第41話
「二人が、消えた……?」
聞かされた事実を、半ば以上も呑み込めずに織は反覆する。
眼前で今にも泣き出しそうに目を伏せているのは、紛れもなく織と愛美の後輩だ。けれど、違う。昨日まで笑いあっていた葵とも、碧とも違う。
「ごめんなさい……殆ど、身代わりみたいなものだったんです……あの二人は元々、私の異能を封じて守るためのプロテクトみたいなものだったから……」
「なんだよそれ……」
学院長室には、南雲がしていたピアスと同じものがあった。ここに葵の異能を魂ごと封じ込め、我が物とするつもりだったのだろう。
一回きりの使い切りと言っていたが、摘出してしまえばあとはどうとでもなる。ネザーなりなんなりで、自分の身体に定着させようとでも考えていたに違いない。
「それで」
口を開いたのは愛美だ。なにかを耐えるように表情を歪めながら、今ここにいる黒霧葵に問いかける。
「それで、あの子たちは、なにか言っていた?」
「私は、二人のお姉ちゃんだって。それから、未練も後悔も残ってるから、それを私に託すって、言われました」
「そう……」
おもむろに壁際へ寄った愛美が、腕をふりかぶる。全力で振り抜かれた拳が、派手な音を鳴らして壁を破壊する。
「ちょ、母さん⁉︎」
突然の奇行に朱音が驚愕の声を上げるが、どうやら珍しく余裕がないらしい。いや、珍しいなんてことはないのか。
いつだって現実が自分に合わせてくれるわけがなくて、だから自分が現実に合わせるために、背伸びする。
いつだったかの愛美の言葉だ。だから彼女は、今この時も。無理に背伸びして、強がってみせて、弱い自分を覆い隠す。
本当は、泣いてしまいたいくせに。
「葵」
「……私を、そう呼んでくれるんですか?」
「当然よ。あなたは黒霧葵。他の誰でもないでしょ」
「はい……」
「分かればよし。それで、あなたのやるべきことは、見えてるわね?」
コクリと、今度は無言で頷く。ずっと伏せられたままだった顔を上げれば、その瞳には強い意志のこもった光が。
どうして俺の周りの女の子は、こんなにも強い子ばかりなのだろう。とてもこんな直ぐに、気持ちの切り替えなんて出来ない。
でも、そんな織に現実が合わせてくれるわけもなくて。なら無理にでも背伸びするしかない。強がるしかない。
悲しむのは後だ。今は、やるべきことを。
「行こう。外のみんなを、桃を助けに」
◆
学院内にあった四つの反応が消えた。恐らく、織たちは無事に葵を救出したのだろう。そしてそのまま外に向かった。空間ごと隔離されているとは言え、葵の異能や朱音の炎を使えば外に出ること自体は容易だ。
これでひとまず、葵の異能が南雲の手に渡ることはなくなったわけだ。
「やってくれたみたいだね……」
南雲の発した低い声は、刀と拳のぶつかる金属音にかき消された。随分とご立腹のようで。そもそも、葵の異能を摘出するなんてこと、最初から不可能だとなぜ理解できていなかったのか。
「詰めの甘さが出たな、南雲。君はあの呪いについて、もう少し調べておくべきだった」
音を超える速度で振るわれる南雲の拳を、蒼は時に身を翻して躱し、時に刀で受け止めてのらりくらりといなしていた。
南雲が使っているのは、シンプルな強化魔術のみだ。織でも使えるような初歩の初歩。しかし、大量の賢者の石を取り込んだ南雲は、たかが初歩の強化だけでとてつもない力を発揮することが出来る。
が、所詮はその程度。
なるほどたしかに、これは全盛期を超えているだろう。魔女が駆り出されるほどに大暴れしていたという、若い頃の南雲よりも強くなっている。
拳の一撃は全てが重く、俊敏な動きには熟練の技術と、これまで積み重ねてきた経験が垣間見えている。
