第91話

 クリスとの話が一通り終わった後、織は演習の終えた小隊長の村雨も交えて、三人で街の防衛に関する話をしていた。

 昨日のうちにもある程度話していたとは言え、細かいところや実際共闘した際のシミュレーションなどはまだだったからだ。


「街に魔物が出るのは、基本的に駅のあたりから南側を中心という話だったな」

「魔物の習性的にな。元々は夜にしか活動してなかったんだが、それは効率がいいからだ。人目の少ない時間に食料を狩る。だから夜行性の魔物が殆どだった。でも、そのあたりが関係なくなれば、やつらは人の多い場所に群がってくる」

「その理屈では逆じゃないのか? 人目を避けたいのなら、街のど真ん中に出没するとは思えない」

「本能を刺激されてんだよ。あいつらにだって、一応知性ってのはあるもんだ。それがグレイの影響でなくなれば、あとは本能が求めるままに獲物が多い場所にやって来るだけ」

「なるほど。相手は見た目同様、獣と同じか」


 顎に手を当て、ふむと頷く村雨。その視線が向かう先は、ブリーフィング用のテーブルに広げられた街の地図だ。

 彼らが今いるここ、ハウンド小隊の拠点であるこの土地と、桐生探偵事務所のある位置には、それぞれ駒が置かれていた。


「ただの獣だと思ってたら痛い目を見るよ、村雨。僕も学院在学時に何度か魔物討伐を行ったことがあるけど、中には人間と変わらない高度な知性を有した個体だっている。そういう手合いは、吸血鬼の影響が少ないだろうね」

「桐生君。君は魔物との交戦経験はどれほどだ?」

「そう多いわけじゃない。俺は基本的に、人間の方が相手だったしな。その辺は愛美とか葵に聞いてもらった方がいいかもだ」


 そもそも、戦闘経験自体が未だ不足しているとも言える織だ。石の器として海外を飛び回っていたとは言え、一年生からちゃんと学院に所属している愛美や葵はおろか、目の前の村雨の方が、戦闘という行為を経験したことは多いのではないだろうか。


 織がこれまで生き延びてきたのは、愛美や桃が守ってくれたから。そして、賢者の石や幻想魔眼などの強力なアドバンテージがあったからだ。


 戦士としては二流以下。だが、それでも構わないと村雨は続けた。


「我々は君たちと違い、魔術なんてものはからっきしだ。装備の一つとしてこのイヤリングを受け取ったが、これについても同様に。ほんの少しでも経験のある君の意見を聞いておきたい」

「まあ、そういうことなら」


 やはり、村雨は好感の持てる人物だ。

 自身の役割をしっかりと把握していて、その為ならあらゆる手を尽くす。自分のできないことはできないと認め、他人の助力を請う。

 そういうことが出来る相手を、織は個人的に気に入っていた。


「注意点としては、そうだな……魔術を使ってくる魔物もいるってとこか?」

「遠距離にも対応してくる、ということか」

「例えばよくいる狼型の魔物。こいつらの特徴はその俊敏性と、群れで発揮する連携だ。でも、強い個体になれば魔術を使うやつもいる。電撃を撃ってきたりな」


 家で留守を任せている白狼を思い浮かべながら、織は説明を続ける。

 基本的に魔物は、その見た目の動物の特徴を濃く見せると言っていいだろう。今しがた説明した狼にしてもそうだが、他に例を挙げるとするならクマやイノシシ、極端な話がゾウなんかも。

 しかし、通常の動物と違うのは魔力を帯びていること。その魔力濃度によっては現代の兵器が通用しない場合もある。


「基本的な対処法は、動物に対するそれと同じでいい。ほんのちょっと元気が有り余ってるだけだ。でも、だからと言って先入観に囚われすぎるのもよくない。予想外の一撃が飛んでくるからな」

