第86話
「カゲロウはともかく、なんで蓮くんまでまた一緒になって暴れるかな⁉︎ しかも愛美さんが帰ってきたその日にって、バカなの⁉︎」
「ごめん……」
「おい、オレはともかくってなんだ」
「前にも見たやり取りですね」
校庭の大乱闘を鎮圧してから数十分後。場所を移して風紀委員会室。
床に正座させられた蓮とカゲロウが、葵から説教を受けていた。騒ぎを聞いて駆けつけた朱音は、猫耳をピコピコ揺らしながら呆れている。
本来なら今も授業中のはずだが、愛美の手で多くの怪我人が出てしまったのだ。葵が治療したとは言え、授業どころじゃない。
「つーか、蓮はお前のことバカにされたから怒ってたんだぞ。なのにその言い方はないだろ」
「それも前に言わなかった? そりゃ嬉しいしありがたいけど、だからってルールを破っていい理由にはならないの。そうですよね愛美さん?」
「私と戦う度胸があるなら、別にいいと思うけど」
「ほら、愛美さんもダメって言ってるでしょ」
「言ってないだろ」
「織さんうるさいです黙ってて」
理不尽だ。
しかしまあ、この後輩も随分と強かになったものだと思う。日本を発つ時の気がかりの一つでもあったから、取り敢えず一安心だ。
織としては、もう少し可愛げを残してくれても良かったのになぁ、と思ったり思わなかったり。
「それくらいしてあげなさい、葵。その子の言ったように、あなたを想っての行動だったなら、まず言うべきはありがとうでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「ていうか、葵をバカにしたって具体的になに言われたんだよ」
重要なのはそこだ。あまりにも酷いことを言われたのなら、二人が暴れてたこともまあ目を瞑ろうとは思う。
誰だって、大切な人が馬鹿にされたりすれば怒るもの。織にだってそんな経験が何度かあるし。ましてや好きな女を馬鹿にされたとなれば、黙ったままだと男が廃るだろう。
はてさて果たして、一体どんな悪口を言われたのか。
「風紀委員の女はぺったんこしかいない、って」
「よし殺す」
「待て止まれ」
腰を上げかけた愛美の動きが、ピタリと止まる。どうやら魔眼が発動したらしい。さすがの葵も、こればかりは防がなかったか。
「ダメですよ愛美さん。簡単に殺したりしたら」
「そうだぞ、言ってやれ葵」
「生きてることを後悔するくらい苦しめた後に殺さないと勿体無いじゃないですか」
「畜生ろくなやつがいないなおい!」
うふふ、と笑う葵の目は虚だ。怖い。
魔眼の効果が切れたのか、めちゃくちゃ不機嫌そうに座り直した愛美の尻尾は逆立っていた。
うわぁ……めっちゃ怒ってるじゃん……。
愛美はこんなザマだが、では娘はどうなのかと視線をやれば、意外にも余裕そうな表情をしている。
「お前は怒らねぇんだな」
「まあ、私には将来性がありますので」
「ほーん……」
「なんですかその目は?」
「いや、なんでも?」
怪訝な目をカゲロウに向けているが、彼は何も答えない。たしか葵と同じ異能だと言っていたし、なんぞよくない情報でも視たのだろうか。
なんとなく察しがついてしまって、織は悲しみに包まれた。
しかし猫耳ジト目の娘可愛いな。
「まあ落ち着けお前ら。分かってないやつには言わせとけばいいんだよ。それ一つでしか女性の魅力を語れないやつは、男として下の下だぞ」
「もちろん、胸のこと以外にも色々言ってましたよ。俺が最初に聞いたのがそれってだけです」
蓮が胸糞悪そうに吐き捨てる。どうやら彼は、葵のことをとても大切に想ってくれているようだ。
もしかすると、葵がここまで立派になれたのも蓮のお陰かもしれない。
葵が一部の生徒からよく思われないのは、なんとなく察せることだ。元から風紀委員自体が畏怖の目を向けられがちなのに、その上で吸血鬼の遺伝子が入っているときた。その話は学院内である程度広がっているだろうし、サーニャが受け入れられているとは言え、やはりふつうの魔術師にとっては忌避感が勝つのだろう。
「だからって、なんで三年生まで混じってるかな。あいつらはそんなこと言うやつらじゃなかったと思うけど」
織の記憶の中にあるのは、殺人姫なんて呼ばれてる愛美に対してもふつうに接する同級生たち。
そこには多少なりとも恐怖などが混じっていても、誰かの前で悪口を言うようなやつらはいなかった。
葵の悪口を言っていたのは二年生だろうし、仮に三年生だとしたら、さしもの蓮も考えなしに喧嘩をふっかけたりしないと思う。
