第8章 白き癒し手の物語
第92話 証明してください―1
「メル……なのか?」
「はい。私です」
エッドの掠れた声に、向かいあって立っている聖術師――メリエール・ランフアと名乗った女はしっかりとうなずいた。
言葉が出ない亡者にかわって声をあげたのは、彼女と面識のない少女である。
「えっ! ほ、本当に――彼女なの? こんな、あっさり」
「……珍しく妥当な疑問ですね、弟子よ。そこの聖術師……貴女が、我々の知る“メリエール・ランフア”であるということを証明できますか?」
翠玉の目を柔らかく細め、聖術師は苦笑する。
その仕草はエッドの記憶にある“彼女”と相違なく、転移した時のように胃が捩れた。
「相変わらずね、ログ。でも、それもそうだわ。私が私であることの証明……むずかしいですね」
真剣に銀の眉を寄せて考えはじめた聖術師に、明るい声が降りかかる。
「あっ、ならさ! パーティー仲間しか知らない、昔のログレスの失敗談を教えてよ!」
「そ、そんなことで良いのなら――?」
期待に顔を輝かせた弟子のとなりで盛大なため息をついたのは、もちろん師である。
「……良くありません。貴女の記憶は“聖者連合”に覗かれています。過去に関する問答では、証明にはならないでしょう」
「あー、そっかぁ……残念。ところで、あたしのことは覚えてる?」
「ええ。野営地で挨拶してくれたわね――アレイアさん」
その優しい声音に、闇術師の少女は慌てふためいて手をふった。
「そんな丁寧に呼ばなくていいってば! なんか恥ずかしい」
「そ、そう? じゃあ――アレイアちゃん」
「……。そこまで年下でもないんだけど……。べつに、呼び捨てでいいよ。あたしもそうするからさ」
「わかったわ。アレイア」
早くも打ち解けた笑みを交わす女たちを見て、闇術師は紅い目を警戒するように細める。
「アレイア。僕より前に出ないよう」
「え、でも……」
期待の“友人候補”を見ようと背から顔を出した弟子を、ログレスは咎めるように見下ろした。
「ふふっ!」
その様子を見、さきほどまで剣を見事に操っていた女は小さく吹き出す。
「……何か?」
「ごめんなさい。ふふ――もうすっかり“お師匠様”ね、ログ! まさか、貴方にお弟子さんができるなんて。しかも、こんなに可愛い女の子の」
「……。これで演技というなら、たいしたものですが……」
可笑しさの中にも祝福を湛えた女の笑みに、ログレスは困ったように頭をふった。
「それで――どうして黙り込んでいるのです、そこの亡者」
「……っ! お、俺は」
「貴方があれだけ会いたがっていた人物かもしれないのですよ。何か言うことはないのですか」
完全な呆れ顔を向けられ、エッドは立ち尽くした。
自分でも、なぜここまで緊張しているのかわからないのだ。
「えっと……。メリエール」
「は、はい」
緊張が伝播したのか、神妙な顔をした女がエッドに目を向ける。
美しい軌跡を描いて舞った腰布が目に入り、エッドは思いついた言葉をぶつける。
「そ、その服! いつもと雰囲気は違うけど、そういうのもたまには良いよな! こう、なんていうか――“開放的”でさ!」
「えっ!? あ、はい。ありがとう、ございま――……」
戸惑った表情を浮かべた聖術師だったが、みずからの身体を見下ろして言葉を失った。
「なっ……なっ……! なんですか、この破廉恥な格好!? いやああーっ!!」
*
「これで彼女がメリエール本人であるということが、晴れて証明できたわけだが……」
「ええ。記憶を垣間見るだけで、あの絶叫を作り出せる演者がいるとは思えません」
「こ、こんなことで確認しないでくださいっ!」
アレイアが寄越してくれたマントをしっかりと肩に羽織りなおし、メリエールは真っ赤になった顔で抗議した。
豊かな胸元が隠れることをやや惜しく思ったエッドだったが、賢明に黙しておく。
「あたしの胴衣を貸してあげてもいいけど、ズバッと背中破れちゃってるから。ごめんね」
「同じく、僕のも今は快適な形とは言い難いので……しばし、耐えてください」
心苦しそうに言う闇術師たちに、メリエールは慌てて笑んだ。
「い、良いのよ二人とも! 私が着ると、聖気を移してしまうし。……それに、ありがとう。私のために、そんなにひどい傷を……。改めて、ここで診ましょうか?」
「良いんだよ。あたしたちが、やりたくてやったことだもん。ね、ログレス?」
アレイアはそう言い、誇らしげな笑顔を師に向けた。
珍しく素直に賛同したらしく、ログレスもうなずく。
「ええ。……それに我々には、“小さな名医”もついていたことですしね」
「そうでした。ポロクにも、お礼を言いたいけれど――」
「かなり疲れちゃったみたいで、寝てるよ。起きたら、ぜひ言ってあげてね。あんたに、とっても会いたがってたんだから」
腰に吊るしたポーチに優しく手を置き、少女は微笑む。
共闘したことで、仲が悪いという妖精と犬鬼にも温かな友情が芽生えたのかもしれない。
「ここにいたのですか、エッド」
しみじみと思いに耽っていたエッドのとなりに、盛り上がる女性陣から離れて歩いてきた友が姿を現す。
「どうしました。悲願を達成したにしては、浮かない顔ですね。――まるで死人ですよ」
「……いい加減、その冗談は使い古したんじゃないか?」
「“緋色の術師”ですか」
相変わらずのするどい洞察に、エッドは正直にうなずく。
もちろん自分だって、諸手を挙げて想い人との再会を喜びたいのだ。しかし聖術騎士の“記憶”内での強烈な体験が、その気持ちに冷たい影を落としていた。
「それほど留意することなのですか? 大戦時の記憶なのでしょう」
「ああ、それはそうなんだが……。どうもその術師には、俺の姿が視えていたみたいなんだ。顔までは認識されてないはずだが、人外の者だってことも感じてたらしい」
「……ほう」
この情報には興味をそそられたのか、ログレスは顎に手を添えて思案する。
「現場にとっては“幻影”に過ぎない者の気配さえ感じとる術師。しかも武具に魂を定着させる秘術を、単身で行使できるほどの……ですか」
「どう思う、大闇術師さま?」
「間違いなく、相当な切れ者なのでしょうね」
この男にしては珍しい高評価に、エッドはさらなる不安を覚える。その表情を見た友は、使い魔が宿る“宝珠”をとり出して進言した。
「貴方の直感は、なかなかに当たります。“関係者”に話を聞いてみましょう」
「……すまん。頼むよ、ログ」
いつまでも自分だけの考えに嵌っていても仕方がない。エッドは苦笑し、素直に友に助力を求めることにした。
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