「先程君が言った、電撃を飛ばしてくる狼などか」

「それもだけど、想定していたよりもパワーがあるとか速いとか、割とザラにあるぜ」


 魔術世界を生き抜くために、織が真っ先に痛感したこと。

 常に想定外を想定しろ。あらゆる準備を怠らずとも、どれだけ入念な作戦を立てようとも。その更に上をいく想定外は、いついかなる時にも起こり得る。


 魔術とは、神秘の力だ。奇跡の業だ。

 理論として確立されてはいるものの、たかが人間の想定できる範囲など軽く超えてくる。


 本当に全てが想定内に収まるのなら、大切な友人を失うこともなかったのだから。


 頭によぎった魔女の顔を無理矢理追い出し、誰にも気づかれないテーブルの下で、拳を強く握りしめる。


「想定外を想定しろ、なんてのは無茶な話かもしれないけどな。街の人たちを守るためなら、それくらい出来ないとやってらんねえ」

「……なら、ひとつ試させてくれないか」


 顎に手を当てたまま、考えるように口を開いた村雨。見つめてくる目には真摯な光が宿っている。


「試すって、なにをだ?」

「君たち魔術師の戦い方というやつだ。恥ずかしながら、このような戦場に来ておいて私は未だに、魔術とやらをしっかりとこの目で見たことがない。映像記録としては見せられたのだが、一度直接この目で見ておきたいんだ」

「そういうことなら構わないけど。誰が相手をするんだよ。まさか、村雨さんたちが、なんて言わないよな?」

「まさか、だな。詳しくない私でもわかる。君は強いんだろう? 命は惜しい」


 内心でホッと息を吐き、ならどのように試すのかと次の疑問が湧く。

 それを晴らしたのは、すぐそこのデスクで話を聞いていた小隊員の一人だ。


「ならアレを使えばいいんじゃないっすか? 強いってんなら、まあ死ぬことはないっしょ」

「アレ?」


 ひひひっ、と軽薄そうに笑うのは、髪を金髪に染めイヤリングの他にもピアスをしている男性隊員。たしか名前は、早乙女と言ったか。全くそうは見えないが、彼も村雨と同じく自衛隊員ではあるらしい。


「待て待て。アレはある意味、この基地の最高戦力でもあるんだぞ。そう簡単に出すわけにはいかない」

「クリス、アレってなんだ?」


 早乙女を諌めるクリスに聞いてみれば、彼はため息をひとつ吐き肩を竦めながら答えた。


「君と葵がここに来た時、演習でゴーレムを使っていただろう。あれの発展型、もっと言えば、ハウンド小隊の戦力として開発した戦闘型だよ。対物理、対魔力の装甲に重点を置いて開発した部隊の盾役タンクさ」

「そんなんもあるのか」


 そんなゴーレムがあるなら、わざわざ人間の部隊を組織して配属させる理由もなさそうなものだが、そう簡単な話でもないのだろう。

 一般的な戦車であっても、随伴歩兵というものは必要だ。無敵の火力を誇る兵器であれ、弱点がないわけではない。歩兵の携行できる火力でも破壊される恐れだってある。


 それと理屈は同じだろう。あるいは、そのゴーレムは簡単に数を用意できるものでもないのか。


「まあ、俺は別にいいぜ。俺の力を試したいっていうなら、それこそ相手は強い方がいいだろうし」


 ほんのちょっと怖い気もするが、むしろ怖いもの見たさ、というのもある。この部隊の戦力を把握する意味でも、そのゴーレムは見ておきたい。


「君がそういうなら分かった。それじゃあ、一度外に出ようか」


 室内の全員、早乙女以外の隊員である二人も含めた全員が外に出る。

 クリスが短く詠唱すれば、少し離れたところに魔法陣が展開した。


 現れたのは、全長二メートル半ばほどの白い巨体。鋼鉄の二本足で立っているが、人型とは言い難い二頭身。上半身に腕はなく、代わりに重機関銃が右に、レールガンが左に装備されている。背部には機動力を補うためか、スラスターのようなものも。盾役なんて言っていたが、それだけでも十分すぎる火力だ。