愛美と同じく、魔術師というよりも戦士として完成された人間だ。織たちが戦えば、数秒と経たず殺されてしまうこと間違いなし。今の南雲には、魔女ですら危ういかもしれない。
蒼にとっては、そのどれもが関係のないことではあるが。
「それがどうしたと言うんだい? 黒霧葵の異能については諦めよう。しかし私には、賢者の石によって得たこの力がある!」
「おもちゃを買ってもらった子供じゃないんだからさ。大人として、もう少し慎みを持ったらどうだい? 出しゃばる老人は嫌われるぜ」
「よくもまあ、この期に及んで余裕な口を利けるものだね」
ニヤリ、と。数メートル離れた位置に立つ南雲の口が嫌らしく歪む。その視線は蒼の背後、結界で守られた人たちに向けられていた。
「背後を庇いながらでは、本気も出せない。そんな君が、今の私に勝てるとでも?」
やつの言う通りだ。蒼の後ろにいる魔術師たちは、蒼にとっての足枷にしかならない。少しでも隙を見せれば、南雲は結界を壊しにかかるだろう。そして、中にいる人間を手にかける。昨日までの教え子であろうと、容赦なく。その力をひけらかすためだけに。
学院を空間ごと隔離している今、どこか安全な場所へ転移させることも出来ない。だからと言って結界を解いてもダメ。
小鳥遊蒼を倒すには、絶好の機会。それを分かっているからこそ、南雲もこのタイミングを選んだ。
巨大な魔力が蠢きだす。術式が構成され、南雲の足元に魔法陣が展開された。
ここで決めるつもりなのだろう。今まで使っていたただの強化魔術とは違う、明らかに大技の準備だ。
結界の中が俄かに騒がしくなる。そこにいる魔術師の誰もが怯え震えて、逃れようのない恐怖に囚われている。
学院の生徒も、教師も、フリーで活躍するだけの実力を持つ者も。誰もが南雲仁の魔力を前にして、声の一つも出せずにいた。
「まあ、後ろが邪魔で本気を出せないのは、その通りなんだけどさ」
そんな中、南雲と対峙している本人は、呑気に頭を掻いてため息混じりの言葉を吐いた。
その、次の瞬間。
「へ……?」
南雲の首が、飛んでいた。
蒼は一歩も動いていない。二人の距離は数メートル離れたままを維持している。ただその場で、刀を軽く薙いだだけ。
血飛沫が舞い、校舎の瓦礫が赤く染まる。蠢いていた魔力は霧散し、魔法陣は溶けて消えた。首のない体から血が噴きやめば、蒼い炎に包まれ、灰のひとつも残さず燃え尽きた。
「お前の相手をするのに、僕が本気を出す必要もないだろ」
ただ、葵が救出されるのを待っていただけ。その異能を摘出することが不可能だとは分かっていても、事は魂に関連する。摘出中に術者である南雲を殺せばどうなるか。それは蒼ですらも理解できない域だ。
だから、待った。織たちが葵を救出してくれるまで。
ともあれ、こうして。
いとも容易く、魔術学院日本支部学院長は、その命を散らした。
「ルーク!」
『はいよー』
それで終わるわけではない。外での戦いはまだ続いている。
次の手を打つために、蒼は外で戦っている仲間に連絡を取る。脳内に聞こえてきたのは、戦闘中とは思えないほどに呑気な声。十年来の付き合いではあるが、彼女が焦ったところなんて一度も見たことがない。
「異能を解いてくれ、魔物の相手は中にいる魔術師たちに任せる」
『ボクたちはどうする?』
「魔女の援護に向かってくれ。僕もすぐに行く」
『おっけー』
通信が切れると同時に、学院を覆っていた空間断絶の壁が解かれた。目に見えて分かる変化はないが、これで中と外を自由に行き来できるはずだ。
次いで、多くの魔術師を収容していた結界を解く。その中に、今起きていることの全容を把握しているものはいないだろう。