「なんか、いつの間にか騒ぎが大きくなってたって感じです」
「オレら、チビの悪口言ったやつのした後は、襲ってくるやつらに応戦してただけだからな」
「つまりいつも通りってことね……」
あのバカどもは、と悪態を吐きながらため息を漏らす愛美。要は、なんか騒いでるから参加しようぜ、というだけの理由で、あそこまで騒ぎが大きくなったのだ。
たしか朱音が初めて学院に訪れた時も、そんな感じだった気がする。
「ま、過ぎたことはもういいでしょう」
「ですね。ごめんね蓮くん、ありがとう」
「いや、俺の方こそ。迷惑かけてごめん」
「おい。オレを忘れんな」
カゲロウの文句は綺麗に受け流され、葵と蓮は微笑みあってなんかいい雰囲気になる。
別に構わないのだが、せめてもう少し周りの目とか気にしたらどうだろうか。ほら、そこの猫耳娘の片割れなんて、めっちゃキラキラしてる目で見てるぞ。
朱音に少女漫画は読ませるべきじゃなかったよなぁ、と少し後悔する織。
「さて、それじゃあ改めて。糸井蓮、カゲロウ、あなた達を風紀委員に歓迎するわ」
「よろしくな、二人とも」
ともあれ、これで新生風紀委員が本格的に始動する。この感じだと仲良くやっていけそうだ。
問題は風紀委員じゃなくて、あっちだよなぁ。今は教室にいるだろう友人たちに思いを馳せ、織は遠い目をした。
◆
「ああ、なんや帰っとったんか。お勤めご苦労さん」
「……反応薄くね?」
講義に向かうという朱音を見送ってからやって来た教室で。
級友の安倍晴樹が、随分とあっさりした対応をしてくれた。その近くにはクラス委員長の三谷香織もいたが、同じく似たような反応だ。
「あ、二人ともおかえりー。やっぱり帰ってきたんだ」
「ただいま、委員長。ちょっと色々あったから、予定より早くなっちゃったのよ」
「わたしたちも聞いてるよ。朱音ちゃん、大変だったみたいだね。ごめんね、わたしたちが力になってあげれたらよかったんだけど」
「ま、俺らには無理やろな。黒霧やらサーニャやらがついとるんやし、出来ることなんかあらへんわ」
どうやら香織と晴樹の二人も、朱音のことを気にかけてくれていたらしい。それはありがたいことなのだが、もうちょっとこう、反応というものがあっても良くないだろうか。
四ヶ月ぶりに帰ってきたんだぞ?
「で、お前はいつまでそこで呆けとんねん」
「いや、だってさぁ……なんかこう、もうちょい出迎えてくれる感じはないもんなのか?」
例えば、そう。こんな感じで。
「帰ってきたみたいだな! 我が友、Mr.桐生! Ms.桐原!! 生きて再び会えたこと、嬉しく思うぞ!」
教室の扉を思いっきり開いて現れたのは、アイザック・クリフォード。通称アイクだ。彼の実家にお世話になったどころか、巻き込んでしまったことは非常に申し訳なく思っているのだが。
どうも本人、その辺はあまり気にしていなさそうで。
「親父殿から話は聞いていたとはいえ、こうして直接会えるまでは心配が尽きなかったのだぞ!」
「おう、心配してくれてありがとな。見たか晴樹? こう言うのだよ、俺が求めてたのはこう言うのなんだよ」
「耳元ででかい声出して叫んだらええんか?」
「ちげぇよ……」
まあ、晴樹には出て行くとき殴られたくらいだし、塩対応もある意味当たり前なのかもしないが。それでもちょっと悲しくなる。
けれどどうやら、織が思っているのとは少し違うようで。
あんな、と言い聞かせるように切り出した晴樹は、真剣な目で言葉を発した。
「帰ってくるんが当たり前の奴らを、わざわざ盛大に出迎えたりせんやろ。それともなんや、お前は桐原がそこら辺のコンビニ行って帰ってくるだけで、パーティ開くようなアホなんか?」
「いや、そんなことはないけどさ」
つまり、だ。晴樹は、二人がここ帰ってくることを信じて疑わなかった。それが当然のことなのだと、それこそコンビニに行くような感覚で。
この友人が、どれだけ織のことを信じてくれていたのか。その裏返しだ。
ぶっきらぼうな友人の信頼が、織の目頭を熱くさせる。おまけに、晴樹の隣に立つ香織が、なにやら意味ありげな笑顔を向けていた。
「んふふ……」
「なんや委員長」
「安倍くん、そんなこと言っちゃって。二人のこと一番心配してたくせに。毎日アイクに二人の近況聞いてたよね」
「いらんこと言わんでええねん!」
「晴樹、お前……」
「そないな顔で見んな気持ち悪い!」
「よし、礼に昼飯奢ってやるよ! アイクと委員長も」
「やったー!」
「うむ、そう言うのなら俺もご相伴に預かるとしよう」