 ただし、これでは市街地で使うことは難しいだろう。流れ弾によって、否応無く周囲を巻き込んでしまうのだから。


「随分ゴツいのが出て来たな……」

「怖気付いたなら言ってくれ。代わりのゴーレムを用意するよ」


 悪気があるわけではなく、織を気遣っての発言なのだろうが。そんなことを言われて素直に下がれるわけもない。織は割と負けず嫌いなのだ。


「あれ、粉々になっても大丈夫だよな?」

「あれを? 言っておくけど、あいつはネザーが作った特別製だ。いくら賢者の石を持ってる君でも、完全に破壊することは難しいと思うけど」


 話半分に聞きながら、一歩前に出た織はホルスターから銃を抜く。手始めに軽く一発撃ってみれば、グロックの9mm弾は容易く弾かれた。

 それが合図となったのだろう。のっぺらぼうだった白い上半身の至る所に、赤いラインが走る。どうやら、これでようやく起動らしい。


「あんたらは下がってろよ。巻き添え食らってもしらねえぞ」


 言いつつ、次は銃から魔力弾を放つ。賢者の石を持つ織の魔力弾は、そこらの魔術師が撃つそれとは一線を画したものだ。魔術以下の単なる魔力行使でありながら、その破壊力は絶大。海外を飛び回っている頃でも、同じ賢者の石を持った敵の魔力弾は凄まじいものがあった。


 だが、そんな織の攻撃を受けてなお、ゴーレムの白い体には傷ひとつない。


「言うだけのことはあるな」


 瞳を橙色に輝かせる。幻想魔眼は使えなくても、未来視は問題なく使用可能だ。

 クリスたちとの間に透明の壁を作り出し、同時にゴーレムの重機関銃、その矛先が向けられる。

 次の瞬間には大口径弾の雨が襲いかかり、織は慌てる様子もなく空へ逃げる。追うようにして射撃が続けられるが、それでは敵を捉えられないと判断したのだろう。

 重機関銃による射撃が中断され、今度はレールガンの砲身が織に向けられた。音速を超えるスピードで飛来する弾丸。焦ることなく防護壁を展開。衝撃で体が少しよろめくが、それでも難なく防いでみせる。