学院長が暴れ出したと思えば空がいきなり夜へと変わり、おまけにその学院長が呆気なく死んでしまったのだから。
ざわざわとさざ波のように、困惑が広がっている。そこへ向けて、蒼は声を張り上げた。
「聞け!! 今学院の外には、多くの魔物と吸血鬼が押し寄せて来ている! 皆も見た通り、学院長もやつらの仲間だった! もしもその不名誉を雪がんとするものがいるのなら! 立ち上がり戦え! 日本支部ここにありと、やつらに目にものを見せてやれ!」
湧き上がる戦意が形を持ち、鬨の声が響く。
気合は十分。ただしそのままでは呆気なく全滅もあり得るので、蒼はバレないよう、全員に強化によるブーストを掛けた。身体能力だけでなく、魔力も増幅しているだろう。
まあ、学院時代の同期にはバレてるかもしれないが。
全員を北、東、西の三箇所に分けて転移させた後、蒼は不意に空を見上げた。
そこに、一筋の光が差している。暗闇の中ではよく目立つあの光は、きっと魔女によるものだろう。
なら、決着の時も近い。仮に弱点を克服した吸血鬼であれ、ただの一つも例外はなく、あの光には抗えない。
そのはずなのに。嫌な予感が止まらないのは、なぜたろう。
◆
背中を預けるのは、親代わりだった吸血鬼と、学院時代からなにかと因縁のある怪盗。
この上なく頼もしい三人だ。自分を含めた誰もが魔術世界有数の実力者だと、自信を持って言える。
ガルーダが強敵とは言え、緋桜たちはその神鳥を相手に一歩も引かず戦っていた。
「■■■■■■■ーーーーー!!!」
咆哮が轟く。はためかせた赤い翼からは巻き起こる熱風は、か弱い人間など容易く吹き飛ばしてしまうほどの勢い。
防御を固める緋桜の視界に、一条の光が走った。この風に唯一真っ向から挑める、怪盗の従者だ。
「
魔女に放ったものよりも威力の増した刺突が、赤い翼を穿った。
鞘から抜くたびに切れ味を増したという、伝説の武器。その名を冠した魔術もまた、伝説と類似した効果を持っている。
怒りの絶叫を上げるガルーダ。傷口はすぐに塞がる。それはこれまでの戦闘で理解していることだが、しかし畳み掛けるチャンスであるには違いない。
術式を構成して緋色の花びらを和弓に収束させれば、近くに立っていたサーニャも魔法陣を展開していた。
「合わせろ、緋桜!」
「分かってる!
放たれた砲撃が右の翼を捥ぎ、緋色の矢が黄金の胴体を貫く。右翼を丸々再生するには時間がかかるだろう。ここで追撃の手を緩めるわけにはいかない。
「こいつも食らっとけ!」
体勢を崩したガルーダの頭上に転移したジュナスが、ガルーダに向けて魔障EMPを投擲する。それは本来のものとは違う、緋桜が改造したものだ。つまり、以前愛美が受けたものと同じ。対象を一人に絞り、体内に魔障を取り込ませるEMP。
本来なら葵の呪いを解くために使う予定だったが、仕方ない。背に腹は変えられない、というやつだ。
ガルーダの眼前で球体が破裂。これでやつは、体内の魔力をろくに使えなくなる。それどころか、取り込んだ魔障に苦しむこととなるだろう。
「違う……作動していない……! ジュナス、戻れ!」
何かに気づいた緋桜が叫ぶも、遅い。未だガルーダの頭上にいたジュナスへ、不可視の衝撃波が襲いかかった。横殴りのそれをもろに受け、ジュナスの身体が弾丸のように飛ばされる。
「マスター!」
「ダメだルミ、不用意に動くな!」
異能を発動させてジュナスの元へ向かおうとしたルミへ、風の刃が殺到した。異能を使用するための、一瞬の隙。無防備になった華奢な身体が、容赦なく斬り刻まれる。
「きゃぁぁっ!」
血塗れで倒れたルミにはもはや一瞥もくれず、ガルーダは次の標的に視線を合わせた。