「おう奢れ奢れ。たらふく食わせてもらうからな」
久しぶりの友人との交流に、織はおろか、愛美ですら顔を綻ばせていた。
◆
わざわざ学院の外に出て昼飯を奢った後。三人は依頼があるというので別れ、織と愛美は再び学院に戻ってきていた。
とは言え、やることもあまりない。朱音の講義が終わるまでは帰るわけにもいかないし、今更自分たちがその講義を受けたり、校庭で行われている戦闘訓練に参加したりするのも違うだろう。
周りの人間を萎縮させてしまうだけだ。
「ていうかあいつら、その耳に無反応だったな」
「それはそれで悲しいものよね。安倍辺りから突っ込まれると思ってたけど」
先程別れた友人三人は、愛美の耳と尻尾に対してなんの反応も示さなかった。
もしやあいつら、そういうものなのだと受け入れてるのだろうか。
「で、どうする? 風紀委員会室で適当に時間潰すか?」
「それもいいけど、葵たちの邪魔しちゃ悪いでしょ。朱音の講義でも見に行く?」
「それも朱音に嫌がられそうだけどな。ま、やることもねえし仕方ないか」
本当に葵と蓮の邪魔をしても申し訳ないし、今はそれくらいしかやることがない。
講義室に向かう道中。廊下で見知った顔と出くわした。
「お、ようお前ら。……って、なんだ愛美そのあざといの」
「どうもです、緋桜さん」
「これには深い事情があるのよ。あまり詮索しないで」
声をかけてきたのは、葵の兄である黒霧緋桜。どうやらネザーをしっかりクビになったらしい緋桜は、今日から学院に拠点を変えて、やつらの動向を調べるらしい。
まあ、一昨日はあれだけ派手に喧嘩を売ったのだから、当然と言えば当然だ。
緋桜には別に問題ないかと思い、朝に起きた出来事と幻想魔眼について説明する。
「へぇ、お前の魔眼がねぇ……」
「緋桜、あんたネザーにいたんだし、何か知ってることないの?」
「悪いが、魔眼に関しちゃ全くなんだ。プロジェクトカゲロウと幻想魔眼は、ネザーの中でも限られた人間しか知らないんだよ」
かつての関西支部と関東支部が、その限られた人間のみで構成されていたのだろう。
だが、関西支部に配属されていた緋桜でさえ、その深いところまでは知らされていない。
「もしかしたら、サーニャさんなら何か知ってるかもな」
「サーニャが?」
「そういえば、ネザーの研究員だったらしいわね」
緋桜とサーニャ。そしてグレイの三人は、十年前に起きた事故の記憶を取り戻したという。黒霧兄妹の親に起きた悲劇の一部始終を。
織も愛美も、その話を詳しく聞いたわけではなかった。ただ、黒霧兄妹にとってグレイは単に憎む相手ではなく、サーニャはプロジェクトの深いところに関係していたとだけ聞いている。
葵が魔眼の力を抑え込めたこともあるから、もしかしたらプロジェクトと幻想魔眼は繋がりがあるのかもしれない。
考え込む織だが、一方の緋桜はおちゃらけた様子で、織に耳打ちしてきた。
「ところでなんだが、織。それ、うちの妹にも同じことできるか?」
「やろうと思って防がれました。防壁展開済みとか言ってましたし、多分無理っすよ」
「チッ……」
「あんたね……本格的に葵から嫌われても知らないわよ?」
聞こえていたのか、愛美がため息混じりに忠告する。しかし緋桜はめげない。なぜならこの男、葵がブラコンなのを知っているから。
「いいか愛美、俺と葵は兄妹、家族だ。お前の常識に照らし合わせてみろ。家族を嫌うなんてことあり得るか?」
「まあ、ないけど……」
「だろ? だったらなんの問題もない。俺が頼めば、葵は快く猫耳をつけてくれるさ」
「問題大有りだと思うんすけど」
そもそも妹に猫耳つけるよう頼むっていうのがおかしい。そんな兄、織だって嫌だ。
この調子だと風紀委員会室に行って葵と蓮の邪魔をしかねないので、緋桜も連れて講義室へ向かうことに。
可愛い後輩たちの恋路を、こんなシスコンに邪魔させるわけにはいかないのだ。
「織、眼」
「え? あ、やば……」
愛美の短い一言で理解する。
また、勝手に魔眼が発動しかけた。実際になにかしらの効果が表れていないということは、離れた距離でも葵が抑え込んでくれたお陰だろう。
自分が二人の邪魔をしてどうするんだ。
しかし今ので発動してしまうということは、緋桜はなにがあっても妹の恋を邪魔するということか。さすがはブラコン。
でも娘が好きな男できたとか言ったら、織も同じことをしそうなので、緋桜のことは言えそうにない。
また葵に怒られるな、なんて思いながら、辿り着いた講義室の扉を開く。