「中々の火力だな……普通の魔術師じゃ防げねえぞ、今の」


 連射は出来ないようだが、この破壊力があればその必要性もないだろう。やはり盾役というには火力が高すぎる。


 さて、では問題は、装甲の強度の方だ。

 織の魔力弾を防いだところから、対魔力に関しては問題なさそうだが。対物理はどうだろうか。


「術式解放、其は大海を割る嵐の剣!」


 空へ掲げた右手の先に、大剣が現れた。織はおろか、このゴーレムの全長すらもゆうに越す超重量の剣。

 それを情け容赦なく、ゴーレムへと振り下ろす。


 地面が僅かに揺れ、衝撃の余波で砂埃が舞う。賢者の石に記録されている術式の中では、最も物理的な破壊力を期待できる魔術だ。さすがにこれは耐えられないだろう。


 そんな織の期待を裏切るように。

 砂埃の晴れた先から、なお健在のゴーレムが姿を見せる。


「うっそだろおい……」


 さすがに想定外だ。

 それを常に想定していろ、と村雨に言ったばかりではあるが、魔女の力を持ってしても破壊できない、傷ひとつないとは。


 火力がやや過剰ではないかと思っていたが、そんなものが霞むほどの防御力。部隊の盾役とクリスが言ったのにも納得した。


 だが驚いている場合ではない。ゴーレムの背部でなにかが開いたかと思えば、そこから無数のミサイルが撃ち出される。

 誘導弾頭に対して、その場に留まるわけにはいかない。背中を突かれたら終わりだ。

 魔力弾でミサイルを撃ち落としながら、高速で宙を駆ける。もちろんその間にゴーレムがジッとしているはずもなく、同時に重機関銃からの射撃にも対処しながらだ。


「忙しいな、くそッ!」


 未来視を常時発動させているため被弾することはないが、中々に厄介なやつと戦うことになってしまったらしい。

 いや、織とは相性が悪すぎる。

 織の戦闘の基本には、魔導収束の存在がある。魔物や魔術師相手なら絶大な効力を発揮する魔導収束も、銃弾の前では無力だ。

 ゴーレム自体は魔力で動いているから、どうにかそれを吸収できればいいのだが。


「仕方ない、ゴリ押しで行くか!」


 ミサイルを全て撃ち落とし、空中で態勢を立て直しながら術式を解放する。物理がダメなら魔力で殴ればいいだけだ。


「術式解放! 深淵を覗き叫ぶ招雷クラマーレ・ヴィタル・アビス!」


 雷の球体を投げつける。ゴーレムはその装甲ゆえか回避行動も取らず、それを甘んじて受けた。だがこの魔術は、そこから真価を発揮するのだ。

 球体の着弾地点に、空から無数の稲妻が降り注いだ。止むことなく落ち続ける雷に、ゴーレムの表面装甲は少しずつ焼かれていく。


 それで油断することなく、織は次の術式を組み上げる。いくら鉄壁の守りを誇っていようが、絶え間なく振り続ける賢者の石の魔術には耐えられないはずだ。


「こいつで、どうだッ!」


 グロックの銃口を向け、そこに複雑な魔法陣が展開された。

 放たれるのは極大の魔力砲撃。賢者の石をフル稼働させ、持ち得る魔力を限界まで注ぎ込んだ一撃。

 地上に向けて放たれた光は射線上の悉くを焼き尽くし、ゴーレムの巨体を飲み込んだ。


 それでも織の未来視は、まだその先を瞳に映し出す。

 咄嗟に張った防護壁に、強い衝撃が。ゴーレムのレールガンだ。


 賢者の石を限界まで稼働させて、なお無傷。ただの防御力、装甲の硬さでは説明がつかない。間違いなく、あのゴーレムにはどこかに異能の力が絡んでいる。


「おいどういうことだよクリス!」

「僕も予想外だよ。まさかこいつが、ここまで硬いなんて」


 振り向かずに叫べば、ふざけた返答が。そもそもこれの所有者はお前らだろう。スペックくらい正確に把握しておけ。

 文句を言いたくても、振り向く余裕がない。ゴーレムの重機関銃は、織をロックしているから。


「織、そろそろそいつを止めた方がいいか⁉︎」

「バカ言え、ここまで来たら絶対粉々に潰してやるよ!」


 負けず嫌いここに極まれり。

 以前までの織なら、素直に諦めて下がっていたところだ。しかし、今の彼には力がある。良くも悪くも、その力のせいで負けず嫌いが加速している。


「だそうだけど、どうする?」

「いいわ、私がやる」


 そんなやり取りが、耳に届いた。

 クリスたちが巻き添えを食らわないように張っていた結界が消えたのは、そのすぐ後。次いで、ゴーレムの銃口が織から外れる。

 向けられた先には、新たな標的が。


「愛美?」

「あなたじゃ無理よ、それ。情報の遮断らしいわ」