気がつけば、右翼はすでに再生されている。それだけではない。先程まで纏っていた魔力が、明らかにその質を変えていた。
魔物としての力ではない。神鳥、神の使いとしての力だ。
人の身ではどうあっても敵うことが許されぬそれを、
「おのれ……!」
「くそッ!」
サーニャと緋桜が身体を霧に変える。次の瞬間には二人の立っていた場所へ、神氣を宿した魔力の塊が降り注いでいた。あのままあそこに留まっていれば、肉の一片すら残さずに殺されていたかもしれない。
二人の実体が現れたのは、少しの距離を取った空中。桜の花弁と魔力の刃を放つも、ガルーダに近づいたそれらは呆気なく霧散した。
EMPを防いだのと同じ原理だろう。
「神の氣を纏うやつには、ただの魔術は通じぬか……」
「じゃあどうやって戦えって言うんだよ!」
サーニャの異能も、熱を纏うガルーダには相性が悪くて通用しない。魔術もご覧の通り。もはや八方塞がりだ。
放たれる熱波と風の刃から逃げることしかできず、緋桜は歯噛みする。
例えば、愛美のような異能があれば。神の力だろうがなんだろうが、そんなもの構わず斬り伏せることができるだろう。
もしくは、織のように魔導収束を使えれば。ガルーダの操る強大な力を、やつ自身にそのままぶつけてやることが可能だろう。
だがどちらも緋桜には持ち得ぬものだ。あの二人よりも高い実力を持っているとは言え、やはり相性が悪すぎる。
どうにかして打開策を考えなければ。だがどうやって? この夜の恩恵で力が増しているサーニャですら、ガルーダには届かない。怪盗の二人は満身創痍。緋桜にあるのは魔術の腕だけだが、それも通用しない。
どれだけ思考を巡らせても答えの出ない袋小路。このまま逃げ続けているだけでは、いずれこちらの魔力も尽きてしまう。
そう思った矢先、ガルーダの攻撃が止まった。あれだけ放出し続けていた風の刃と熱波の弾幕が全て消え、神鳥はなにかを警戒するように魔力を高めている。
突然の変化に警戒しつつ、二人は地面に降りて倒れ伏した怪盗の二人を回収した。傷は深いが、息はある。気絶してるだけだ。死んでない。
そのことに安堵して見上げた先。ガルーダの身体に、一筋の剣閃が迸った。
そして、緋桜とサーニャの前に降り立つのは、魔力で出来た三対の黒い翼を携え、同じ色の刀を持ったツインテールの少女。
「お兄ちゃん、サーニャさん、久しぶり。あいつは私に任せて、二人は休んでて」
返す言葉すら待たず、葵は翼をはためかせ、敵に向かって飛んだ。
最後に見た日よりもよほど大きくなった背中を前にして、緋桜は悟る。
「ごめんな……助けてやれなくて……」
今にも泣き出してしまいそうな謝罪の言葉を、銀髪の吸血鬼だけが聞いていた。
◆
たしかな手応えがあった。
ただそのためだけに開発した魔術に、全魔力を込めて、殺したと言う確信があった。
力が抜ける。膝が笑っていて、まともに立っていられない。それでも桃は決してその膝を折ることなく立っている。
光が降り注いだ場所。グレイが立っていたそこには、誰もいない。灰色の吸血鬼は太陽の力に焼かれて死んだ。
終わった、成し遂げた。あれだけ望んだ復讐を。この手で、ついに。
「は、はははっ……」
乾いた笑いが漏れる。
復讐なんてしても、残るものは虚無感だけだと。これまで、何度言われてきただろう。
そんなの嘘っぱちだ。だって、わたしには未来がある。これで漸く、未来に進める。
「遅くなってごめんね、みんな。でも、やっと。やっと終わったよ」
未だ闇に染まったままの空を見上げて呟き、違和感に気づいた。
グレイは死んだ。たしかに殺した。じゃあどうして、空は元の色を取り戻していない?