室内は主に二年生が多い。講義の内容が二年生向けなのだろう。黒板に書かれているのは、神話や伝説を利用した魔術に関する基礎知識と、一部の術式だ。
その黒板の前に立つ、猫耳姿の愛娘。
「どうだ、立派にやってるだろ」
緋桜の言う通り、立派に教師を務めている。
猫耳のせいでイマイチ緊張感に欠けるが、それでも朱音は、自分の知識を少しでも伝えようと声を発していた。
聞いている側も、歳下だからとバカにしたりせず、誰も彼もが真剣だ。織たちは知らぬことだが、その中には以前一悶着あった志波海斗の姿も。そしてそのすぐ近くに、なぜかカゲロウもいた。
「葵から聞いたけど、これでも前まではちょっとバカにされたりしてたらしくてな。三年はともかく、二年はお前らのこと詳しく知らないだろ?」
「ちょっとバカにしたやつらの名前教えてくれないかしら?」
「それはもう蓮とカゲロウがやったらしい。ここでお前まで暴れたら、誰が止めるんだよ」
「いや緋桜さん止めてくださいよ」
と、小声でバカな話をしていると、教壇に立つ朱音が三人に気づいた。口が止まり、聞いていた生徒たちは怪訝そうにしている。
朱音の頬は、なぜか恥ずかしげに赤く染まっていた。
まあ、そういう反応も理解できなくはないけど。授業参観の時とか、両親が来たら妙な恥ずかしさあったよなぁ。
なんて織が納得しているうちに、朱音はなんとか持ち直したらしい。猫耳をピコピコしながら、こんなことを言い出す。
「じゃあ、一度実践してもらいましょう。丁度いいタイミングで丁度いい人たちが来ましたので」
朱音の視線が織に向けられ、釣られて講義室内の生徒たちも織に視線を集める。
「え、俺?」
愛美でも緋桜でもなく?
いやまあ確かに、愛美はそういうの使うガラではないし、緋桜は固有の魔術を使っているから、自然と織になるのだろうけど。
愛美に背中を押され、渋々ながらも教壇へ向かう。教室の端に立った朱音は、銀炎を展開していた。それを的にしろ、ということらしい。
「じゃあ父さん、一発お願いね」
「分かったよ」
自分の魔術じゃないので、あまり自慢できたものでもないが。可愛い娘から言われてしまえば仕方ない。
賢者の石から記録された術式を引き出し、魔力を通す。
「術式解放、其は天を穿つ神の
展開された魔法陣から、稲妻の槍が出現した。穂先が三叉に分かたれたそれは、ケルト神話における太陽神が持った槍。
「
放たれた槍は、三つの稲妻と化して朱音へと突き進む。当然銀炎にぶつかれば無力化されてしまったのだが、今のだけでも観客には十分なパフォーマンスになったらしい。
講義室中の生徒たちからは、感嘆の声が漏れていた。
「今のはケルトの太陽神ルーの力を使ったものです。正確には、かの太陽神が持った槍の力ですが。その槍、ブリューナクは、投擲すれば三つの稲妻と化して相手を穿つ、とあります。また、神話における槍によく見られる効果ですが、必ず持ち主の手元に戻ってくるとも。今の魔術は、前者の力を宿したものですが。現代魔術の技術を使えば、槍の魔導具に後者の力を付与することもできますので。ああそれと、本物のブリューナクを見たければルークさんに頼めばいいですよ。あの人なら見せてくれるはずなので」
織を放って魔術の説明に戻る朱音。
いつだか桃が、魔術における名前というものは、大切な役割を持つ、と言っていた。
例えば、魔術に名前を与えれば、それはより強固な力を持つと言ったり。
神話や伝説にある名を与えれば、その力を振るえるようになったり。
勿論、魔術で再現しているだけなのだから、そこに神氣が宿るわけではない。おまけに名前をつければそれだけでいいというわけでもなく、ちゃんと神話や伝説を勉強しておかなければならない。
今の魔術、ブリューナクなら、ケルト神話、太陽神ルー、そしてブリューナク自体のことを詳しく知らなければ編み出せない魔術だ。
織は賢者の石に記録された術式を引き出してるだけなので、裏技もいいところではあるが。
愛美たちの元へ戻るのもなんなので、そのままその場所で講義を聞いていると、程なくしてチャイムが鳴った。
朱音が解散を告げ、生徒たちは講義室を出て行く。残ったのは朱音と織、一緒に来ていた愛美と緋桜、そして講義を受けていたカゲロウの五人だ。
「二人とも、来るなら言ってよ」
「悪い悪い。朱音がどんな感じで講義してるのか気になってな」
「ちゃんと出来てたじゃない。偉いわよ」
不満げに口を尖らせていた朱音だが、愛美が頭を撫でればすくに顔を綻ばせた。耳はピコピコ、尻尾はふりふり、可愛すぎでは?