 いつの間にいたのか、殺人姫の少女がナイフを構えて立っていた。

 結界が消えたのは彼女が斬ったからだろう。愛美自身が新しく結界を張り、その向こうには手を繋いでいる葵とナナ、それから何故か蓮とカゲロウもいた。


 後輩たちの姿を見て、愛美の言葉の意味に気づく。

 情報の遮断。つまり、このゴーレムには葵やカゲロウと同じ異能が使われているということか。


「ゴーレム相手じゃ物足りないんだけど、まあ試し斬りには丁度いいかしら」


 言って、魔力が解放された。

 構成された術式は、織も見覚えのあるもの。ただ、織が知っているそれとは少し違う点が見える。

 そもそも本来なら、その魔術はドレスを顕現させなければ使えなかったはずだ。


「集え、我は星を繋ぐ者」


 見覚えのある二つの術式が、上手く溶け合っている、というべきか。

 織は知らないことだが、それは本来ならあり得ない現象だ。異なる系統の魔術同士を組み合わせようとしても、本来なら術式が自壊してしまう。

 それを可能とするのが、多重詠唱。黒霧葵の纏いにも使われている、人類最強が有する技術。それをこの少女も使用している。


「万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者」


 耳馴染みのある詠唱が続き、愛美の周囲に七つの刃が現れた。

 まるでそれぞれが意思を持っているかのように、あるいは殺人姫に従う従者のように、彼女の周囲を飛び交っている。


七連死剣星グランシャリオ

「なんでフランス語……?」

「黙って見てなさい」


 魔術名を唱え終えたと同時、七つの刃がゴーレムへ向けて放たれる。当の本人は無駄なツッコミを入れた織を睨んでいるが。


 遠隔操作している刃にも異能は適用されるのか、ゴーレムが撃った銃弾は悉くが切断される。容易く接近を果たし、まずは左右の武装を、次いで両足を切り落とし、背部のミサイルポッドとスラスターまで切断してしまった。

 そういえばあのスラスター、活かされることなかったな。


 達磨状態となったゴーレムは、しかしまだ終わったわけではない。内部でエネルギーとして貯蔵してある魔力を使えるのか、魔力弾を放って来たのだ。

 愛美の前に集まって来た七つの刃は、それぞれが花びらになるように盾として展開する。所詮は果てかけたゴーレムの魔力行使。賢者の石を宿す愛美に傷をつけることなど叶わない。


「ねえ織。アルコルって星のことを知ってる?」

「なんだよいきなり」

「見えたら死ぬ星、いわゆる死兆星って呼ばれるものなんだけどね。普段は北斗七星を作る星の一つに隠れて見えないのよ」


 急にうんちくを垂れ流す愛美。織は星のことなんて詳しくないから、その話をただ聞くだけだ。


 だが死兆星なら知っている。見えたら死ぬ星ということも。これから死ぬやつの頭上に輝くとか聞いたこともある。まあ、漫画の知識なのだが。


「まさしくお前にお似合いの星だな」

「全くね。私もそう思うわ」


 クスリと笑みを一つ落とした瞬間。

 ゴーレムの巨体が、横一文字に切り裂かれた。花びらと化した七つの刃に守られていた愛美の姿が、霞む。

 完全に消えたと思えば、彼女はゴーレムの目の前に立っていたのだ。


「アルコル。その意味は死兆星を見た時点で、このゴーレムの運命は決まってるのよ」


 いとも容易くゴーレムを切り捨てた愛美は、退屈そうな、物足りなそうな顔で呟いた。

 その表情が語っている。

 早くこの新しい魔術を使って、誰かの命を刈り取りたいと。



 ◆



「で、どういうことか説明してもらおうか」


 場所は変わらず、ハウンド小隊の拠点となっているだだっ広い再開発途中の土地の中。

 ゴーレムは葵の異能によって修復させられ、今はちょっと離れたところで葵と蓮が聖剣やら雷纒やらで遊んでいる。

 そいつを指差し、織はクリスに非難の目を向けた。


「いやすまない。僕も知らなかったんだよ。なにせこいつの開発、製造自体はネザー本部で行われてね。紙の上でしかスペックを知らなかったんだ」

「そもそも、こいつらみたいなバ火力を想定してなかったんだろ、ネザーは。だから適当ぶっこいてたんじゃねぇの?」


 クリスをフォローしたのはカゲロウ。おそらくは彼の言う通りなのだろう。

 本来このゴーレムは、対魔物用、対魔術師用に作られたものだ。だがいくらなんでも、賢者の石のオリジナルを宿した魔術師が相手になるなんて、製作した側も思わなかっただろう。