あれはグレイの魔術によるものだった。ならば術者である吸血鬼が死んだ今、この闇は晴れなければならない。
力を振り絞り、解けかけているレコードレスを無理矢理維持する。
「桃!」
背後から、呼びかける声が。一瞬身を硬ばらせるが、それが聞き慣れた一番の友人のものだと直ぐに理解して振り返る。
そこにいたのはやはり、大切な友人たちだ。見慣れない魔女の姿に三人が驚愕を浮かべたが、その表情は直ぐに安堵のものへと変わる。
それにつられてふっと笑みを返し、歩み寄ろうとして。
足を動かすことは、出来なかった。
「ぇ……?」
突き刺さった灰色の槍が、心臓を貫いていたから。
◆
その光景を、見ていた。
見ていて、けれど体は全く動かなかった。それは織だけじゃない。愛美も、朱音ですら。予想外の一撃を、呆気に取られたまま見ているしか出来なかった。
黒いドレスに身を包んだ魔女に、灰色の槍が突き刺さる。糸の切れた人形のように倒れた友人からは、血が溢れ出して止まらない。
「油断したな、魔女。言っただろう? 貴様じゃ俺は殺せないと」
声が聞こえて。最初に動いたのは、朱音だった。爆発のような衝撃を伴う速度で肉薄し、抜いた短剣を振るう。
「おっと、気が短いなルーサー。たかが魔女が死んだだけだぞ?」
「黙れ!! お前は、また……! 俺の……私の……私たちの大事な友達を……!!」
「そうかそうか、貴様にとっては三度目か! 脳は忘れていても魂は覚えていると!」
朱音が何度その剣を振るい斬り刻もうと、銀の炎を浴びせようと、吸血鬼はそれを嘲笑うように、瞬く間に再生してしまう。
朱音とグレイの激突でハッと我に帰った織と愛美が、倒れた桃の元へと駆け寄る。槍は正確に心臓を穿ち、血が止まる気配もない。
「桃! おい、返事しろよ!」
「こんなとこで死ぬなんて、絶対許さないんだからっ!」
愛美が概念強化で、織が拙い復元魔術で治療を試みるが、全く効果は見られない。ヒュー、ヒュー、と僅かに息をしているのは聞こえるが、返事どころか体はピクリとも動かなかった。
誰か。誰でもいいから、桃の治療を……!
「三度も繰り返してはつまらないだろうが、目の前で両親を失ったことはないのではないか?」
「しまっ……!」
朱音を蹴り飛ばしたグレイが、腕から禍々しい紫の魔力を織と愛美へ放った。
覚えのある、感じたことのある魔力だ。安倍家に保管されていた、禁術の呪い。いや、記憶にあるそれより、よほど強力な。
朱音曰く大したことのない禁術とやらは、賢者の石を大量に取り込んだグレイによって、絶死の一撃となっている。
治療に専念するあまり反応が遅れた二人は、なにも行動を起こすこともできず。
だが紫色の死は、二人の眼前で動きを止めた。ピタリと、まるで時間が止まったかのように。
「やらせる、わけ……ない、でしょ……」
二人の治療が効いたのか。胸から血を垂れ流しながらも、桃が立ち上がった。赤黒くなったドレスは見ていて痛々しく、突き刺さった槍を引き抜けば出血が増した。
息も絶え絶えで、もはや魔術を行使する力なんて残っていないはずなのに。
弱々しく腕を伸ばせば、禁術はグレイに向けて襲いかかる。それを容易く躱す吸血鬼。
やめろ、もう立つな。魔術が使えるなら、自分の治療をしてくれ。
織がそう口にする暇すらなく、再び桃の体を槍が貫いた。
血が飛び散り、背後でしゃがみこんだままだった二人の顔を汚す。
それでも、魔女は倒れない。
「我が……名を、持って……こふっ、命を下、す……」
「やめて、お願いだからやめなさい桃!」
愛美の涙まじりの叫びは、果たして聞こえているのだろうか。喀血しながらも詠唱が紡がれて、残された僅かな魔力が絞り出される。だが術式が構成されず、現出した魔力はなんの意味も与えられずに霧散する。
再び朱音の相手をしている吸血鬼は、無感動な目でそれを眺めるのみ。
「いい加減にくどいな、魔女。もういい、後ろの二人諸共、仲良く殺してやる」
「させるかぁぁ!!」
朱音の猛攻をものともしないグレイが、その腕をこちらに向けた。
瞬間、二人の足元に空間の歪み。
マズイ。そう思った時には、そこから槍が伸びてきて。
一切の慈悲もなく、二人の体を貫いた。
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