「ていうかカゲロウ、魔術の講義出てるんだな」
「似合わねえってか? まあ、自覚はあるけどよ。意外と面白えもんだぜ」
その返答こそ意外なものだ。カゲロウはどちらかと言うと、織と同じで習うより慣れろタイプに見えるのだが。
続く言葉は、更に意外なもので。
「この前は、あんたらに助けられたからな。オレはあの時、あんたらの娘を助けるべきだった。でも何もできずじまいだ。あのチビや蓮が強くなってんのに、オレだけ弱いままってのもゴメンなんだよ」
だからこうして、講義を聞いて魔術を習っている、というわけか。
失礼ながら、カゲロウの第一印象としては粗雑で乱暴なものを抱いてしまっていた。しゃべり方や立ち振る舞いもそうだが、グレイの息子という点も少なからず影響している。
まあ、あの吸血鬼は慇懃無礼と言うのが適当だらうが。
しかし実際に蓋を開けてみればどうだ。
葵曰く、友人や仲間を侮辱されることを許さず、そして今も、あの時朱音を守れなかったことを悔いている。
「カゲロウはこう見えて、結構勤勉なんだよ。私の講義、毎回出てくれてるし」
「オイ、こう見えては余計だろ」
「意外といいとこ沢山あるしね」
「だから、一言余計なんだよさっきから。素直に褒めらんねえのか?」
「素直に褒めて欲しいなら、それ相応の立ち振る舞いっていうのがあると思いますが?」
どうやら随分と仲がよろしいようで。
朱音が学院で上手くやれてるようでなによりだが、それにしても娘と距離が近すぎないだろうか?
「カゲロウ、今日は蓮と龍さんと特訓しないのか?」
「するに決まってるだろ。講義聞いてるだけで強くなれるわけないからな」
「龍さんと?」
緋桜とカゲロウの会話に興味を持ったのは、愛美だった。どうやら愛美の中の剣崎龍という人物像から、誰かを特別扱いして教えるというのが想像できないらしい。
首をひねっている猫耳娘に、緋桜が補足した。
「蓮が聖剣使ってただろ? その繋がりだよ」
「ああ、なるほど」
聖剣エクスカリバー。選ばれたものしか使えことのできないあの剣の使い方は、これまで唯一の持ち主であった龍にしか教えられない。その縁で、龍も面倒を見ることになったのか。
実際には逆、龍が面倒を見るようになってから、蓮は聖剣を使えるようになったのだが、愛美としてはどちらでもいいことだ。
「そういやお前、聖剣使ったんだって? 学院中で噂になってるぞ。殺人姫が猫耳つけて帰ってきた挙句、普通に聖剣使ってたってな」
「なんか分からないけど使えたわ」
エクスカリバーは、正しい心を持った者にしか扱えない。それ以外の者が持てば、あの黄金の輝きはたちまち失われていた。
現在使えるのは、アーサー王の転生者である剣崎龍と、エクスカリバーから認められた糸井蓮の二人だけ。
その筈だったのだが、どういうわけか愛美も使えてしまったのだ。
例えば、織であれば幻想魔眼で、朱音であればレコードレスで無理矢理使えるだろう。
しかし、愛美はそういった類の力を持っていない。つまりは正攻法で使った。
聖剣に、その心の在り方を認められたということだ。
織からすれば、それはなんらおかしなことではないのだが。
「まあ、愛美なら使えて当然だな」
「なんで父さんが自慢げなの」
そりゃだって、ある意味で彼女の正しさが証明されたわけだし。誇らしげにもなるというものだ。
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