 だから適当にそれっぽいスペックを示していた。織のような火力でなければ、その奥に秘められた異能の存在など気づかれるはずもないから。


「ちなみに、こいつらが嘘吐いてるってこともねえぞ。オレとかチビが視れば、その辺一発だしな」

「それもそうか……」


 問題は、このゴーレムにどのようにして異能を乗せたのか、だろう。

 葵とカゲロウと同種の異能。情報の遮断による絶対防御。それが出来るのは、この二人の他には一人だけだ。


 ただまあ、あのゴーレムは敵ではない。味方だ。そう考えれば、この上なく頼もしい。


「にしても、魔術師ってのはヤベェっすねぇ。俺らこんなん相手にマジで戦うんすか? もうこの人らに任せてたらよくね?」

「口を慎め早乙女。あたしらの任務を忘れたのか」

「へいへい、すんませんよっと」


 軽口を叩き合ってるのは、小隊員の二人。早乙女と、小隊の紅一点である金森だ。その隣には、昨日の自己紹介以来声を聞いていない寡黙な男性隊員、猪狩もいる。

 全員が先ほどの織と愛美の戦闘を見ていたのだ。魔術師がどのような戦い方をするのか、ある程度は分かってくれただろう。


 織の戦い方なんて、まさしく魔術師らしい戦い方だ。遠距離から高火力の魔術を撃つ。

 その威力や連射性自体はそこらの魔術師と一線を画しているが、戦い方自体は良い意味でも悪い意味でも模範的。


 彼らは戦闘のプロだ。ここからまた、実戦に向けて各自で、または小隊で演習を積んでくれるだろう。


「すまなかったな、桐生君。私の軽い提案で、まさか危険に晒してしまうとは」

「いや、別に大丈夫だよ。あれくらいなら危険でもなんでもない。つーか俺、あんなんじゃ死ねないし」


 友人に残された願い呪いを思い出し、つい苦笑が漏れてしまう。

 本当に、とんだ呪いだ。仮にどれだけ絶望したとしても、決して死ねないのだから。


 その苦笑をどう受け取ったのか。村雨の目に僅か、慄くような色が浮かび上がる。

 織は自覚していないのだ。あるいは、第三者の目からしか分からないのかもしれない。彼の持つ死生観が、どれだけ常人から逸脱してきているのかを。四月のあの頃、まだ魔術を使えるだけの一般人だった頃から、変わっているのかを。


