気がする。

 明子と翠の二人は特に気にしていないようだけど。珍しく朱音が一番お姉さんなのだから、ちょっとくらいいいところを見せときたいのだ。


 職員室を出た三人が次に向かったのは、学院の食堂だ。

 朱音の先導でここまで来たので、付いてくる二人は首を傾げている。


「時にお二人とも、料理は出来ますか?」

「当然ですわ。お兄様の胃袋を掴むため、花嫁修行は完璧ですの!」

「基本的なものでよろしければ、わたしも出来ます」

「そ、そうですか……」


 食堂の厨房に入りながら、朱音は肩を落とす。明子はともかく、翠は仲間だと思っていたのに。まさか料理できないのが自分だけとは。


 気を取り直して、厨房を見渡した。昼食時はすでに過ぎているため、ここには誰もいない。もう少し早い時間であれば、学院に雇われた人たちがここで生徒たちの昼食を用意するために、忙しなく働いているのだが。


 そんな場所にやって来たのは、依頼へ向かう準備のためだ。


「ここから少し、調理器具を拝借しようと思います」

「もしや朱音さん、収穫した食材を……?」

「その通りです明子さん。だって、世界三大珍味ですよ! どうせなら一口くらい食べたいじゃないですか!」

「サーニャに叱られますよ」

「ば、バレなきゃいいんですよ!」


 翠の紅い無感動な瞳に見つめられると、なんだかこれから悪いことをしに行く気分になってしまう。

 しかし、そんなことはないはずだ。だって収穫するのは私たちだし、だったら一口くらい食べる権利はあるはずだし。


「ということで、持っていく調理器具は料理のできるお二人に任せますので!」

「お任せください朱音さん。わたくし、戦闘は苦手ですが、その分料理でお役に立ってみせますわ! どんなゲテモノ食材が来やがろうが、わたくしが美味しく仕上げてさしあげますの!」


 ほんの少し明子の言葉遣いに違和感を覚えたが、それよりも朱音は世界三大珍味が楽しみすぎて、頭の中はすでにそのことしか考えていなかった。



 ◆



「世界三大珍味?」

「なんだそれ」


 破壊の限りが尽くされた教室で、織と葵は首を傾げていた。

 葵から聞いて愛美と三人でこの教室に駆けつけ、暴走した魔法陣からなんかヤバそうな悪魔が召喚されかけており、愛美が魔法陣ごと斬ってことなきを得て、その場に居合わせた生徒をフルボッコにした後の話だ。


 サーニャがやって来て、朱音がそんな依頼に向かったのだと聞かされた。


 ちなみに、破壊された教室の殆どは愛美と織の仕業である。葵はそもそも生徒フルボッコに参加していない。


「土御門明子と翠の二人を連れて、さっき出発した。一応貴様らにも教えておこうと思ってな」

「そういえば、聞いたことがあるわね」

「知ってるんですか愛美さん?」

「ええ」


 愛美曰く。

 世界三大珍味とは、魔術世界において絶品と噂されつつも、しかし誰も手を出そうとしない魔物、らしい。

 そもそもが魔物だ。それを食べようとする者など一人もおらず、ていうかそれ本当に美味しいの? 絶対不味いと思うんだけど。なんて風に言われてしまい、今や珍味扱いされている三つの食材。


 ワイバーンの卵。

 マンドラゴラ。

 ミノタウロスの肝。


 聞いただけでは食欲が全くと言っていいほど湧いてこない。

 どの魔物も、現代ではかなり希少だ。

 ワイバーンとはすなわちドラゴンの仲間であり、現代でドラゴンが残っている場所なんて、少なくとも織は聞いたことがない。

 マンドラゴラは魔術師が薬を作る際かなり重宝していた、と聞いたことがある。しかしそれも過去形。かつて乱獲されたことにより、今や絶滅危惧種。そもそも薬の材料だっつってんだろうが食材じゃねぇよ。

 最後に、ミノタウロス。人間の肉体と牛の頭を持った魔物。もうこの時点で食べる気が失せるのに、おまけに肝と来た。誰だよ美味いとか最初に言い出したやつ。


「私も昔、緋桜と桃を連れて挑戦したことがあるのよ、その依頼」

「え、食ったのか?」

「いえ、残念ながら食べられなかったわ。勢い余って全部殺しちゃったから」

「なにしてるんですか愛美さん……」


 本当だよ。なにしてるんだよ。

 ワイバーンはドラゴンの仲間とだけあって、かなり強力な魔物だろう。戦闘になった際ついうっかり、卵ごとやっちゃった、とかか。ミノタウロスも似たような感じだと思われる。マンドラゴラは引っこ抜けば絶叫を上げると言うし、煩くて頭に来て斬ったのだろう。


「まさか、また同じ依頼が来てるとは思わなかったわ……掲示板もたまにはチェックしておくべきね」

「悔しがってんじゃねぇよ。それ、今度は俺がついていかないとダメなやつだろ」

「当然じゃない。織が来なかったら、誰が食材を調理するのよ」

「依頼内容収穫だろうが! そもそも食おうとするな!」


 どれだけ食い意地を張ってるのだ、このお姫様は。

 いやしかし、その娘である朱音がこの依頼を受けたと言うことは、まあつまりそう言うことなのだろうけど。


「釘は刺しておいたがな。あの様子では、しっかり味わってくるだろうよ」

「翠ちゃんが止めてくれることを祈るしかないですね」


 無理だろうなぁ。以前一度会った印象で言うと、明子はかなり押しが強そうだ。朱音も食べ物のことになると、結構周りが見えなくなるから、翠が押し切られる光景しか見えない。


 ただまあ、いいことだとは思う。

 明子はたしか、朱音と同い年だったはずだ。翠が何歳かは知らないが、割と近いのではないだろうか。

 そんな二人と交流することは、朱音にとっても悪いことじゃないはず。

 なにせ、朱音の周りにいるのは歳上ばかりだ。一番近い丈瑠でも二つほど歳上になるから、本当に同い年と関わりを持つのは、これが初めて。


「仲良くやってればいいんだけどな」

「そうね。あの子が楽しければ、私としては言うことはないわ」

「いや二人とも、いい感じに締めようとしてますけど、この部屋ちゃんと直してくださいよ?」


 チッ、と舌打ちが愛美と重なった。せっかく流してくれるかなと思ったのに。

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