第91話 再会はとつぜんに



「き、貴様っ――なんという術を使うのだ! この身体が大事ではないのか!?」

「大事ですよ。……ですが、まずあの亡者の中身を返してください」

「だから、わたしは何も――!」


 騒がしい声が耳を打ち、エッドはハッと目を開ける。

 視界には、見慣れた夜の荒野が横たわっていた。ひび割れた赤土から頬を持ちあげ、エッドはうめく。


「う……」

「あっ――エッド! ほ、ほらログレス! あいつ、帰ってきたみたいだよっ!」


 まだ揺れているような脳を叱咤し、エッドは手をついて身を起こした。

 少し離れたところに大小ふたつの影があるのを認め、エッドは安堵して呟いた。


「そうか……。戻ってきたのか」

「……勝手にどこを彷徨っていたのです、この放縦ほうしょう亡者……!」

「なんで俺、詰られてんだ?」

「エッドぉ! よかった、戻ってきてくれて。なんともない?」


 杖を構えた闇術師と、その杖腕を必死に収めさせようとぶら下がっている彼の弟子。

 エッドが辺りを見ると、地面には新しい大穴がいくつか増えていた。


「身体は問題ない。けど、何がどうなって……?」

「あたしとジリオは“記憶”から戻ってきたのに、あんたはバッタリ倒れちゃったんだよ。もう一度あいつが“記憶”を探しにいったけど、いないって言うし――それでログレスが」

「……問題なく身体に戻れたのなら、良しとしましょう」


 弟子の説明を遮り、師は杖を下ろした。


 エッドが苦笑していると、穴から立ちのぼる煙のむこうから想い人が姿を現す。こちらも不機嫌そうな顔である。


「貴様っ……のうのうと戻ってきおって! こちらは消し炭にされる寸前だったのだぞ! 戻る時は、ちゃんと着いて来ぬかッ!」

「仲間がメルを攻撃するはずがないだろ? ちょっとじゃれただけさ」

「ええ。もちろんです」


 飄々と言った闇術師に、聖術騎士と宝石犬鬼が同時にうめいた。

 まだ不服そうな相対者に、エッドはさっそく自分が体験したことを話す。


「俺はあの後、またお前の記憶を見たんだ。たぶん、少し先の場面だと思うけど」

「……わたしが倒れた後の記憶、だと?」

「ああ。変な術師が来ただろ」


 ジリオは腕組みをし、胡乱げにエッドを見返した。


「なんだそれは」

「え? いや、そりゃお前は弱ってたけど……少しは覚えてるだろ? 鬱陶しい話しかたをする、緋色の胴衣を着た術師だよ」

「……緋色――?」


 その単語に、ジリオはわずかに目を細める。

 しかし、すぐさま反応を寄越したのは別の声だった。


(おい、亡者! 緋色の術師って言ったのかい、今!?)

(ママル? ああ、そう言ったけど。知り合いなのか)

(知り合いもなにも、そいつは――! いやでも、そんな場所に……?)


 ひとりで考えに耽ってしまったらしく、魔人からの思念はそこで途切れる。

 魔人の新しい主人も、光が収縮した宝珠を見つめて小首を傾げた。


「そういや紅い胴衣って、見たことないな。珍しいのか?」

「……考えたこともありませんでした。黒を選ぶのが常でしたので」

「ふふーん。あたしは考えたことあるよ。それに、職人さんに直接訊いたこともね」

「お、さすがお洒落術師は違うな。それで?」


 何気ない会話のひとつだったのだろう。アレイアは遠い記憶を辿るようにうなっている。


「ええと……あんまり鮮やかな紅は使わないのが業界の掟、だったかな。昔から、不吉な色とされてるんだって。たしか――“夜明け”の色だからとか、なんとか」

「よ……あけ……? うっ……!」


 こめかみを押さえ、ジリオを内包した想い人はよろめいた。


「どうした!?」

「術師……緋色……? 何を言っているのだ、貴様……! そんな記憶は、わたしにはない!」


 吠えるように叩きつけられた言葉に、エッドは面食らいながらも反論した。


「そんなはずない。俺は視た。その術師は、たぶんお前たちの“器”――あの細剣を作った奴だ。瀕死のお前に、その“核”になれって話を持ちかけた」

「な、なんだ、それは……!」


 翠玉の瞳に睨めつけられるも、エッドは続ける。


「故郷のシェゼタ村が壊滅したのを知っていたお前は、誘いに乗らずそのまま逝きたがったけど……」

「! なぜ、わたしの村の名を」


 聖術騎士は、故郷の名を耳にして眉をひそめる。食いつきを感じ、エッドはさらに畳みかけた。


「部下が苦戦していることを術師に聞かされ、核になることを受け入れたんだ。出来上がった剣を、あの戦いにだけ用いるよう言っていたが……この様子だと、緋色の術師は約束を守らなかったらしいな」

「……そん、な……。なんの、話を……ぐぅっ!」

「おい!」


 膝から崩れ落ちたジリオに、エッドは駆け寄ろうとした。

 しかしすぐさま、友からするどい制止が飛ぶ。


「エッド! 何を視てきたか知りませんが、まだその者は――!」

「く……」


 聖術騎士の苦しみ様は、とても演技には見えない。

 銀の髪をふり乱し、震える両手を見つめている。まるで、己と戦っているようだった。


「ちがう……わたし、は……! こんな……っ! あああぁっ!!」

「ジリオ!」


 思わずその名を叫んだことに、エッドは自分で驚いた。

 凄惨な過去を目の当たりにし、情が移ってしまったのだろうか。


 亡者は噛み締めた牙の間から、自分にしか聞こえない声を漏らした。


「だとしたら……なんだってんだよ……!」


 時代が違っていたら、自分もあの荒野を駆けていた兵士のひとりだったかもしれない。


 故郷を、仲間を――家族を守るための力を得る手段を提示されたら、自分だってそれを選んだかもしれない。



 たとえ、呪われた歴史の幕開けになるとしても――



「エッド、離れて! 危ないよ!」

「!」


 仲間の警告に、エッドは思考を現実へと引き戻す。

 従順な筋肉が先に反応し、ゆらりと身を起こした聖術騎士から距離をとった。


 しかし耳に届いたのは、柔らかな声。



「……もう大丈夫です。エッド」



 そこに、メリエール・ランフアが立っていた。


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