「つーか、愛美とカゲロウたちはなんでここにいんだ?」

「オレは蓮の付き添い。学院にも事務所にも誰もいなかったから、チビの魔力辿ってあいつと合流したんだよ」

「私はこっちの方からあんたの魔力反応があったから。なにかあったと思って急いで来たのよ。そしたら織が情けない無樣な格好晒してたから」

「言い方。ちょっと気をつけろよ。これでも結構ショックだったんだぞ」

「ま、オレらの異能相手じゃ無理ないわな」


 全くもってカゲロウのおっしゃる通りだ。情報の遮断とかマジでセコいだろ。魔眼もドレスも使えない織では、本当に手も足も出なかった。

 あのゴーレムは味方だからいいものの、敵には出灰翠という少女がいるのだ。もしも接敵してしまったら、迷わず逃げることにしようそうしよう。


「これから私たちは、あのような力を持つものと戦うのだな」

「僕からすれば、織や愛美は規格外だけどね。少なくとも、あんな馬鹿げた力を使うやつは早々にいないよ」

「そういうやつらは俺らが相手するし、そん時は村雨さんたちも守るから安心していいぜ」


 ゴーレムがどんな性能を持っていても、村雨たちが戦闘行為に慣れていようと、どうしようもない相手というのは現れるものだ。

 そういう時のために、織たちが協力する。

 適材適所。できる人間ができることをやるだけだ。


「守る、か……まさか、一回り歳の離れた子供から言われるとはな」

「気に障ったなら謝るよ」

「いや、そんなことはない。頼もしい限りだ」


 ふっと薄く笑む村雨。昨日出会ったばかりでも、今はこの街を共に守ろうとしてくれる仲間だ。なら、織にとっては守るべき人たちの中にいる。


「話終わったんなら帰りましょ。そろそろ朱音も戻ってくるわ」

「そうだな。……あー、あれどうする?」


 振り返り、未だにゴーレム相手にひたすら攻撃を叩き込んでる二人を見やる。

 葵の神氣を纏った雷撃と、蓮の聖剣による黄金の斬撃。先程から全く止む様子のないそれらは、情け容赦なくゴーレムに対して全力で撃ち込まれている。

 まあ、葵も異能は使っていないみたいなので、ゴーレムにはかすり傷一つないのだが。


「放っとけ。あいつら二人とも、ちょっと憂さ晴らししてるだけだ。オレが見てるから気にすんな」

「そか。んじゃ頼んだぞカゲロウ」


 二人のことはカゲロウに任せて、織と愛美は事務所まで転移で帰宅した。



 ◆



「ハウンドに配備したゴーレムから、報告が届きました」


 ワシントンD.C.に位置しているネザー本部。そのビルの最上階で、出灰翠は代表であるミハイル・ノーレッジの前に立っていた。

 彼こそ、失敗だと断じられたプロジェクトカゲロウを再始動させた張本人。出灰翠を作り出した男。

 翠にとっては唯一の主人であり、また親のような存在だ。彼のために働き、彼の道具であることこそが、翠の存在証明となっている。


「桐生織、桐原愛美の両名と模擬戦を行い、結果、空の元素魔術を確認できました。術式自体は既存の魔術体系に落とし込んだようですが、微かに位相の力も残っています。ここから解析が可能のはずです」

「そうか……ありがとう翠。君の力のおかげだね」


 嬉しそうに微笑むミハイルを見ていれば、翠も同じ感情に包まれる。彼の喜びこそが翠の喜びだ。

 そこに、自分なんてものを挟み込む余地は介在しない。そんなものはミハイルの望みを妨げる異物だ。だったら、自分なんてなくていい。


「さて、こちらの解析はどうしようか」


 ミハイルが手元で弄んでいるのは、注射器だ。ただし、ただの注射器ではない。未来からやってきた少女の異能によって、内部の時間を完全に凍結させられている。故に中に入っている血液は、いつまでも新鮮なまま。


 数ヶ月前、日本支部でシラヌイが落としたものを、翠が回収したのだ。

 桐生朱音。すなわち、キリの人間の遺伝子情報が、そこには詰まっている。


 それだけじゃない。朱音は未来からやって来た。当然その血液も。ならばそれを媒介として、未来に干渉することが出来るかもしれない。

 異能研究機関には、それだけの技術がある。

 魔術、異能、そして科学。それら全ての英知を結集すれば、不可能なことなど存在しない。そう信じている。

 いや、信じるまでもなく、そうあるのが当然なのだ。


 その集大成である出灰翠というこの存在もまた、完璧のはず。完璧でなければならない。


「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「珍しいね、翠が私に質問してくれるなんて。なんでも聞いてごらんなさい」

「わたしには、足りないものがあるのでしょうか」


 完璧でなければならないのに。

 そんな疑問が、頭の中から消えてくれない。

 そんなはずはないのだ。ネザーによって生み出されたこの身は、完璧かつ最強の戦士でなければならないのだから。


 ゆっくりと、己の主が歩み寄ってくる。慈しみと愛おしさに満ちた笑顔で。


「君に足りないものなんて、ありはしないよ。翠は間違いなく、ネザーが生み出した最強の兵士だ。最高の道具だ。だからこれからも、私のために尽くしてくれるかい?」


 吐き出された言葉が、脳に侵食して胸を満たす。その愛情に快感すら見出すほど、ミハイルの存在は彼女の中に根を張っている。


「我が身は、あなた様のために……」

「いい子だ」


 だから、あいつだけは。あの不埒な男だけは、殺さなければ。完璧な道具であるはずのこの身にノイズを発生させた男。

 黒霧緋桜。


 翠は確固たる自分が存在しないだけで、感情がないわけではない。だから怒ることだってある。


 可愛らしい下着、など。見下したようにそう口走ったことを、必ず後悔させてやる。


 ただ、悲しいかな。出灰翠は、怒るという行為に慣れていない。

 だからその発想は、どこまでもズレていく。止めてくれるものがいないから、どこまでも。

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